それは、産まれてきたというより、さながら、顕現のような 前
正気に戻り、彼女の下腹部を撫でるように掌と指で触れると――それは、宙に浮いて現れ、実体化しながら、汚濁塗れの地面へと降り立った。
「……」
「……」
「……」
三人、いる。
私と。彼女と、そして――もう一人。ベッドの上の、塗れたままの私と彼女は、突っ立っているそれをベッドの上から見ている。
それは、私と彼女の丁度中間位の背丈をしていた。要するに、結構、でかい。
白い布を纏っただけのようなそれは、裸足で、その汚れた地面の上に立っている。
湿っている。滴っている。私たち由来のそれだ。より厳密に言えば、彼女由来、の。
手足は白塗りのように白く、爪は半透明といえるほど、透けていて、赤くすらなく、ピンクですらない、白。
相当痩せているように思える。肩幅は狭く、見えるその手の甲は骨ばっていて、肉が薄い。見えてる手首や足首に体毛らしいものは見当たらない。
瞳。白い瞳。縁取る黒。泥のような硬膜。常人の黒目と白目が反転したかのような、異形の瞳。皺一つ無い顔。それでも歪んでいる、半開きの口。目の前の光景に対する感想を言外に示しているかのよう。
口の中は闇。歯は、形そのものは人間のそれであるが、黒々しくも光沢を示している。その口内は、とても乾いているように見える。喉奥は微塵も見えない。唇は真っ黒だった。眉毛も睫毛も無く、頭髪? 頭髪かこれは? 漆黒の靄が、頬より上で、濃密にたちのぼっている。
そんななりで、そんな顔面であるにも関わらず、その表情は、能面や無表情とは程遠かった。
「誰だ……とは言うまい。心当たりは一人しかいない」
沈黙を破って切り出したのは少年である。
「え……?」
青藍は戸惑いを隠せない様子で、少年とそれを何度も交互に見る。自分の想像する通りの存在なのかというのと、どうして、自分たちの愛の巣であるこのような行為の場にいるのだと。
「あぁ、ええと。僕は貴方方の息子、ですね。さっきので、すぽん、と産まれました」
ぽりぽりぽり、と髪か靄か、定かではないそれを、その存在が掻くと、むわん、とその部分から一際強く靄が吹き上がった。
「妙に棘が無いのと、この光景に何故か順応しているかのように落ち着いてるのはどういうことだ?」
「記憶の解凍が前よりも格段に進んだからですね。それと、この光景は……、どうしよ……言うべきか……? ……。見慣れてるから……としか……」
「それは、お前の痴態か? それとも、私たちの痴態か?」
「勘弁、して貰えます……?」
「それは、答えてるも同義だろう……。ほら、母さん、蹲っちゃったぞ……?」
「こう言うのも何ですが、親としての実感、無理して持とうとして頂かなくても……。僕の方も貴方たちの息子というよりも、自然発生した自然精霊のような心地なんですよ……」
「お前の先日の反骨心は何だったのだ……」
「クレームを言うべき存在は意識他界してますからね……。情報量の格差のせいで、自分と同一人物という実感も湧かないし、情報の圧縮積載順に悪意を感じるんですよね……」
「お前もしかして、……私のことをもう、憎んでいないのか……?」
「何とも……。理解はしましたけど、飲み込めない。でも、何もかも貴方が悪い訳でもないし、というところですね。それ以上に、自分のやらかしの方がダメージ大きくて……。今なら、貴方に謝れる気分ですよ……。色々とごめんなさいねぇ……」
げっそり疲れていそうに見えた。それは、疲労というよりは、心労。
「取り敢えず……、」
そう、彼女が切り出したことで、
「「取り敢えず?」」
二人が、聞き手側に回る。
「名前、決めましょ。話し難いでしょ?」
「た、確かに……」
「お二人がマシになるのなら、どうぞ」
「希望は、あるかしら……?」
「お任せしますよ。そもそも、子供が親に、自身の名付けに対して注文を付けるというのは流石に……。赤子の期間も、幼児の期間すっとばして、こうやって、立って歩けて、言葉も話せて、明らかに最初から人格すらもあって。さすがの僕にも思うところがありますよ。それで、親としての自覚や責任を、こんな始まりから要求するのがそもそも間違ってるのですよ……」
「私としては、前もって、付けたら不味いのだけは挙げておいて欲しいが……。何度も何度も繰り返してきたというのなら、忌み名といえる名のついた悪夢のような周回もそれなりにあっただろう?」
「お任せしますよ」
「実はさ、わたし、一つ考えてきてるのよ」
「取り敢えず、聞かせてくれないか?」
「僕も聞きたいですね」
「ええと、ね。ライド、っていうのは、どう?」
「何かちょっとずれてるような気が……」
「取り敢えず、由来も込みで判断すべきではないか?」
「え……? 自分の名前を自分でジャッジしろ、と? 言ったじゃあないですか。折角の権利。折角の特権。僕のような例外塗れな存在を産んだ親のである貴方たちに残された折角の特権ですよ? そもそも……僕がここにいるのがこの事態を招いてるんですね……」
「いや、居てくれ……。名前決まった後にも聞きたいことは色々ある。その変わりようがやはり、違和感が凄すぎて……」
「周回経験、解凍終わって頭に叩き込まれた分だけでも既に、体感貴方たちの人生の時間の長さをとうに超えてるんですよね……。まだまだ終わりが見えないんで、ものすごい勢いで年を取っていたことを思い出していく、みたいな? ……。上手く表現できない、ですね。訳が分からななすぎるし、前例も無さ過ぎる。この概念を現す言葉は無い訳ですから……。産まれ落ちてから、解凍と頭への展開速度が凄いことになっていまして……。終わって、一度しっかり眠って、数日経過したら、この調子も気分も、少しは戻るとは思いますが、ガキではいられませんね……。彼女たちを探しにいって、おとしていかなければならないですから。約束、してるんでね」
「無理はしないでね」
「休憩に入ってもいい。というか、一度、休憩にしないか? 身体の汚れを洗い流したい。そもそも、私たちは、なんでこんな状態で、こんな話をしている?」
「それは……。強壮からの暴走から正気に戻った父上が、母上の下腹部に触れた刺激が、鋭敏化していた母上へのトドメみたいになって、僕がひり出されたからなんですけどね……。概念的に……。そもそも、このサイズだと物理的に通らないし、母上自体腹を膨らませてはいかなったでしょう? コンシェルジュさんの居力のおかげで。僕が全裸で現れなかったのも、あの人が前もっていつどこで出てくることになっても問題ないように、このガウンのようなその実産着な魔法具を用意してくれていたんですよ。それと、汚れなんですが、別に風呂入らなくても何とかできますよ? この部屋の惨状も。折角ですし、僕の魔法のお披露目といきましょうか」
「清浄」
「「?」」
部屋の汚れも、身体のねばついた液体も、漂う臭いすらも全部消えて。素肌から塗れた液が消えた息子からは、うっすらとミルクのような匂いが漂ってきている。
「よく。分からないですよね、本当に。体臭は、こうやって、赤ちゃんのそれなんですよね~。で、この匂いが消えたら、嫁を娶れる身体へと到達できたということ、になります。なので、同居はできないです。母上か父上がいないと眠れないとかもありませんし、おねしょとかも無いですのでご安心を、あと、僕はこうですが、弟や妹たちがどれくらいの具合で世界に認識されるかは周回ごとに不明瞭ですので、赤ちゃん抱く初めては、以降にご期待ください。第四子以降、での話になりますが。あ、母上、勝手ながら垂れないように栓はしましたが、位置のすわりが問題なければ、ご自身の魔力で置換してください。嫁たちにせがまれ過ぎて、これだけは引き継いだだけでも手癖で唱えられるんですよね……。どうです、母上自身でも使えるようになってるでしょう? 継承できてる筈です。そう、そうです。母上の魔力と、父上から注がれた魔力を同量同質で混合し、薪にして使用する、というのがミソです」
「待て待て待て! 何か急に色々一気に話し過ぎだ! 何を焦っている?」
「あ、分かりますか……。リリリスがですね、……近づいてきている気がするんですよ……。あの子のことです。強引にでも押し入ってきますよ多分。もう分かっていると思いますが、彼女は結構、妻の中でも、……色々とズレた子でして……。僕の名前を彼女が決めるなんていう、本当に意味不明なことにもなりかねないんですよね、このままじゃあ……」




