我が子を見送る、至らぬ心地
始まりの園外縁から、パーク方面へと。小さくなっていく二つの背を、少年と青藍は見送っていた。
そして。
「で、わたしたちはどうする?」
「私たちの手が必要であれば、間違いなく遠慮も無しに求めるタイプだろう、あれは。子というよりも、精霊の分霊に近しい関係とでも思うべきなのだろう。縁のある親戚程度の付き合いこそが、丁度良いのだきっと。……。あっ……。あいつ行かせてしまったから、顔見せ、どう足掻いてもできないじゃあないか……」
「あ……」
二人して、酷く間抜けな有様であった。
「……。呼び戻す? 多分ギリギリ、届くとは思うけれど……」
「いや、いい……。引き留めたとて、あいつらにもやらねばならぬことがある訳で、私たちだって、すぐさま、顔見せに行けるだけの下準備も心構えも覚悟も、そもそも、実力すらも用意できていないのだ……。それに、向こうの様子も分からん。政情や領地の安定など、そういった事柄も無視できない……」
「二人の帰りと、貴方の師匠の帰りを待ってから、ってことかしら? 本当、いつになるかは分からないけれど……。義父様にどうやって会って、殺されず顔見せをやり遂げるかだけじゃなくて、国自体が安全かどうかも確かに、大事よね……。外なのだもの、しくじったら死ぬことになるものね……」
「楽に死ねたならまだましさ……。それでも、もう、帰らないという選択肢は無い。あれでも子供は子供だ。私たちから産まれた子供なのだ。もう、私たち二人だけの気持ちの問題で済む範疇ではなくなっている。グラナの地を再びいつか踏むことも、ウィル・オ家の領土、故郷の地を君と共に踏むのはもう、絶対だ。流石に、私たちに何かあったとき、あいつが、私たちがやるべきことをやらなかっただけで困ることになっては不味いしなぁ……」
「親の自覚、持たないまま子供産んでしまったものね。それに、最初から、見ようによっては一人の大人。大人とされる年齢が速い世界なら、もう大人と見做されてもおかしくないくらいには貫禄あるものね、あの子」
「私たち自体に親としての自覚が無い、得られなかったのと同様に、あいつも、子としての自覚に極めて乏しいようだからな」
「……。あの子が帰ってきたら、一度話をしましょう。また何か、変わっているかも知れないし」
「変わる……?」
「考えていたの。別の未来から記憶や経験を引き継ぐとして。それって、究極的には、失敗しないため、よね?」
「……。そう、か? そう、だな……」
「多分だけど、何か条件を満たすことで、必要な次の記憶と経験が段階的に付与されるんじゃないか、って思うの」
「最初からの、急な変化がそれが理由と? あそこまでいけば、別人だろう……? 一段階進んだだけでの変化とは到底思えん。それに……。それでは、前周回以前が、今の自身を支配しているかのようではないか……?」
「あの子単体で見たらそうでしょうね。けれど。あの子の未来のお嫁さんたちもそうなのだとしたら?」
「……。いつか。言えるようになったら、明かしてくれよ……」
少年は何か言葉を飲み込み、代わりにそう言った。
「ありがと……。暫く、休みましょう。何もしないで、心を休めないと」
「ここ最近心労、凄かったものな。私だけでなく、君も、か……」
「ライト。よぉく考えてみて。わたしさ。一応これでも妊娠してたんだよ。お腹も膨らまなかったし、胸も……膨らまなかったし、つわりも、陣痛も、出産もなくて、急に現れたんだよ。最初からこの世に存在したかのように。どういう流れで進むかも分からない、未知という不安。そもそも、無事産まれてきてくれるかの不安。産まれてきてくれたとしても、わたしが死んじゃったら、ライトと赤ちゃんはどうなるんだろう、とか。全部さ、コンシェルジュさんに相談してた。ライトには一切話さずに。怖かったの、わたし。ライトが本当はどう思っているか、そんな本当が浮かび上がってきて、絶望することが怖かった。で、産まれてきたらきたらで、別の不安が押し寄せてくるんだもの。ライトが……殺すという決断をしてしまうかどうか。気が気じゃなかった。でも。わたしはそうなったとき、身体が動くのかどうか。全く分からなかった。自分の子供だって実感を持つには、あまりにも本来通る通過儀礼を悉くスルーしてきたんだから。……。ほら、ライト。すんごい変な感じで困惑してる。ふふ」
そう彼女は、少年を惑わすかのように微笑む。
「かも知れんな。それと、すまなかった。……。話し難かったりするか、私は……?」
少年は謝罪と共に、口下手ながらも問いかける。彼女がそうしたように、自身も襟元を開いたのである。
「いいえ。最初はそう思ってたけど、もう全然そんなことない。でもさ。ライトは素で、女心分からない質だから。無理に理解しようとしても空回りするだけよ? それを見て、わたしも惑う。そしたら、ライトもまた戸惑う。だから言わなかったのよ。それでも。ほんの少しでも、そのことをライトが分かっていてくれたらなって、贅沢にも思っちゃうのよ。それだけ。要するにタダの愚痴よ。でも
ライトは受け流さず、冗談と受けられず、きっと戸惑っちゃうから」
「憶えて、おくよ。それで少しでも君にとってマシなやつになれるなら」
「そういうところはほんと好きよ。文句ひとつ浮かばないくらい。だからあなたはそれでいいの」
「ありがとう。では、そろそろ帰ろうか」
そんな彼女の手を引き、始まりの園の外縁の門へと向かってゆくのだっ…ー
煌めいた。
思わず、隣の彼女を抱え上げ、即座に、後ろへ跳ぶ。
アーチ状の、白緑の稜線。
連なるように、線は増え、光で山脈を描くかのように。
「……。何か、近づいてきてる。降ろして」
「あぁ」
言われるまでもなく構える。剣を喚び、鎧を喚び、近づいてくる気配が膨れるさまと、警戒心寄りの敵意。そして。
「不味いな。青藍! もう数段引いて、潜んでいてくれ。合図は、私が心で叫んだら。最悪、君の世界を使ってでも、分断する必要が生じるかもしれん。完全なる不意打ちなら、高い成功率を担保できるだろう」
「無理は、しないでね」
「私がやられる、連れ去られそうと確信したら、合図もクソもなく、君の思うままにしてくれ。恐らく、相手は良くも悪くも、手負いの獣だ」
彼女が自らの世界へと引っ込んでゆく。
蔓がアーチを築き、門の形をとったかと思うと、全体が赤く染まってゆく。
赤黒く、血生臭く、臭いがした。血反吐の臭いが。門がーー開くーー枯れ散り消えゆきながら。
影が。塊が。
咄嗟に大きく左に跳んだ。
門は跡形も無い。
そしてこれはーー何、なのだ……?
それだけだ。それ一つだけ。他には何も出てきてはいない。気配もそれ一つの単独。
赤黒く、毛むくじゃらで、ピンク地味た紫の泥のような汚濁は、呪いか? 魔力か? 未知の毒か?
獣だ、それは間違いない。
大きな獣。一体の獣。けむくじゃらの獣。手足も角も爪も耳も鼻も口すらも見当たらない。
毛むくじゃらに、二つの目だけがある。それは、こちらを捉えている。それがあるということは顔があるということだ。
前後左右があるかも、それが無ければ分からないくらい。それは、直方体状のスライムにでも、毛を生やして角と辺を丸めて、一つの面にだけ、二つの目をつけた、かのような。
全長も横幅も、この私の身長を一回り上回る程の、まさしく、塊である。
そう直感したのは。それが、どう動くか、起こりも、目線の動きからも、まるで感じ取れなかったから。
それは、私が嘗て、最も苦手とした魔物種である、スライム種、物質系統非生物に非常によく似た感覚だったから。
ゲートなんてモノを潜ってきた。それをこれが創り出して繋いだ存在と同一かは分からない……。
私は斬撃を躊躇なく、それへ向けて飛ばした。
言葉どころか、意思疎通ができるとはどうしても思えなかったから。先手を取り、討ち取り、殺さずに無効化するしか無い。調べるにはそれ以外、無い!




