真骨頂を
何が起こったのか、なんて明白な事実だった。
魔素中毒の緩和、それだ。
王子様その二は目を瞬かせながら、周囲を見回す。
「何がおきてこうなったのだろう……」
「それ以前に、どうします」
俺は背中から、長柄の戦斧を引き抜く。
ぶっちゃけ不安だ。
何故ならば……
「どうも、何かこっちに群がり始めているんですよ」
気配は魔物のそれだ。
おかしな事に、瘴気はそこまで漂わないのに、探れば探るほど群れなす魔物の、独特の呼吸を感じる、気配を、察知する。
「これが一体何を指し示すのかは、わかりませんが……」
とにかく、まっとうな状況じゃないのも、平和的な状況じゃないのも、確かとしか言いようがなかった。
引き抜いた戦斧を軽く横に振る。
重さは、訓練場とかで調整したとおり。俺は高給取りじゃないから、自分のためだけの武器なんて入手できない。
まして、そこら辺からやってきたちび助が、自分専用の武器を持っているなんて言うのが、土台おかしな話で。
帯剣するというのは、それだけでもう、身分がある一定以上だと示すステータスなのだ。
事実、剣はこの春の大陸で、神聖視されている武器である。
そんな物を持てるかよ、ちびの餓鬼に見える奴が。悪目立ちしまくりだろうが。
だから俺の武器は、剣じゃない。長い柄を持った斧なのだ。
目を細める。重さはすごい細かく調整させてもらったから、振り心地はいい。
これなら、切れ味はともかく、命を預けるに値する物がある。
重さがなんだ、といいたい奴ら、殴るそしてけ飛ばして、三枚に下ろす。
知らねえ奴らは言っていろ。
人間、ちょうどいい重さがある。
そいつにとって重すぎても軽すぎても、最高にして最大級の効果を発揮しないのが、重量だ。
重ければ威力は増すからいい、だの。
軽ければ振りやすいから、細かく動けて都合がいいだの。
そんなの馬鹿かもの知らずだ。
自分に見合わない重さだったら、重さに負けて振り回されて、それだけで死ぬ事あるんだよ。
自分にとって軽すぎたら、振り抜きの速度が速すぎて、空振りが増えて、さらに相手にも、与えられるはずの威力を与えられないで、自分が疲れるばかりなんだよ。
だから俺は、細かく細かく、調整した。石突の重さと、斧頭の重さと。
俺がもっとも効果的に、相手を叩き潰すために。
師匠はそんな調整して……と微妙な顔をしたけれど、それで打ち合ったとたんに顔色を変えた。
たぶん、俺がそうした途端に一気に、倒しにくい非常にやっかいな腕前になったからだ。
元々、師匠と俺だと、稽古中の実力は俺の方が高いのだ。
それが真剣試合だと一変したのは、俺の方の躊躇と、重さのバランスの悪さからだ。
それのハンデの半分が消えたあたりで、師匠の有利は少しなくなったのだ。
俺は斧を構えて、周囲を見回す。
がさり、と木々の間から姿を現したのは、猪鬼と呼ばれる種類と、小鬼と呼ばれる種類、そして若干やっかいな、蛇頭鬼と呼ばれる種類の魔物だ。
数はかなりの物だ。
舌打ちを一つ。
気配だけで分かる事があって、こいつら、すごい気が高ぶっている。
なぜか。……きっと、あの音がこいつらの神経を逆撫でしたのだ。
音であり音ではない、あのぼうぼうとした空虚な音が。
こいつらを集めてしまったのだ。
「……なんて数だ」
こんな数を、二人で相手にはできない、と王子様その二が呟く。
うん、普通はそうだろう、でも。
「逃げられませんよ、王子様。背中に大事なもん、庇っているんですから」
背後の祠、ここ入り口が一本だから、ここから魔物の進入を許したら間違いなく、大変だ。
逃げ場がないのだ。そしてこの数。師匠だって疲労するに違いない。
まして、なんだかわからない、竜の骨と何かし終わった後かもしれないのだ。
そんな疲れる状態を続けられるわけもなし。
もし、竜の骨とやらと戦った後だったら、皆全滅する。
「ここは一つ、不退転の覚悟って物を決めましょう」
俺は皮肉に唇がゆがむ。仮に聖女が本物で、魔物を消しとばすんだったら、この程度は数に入らないだろう、でも聖女はステファンとやらを心配し、行ってしまった。
残された俺たちの事など考えもしないで。
「大丈夫ですよ、あなたは燃やすだけでいい」
魔物の数で、声が出なくなっている王子様に、俺は視線を向けて宣言する。
「あなたに群がる魔物はすべて、この私が斬り伏せましょう。師匠の弟子を舐めないでくださいな」
俺たちは、来る奴らを倒せばいい。深追いなんていらない。
必要なのは、祠の入り口の死守、それだけだ。
構えた斧、その先で魔物たちが、声をあげた。
「君だけじゃ」
「私は魔法のいろはもわかりません。でも、やっぱり相手を無力化するんだったら、消し炭にした方が早い。でも、動くもの消し炭になんて難しいとくれば、私がこいつらの……」
斧で魔物を指し示す。
「動きを封じればいい、あなたは安心して燃やすだけでいいんです」
少なくとも、中毒症状になるほど魔素は、この王子様の体の中に、貯まっているのだから。
この程度の魔物の数で、魔素切れを起こすなんて言う、醜態はさらさない。
「君はそんなに小さい体で、こんな大量の魔物と渡り合おうというのか!? 無謀だ、やはり中のゼブンやステファン、アカネを呼ぶべきだ」
「間に合いませんよ、呼んでる間に、あなたの術の詠唱はとぎれる。どうしたって、高度な魔法を使うには長い術式が必要なのでしょう。それをしている間に、あなたが集団でなぶられるだけです」
そう、俺が切り捨てて、あなたが燃やせばいいのだ。
……どれだけ、魔物が増えていくかわからない。
それでも、最善策を取る事だけが、生き残る一番有力な手段なのだ。
俺はそれを知っている。
平和ぼけした日本でも、それは確実で確かな事だったのだから。
「私が動きを封じる間にあなたは、術を完成させてください。炎の術が得意なのでしょう? ならその神髄を、私に見せてくださいな。……おしゃべりの時間は、そろそろおしまいですから」
魔物たちが距離を詰めてくる。
俺は息を吸い込む。
覚悟も腹も決まった。逃げるという選択肢は、残念ながら俺にはなくて。第一、逃げ出すための退路をとれないほど、四方八方から魔物が来ているのだ。
やるしか、ないのだ。
息を吐き出す。一度目を閉じて開き、戦いに必要な音じゃない音すべてを、遮断する。
小鬼が躍り掛かってきた。
俺はそれを、片手で振った斧の一打で三匹ほど打ち砕く。砕いた瞬間に柄を引き寄せて、尖りに尖らせた、師匠曰くもはや凶器の石突で、さらに何匹かを串刺しにする。
後は血塗れ、生き物同士の殺し合いと、命の奪い合いしかない。
切る、突く、貫く、打ち砕く、粉砕する、たまに鈍器と同じ扱い、それから刃の引っかける部分で数匹を転ばせて、動きを封じ……
ちっこい肉体はあっという間に、体力の限界に近づくのに、俺の頭はアドレナリンでも大量に放出されているのか、ちっとも疲れた感じがしない。
俺の足下は真っ赤に染まり、血と脂で斧の刃はずるずると滑る。
元々切れ味に関してはお粗末な物だ。
黒曜石でできた、縄文時代の刃物の方がましなくらいの鈍だから、それは仕方がないのだ。
だから俺は、途中から殴っていく。殴打だ。まあ、尖った刃で殴れば、ちったあ衝撃になるだろ。
肉を切り裂くような、すばらしい切り口じゃない傷は、さぞ痛かろう。
俺の背後では焼ける匂いが強い、生き物を焼く、魔法の匂いだ。
王子様その二は、炎が本当にお上手らしいな。
かなりの数を地面に倒した、そのあたりで。
「っ!」
俺は見てしまった。いいや、五感の全てで感知した。
「核」
小さい声は自分の耳に、信じられないほど恐ろしい響きを伴ってやってきた。




