得意不得意
北の武術大会はかなりの名誉な物らしい。出場者の名誉的なものでいってしまうと。
だがしかし、何事にも例外という物があるようだ。
「あー、行きたくないぞ」
うちの師匠はその例外らしく、酒場の隅で管を巻いている。
こんな師匠は珍しい。
基本的に師匠は、馬鹿みたいな調子で酔っぱらい、ぎゃははと騒ぐのがセオリーだったのだ。
それがこんな風になっているというと、相当いやらしい。
「そんな事言ったって選ばれてしまったんだから、仕方がありませんよ」
俺は物わかりのいい弟子なので、そう言って慰めておく。
しかしながらうちの師匠は、そう言う簡単に済む問題ではないらしい。
「北だろう。それも暑いと有名な夏の大陸の、からっとしていても気温の上昇が馬鹿みたいだと有名な! そんなところで俺の実力が発揮されるわけがない。予選落ちだ、予選落ち」
「そんな悲観的にならなくってもいいじゃないですか。というか、師匠気温で調子が悪くなったりするんですか」
「なる。冬の間の方が俺は調子がいいんだ。暑いと本当にだめになる」
「夏の間はどうしているんですかあなたは……そう言うのを聞くと、師匠の未来に不安が」
「夏の間は、割合涼しい場所の魔物だのなんだのの討伐に回される。上司ができた人だからな。下の奴らの具合とか、苦手な気温とかを多少は把握していたりする」
いいながら、師匠が続ける。
「高山とか、高原とか。それからほかにも涼しい気温のところ出身の奴らは、そう言う場所に回されやすいし、逆に暑い場所だの湿気の多い場所出身の奴らは、そう言う場所に回されるんだ。適材適所ってやつだろうな」
「そういうものなんですか」
「そう言うものだ。それに、出身地の生活の知恵とか、魔物の対処法とかはかなり便利な場合があってだな。たとえば俺が日常的に腰のオモニエールからぶら下げている香り袋があるだろう」
「ああ、くしゃみのでそうなそれですか」
「この香りは、涼しい地方の魔物を遠ざける調合だ。それと逆に、暑い場所の奴らの調合は、暑い地域の魔物を遠ざける調合だったりする。こういう調合は自分で行うからな。それだけで出身がわかる時もある」
「ちなみに師匠、このバルザックはどちら側の気温なんですか」
「だいたい、中間だな。暑くも寒くもない。一般的に快適な気温だな。俺は少し暑い」
なるほど、と俺は合点する。この、雪の降らない程度の寒さの冬が来る、春の暖かな地域は、誰からも快適と思われる気温なのだと。
俺の感覚が狂っているわけじゃないので、ちょっと安心だ。
師匠は……まあとても暑がりなのだろう。しょうがないこればっかりは。
「どっちにしたって行きたくない。俺は負けるのが大嫌いだ」
「私にぼろ負けしたのに」
「あれはお前が強かったんだ。みた事がないぞ、あんな風に打ち込むやつ。お前はもっともっと強くなりそうなのに、体がな。なかなかしっかりとした筋肉の体にならないし、まともな飯だというのに成長する気配もない」
「個人差がありましす、私はこれ以上大きくならない気がしますよ」
「いや、ぜったいに大きくなる! 百万賭けたっていい」
「師匠、そんな一生分の大金を、私に賭けないでくださいよ」
「俺にはわかるんだよ」
いいながら師匠がお酒を、またぐびぐちとやり始める。
「お前を見ている時に、ふっとお前が大きくなった背中が見える。そう言うのが見えた奴は、大きくなるんだ。俺はそれを外した事がない」
俺はその言葉にぎょっとした。そんなの、って。
「師匠、あなたは予言者の家系だとでも」
「知らないな。先祖に予言者がいた記録はない。このセレウコス国で、予言者が現れたのは今から六百年前で終わっている。そのあたりに、神降ろしの巫女が消えたからな」
「……」
神を下ろす巫女がいなくなったのと同時に、いなくなった予言者。
それが意味しているのは、神の先見の力を借り受けられる器の魂が、いなくなった事を示している。
そんな時代の後に、俺は神の力……冬の力を体に降ろしているのか。
知られたら、普通じゃないと石を投げられてしまいそうだ。
やっぱり黙っておこう、と俺は決めた。黙る事と、嘘をいう事は別物で、俺は嘘を言わないけれど、黙る事にはしている。
「ああ、いやだ、嫌すぎる。俺は本当に暑がりで、暑いと調子が狂うんだ」
卓に突っ伏してぶうぶうと言っている、そんな師匠が酒のお代わりを注文する。
俺は何もいわないで、向かいで度数があるのかないのか、実に微妙な果実酒を舐めている。
やっぱり蜂蜜が甘さの基本で、少し発酵している気がする。うまいけど。
もしかしたら、アルコールを入れないで作った、果実を発酵させて造るお酒がこれなのかもしれない。
酒の知識はあいにく、俺にはほとんどないのでわからない世界だが。
「……それを上司の将軍様に言いますか」
「鍛練が足りないで終わらせられたら、やってられない」
「だったら、選ばれた人と、名乗りを上げた人の試合で、負けますか」
「そんな物は相手に対して失礼以外の何物でもない」
師匠の言い方は、こう言うところだけは騎士っぽいとよな、と思うものだった。
ぐだぐだとしている人は、やがて寝息を立て始めそうになったので、俺はあわてて師匠を揺り起こし、代金を支払って酒場を後にした。
まだ宵の口といってもいい空の明るさで、普段だったらあと三軒ほど店をわたるのだが、師匠はこの状態だ。
帰る方がいいだろう。
そんな風に思って、千鳥足になりそうな師匠を支えつつ、俺は道を歩いていた。
その時の事だった。
「おや、そこの。不思議な人相を持っているね」
俺は声をかけられた。よくある辻占のばあさんに声をかけられたのだ。
「何でしょう。お金はありませんから、占ってもらえないですよ」
「いやいや、ずいぶんと変わった人相だから、思わず声をかけただけだよ。……その相は、持て余すほどの力を持つ相だ。気をつけなくちゃいけないよ。その力はもしかしたら、身を滅ぼすものかもしれない」
一瞬黙ったのは、相手の言葉が身に覚えのある物だったからだ。
ギギウス・ブロッケンの力。冬の力。大陸の絶対浄化を呼ぶ踊り。
その結果、寝込んだり倒れたり、死にそうになったりする体。
この人、ずいぶん人相見がうまいのだな、と思うほどのもの立ったけれども、占いというのはこちらが考えて、身に覚えのある物をこうかもしれない、と受け取るものだから、俺は曖昧に笑ってごまかした。
「ご忠告、傷み入ります。そんな力に振り回されない事を、祈りますね」
「そうかい。気をつけな、たぶんその力は、死んでもつきまとうものだよ」
俺はその言葉を背中で聞きながら、城を目指した。
死んでもつきまとう力、か。
「……救いはもはや、ないのかもしれない」
どこまで行けば、俺は神々の力からも自由になる事があるのだろうか。
それを嫌だとも、問題だとも思わない。
この力のおかげで、守りたい物を守れる事だってあるのだから。
でも。
死んでも、来世でもこの力と折り合いをつけなくちゃいけないとなったら、すねそうだ、俺。
「こんなもののいらなかった、故郷が恋しいな……」
地球だったら、使える事すら気付かないで終われただろうに。
とても難しいものだ、あーあ。




