表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/117

外と中

しかしぶん殴った所で状況は変わりっこないのだから、俺はさっき感じた、ぞっとする感じが何なのかを、注意深く感じてみる事にした。

ぞっとする。

それはいくつかパターンがあり、恐怖とか嫌悪とか、それからもっと直接的に寒いからとかがある。

初めに感じたものは、瘴気よりもやばい、と本能的に思った。

この本能的な部分は一体、なんぞや、とじっくり考えてみる。

幸いなのかなんなのか、俺は周囲から魔物の気配を感じない。

つまり周囲二百メートルには、魔物がいないって事だ。

これは師匠に鍛えられたんだ。

実地訓練で。さすがの俺も、いきなり森の中に放り込まれて、気配を感じて逃げ延びろ、なんていう事を抜かした師匠と、訓練が終わった時には真剣に口論した。

俺はその間にもう、何遍も魔物から逃げた。でかいのから小さいのまで。

おどりゃいいって? 馬鹿野郎、踊ったら俺の正体ばれんだろ! 踊るのは最終手段だ! 奥の手なんだよ、奥の手簡単にさらしてどうするんだ!

ちょっと熱くなりすぎたが。

そんな無茶苦茶訓練……普通ど素人いきなり、野営だのなんだのさせないだろ? 魔物はびこる森の中に、放り込んだりしないだろ? をなんべんか繰り返した俺は、まあ師匠曰く“地味に生き残れるだろう程度の能力”を手に入れた。

その時の事は割愛だ、何せすげえ……あれだった、思い出したくない。

全部終わって合格になってから、実は陰から見守っていましたと言われた俺は、俺実は無茶な事させられてて、それをやり遂げてしまったのか? と脳内で真剣に議論した。

答えは出なかったんだがな。

さてそれは置いておいて。

魔物がいない中、この、瘴気とは違うぞっとした感じは一体なんだろうか。

俺は少しばかり感覚を研ぎ澄ませる。

恐怖? いや、違う。これは怖いんじゃない。

嫌悪? これも違うな……嫌悪するような奴がここにはいない。

俺はアンデット系だって嫌悪する事はないのだ。

冬の大陸では死体を燃やしたり、穴を掘って埋めたりすることができなかった。

燃料がまずないし、土はかなり凍り付いていて穴を掘れないのだ。

だからどうしたか、と言えば。

死体を捨てる場所というのを決めて、そこにぽい、である。

後は獣や、あの大陸でもしぶとい植物が処理した。

それゆえ俺は、食いちぎられた死体とか、植物が根を張り始めた死体とか、損傷激しいのとか、割と慣れている。

今は見た事ないけれども、耐性だけはある。

だからアンデット系も、あまり怖いとは思わないし、はっきり言えばあー、腐ってんなーで終わる。

事実、無茶訓練中にそういうのに遭遇した時が一回あって、俺はその時自分が腐液だらけになるの承知で切りかかり、動かなくなるまで細切れにし、後から師匠に、思いっきりどやされた。

アンデット系の腐った体液は猛毒の場合が多くて、うっかりしたら寝込んでそのまま死んでしまうとか。

師匠は肝を冷やしたらしいが、俺はそこで覚えたし、そういうのの対処法も教えてもらった。

だからまずないんだが……だったらこの、ぞっとするとしか言いようのない感じは、一体何なのか。

……色々考えて、最終的に思い至るのは寒いから、になるんだが。

今結構あったかい気候なんだよ。春もそろそろ夏になるな、という感じの気温。

これで寒いってなんのこっちゃい、と常識的な部分が首をかしげているわけだ。

それでも嫌な感じは消えない。

これってどういう事なんだろう。

ちらりと聖女と王子を見やる。

何か感じてないだろうか、ダメもとで聞いてみるか。

俺は彼らに近付いた。


「すみません、あの、なんかこのあたり、変な感じしませんか」


あんまり飾った事を言うと、俺は言いたい事が迷子になる。

だから、単刀直入に問いかけてみれば、王子は首を傾げた。


「変な感じですか?」


「あなたの勘違いではないのかしら?」


どっちもそんな物感じていないらしい。

その返答から判断して、俺は頭を掻いた。


「気のせいですよね、うん、緊張しすぎているようで」


「あなたはゼブン殿と、実地訓練をした事がありますか?」


「ええ、ありますけれど、いつも一人きりでしたので……こうして、身分の高い方々がいると思ったよりも」


緊張するようです、と誤魔化せば、王子様その二は大丈夫、と笑いかけてくる。


「最初は誰でもそんな風ですよ。君がルナの話し相手になってくれていると、よくルナが言います。こちらこそお世話になっているようで」


「いえいえ」


王子様その二は、ルナちゃんと親しいのだろうか。

王子様その一は、結構仲が悪いというか、ぎくしゃくしているらしいのだが。


「ルナが楽しそうに、外からもらった花を飾っていたりしますからね。森の花や野の花はなかなか、ルナの元には届かない物ですから。あの子は花が好きですから、とても喜んでいて」


俺がぶちぶち引きちぎって、泥付きのまま渡しているあれを、ルナちゃんは喜んでいるのか、よかった。

長持ちさせるために、土とかつけたまま、飾らないで渡しているから、ゴミ扱いされていたら寂しかったので。


「ルナはゼブン殿にあこがれているので、君がゼブン殿の事を話してくれる事も、すごく喜んでいるのですよ。ああ、内緒ですよ」


にこりと笑った、愛嬌のある鼻をした王子様その二が秘密めいて言った。

こいついい人じゃん、名前覚えておこう、と俺が思ったあたりでだ。


「ねえ、あなた、街に出ているの?」


聖女アカネが問いかけてきた。

俺は嘘は言わないように、こう言った。


「よく、師匠の酒場巡りのお付きをしています」


「それじゃあ、美味しい食事を食べられる場所を知らないかしら。……お城の料理はおいしいのだけれど、故郷の味ととても違っていて」


「まあ、アカネ、そうだったのかい?」


「はい、クリスチャン様。お城の料理は味付けがすごく違っていて……時々故郷の味がとても懐かしくて、でも味噌も醤油もないから……」


「ミソ、ショウユ、知らない名前ですね、肉の名前ですか?」


「調味料の名前なんです」


言ったアカネはなんだか、俺から見るとかわいそうだった。

かわいそうっていうの、変かもしれないんだがね、恋しい味が食べられないって大変だよなって思ったんだ。

その辺りは俺も、いっぱしの料理人の感覚があるのだ。

……聞いていたら、俺も味噌と醤油がすごい恋しくなってきた。

バルザックは港があるからあちこちの産物が手に入る。

どっかの街のあたりで、それっぽい調味料仕入れていないかな……

少し頭の中で、外出の計画を立ててみる。

そうだ、いざとなれば師匠を巻き込もう。

師匠だっておいしい物が好きだから、出汁をきちんととった味噌汁なんて、絶対においしいと言ってくれる。うまみは第五の味なのだ。万人に共通した美味しさの感覚だ。

やってみようかな……うまくいったら、ぜひともドゥガル様に食べさせよう。

まあ、それは後での話だ。

俺以外は誰も変な感じを感知していない。

じゃあ、気のせいなのだろうか。

と思うには、何かが少しだけ、違うと囁いてくる。


「では、師匠についていって、美味しかったところを覚えていたら」


俺はそう言って、顔を上げた。

首筋のあたりを撫でて行った冷気に、目を見開く。

この感じは知っている。

というか、慣れ親しんだ物にとても近い。

しかしなんでここで、この状況で感じるのかが、分からない。

冷気はどこから吹いているのか。

簡単だ、その方角に目をやっていけば、春冬の祠の方からだ。


「……」


「寒い……?」


「冷えた風かしら……?」


黙る俺、疑問を口に出し始めた王子様その二、そして聖女アカネ。

その三人の耳に、悲鳴が響いてきた。

それは男の悲鳴で。


「ステファン様!」


「いけません、アカネ、様子を見てからです!」


聖女アカネが立ち上がり、祠に走っていく。

それを追いかける王子様その二、でも体調不良が悪化したのか、ぐらりと体をよろめかせて膝をつく。

魔素中毒がかなり末期なんだ。

こいつは早く、燃費の悪い魔法を使って、体の中から魔素を排出させないと。


「王子様、魔法で祠の中の事を調べられないのですか!?」


魔法のいろはは知らない俺が怒鳴れば、彼は言う。


「ありますが……魔素を大量に使用してしまいます、できま」


「やってください! 聖女アカネを連れ戻すためにも! 中の情報が何にもわからないのに、ただ突っ込むのは無謀なんです!」


思い切り怒鳴った俺の顔を見て、目を見開いた王子様が、目を閉ざして、術を展開させ始めた。

手が緩く動き始め、術式を描き始める。閉じた瞼に、術の紋章が煌き始める。


「何が見えますか」


「アカネが走っています、祠の道は一本の様で……さらにその向こうには、扉? 開いた扉の向こうでステファンと、両殿下、そしてゼブン殿がいます……なんだ、あれは」


彼が動揺する。その動揺で術が少し乱れたのを肌で感じる俺。


「何が見えますか」


「凍れる、竜の骨……? 金の水晶を抱く、三つの角をいただく骨……? 翼のない……めずらしい形をしています」


「それは動いていますか」


「……動いてはいないと思いますが……だったらどうして……ステファンは倒れているのか……」


彼が言った直後だった。


ボゥ…………と、生き物の鳴き声とは似ても似つかない、そんな音が、祠から響き渡ってしまった。

途端、すさまじい、手足が芯から冷えて行きそうな冷気が、祠からこっちにやってきた。


「っ!」


王子様が術を動かせなくなってしまった。集中力を使う術は、いきなりの攻撃や事態に弱いのだ。

彼の瞼から、術式の模様が消える。


「……ごめん、これ以上は見えません」


「いいです、でもいったいどんな奴が中にいて……でも、祠の中に、その骨以外の魔物はいなかったんですよね」


この問いかけに、王子様その二が頷く。断言する調子で続く言葉。


「ええ、一匹も。普通こういう大きな暗い空間は魔物の巣窟なのですが」


「だったら、その一匹が暴れていないのだから祠の中の方が、きっとアカネにも安全です」


「ステファンは何故悲鳴を上げたのですかね……?」


そうなると疑問が続くのだが、それ以上に彼ははっとした顔になった。


「体が辛くない……?」


俺は彼の顔色を見て、相当魔素を使った結果、中毒症状が軽減したのだ、と察した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ