選別は始まり
「ひどいツラだな」
翌日、寝起きに声をかけられたあたりで俺は、苦笑いとともに答える。
「変な夢を見たんですよ。それだけです」
俺が俺じゃない夢っていうのは、間違いなく変な夢だろう。
俺はギギウス・ブロッケンだったというのに、俺はギギウス・ブロッケンを隣で眺めているのだから。
そして、ありえない冬景色の外の水晶宮。
もしかしたら、日本で見たゲームだのファンタジーの挿絵だのの中身が混ざっているのかもしれないけれども。
とても変だと思うのは気のせいじゃない。
欠伸をしながら俺は、上着をばさりとかぶった。
寝間着なんて物は持っていないから仕方がない。
まあ、着替えは多少持ってきたけれども、師匠は俺が目の届かない場所にいるのを許さない。
そろそろ、魔素を注入しなくったっていい位回復したのに、師匠はいまだに俺を手元に置く。
俺はおもちゃじゃないし、師匠のまなざしはそんな物を見る目付きじゃないから、そういう勘違いは起こさないのだが。
何故だか知らないが、師匠は起き上がって頭を掻きながら欠伸をする。
「でかい欠伸ですね」
「あごの大きさが違うんだろうな」
「外でやったら、師匠の印象ががらりと変わって、女の人たちよりつかなくなりますよ」
「それは困るな」
「だから外ではやってはいけませんよ」
「やるか。だいたい、欠伸なんて安心した場所でもなければするわけないだろう」
師匠は脱ぎ散らかした寝間着から着替える。訓練が続くからチュニックを着て、身分とかをしめす紋章付きのサーコートを着る。
俺は脱ぎ散らかされた寝間着をたたんで片付けて、城の洗濯女の人が入れておくように指示した籠に放り込む。
たまーに、師匠の熱狂的なファンが師匠の着替えを盗んで新しい物に変えてくるが、師匠はそれを気にもしないから、俺も気にしない。
ストーカーかよとも思うのだが、師匠はストーカーを三秒でたたき殺せる実力者だし、俺は素人の女性の攻撃を避ける事くらいだったら余裕だ。
「ちび」
「私そろそろ、魔素いらないって言ったの師匠じゃないですか」
「いいだろ別に、体の調子を悪くしないためだ」
師匠が着替えて寝台に座り、自分の脇を叩く。このあたりでもはや習慣と化した魔素の譲渡があるのだと分かる。
しかしいい加減に俺は、師匠とそう言う事をしたくない。
最近は俺とうとう、ほかの訓練所の騎士や兵士の皆様方から、師匠のあれ……つまり恋人だと勘違いされているのだ。
絶対に違うと思っているし、俺と師匠のあいだにはそんな物はないのだが、他所から来た人間たちには所かまわずキスしあっているバカップルだと思われているようなのだ。
俺は何度も抵抗しているんだぞ、そのたびにあごの骨を砕かれそうな位掴まれたり、くすぐられたり、様々な手段で接近されて口を開けさせられているんだが。
周りからすれば、その過程は滅多に見えない物で、外でまで抵抗するのが疲れてつい、口を開けて無抵抗になってしまう俺がいけないのか。
たまーに、通りすがりににやにやと馬鹿にした顔で、俺を見ている兵士たちもいる。
そんなの無視して問題ないから、俺は放置しているんだがな。
「口開けろ、ちび」
「いやです」
「そうか」
師匠がにやりと悪戯小僧の表情で笑う。その瞬間に距離を詰められて、俺は腕をとられて抱え込まれて、顔を上にあげさせられる。
じたばたと暴れるには、関節を抑え込まれて動けない。
唇をぐっと引き結んでいても、師匠は俺の耳元に自分の口をあてがって言う。
「大人しくしていれば、何にも怖い事ないだろう。大体俺はお前が心配なだけだ。お前はまだ時々顔が青くなるからな」
師匠は俺の扱い方を心得始めて来ていて、俺を心配だという事で、気遣う事で、自分の行為を正当化する。
そして、心配される位だったら言う事を聞いてもいいかな、と思ってしまう俺もずいぶん、師匠に影響されてきた。
俺はじっと師匠を見やる。
「さっさと済ませ……」
口を開いたとたんに、その瞬間を狙ったように唇が重なり、俺の中に温かくて力になる、魔素が流れ込んでくる。
本当に師匠の魔素は、俺の手足に流れ込んできて、すごく温かいのだ。
これが口移しの接吻みたいなものじゃなかったら、もう少し抵抗しないのだがと思う程度には心地よい物なのだ。
因果な物だ。心底そう思う。
「よし。顔色がましになった。大体お前はどうして、しっかり食事をしているのに顔色が悪化するんだ」
「知りませんよそんな物。……ご飯食べに行きましょう」
俺は王宮から支給される食事をもらうためにそう提案し、お互いに何もなかった顔で部屋を出た。
そして一緒の部屋から出てきた俺たちを見ても、兵士も召使も変な顔はしない。
というのも、この世界の騎士の弟子とかは、本当に師匠に離れないで生活していたりするものだからだ。
師匠の身の回りの世話も、弟子の仕事だったりする。
かいがいしい世話をしてその分、評価を上げて身を立てた騎士もいるようだ。
詳しくは知らないが。
しかし、恋愛関係まで行く師弟は珍しいらしく、俺たちがいくら否定しても周りはそうとらえている。
ああ、ツッコミが必要である。
「北の武術大会に出場するように?」
食事の後の稽古、それからまた料理、また稽古、といつもの事になったそれ等をしていた俺たちは、いきなり部屋に集められて、そんな事を上の方々から指示された。
俺たちというのは、兵士全般である。
「北ってどこですか師匠」
「ここにおいて地理の勉強が必要なのか……」
俺の世間知らずに、師匠が呆れた顔で呟いてから、いつも通り言う。
「北ってのは夏の大陸の事だ。春の大陸よりも、夏の大陸は北側にある。だが北側でも夏が容赦なく熱いのは間違いない」
イメージはインドだろうか。緯度は日本より高かったけれども、暑かったような。俺の知識が決定的に間違っているかもしれないが。
「そこの武術大会って有名なんですか」
「有名だ」
「なんで? 違う大陸でしょうに」
「お前なあ。春と夏と秋の大陸は、今から数千年も前から交易をしてきたんだ。まして夏の大陸の巨大帝国は、このセレウコス国と冊封関係を結んでいる。巨大帝国はこのセレウコス国の上という立ち位置なんだ。今年の使者を送る時に、一緒に出場者も送るんだろう」
「師匠はその大会に出た事がなさそうですね」
「前回の大会は俺がまだ七歳のころに開催されたんだ。七歳ではさすがに俺でも出られるわけがない」
何十年かに一度の、大きな大会なのだろうと俺は判断した。ない話ではなさそうだ。オリンピックのもっと期間のあいたイメージが俺の中でちょっと生まれた。
「それで、北の武術大会に出場できる資格のある人は」
「今から発表があるだろう」
師匠の声の後に、上の方、将軍だったかが口を開いた。
「出場者は希望者と、こちらで選別した者たちを競わせて選び抜く。このたびの大会は前回の敗北もあるから、非常に陛下が気にしておられる。希望者は心して希望するように。選別した者たちは……」
言いながら、将軍が幾人かの名前を出していく。
兵士たちの顔を見る限り、その誰もが武勇に秀でた者たちの様だった。
そして。
「ゼブン・ドーラン」
師匠の名前が呼ばれた。師匠は迅雷の名前を持っているから、まあ呼ばれるだろうなと心の中で思っていたので、俺は何も変だと思わなかった。
師匠は周りに肩を叩かれて、気合いを入れさせられていた。
それとかすかな嫉妬のような物を、視線の中から感じたのは、こうして選び抜かれた実力者に対する当然の物だったに違いなかった。




