宗主国の王族たち
そんな風に和気あいあいと食べていた辺りで、だ。
途中から争奪戦のような状態で、なんだかあっちこっちで怒声が響き始めたのを、和気あいあいと言えばこうなるという状態の時と言ってもいい。
「ゼ、ゼブンさん……、それと弟子の人、陛下がお呼びですよ」
何処かの使用人が、大声の響く簡易厨房におびえきった表情の顔を出して、俺らを見回して声を発した。
ちょうど俺も師匠も食べ終わり、さて、カードゲームでもするか、勝った方のやりたい事をするか、と盛り上がっているさなかだった。
ちなみに、俺と師匠の毎度のカードゲームは、賭けにするやつら満載の、一大イベントである。
というのも、どちらも単純な部分があって、勝敗が五分五分だからだ。
どっちが勝っても面白い、というレベルなのである。
負けた方の吼え面もまた、周囲からすれば楽しいらしいのだ。
「すごい仲のいい師弟だよなあんたら。喧嘩しても次の日けろっとしているし。おかげで決まづいなんて思わなくて助かるけど」
というのが、師匠の同僚さんの言葉である。
お呼び出しは、カードゲームのために、公平な人がカードを切り始めた所だったので、一瞬ブーイングが上がりかけ、しかし陛下……ドゥガル様のお言葉という事もあり、俺らはすぐさま立ち上がった。
「ちび、髪の毛に櫛!」
言いつつ、歩きながら、師匠が俺の、櫛を入れられる長さになった髪の毛を、引っこ抜く勢いで梳かし始めた。
「別段これでも困らないですよ」
「お前は俺よりも見た目を気にしないあたりが、問題だ! お前の鳥の巣は問題が大ありだこの馬鹿! ったく、なんで人様の見た目は気にするくせに、自分の見た目には一向に頓着しないんだ」
「してますよ」
就活の時とか、めちゃくちゃ気を入れて整えていた。その反動からなのか、俺はこちらに来てから色々面倒になり、髪の毛も伸ばしっぱなしの、荒れ放題である。
それをばさばさと垂らして、場合によっては何かの紐で頑張ってまとめたりするくらいだ。
目に入って、訓練の邪魔にならないかと言われるんだが……自分の髪が翻ったり踊ったりしながら訓練する、という事になれてしまうと、あんまり邪魔だと思わない。
「してないだろう! この、くそっ、頑固な黒髪だ!」
「いたた、いたいいたいいたい! 師匠、力を入れ過ぎです!」
俺は地味に悲鳴を上げた。師匠がわざとじゃないのは知っているが、荒い目の櫛が俺の髪に引っかかり、ぶちぶちと何本も引き抜かれていく音がするのだ。
すっごい痛い。
束で抜けてないだろうな、と思っていれば、師匠が諦めたのか、櫛を引っこ抜こうとする。
しかし。
「師匠?」
「すまない、……櫛が抜けなくなった」
「えええっ!!」
「油でもたらすか……?」
「いやですよ、がんばって抜いてくださいよ!!」
「お前の髪の毛がちゃんと手入れされていないのが、いけないんだ。なんでこんな見た目に関して超無精な餓鬼が……日常生活では細やかな気遣いを……」
言いつつ師匠が、何とか髪の毛から櫛を取り出そうとする。
するも、俺の強情な髪の毛は食いついて離さないらしい。
小さく呪いの文句を呟きながら、師匠が溜息を吐いて。
ばきっ、と、音がした。
「よし、取れた」
「……ししょう?」
俺は音とともに解放された頭と、先ほどの音が示す事に恐ろしい思いを抱きながら振り返った。
師匠の手には、隠しそびれた櫛があった。
それも見事な程、粉々に砕けて。
言われずともわかる。師匠が、俺の髪の毛から外れないから、櫛を折ったのだ。
そこまではわかるのだけれども。
俺は急ぎだというのに、目玉がこぼれそうになった。
「その櫛、」
あんたの、死んだ婚約者の、
「急ぎだ、物はいつか壊れれたり壊したりする。さっさと行くぞ! 陛下をお待たせするわけにはいかないだろ!」
呆然としかけた俺に、笑った師匠の笑顔が、あまりにもあっけらかんとしていて、何も言えないまま、彼のやや後ろを大股急ぎ足で、ほとんど駆け足、なんといっても師匠とはコンパスが違い過ぎているのだから彼の大股はほぼ俺の駆け足、でドゥガル様の待っているだろう、謁見の間に急いだ。
謁見の間という事は、確実によそ様からのお客人がいるところに呼ばれたという事だ。
そう考えると、俺の鳥の巣頭はなかなか問題かもしれない。
この黒い鳥の巣は、いろんな意味で目くらましなのだが。
この頭と、普段の行動の結果、俺は絶対に側妃だとばれない状態まで持って行ったけれども。
よそ様の使者とかの前には、あまり出せないのが俺だろう……とちらっと思った。
「第一隊隊長、剣術師範、ゼブン・ドーラン入ります」
「リン、入ります」
謁見の間に、最高の礼をして入った師匠の後を、俺は追いかけて俺の身分でできる最高位の礼をとってから、周りを見渡した。
いつ見ても銀色の癖に、派手派手豪華な綺羅の空間だ。
そこで目がちかちかしながらも、俺は回りを見回さずに、そっちを見た。
そこには、不思議そうな目をした二人の青年が立っていた。
……青年だよな? 俺は自分の目に問いかけつつ、立っている相手がおそらく上位身分なので、師匠の後に続いて跪いた。
首を垂れるのまでが礼儀だが。ついつい見たくなるのは好奇心からである。
見たい、気になる、でも無作法。さすがの俺はこの場所で好奇心に負けて、師匠やドゥガル様に呆れられる行為は取れない。
見たい思いを我慢して頭を、下げていたら。
「君……そんなに子供なのに」
眉をひそめた、というのが如実にわかる声で、青年の片方が呟いたのが聞こえた。
その声は若干のアルトで、はっきり言えば美女の声だった。美少女ではなく、美女の声。
俺の気のせいか、と思うんだが続いて聞えた声はと言えば。
「弟子という物は、師匠の下で十年近く鍛錬を積むものだと聞いているから、この子供もこれ位の歳から弟子入りしなければ、いけないのだよ」
そのアルトとの血縁関係を感じさせる、しかし男の声が響いた。
「まあ、落ち着いてほしい。リナリア殿下、オズウェル殿下」
ドゥガル様の声で、ぎょっとした。ぎょっとしたという心臓がでんぐり返ってさらに爆走する勢いだった。
え、ちょい待て。ドゥガル様が敬語なんて、一体どこの超大国の王族なんだ。
気になるものの俺は、普段の無精で他国の王子王女の名前が分からない。
一っつもわからない。そしてこのセレウコス国の王子王女の名前も完全には、一致しない。
せめて一致するのは、ルナちゃんとドゥガル様くらいという笊頭なのである、俺の頭の中身は。
「そこのリンは、なかなか見どころのある人間なのですよ。その見た目で実に強い」
ドゥガル様、何を言っているのかと思うんだが。俺のやり方が甘ちゃんだと酷評したのはどこのどなた様ですか。そう、そこのあなた様です!
ツッコミを飲み込み、俺は頭を下げ続ける。
「へえ……そんなに小さいのに」
小さいの言うな。どうせ低い背丈でしかない。
内心でぶーたれつつも、俺は頭を下げ続ける。
「こんな小さい子供がそんなに強いなんて、信じられない」
アルトの声が言い、それに青年の声が返す。
「人は見かけによらないという典型的な形、なのだろう」
隣では、師匠が肩を震わせている。メリエダで若干の酒が入った師匠は、実にちょっとした事で笑い上戸になるのだ。
はらはらしてしまうのは、俺だけじゃない。ここで笑いの発作が起きたら、即座にみねうちでもして、師匠を黙らせなければならない。
「そこの二人にも、あなた方の儀式の同行をさせてもらう事にしてあるですよ」
「そんな……王子殿下二人に、聖女様に、と儀式の同行にいつにない方々を同行していただくのに、音に響いた迅雷のゼブン殿まで……そこまで気遣っていただかなくとも……」
ドゥガル様の言葉に恐縮するのは、アルトの方だ。
なんかの儀式があるらしいな。
なんだか知らんが。なんだろうな。思いつかないが、俺の知識量で思いつくものの方がおかしいだろう。
「ゼブン、リン、面を上げよ」
ドゥガル様がそう命令したから、俺たちは顔を上げた。
顔を上げると、そこにはやっぱり二人の人間がいる。
どちらも艶やかな、珍しい緑の髪の毛をしている。それを一人は腰まで伸ばして、片方は肩のあたりで切りそろえているのだ。
どっちもぱっつんである。
顔の造りは整っているに違いない。
美青年と言っていいだろうイケメン二人である。
ただ、肩ぱっつんの方が、睫毛が長くて黒目がちだ。
どちらもしっかり緑の目。夏の血を引いている緑の目だ。
肩ぱっつんの方がやや、女性的な肉体をしているかもしれない。もしかしたら女性かもしれない。
「この二人の方は、宗主国エルトリウスの王族の姫君リナリア殿下と、王子のオズウェル殿下だ。お二方は、凍れる三柱の儀式を執り行うために、このバルザックにいらっしゃったお方たちだ」
地図の勉強をしておくべきだった。全く地形が分からないというか、宗主国と言われても良く分からない俺に、隣の師匠が視線で、後での説明、後説教、と語ってきた。
うへえ、師匠の説教長いんだよ。
ちょっとばかり、俺が常識持ってないってだけで。
それと、凍れる三柱の儀式ってなんぞや。
俺が理解の外側に心の中で苦しんでいると、肩ぱっつんの方が笑いかけてきた。
「ああ、君は相当な田舎から来ていると聞いているよ。もしかしたらセレウコス国以外の国の事は何も知らない?」
恥を忍んで頷くと、彼だか彼女だかが笑った。
「田舎の方はそんな物だよ、あまり気にしなくて大丈夫、これから覚えれば」
話の分かる御仁だが……誰か説明をくれ。
ドゥガル様、フォローしてくれ。
「凍れる三柱の儀式とはね、このバルザックの少し北側にある、春冬の祠に行って、金に輝く水晶をとってくる、いわば成人の儀式の一つなんだよ。エルトリウスの王族は、冬の大陸以外のどこかで、その年の三つの品物を手に入れなくてはいけないんだ」
「一つではないのですか」
師匠が問いかければ、二人がそろって頷く。
「ええ、エルトリウスでは三を聖なる数字としてとらえる風潮が長いので、成人の儀式の品物は三つなのです」
「毎回金に輝く水晶と、夕暮れをすかす真珠、夜を切り取った宝石、だったような」
なんだか良く分からないが、すごい物が条件の様である。
俺は何とか話の流れが分かった。
つまり、宗主国……たぶんエルトリウスはセレウコス国の上位の王国か何かで、王族は属国に行って成人の儀式の品物を、探してこなければいけないのだ。
この二人はセレウコス国で、それらを求めるのだろう。
そして、たぶん、何人かがそれを見届けるのだ。
選ばれたのは王子二人に、聖女に師匠と……俺?
俺はおそらくおまけだろう。
師匠の戦い方を見習うために、お荷物として一緒に向かわされるに違いない。
「それらを集めて、成人したと認められなかったら、結婚も許されていなくてね」
茶目っ気たっぷりの肩ぱっつんの方に対して、腰までストレートは少し苛立った顔をした。
「リナリア、そのためにお前は、婚約者を待たせ続けているのだろう」
あ、髪の毛短い方がリナリアなのね。覚えやすいわ。
消去法で髪の長い方がオズウェルだが、彼の言葉にリナリアが肩をすくめた。
「私の婚約者殿は、そのあたりの事ももちろん考慮してくれているさ」
オズウェルが溜息を吐いた。
そんな二人を見て、なんだか一波乱起きそうだな、と俺は嵐の予兆を感じていた。
実際に起きてしまうと、分かっていたら俺は彼らに同行しなかった、だろうか。
いいや、何度でも同行するだろうが……




