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入口から二手へ

春冬の祠は、いつでも冬のように寒いから、そういう名前らしい。

いっそ永冬とでも名付けりゃいいと言えば、そういう情緒のない名前はセレウコス国では好まないらしい。

俺に情緒は存在しない!

胸を張って言い切って見せると、師匠に頭を叩かれた。

いわく。


「駄目だお前の、馬鹿が丸出しだ……こんなのが異様に強いとか……世界の終わりだ」


という事らしい。非常に不服だが、確かに俺はそんなに賢くないから、仕方がない。

お勉強よりも、毎日を生き抜く方が重要で、はっきり言ってしまえば、勉強という物は生き抜けるだけの物がなくては、やれない娯楽なのだ。

毎日、食べる物にも事欠いていれば、勉強だ知識だ、を手に入れる前に、腹を膨らませる方に人間は傾く。

だって人間は生き物で、本能という物があるのだから。食欲は三大欲求の一柱で、そして何より生きるためにとても重要な欲望なのだ。

それを失えば、人間は死ぬ。

そういう物の方にばかりいるからか、それとも中学時代に両親と死別した経験とその後の、貧困時代のためなのか、俺はお勉強よりも生きるために働く事の方に傾いてしまった。

それゆえ俺は、情緒とか、なんだか大人の発想になりそうな物にすこぶる弱い。

いまだに。

就活で落とされまくったのは、そういう学歴のなさも影響しているだろう。

好きで高校に行かなかったわけじゃない。

俺には金がなかった。両親の遺産は親戚に食い荒らされて、俺を守るような良識的な奴らはいなくて。

……何より、両親が結婚していなくて、遺産の殆どは親戚たちに回ったのだ。

俺はそして、私生児扱いだった。

中学時代なんてそんな物、知らなかった。戸籍謄本なんて、中学生が自主的に見る物じゃない。

死なれて初めて、俺は自分の立場がとても弱くて、世間的なヒエラルキーの中の下の方だと知ったのだ。

私生児に残された遺産なんて、きりが知れている。

それらすら、親戚たちは強欲に欲しがった。……俺の両親が、実はかなり金持ちだったと知ったのは、それ位のあたりか。

通帳のすごい額。それらに目がくらんだ奴らは、俺が死ぬように色々やった。

思い起こせばあれもそれも、と思うから、何度も殺されかけている。

生き延びられたのは、知り合いになっていた神様たちの、助言だったり予言だったり、介入した事だったりのおかげだ。

……だからこそ俺は。

全てを捨てた。

遺産系の物は何もかもを捨てて、庇護される場所全てを蹴飛ばして、夜の街に跳び込んだ。

そこでおばあさまに拾ってもらって、そこの店の二階の物置をあてがってもらって、そこで暮らした。

ご飯は毎回温かいわけじゃなかった、忙しかったから。冷たい物の事も多かった。

おばあさまは機械音痴で、レンジで卵を爆発させて以来、何か電化製品を新しくしなかった。

だから自分たちのお米は鍋で炊いた。残りはおひつに入れて冷蔵庫の中だった。

昔は蒸して温め直したの、と言ったおばあさまの茶目っ気たっぷりの笑顔は、目の奥によみがえると胸が痛くなるものの一つだ。

話が大きくそれたが、俺はそんなこんなで、あまり学がないわけである。


「両親は?」


「死にました」


「親戚もいないのかい?」


「縁を切るほどのクズどもばかりです」


俺の何が興味深いのか、俺にしきりと話しかけてくるリナリア殿下。

それを見ているオズウェル殿下と、苛立たしげな顔の王子様。名前また忘れた。それと、彼と腕を組むのは聖女アカネらしい。

そして顔色がすこぶる悪い、王子様その二。なんか、どっかで見たような……しかし笊で鳥の頭の俺は、思い出せないでいる。もやっとしてくちゃっとするなあ。


「では、親も親戚もいないから、こちらのゼブン殿に面倒を見てもらっているのかい?」


すごいね、君のような小さい子を育てる根性、と茶化すようなリナリア殿下だが、それには真面目に師匠が返してしまった。


「いいえ、どっかにそいつはねぐらを持っているようで。訓練が終わるとどこかにふらっと行ってしまうのですよ」


「すごいね、猫みたいだ!」


「リナリア、あまり変な事を言うな」


たしなめるのはオズウェル殿下である。

俺は宗主国の二人組のあいだを歩かされている。

何故か……そう、何故か……彼等に両手を掴まれて。

気分は捕獲された宇宙人だ。いかんせんやっぱり、彼等も背丈がでかいのだ……

前を歩く、護衛でもあり実質の盾だろう師匠が、ちらっとこっちを見るたびに、吹き出すのだからかなり、コメディな状態なのだろう、俺は。

くっそ……


「殿下たちは、そのちびが気にいりましたか?」


「こんな弟が欲しかったんだ!」


「こんな弟がいれば楽しいと思っていたのだ」


二人の声は見事にそろった。そしてやはり、俺の性別は見事なまでに勘違い。


「私は身分がすぐに分かってしまう、この緑の髪をしているから、もう本当に、黒髪が憧れで……この子の黒髪が、普通じゃない位闇の暗さだから、つい構ってしまうし、受け答えも可愛くて」


リナリア殿下の言葉が複雑だ。俺はそんな可愛い性格してねえ。

見た目も色黒の悪ガキちびだ、決して自虐ではなく、現実を見た状態でだが。


「ゼブン殿、この子の養子縁組がしたい……!」


「それはドゥーガル陛下に申し出てください。そのちびの事を掌握しているのは、ドゥーガル陛下ですから」


「そうか」


オズウェル殿下が顎のあたりに手をあてがって、そして。


「どうやら、春冬の祠の前に着いたらしい」


と言葉を発した。そこで背後の、超がつく不機嫌な王子様と聖女アカネと、倒れそうな具合の悪さの王子様その二が、何か動く出鼻をくじかれた。

背後の気配ってわかるんだよ。俺これでも。師匠に鍛えられてるから。

俺も離れてくれないリナリア殿下の、手を見た後にその祠を見た。

……背筋に氷水ぶち込まれたレベルの、悪寒がした。


「……っ」


どうして全員、この気配に平気でいるんだ。

これは、やばい。

瘴気よりももっとやばいブツが、かすかに臭う。

瘴気で倒れる人間がどうして、この臭さに気付かない。

俺はこれから、もしかしたら魔物に遭遇して、戦闘に入るかもしれないから、と離れた手を幸いと、ぶるりと震えて、ポケットの中の相方に触れた。

折り畳みナイフは、俺の理性を少し戻してくれる。

冷静になれと言ってくれる。

そうだ、冷静になって見極めるのが、一番なのだ。


「さて、二手に別れよう」


オズウェル殿下が何か言う前に、王子その一が言った。

提案という形なので、呼びかけだからちょっと雑な言い方だ。


「二手に?」


「はい。ここの入り口で、祠の入り口を守る組と、中に入り、水晶を採取する組とに」


王子は明らかに、俺という二人の殿下がなぜか気にいっているちびを遠ざけたがっていた。

俺がいるせいで、おそらく、彼は人脈づくりがうまくいかないのだろう。

二人の殿下が俺ばっかり、注視しているためだ。


「殿下二人は採取しなければならないので、入る組ですが……我々は二手に分かれた方がいいかと」


「ここまでの道中、魔物は一匹も出なかったけれど?」


リナリア殿下が怪訝そうな顔になる。

しかし、王子その一は自信と根拠があるようだ。


「しかし、このあたりは今までは魔物の巣窟だったのです。ここ六カ月だけでも、このあたりの見回りに入った兵士が三十八名、魔物にやられているのですよ。……アカネが現れる前までは」


ちらりと期待するように見つめる、王子その一の視線の先の茶髪の聖女。

彼女は化粧があからさまな睫毛を瞬かせて、恥じらうように目を伏せた。

……まあ、可愛いのは事実かもしれないが、それをここで見せたらいけないだろう。

男だけならどうにかなっても、ここには“姫”のリナリア殿下もいるから、その可愛さは少なくとも、一人にはとても不評になる物じゃなかろうか……

と割と、他人事の顔で思いながら、俺は師匠を見やった。ここは一番年長の師匠が口を出す方がいい。

俺の視線を受けたからか、師匠が目を返してくれる。


「では、外はアカネ殿、リン、「私も外にしますよ。少しばかり、外の方が私の魔術は使いやすい物なので」


師匠の言葉に続けたのは、王子様その二だった。

彼はにこりと、愛嬌も感じる鼻を掻いて照れくさそうに笑う。


「私の魔術は、繊細とはいいがたい物ですし、何より、狭い祠の周辺で使ってしまうと、息ができなくなる炎ですから」


「そうですか、クリスチャン殿下。あなたがそういうのであれば、あなたも外に。……私はいざという時のために、祠に行きましょう」


さらりと言った師匠は、俺の頭をぽんと叩いて、耳に顔を近づけて言う。


「盾は二方向にいた方がいい」


俺はその言葉の、すごい重さにどきりとした。そっか。俺も盾という扱いか。

まあ、俺は素早いし、聖女アカネは何回も転びかけるとろさだし、聖女アカネと一緒にいた方がいいのは俺だろう。

盾として有益だ。

でもそれは、王子その一にはあまりいい思いを抱かせない提案だったようだ。


「アカネも外だと? アカネはこの大陸でもっとも重要な、異世界からの聖女だというのに護衛がこんなちびだと? クリスチャンだけと言っていい心もとなさだろう!」


「では、殿下はどのような提案をなさいますか?」


うるさい、と思ったのかそれとも、彼の言い分にも一理あると思ったのか。

師匠が問いかける。


「入口は、お前とそこのちび、そしてクリスチャンで固めれば万全だろう」


「まあ……俺と、クリスチャン殿下なら相当な布陣になりますが……」


ここで師匠はあえて俺を出さなかった。おそらく、ここで自国の王子の機嫌を悪くする理由がなかったからだ。


「それでは、やはりこちらの殿下たちにもしもの事があった場合は」


「そんなもしもの事の場合は、僕とアカネが力を合わせて殿下たちをお守りするに決まっているだろう」


「ステファン様……」


俺は聖女アカネの言葉で、ああ、こいつそうだ、ステファンだったと思い出した。

ステファンは確か噂の中だと……風系統の魔法が得意だったと思った。空気があればどこでも使用できる物だから、どこでもそこそこの力を発揮する。

……聖女アカネは、祈りの力とかそんな物で、対象者の術を強化できるとかいう、なんかすごい付加能力を有しているのだろうか、気になる。


「魔物の殆どは、アカネの祈りで吹き飛ぶのだから」


自信たっぷりなステファンの言葉だったが。


「私は、どちらかと言えば……ゼブン殿の提案の方が現実的だと、思うよ」


やんわりと、しかしきっぱりとリナリア殿下が口を開いたのだ。


「儀式を行うために、私もオズウェルも中に入らなければならない。外の護衛はしっかりしていなければいけない。となれば……その強力な祈りで魔物を吹き飛ばせるアカネと、炎で焼き尽くすクリスチャン殿下、そして意外と強いらしいリンが外で、ステファン殿下とゼブン殿が私たちの見届け人になった方がいい」


「しかし、アカネは強力な聖なる力を持っていても、優しい少女です」


「ならば余計に、外の方がいいと思うが。これから始まるかもしれない、もしもの時のために多少は魔物が近い事に慣れておかなければなるまい」


リナリア殿下にオズウェル殿下が加勢し、ステファンはちらりとアカネを見やった。


「アカネ、大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ、クリスチャン殿下もいるもの」


気丈な微笑みと形容されがちな、そんな顔をしたアカネ。

そこには、俺の力など何もあてにしていない、はっきり言えば役にも立たないと思っている事が透けて見えていた。

……やっぱり見た目ってすごい大事なんだな。

何度思ったかしれない、この小さな背丈に恨みがわく。

そして成長しない体にも。


「では、そのようにして行きましょう」


師匠が両殿下を促し、祠の中に入って行く。

それに続くステファン。

俺とアカネ、そしてクリスチャンはそれを見送って数分、何も起こらなかった。

野営の準備でもしておくか。

その辺から木の枝とか、木端とかを集めて、枯葉を集めていく俺とは裏腹に、王子も聖女も何もしない。

というよりも、聖女と王子は何か甘い空気を漂わせて喋り始めた。

おーい、ここ外だぞ、魔物がひょこっと出てくるんだぞ、たぶん。

アカネが祈ったら魔物が消し飛ぶって言ったけど……本当かねと俺は疑う。

だってこの春の大陸を維持する、キャシーすら介入しがたいほど、瘴気が凝った大陸では、並の土地神の力は下せない。

地母神の力を示す母の森が、瘴気に侵されているのだから、並の神ではどうにもできない。

……とキャシーが言ったのだ。

最高位の春の美神であるキャシーが、どうにもできないほどの状況を覆す神なんてもはや、ユーリウスくらいだ。

それとも聖女アカネは、ユーリウスの神気をおろせるのだろうか。

たとえおろしたとしても……正直に言えば魔物を軒並み吹き飛ばすのは、出来ない気がするけれども。

万能にして全知全能と言われたあいつは、全てに長けていたけれども。

完全で完璧じゃなかった。一つの事に特化したやつら、例えば錬金神アレイスターとかそういう奴の方が、一つの事ではユーリウスを上回る事もあった。

ただ、その万能の力が並外れたものだったから、ユーリウスは神の長だったんだ。

そしてあいつは、浄化の力はあまりお話にならない物しか持っていなかった。

生み出されたものを育てる、そういう力の方面に強かったあの神は、打ち払うとか、消し飛ばすとか、消滅させるとか、そういう負の側面を持った事が得意じゃなかった。

戦ったらとても強いのだろうが。

なんか頭の中がめちゃくちゃだが、取りあえず野営の準備が大事だ。

焚火の一つもないまま、夜は明かせない。

火を熾す準備をして、取りあえず火打石と火打ち金を道具袋から掴みだす。

何回かかちかちやっていれば火が付く。

そこで思った。あ、クリスチャンに炎の事は頼んだ方が早かった。

しかし……ちらっと見れば、魔物の跋扈する外という認識が甘いのか、聖女と王子はいちゃつく寸前の調子だ。

ぶん殴ってやろうか、と割と真剣に考えてしまった俺は、悪くないと思う。


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