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その力はまさに、異のちから

「いいですか、師匠。飲み過ぎて二日酔いで試合放棄とかしないでくださいね」


「しないっての」


「お金財布ごとカウンターにぶん投げて、財布を盗まれたとかいう騒ぎは御免ですよ」


「何回もしてないだろそれ!」


「いや、一回やるだけで十分問題です、あなたはもっと自分の自覚を持ってください」


「持ってる」


俺は師匠の胸の張り方が少し、心配になる。

この人は自分が、いかに他人からすればプライドの高い騎士様か、なんてわかってないのだ。

そして同時に、強さを追い求めるというあたりでは信じがたいほどストイック、というあたりも。

この人は自分が、いかに他人からすればまばゆい物かわかっちゃいないのだ。

だから馬鹿も平気でするし、失望される事だってされる。


「人様の夢を壊さないように、慎重に行動してください、私は一緒に行けないんですからね」


「お前は俺の目付け役か!」


「いいえ断じてそんな面倒くさい物じゃありません。ただの師匠思いの弟子ですよ」


「おーおー、わかったわかった。それじゃあな、いい子にしていろよ。ちびすけ」


師匠が俺の頭に唇を押し当てて、いかにも子供相手にする事をする。

俺はあんたと似たような年齢だ、と内心で思いつつ俺は、彼に言う。

「気を付けて、行ってください」

あんたに武運を、そしてあんたがここに、元気で帰ってくればそれが何よりの報奨になりうる、と思いながら俺は、師匠が馬にまたがって、使節団の一団とともに去って行くのを見送った。

もうじき、夏が頂点に達する、という日差しの中の事だった。

見送った俺は上げていた片手をおろして、何事もなかった調子で城の中に戻った。

これからはしばらく、ちびの弟子のリンではなく、国王陛下の側妃の女性、としての生き方をしなければならない、と思いながら。




そんなこんなで、その予定の日になってしまった、正直、俺はこの日が楽しみなのか嫌なのか心底わからない。

俺の継承者に、聖女やルナちゃんがなりうるのか、という俺の超上から目線と同時に、きっと今回も無理だ、と思う何かの諦観。

今回も?

俺はふと思考回路に差し込んだその言葉に瞠目する。

そしてそれから、暦の中ではもう一か月も師匠に会っていないと思い出す。

俺は寂しいのだろうか。

構ってくれる相手がいなかったらいやだ、なんて俺はいったい幾つだ。

小さく息を吐きだして、ありえないと念じながらも俺は、聖女とルナちゃんが待っている後宮内の部屋に向かう。

夜の離宮は後宮の管轄外の世界だったから、こうして後宮に入るのは片手で足りるほどでしかない。

それも大体は、弟子のリンとして、ルナちゃんに招待される形だ。

彼女は師匠にあこがれているから、その話を聞きたがるのだ。

俺は俺で、師匠とルナちゃんはお似合いだと思う二人なので、喋っても問題ない情報は口にする。

花も持って行くととても喜んでくれるから、俺は嬉しいのだ。

それはさておき。

一つの扉の中は、運動をしても問題のない部屋らしく、大きさと言い丈夫さと言い、運動用のホールであるらしい。

元は何のためのホールなのか。

内心で疑問に思いつつ、光の反射で見えた床の傷のいくつかで、おそらくダンスのための練習ホールだったのだろうとあてずっぽうをする。

この傷のつきかたは、ピンヒールのそれに近い気がしたからだ。

そこでは、動きやすいドレスを着たルナちゃん……本日も綺麗系のかわいらしさと、大人っぽさの混じったきっちりとした髪が上品だ……と、似たような動きやすさ重視のドレスの聖女がいる。

そして見届けるためなのか、監視役なのか、数人の侍女たちがいる。

彼女たちはルナちゃんの侍女じゃない。

となれば、公平な立場でものを見る侍女か、それとも聖女側の人間か。

どちらにしても、俺はあまりたくさんの人にこれを見せるつもりはないのだが。

俺の負担の軽減のためにも、教えられるかは見極めなければならないだろう。

そんな事を考えながら、俺は二人に向き直って一礼をした。

騎士の一礼になってしまったのは、師匠の近くで師匠ばっかり見ていたせいだ。

型がすっかり身についてしまっているのだ。

畜生。


「まあ、側妃様、そんなにかしこまらないでください」


聖女が口を開く。彼女には俺が、あの時の色黒のちびだとは見抜けないらしい。

ドゥガル様の目くらましの力ってとんでもないのな、と思いつつ、俺はルナちゃんにも向き直る。


「本日は、このようなお時間を割いていただき、光栄です。ルナ姫」


聖女の方がえらい? はっきり言って、聖女よりもルナちゃんの方が身分的には上だろう。

いくら召喚したからと言ったって、この世界のヒエラルキーは王族を頂点にしたものだ。

神殿側の立場は、ヒエラルキーから外れたもの、という認識でいていいはずだから、聖女という名前と肩書である以上、聖女は神殿側の存在だ。

そのため、挨拶はまずルナちゃんからが正しい。

そう思いながら、聖女にも向き直り、一礼。


「聖女様も、お時間をいただきまして光栄です」


「いいえ、本日は貴重なお時間を割いていただき、こちらこそありがとう」


ルナちゃんが正しく、何の問題もない立派な挨拶をする。

父の側妃の一人に対する、とても丁寧でありながら、身分はどちらが上なのかを明らかにしたもの。

花丸百点をあげたい挨拶だ。

俺はにこりと笑う。ルナちゃんも笑い返す。

この子には目くらましがとっくに外れているから、俺がいつも通りだってわかってくれるだろう。


「それでは、お二人のお時間を無駄には出来ませんので……まずは見ていただければ、と思うのですがよろしいですか?」


俺は誰かにこれを教える方法なんてわからない。

ゆえに、見てもらってできるかどうかを向こうに判断してもらって、やった方がいいと思うのだ。

 

なあ、俺の冬。

俺のこの我儘と身勝手とそれから、たくさんの馬鹿を許してくれるだろうか?


二人の了承を得ないまま、俺はゆっくりと彼女たちから少し離れる。

踊りやすいように。

手を伸ばす。目を閉ざす。

心の奥側に吹きすさぶのは、何かしらの吹雪く音。

遠い前世という名前の過去が、俺の目の前に現れるような感覚。

旋律は、俺の中にしか生まれない。

俺はゆっくりと、足を踏み出した。

凍える世界、ああ、俺の世界がここにある。

足先が冷たくなる、ああ、靴が邪魔だ。

俺は踊りながら、靴を脱ぎ散らかして蹴飛ばして放る。

冷たい床に裸足の足が接して、なんだかひどくかじかむ。

伸ばして動かす指がだんだん感覚を失う。

しんしんと降りしきる雪の音が、まばゆいほどの絶望の世界が、目の前に現れる気がして……

口元を真っ赤に染め上げた、純白の冬神が脳裏いっぱいに広がった。


「死ぬぞ。おまえ」


ぼうぼう、と凍れる空気と同じ音で、冬武神が口にする。

それは正しく警告で、俺は強制的に足が止まった。

頭の中の旋律が停止する。

息がもれる。

踊れない。これ以上踊れない。

最後まで踊れば、俺は死ぬ。

いきなり脳みそに突っ込まれた情報は、間違いなく事実だと信じるに値する、そんな何かだった。

もう、冬を踊ってはいけない。

冬を踊れば、俺は。

かたかたと体が震えはじめる。

気付けば視界の中の両手もがたがたと震えている。

――――――死ぬのだ。


「側妃様? 側妃様? 大丈夫ですか!?」


しばし俺は動けなくなり、そしてやっと見る。

俺の前ではルナちゃんが真っ青になって、唇も紫にして、息を真っ白くして問いかけてきている。

聖女は恐れおののいた顔で真っ青だ。

何?

俺はルナちゃんを見て、ルナちゃんが医者を、魔術師を! と叫ぶ声でようやく、気がついた。

俺の床を踏みしめる足は、急速に冷え切った石の床の上で、真っ赤な血に染まっている事に。

俺の両手の指も、自分の引き起こした寒気のせいで、凍り付いて血液を垂れ流していると。

凍傷、という言葉が頭にやってくる。

なるほど、と俺は気が付いた。

自分の力で、俺は自滅する未来があるのか、と。

それから俺は、あたり一面、氷の結晶が出来上がり、さらにあらゆるものが凍り付いて壊れものになっている現実に、息を吐きだした。

何度見ても、この力は強すぎる、と今更ながら思ったわけだった。


「ルナ? 大丈夫?!」


凍って、壊すしか開ける方法がなかったのだろう。扉をぶち壊して現れたのは、王子その二で、たしか、クリスチャンといったか。

彼は妹の無事を確認した後に、この、夏の頂点ではありえない冷気の世界に、何も言えなくなっていた。


「冬神の力が……こんなつよく、」


有得ない、とクリスチャンが呟いていて、俺は彼を黙って見返すほかなかった。

その後から来た奴らの、魔物を超えた化け物を見る表情はもう、俺にとって予想通りでしかなくて、俺はルナちゃんに問いかけた。


「あなたはこれができますか、……いいえ、これをやりとげる覚悟がありますか」


俺の足に、治癒魔法をかけようとしている少女に問いかけた。

答えはあらかた決まっていたのだけれども、一応問いかけたのだ。


「……聖女様も」


「こんな物を……?」


聖女はもっと正直で反応がすぐに返ってきた。

そうだよな、こんな物と言いたくなる異常な力に見えるだろう。

冬を示す、氷の魔法がことごとく消え去ったこの世界では。

これだけ、冷気を操る力は暴力や異常な力でしかない、と俺はここ数か月で師匠に教えられた事実を思い出す。

それと同時に、血まみれた口の白い俺がどこかで見返してくる、そんな気がして仕方がなかった。

いつの間にか、色々な人間が集まり始めている。

俺は裸足のまま、ルナちゃんに言う。


「ルナ姫、もういいですよ」


「でも、足の指がこんなに割けて……!」


「大丈夫ですよ、薬を塗って包帯を巻いておけばこんな物数日で、治りますから」


笑った俺に、ルナちゃんの方が痛くて泣きそうな顔になった。

だから俺は、彼らを無視する調子でそこから出て行こうとして。


「あら、ずいぶんと涼しいわね。誰かとても有能な魔術師が、やっと冷却の魔法を覚えたのかしら?」


という聞き覚えのある声が扉の向こうから響いてきた。


「その、冷却の魔法を覚えた人間をわたくしの部屋に連れてきなさい。部屋が暑くてたまらないのですわ」


ルナちゃんが引きつる。それはそうだ。


「王妃様、ただちに」


言いながら騎士が入ってきて、部屋のあり様に凍り付き、それから。

俺はその後の事がとても非現実的ながら、予測できたものだったせいで動けてしまった。

それはそうだ。

血まみれの手足は、まるで。


“たった今人殺しをしていた化け物が、返り血を浴びたようだ”


「化け物だ! 魔物がこの城の中に入ってきた! 直ちにとらえて、始末しなければ!」


「おやめなさい、違うわ!」


騎士たちが部屋のあり様をそう認識した。

事前の情報が無かったら、そうやって思ってもおかしくない。

有得ない力は、全て魔物の物、という認識が大きいこの国ではこの、冬の凍れる力も魔物の力と認識されるだろう。

王子やルナちゃん、聖女をかばいながら、俺を殺そうと殺意をむき出しに襲い掛かってくるやつらたち。

俺は……殺されるくらいなら、ここから逃亡する!

ばっと踵を返して走り、窓を思い切り殴る。そして飛び出す。


「馬鹿な、ここは四階だ!」


そんな声が聞こえてくるなか、俺は飛び出すと同時に窓枠の上によじ登り、彼らが下を見下ろして落ちただろう場所を確認しようとするやつらを撒いた。

ここで、俺の素性を話して落ち着かせる、なんて土台無理だ。

だって、姫であるルナちゃんの制止を聞いても、殺意むき出しでやってきた奴らだぞ。

とても俺の言葉なんて届かないし、届いたとしても魔物の惑わしだと思うはずだ。

窓枠によじ登って数分、俺はまた動き出すべく辺りを見回した。

血で、足が滑るのも事実なのだ。

そろそろ危ない、と俺は壁の隙間にかけた指も血でぬるぬるとしているから、判断する。

どうする、俺。

と色々な物を考えたと、落下して死ぬ可能性も頭をよぎった時だ。


<親分! したをみて!>


一瞬閉じかけた目が、その声で下を探すべくさまよった。

え……?

下では健康的なピンクの肌の生き物が、俺を受け止めるべく待ち構えていた。


<おちて親分! ぶーちゃんがうけとめるから!!>


ぶーちゃんが、こんな所でぶうぶうと存在を主張していた。

迷ったのは一瞬だ。

ここでぶーちゃんを信じずに落下して死ぬか。

ぶーちゃんを信じて、落ちて受け止めてもらうか。

天秤は迷う事などなく、ぶーちゃんを信じる方に向くのだ。


「頼んだ、ぶーちゃん!」


俺は怒鳴り、手を離して落下した。

流石の俺も、四階から着地できるか疑問だった。

水の一杯溜まった堀に飛び込むのと、普通の地面に落ちるのとでは衝撃が全然違うし。

でも、俺はぶーちゃんを信じると決めたのだ。

だから、落下した。

そして。


<だからきみは、いくつになってもぼくがまもるっていってるの!>


不意に聞こえた、とても懐かしい声のあと、俺はしっかりとぶーちゃんに受け止められていた。


「……へ?」


ぶーちゃんがいた場所にいたのは。






「あれいすた?」


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