これから、逃走
俺の友人、と言っても、前世での友人である、悪友であり親友であったと俺が思っているアレイスタは、一見するととても美青年だった。
神々何て大概美青年か美女かの二択で、アレイスタもその例に習っていた。
というよりも、神々を基準にしているから、神々に近い物を人間は美しいと称賛するのだろう。
やや話がずれたのだけれども、俺を受け止めてくしゃっと笑っている、きれいな桜色の髪をした青年は、眼を瞬かせる。
いつ見ても本当にうまそう、と言いたくなる甘そうな匂いしそうな肌色と、瞳まで若干色の濃い桃色の彼は、心底嬉しそうな顔をしている。
そしてうれしそうな顔をした後に、渋面に変わった。
いつも通りの表情の豊かさだった。
「もう、きみはいつでもいつまでも! そんなんだから変な風に生まれ変わっちゃうんだよ、ぼくのブロッケン」
ぶうぶうと豚のような鼻の鳴らし方を伴って、アレイスタがぶうたれた。
「……わかるの、ぶーちゃんなの、アレイスタなの、どっちなの」
「どっちも。ぼくがぶーちゃんでアレイスタ。ブロッケンが呼びたい方で呼んでよ。どっちでもぼくは、うれしいなあ。って、そうじゃない! もう! なんなの? 馬鹿なの? 阿呆なの? 考えなしなの? それとも全部なの? どうしてぼくの大好きなブロッケンは、簡単にこういうことするの!」
渋面を一度柔らかくしたと思ったら、俺に対する文句が飛び出してくる。
そうだ、アレイスタはこんな奴だった。
いつでも、いつでも。
俺の事をやたらに心配して、俺に心底説教をして、唇を尖らせて、ま白い牙をむき出しに、騒ぐのだ。
「簡単にって……」
「簡単にだよ! ぼくの大好きなブロッケン、どうして命を燃やして冬を願うの? だめだよそんなことしちゃあ。君の体は何度も冬を流し込まれて、もう、ぼろぼろなんだよ? まだまだ修復にも修正にも時間がかかるのに。君の体だって、ようやく足りなかった魔素を補いつつある状態で、どんどん組み変わっているのに、冬なんて体のことめためたにするもの出したり引っ込んだりさせてたら、出来上がるものだって治るのモノだってどうにもならないじゃない!」
俺とものすごい至近距離で説教をするアレイスタ。
あ、この距離感すごい懐かしいわ。
まさに俺……ギギウス・ブロッケンとアレイスタは、この距離で言いあいを繰り広げていたのだ。
柔らかいふわふわの髪をいじりながら、俺は言い訳を口にする。
「覚えてないし知らないもの、そんな事」
「ふうん……へえ……そうなの……」
なんだか雲行きがとても怪しい、と俺が思った矢先だ。
「だから、手足を血まみれにして踊るの? 人間の体で? 一度二度だったらまだ体も耐えきれるけれど、三度目も四度目もやってたら、君、本当に死んじゃうよ。……いい加減にしてよ、君を追いかけるのに、六百年と半分も使ったのに。ぼくにこれ以上追いかけさせ続けてどうするの?」
アレイスタがいきなり目をうるうると涙目にして、言い出してきたのだ。
俺が毎回頭をさげて、頼むから泣き止んでくれ、と頼み込むいつもの顔で。
「アレイスタ、ここで泣くのかよ!?」
「男の涙は有効活用しなきゃいけないんだよ! ここで泣かないでどうするの!」
なんか、アレイスタがいつも通りとても間違った事言ってるぞ。
涙は有効活用するために流すものじゃないだろ……おまえ……
と思っていた矢先だ。
「いたぞ! 化け物が二匹に増えている! 増援だ!」
「なんていう奴らだ、四階から飛び降りて無事なのも、それを受け止めるのも、人間業じゃない」
「人間の見た目をした化け物に違いない!」
そんな騒ぎがぎゃあぎゃあと響いている中で、俺は我に返る。
「とりあえず、ぶーちゃんここから逃げなきゃいけないって!」
「ん?」
そこまで状況を大した事じゃない、と目の前の錬金神は思っているらしい。かわいらしく小首をかしげているが、俺からすれば冗談じゃないんだぞ、化け物扱いで殺意向けられていたら、俺みたいなのは逃げるしかないんだ。
確かに俺は冬も呼べるし、戦える。
でもそれと、殺意を向けてきた相手と殺しあうのは違うんだ。
甘いって言われようとも、俺は自分の力を殺人の方向で、誰かに向けようと思わないのだ。
「ねえ、ブロッケン」
錬金の美神が、あどけない表情で問いかけてくる。
「ぼくを誰だと思っているの? これでも神々の端くれなんだけれど」
「いや、あなたが神々の端くれって立ち位置だったら、あなたの部下たち立つ瀬がない」
「そうかなあ、……何百年も何もしてないから、腕なまってると思うんだよね、たぶんいくつか階級降格しちゃいそうなくらい」
「矢なんかで殺せるか! 魔法をどんどん放て!」
俺とこいつの会話のあいだに、魔法がいくつも展開されていく。
その量の多さに引きつる俺とは対照的に、アレイスタは楽しそうに笑った。
「なんか久しぶりだね、ブロッケンが動けないなんてありえなかったから、こうして抱っこしてぼくだけでどうにかしちゃうの。でもさ」
一段、アレイスタの声が静まる。
その世界を止めたような音に、俺は心音を感じた。
「神様相手に、そういうの、ほんと」
ばかばかしいよね。
小さく言ったアレイスタが、俺たちに向かって飛んできた、俺だけでは回避不可能な量の魔法をみやる。
少し笑っていた唇が、軽く開かれる。
『錬』
たったそれだけ、でもその言葉でアレイスタは、世界をひれ伏させる。
万能神ユーリウスは、創造神の側面を持つ。
アレイスタは、新たな物を作り出す事はあまり得意ではないけれど、ある物を支配して自在に操るそれは、時にユーリウスを超えた事を今、思い出す。
魔法のことごとくが、アレイスタの呟いた咒で生み出された土の壁に吸収されて、消える。
アレイスタは、魔法を吸収した土がぼろぼろと崩れていても、余裕を崩さない。
元からその予定で作った壁なのだろう。
壊してなんぼの、使い捨ての土壁だ。
「きみたち、十数える間に、殺そうと思うのやめなよ」
アレイスタの声が朗らかに響く。
この錬金神を、いまだ錬金の神の頂点だと気付けない人々が、そのえらそうな調子に色めき立つのが分かった。
「化け物の癖に!」
「ふうん、それじゃあこれは?」
アレイスタが、俺を抱える腕とは逆の腕をひらめかせる。
『錬』
唇が楽しそうで、おそらく数百年ぶりの力の行使が楽しくて仕方がないのだ。
こいつはそういう奴だったから。
化け物の姿で、屋敷に閉じこもっていた時代も合わせると、やっぱり悪戯のつもりなのだろう。
アレイスタは悪戯の境界線がちょっと変なのだ。
そして、神の言葉に従った物質が変化する。
兵士たちの装備が、ことごとく砂に変わったのだ。
「なっ!?」
「魔法を込めた鎧まで……!?」
兵士たち、その上の階級の騎士たちの、動揺する声。
「ねえ、きみたち、いい加減格の違いに気が付いてほしいな」
「……一つ突っ込んでもいい、アレイスタ」
「なあに、ブロッケン」
「……どうして何も着ていないの」
「ぶーちゃんに服は必要だった?」
「いらなかったよね……そののり?」
「うん」
相手をひれ伏させそうな、絶対強者の風格を邪魔してとても悪かったのだが、俺はどうしてもアレイスタに突っ込みたかったのだ。
うん。
だってアレイスタ、全裸なんだもの!
そして俺のツッコミに、アレイスタはくるりと目を瞬かせて笑ってから答える。
「なあにブロッケン、いまさら裸なんて気にするの? 君の方がいつでも半裸だった時代の方が長いのに」
「……眼の毒のような気がしてしょうがないんだよ」
「そうかなあ。でも、それなら……あ、時間切れみたいだ」
「は?」
いきなり時間切れだとか言い出したアレイスタは、ぽんっと、煙を上げて。
<親分へんな顔。どうしたの?>
俺の可愛いぶーちゃんに戻ってしまった。
アレイスタ……お前本性に戻るのに、タイムリミットが必要な制御でもかけていたのか……限定解除が大好きだったお前らしい……でも自分にまでかけちゃったのか……
なんとも言い難い顔でぶーちゃんを見ていれば、ぶーちゃんは俺をつぶらな瞳で見つめて言う。
<親分。周りがとってもぶっそうだよ、逃げよう>
「あ」
俺はまたその言葉で、我に返る。
アレイスタの圧倒的な物を見せられた兵士たちが、本当に殺気立っていて……そして。
物凄く、恐怖に引きつっていたのだから。
「三十六計逃げるに如かず。走るよ、ぶーちゃん」
<親分がぶーちゃんの背中に乗ってればいいと思うの>
「いいの?」
<親分の蹄、血まみれだもの>
「私のこれは蹄じゃないんだけどね……」
言いつつ俺はぶーちゃんに走りながらまたがり、ぶーちゃんも全力疾走し始める。
高さ二メートル近い生垣を、簡単な幅跳びの様に飛び越えていくぶーちゃん。
「普通じゃない身体能力だ……」
<舌かむよ、親分>
その後武器を構える人々を吹っ飛ばし、うん。
ぶーちゃん見事な筋肉で、猪の変種って扱いも納得だよ。
ぶーちゃんでかくなったもんなあ……この巨体何キロあるんだよ。
軽く百キロは超えてるだろ。そんなのが突進して来たら、人間は普通跳ね飛ばされるわな。
若干俺は遠い目になりながらも、ぶーちゃんのとんでもない爆走の結果、城内から脱出で来てしまった。
……これからどうしよう?




