俺は踊る神ではない。
「ちきしょう……核がこんなに近いなんて」
悪態すら、俺はお上品な言葉になっている。
頭はふらふら、脳内では俺の限界に対しての警鐘音が鳴り響いている。
だというのに、俺は動くのをやめない。
俺が倒れたら、背中のあの王子様その二が守れない。
王子様の詠唱時間を稼ぐ為に、俺は戦っている。
血まみれた斧がどこまで、役にたってくれるのやら。
元々、こんな戦いのための物じゃない。
魔物相手に、延々と叩きつけられるような、長期戦の物じゃない。
そんな、耐久性の低いもので、俺は何をやっているんだろう。
ちらりとその斧を見やれば、そろそろ、斧頭がもげてしまうくらい、がたがたなのが分かってしまう。
……なんて、現実逃避をしたくなる程度には、恐ろしい事態が発生している。
核があるのだ。
瘴気の核。
魔物の一切合切の力を、一気に跳ね上げそして、人間とかを苦しめる瘴気を、発生させるもの。
それも、割と近い場所に、今、生まれた。
意味する事は、魔物の強化及び、この周辺で人間の力が著しく弱まるという事だ。
瘴気は人間にとって、かなりの毒なのだ。
魔獣がどうだかは知らない。
けれども、瘴気は人間を苦しめる物だ。息苦しくなる物なのだ。
そして、瘴気が濃すぎれば死に至る。とまで言われている物であり、これが濃すぎると、神ですら手が出せなくなる、やっかいなもの。
地母神の春の森を、侵すほどの危険なもの。
神と敵対していた、”あいつら”の、力の一部。
でも、何でだ。
瘴気の核なんて物が生まれるのは、あいつらが血や涙を流した時が多いのに。
それとも今回のこれは、偶然瘴気が寄り集まって、核となる物を形成したと言うのか。
だとしたらなんて、タイミングが悪いんだ。
「っ……」
瘴気の核を浄化する事ができる、冬の踊りは踊れない。
魔物が多すぎる。踊っている間は無防備な俺では、挽き肉にされかねない。
まして、こいつらはこんなにも、気が立っているのだから!
怒っているやつらの前でのんきに踊るなんて、出来やしない。
俺よ、どうする?
自問自答、答えが見つからない、絶体絶命、事実さっきから打ち合う小鬼の筋力が上がっている。
猪鬼の勢いが増している。
蛇頭鬼の、目がぎらぎらとし始めている。
息が切れてきた。
俺はそれでも、向かってくる相手だけをどうにかしているのに、足がおぼつかなくなり始めている。
手がしびれてきた、と思った瞬間に、俺は猪鬼の一撃をまともに食らって、吹っ飛んだ。
小さい体が思った以上に吹っ飛んで転がって、俺は祠の中まで吹っ飛ばされた。
そして二転三転と転がって、止まる。
「君!」
王子様その二の、俺を心配する声が響いている。
そんな中、俺は祠の奥から近づいてくる、足音を聞いていた。
音の一つは、こんな状況ではとても頼もしいけれども、何で来ているんだと文句を言いたくなる相手のものだ。
「ちび、無事か」
かけられた声に苦笑いする余裕もなく、俺は引きずり起こされる。
「師匠、王子様が、行ってください、間に合わなかったら」
頭を思い切りぶつけたせいなのか、それともほかの要因なのか、俺は頭が回らない中そう言った。
師匠は疲れてなどいなかった。
体力が有り余っていた。
でも、外の瘴気は恐ろしく濃密になり始めているのだ。
一人ではとても、あんな数太刀打ちできやしない。
俺? 俺は特例だ。そして俺は、迎撃のみに特化した戦い方をしたから、まだ相手にできた。
それに、動きを止めれば、王子様その二が無力化すると思っていたから、まだ余裕があった。
でも、王子様その二は呪文を主に使う人だ。
その詠唱中の無防備な状態は、危険すぎる。
死んでほしくないな、と少しばかり思ったから、俺は師匠に頼った。
「大丈夫だ、こっちには聖女様もいる」
俺にそう言って、頭をなでてくる師匠が、俺をおいて外に出る。
「ゼブン殿!」
王子様の、安堵した声が少しだけ聞こえていた。
その後に、いくつもの足音が奥から入り口へ近づき。
「君、大丈夫かい!」
リナリア殿下と、オズウェル殿下の声が耳に入る。
それから、後ろからステファンとアカネが現れる。
「すごい瘴気だ、聖女殿、祈りを捧げてください。この瘴気を浄化しなければ!」
リナリア殿下の言葉に、アカネが頷き、ステファンを護衛のように従えて、外へ出て行く。
「君は……指は何本に見える?」
「二本です」
「大丈夫そうだ。……今まで持ちこたえてくれていたのか、大丈夫、もう、心配はない。ここは私たちに任せなさい」
オズウェル殿下の声に、俺は頷いたけれども、それは難しいとも思っていた。
核は何時までも瘴気を漂わせる。それも濃密なものを。
だから、任せていいものとは言えない。それでも、聖女がどうにかできるなら、それを頼みにしてもいいのだろうか。
しかしボウ……とまた、あの音が響いた。
リナリア殿下の舌打ち。
「眠ったと思っていたのに!」
「あんな物は、古今東西聞いた事がないから、調べてみる必要もあるぞ」
「この窮地を脱したらに、決まっているだろう」
俺は二人を見ながら、何とか歩こうとした。
腹立たしい事に、動けないのだが。
そんな足手まといを見て、両殿下が言う。
「ここに残しておくのと、外まで連れて行くのと、どちらが安全だと思う」
「中だ。あの大きすぎる図体の骨は、この通路を通れない。外は……」
立て続けに爆発音が響く。あと師匠のハイテンションになった声も。
「あれの巻き添えを食らうのか」
「……じゃあ、中だ。リン、君はよく頑張ったから、こっちの方がまだ安全だから、中にいて。中が危なくなったら、叫ぶんだよ、幸い、入り口からそう遠くないから」
任せていいのだろうか、と少し疑ってしまう俺がいる。
だが役立たずの俺よりは、戦える集団だ。
俺は頷き、両殿下が走り去っていく。
それを見送って、数分。
ボウ……と、あの音が響いてきた。
それと同時に、体の芯まで冷え込むような、冷気が漂う。
その冷気に、俺は覚えがあった。
というか、前世ではとても、身近な物だった。
その冷気を浴びると、俺は不思議と体の痛みが引いていく。
理由は何となく察している、察したくないけれども。
外の気配を探れば、その”力”があまりにも奴らの嫌う物だったから、魔物たちがいきりたち始めた。
そうか、この程度では、まだまだ、魔物にとっては不愉快なだけなのか。
……ああ、ちがう。
俺は引きずり起された体を何とか持ち上げて、祠の奥へ目を向けた。
元来、魔物という物は冬が決定的に嫌いだ。
それは繁殖活動を著しく弱め、力自体を薄めてゆき、奴らのある種酸素のような、重要な物である瘴気を消していく、浄化の力がどの季節よりも発揮される季節だから、だ。
そのため、魔物はどの生き物よりも、きっと冬の気配を嫌う。
……そうか、だからあのバルザックの森の中の瘴気の核の周囲は、魔物がいなかったのだ。
冬だったから、魔物が力を弱くして、冬眠したりしていたのだ。
それか、より安全な、自分たちと戦う定めの生き物と距離を置くために、洞窟だの穴の中だのに、隠れたんだ。
魔物は核があるとか、無いとか、気にしない。それを大事だと守ったりしない。
それゆえに、核から離れる事だってある。
外の爆発音と、けたたましいほどの剣劇の音と、それから生き物の断末魔を聞く。
それから冷気がじわじわとやってくる、祠の奥へ目をまたやる。
魔物は、この、”冬が凝縮した音”をとても不愉快に感じているんだ。
不愉快だから、いきり立ってここに集まってきてしまったのだ。
「くっそ……」
そういう、魔物の対処法は知らないけれども、核を何とかしないと、たとえどれだけ祈りの効力があっても、無駄だ。
核を、何とかしないと。
核を消し飛ばす方法……
俺は体に根性を流し込み、立って踊る姿勢になろうとした。
それだというのに、俺はよほど頭を打ち付けたのか、ぐらぐらと気持ちが悪くなる。
どうする。
どうにかしなきゃいけないってのに。
この、祠の奥に集まった冬の力を放てば、核なんて直ぐ消え去るのに。
それを呼ぶための踊りを踊れない。
悔しさに歯噛みした時だった。
お前は踊るだけのモノだっただろうか?
という囁きが、俺の頭の中でふっと響いた。その音は大昔の俺の声とよく似た、妙な程静かな、極寒の鳥に住む獣の音だった。
その囁きが俺をはっとさせる。
見る事を忘れていた視点、を強制的に思い出させる。
この俺だったモノは、踊る神じゃない。
踊っているだけの、世界に助力を乞うだけの神ではない。
そうだ。俺は踊るだけのモノじゃなかった。
踊りは、俺の一部なだけだ。
俺の本質は――――
俺が”おれ”を思い出したその瞬間から、何かが手の中に生まれ始める。
いいや、凍り付き始める。
[したがへ]
俺の咒言はなめらかな氷の表面を撫でたようで、それでいてやはり、なんというか、喉の奥が凍るようだった。
それはそうだ。
凍える凍てつく力を喉から宿して吐きだすのだ。
それを発する喉が、冷たくならないわけがない。
俺のまじないの言葉は、魔素を使わない物だ。神の中でもどっか異質と言われ続けた、冬神の言葉だ。
普通だったら、はるか遠くの、冬の大陸の力を引っ張ってこなきゃいけないから、若干のタイムロスが出てくる音たちだが。
この祠の奥には、冬の何かが凝り固まっている。
俺はそれを引きずりだしていく。
手の中により合わせていく、この感覚は大昔のそれと同じだ。
でも、一度だけの咒言では心もとない。
だから再び、音を連ねる。
[したがへ]
とたん、喉が人間の限界の冷たさだ、というように痛み始める。
凍る痛みだ。指がかじかむそれを、最大点まで上げたような痛さ。
唾液の温度すら、灼熱に感じる冷え切った喉を、今はいったん無視した。
そして形成するのは、今の俺が作り出せるらしい武器の中でも、この状況に一番適した、
弓
だ。
俺はその辺に転がる石を掴んだ。
弓にそれを打ち合わせれば、石は一時的に冬の力をため込んだ。
そうしたらすぐに放たなければいけない。
ためらいも迷いもない。
俺は祠の中からでも、よく見えるその一直線の場所、核があるであろう場所めがけて、弓をつがえて放った。
昔取った杵柄というのか、そのたった一つの石くれは、核めがけてぎょうと飛び、数匹の魔物を凍らせて吹き飛ばし、核を打ち抜いた。
そこで俺の精神が限界を迎えた。
体も、いきなり冷えすぎたせいか、がたがたと震えはじめて、持っていた弓も落とした。
弓を握っていた手の皮が、弓に張り付いて向けていた。
そこから、凍るようで固まっていた傷口が、一気に上がった体温のせいで、開いて血を吹きだすあたりで、俺はこの体では初めてになる激痛に、声も出ないで膝をついて、歯を食いしばった。
「ちびすけ、今のは何が起きたんだ! お前、何処か怪我を?!」
俺の放ったものの結末は、見えなかったけど、足早に師匠が祠の中に入ってきたから、魔物の大半は消えたか何かしたんだろう。
「あ、はははは……」
食いしばった歯の奥から、やれるだけの事をやった誇らしさで、笑い声が漏れて。
そしてすぐに、師匠の腰にぶら下げられていた袋の傷薬を、手の傷に豪快に塗りたくられた。
すっげえ、しみた。




