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知らない事を知る事

「信じられないんだが」


俺もそう思うよ、でも魔素の過剰摂取ってそんなもん。

内心で答えつつ、俺はいかにも何も知らないという顔で言う。

どう説明するんだよ、証明するんだよ。

絶対に無理だからな?

この世界で、魔素の過剰摂取の弊害なんてもの、理解している人間はいない。

そしてそれを研究している人間はいない。

というか、魔素中毒の症状が多種多様すぎて、関連付けられない奴らの方が、圧倒的に多いんだ。

それゆえに俺は答えられないのだ。


「うーん……それでしたら、もしかしたら、脂じゃない物がかかわっているのかもしれませんね……脂とか、お砂糖みたいなものとか……それじゃないもの……なんでしょうね」


俺はうなるような調子で、考えるように匂わせてみた。

しかし王子様、えっとステファンはわからないらしかった。


「そんな物があるのか? どう考えてもわからない」


「私も思いつきませんので。それでは、失礼いたします」


俺はそこで用件を思い出し、彼に一礼をした。

うん、用件ってのは実はとても面倒くさいのだ。

面倒くさすぎて、頭抱えるレベルの奴なのだ。


「僕を放置するほどの用件なのか?」


「ずいぶん前から約束しているものなので」


約束じゃねえんだけどな。

行かなかったら大騒ぎなんだよ。笑えない位の大騒ぎなんだ。

いっぺん道に迷いかけてたら、すごい声で呼ばれながら探されてたんだよ。

おかげで俺は、道に迷いかけてさらに、老朽化した回廊を歩いた時に床が抜けて、身動きが取れなくなった状態から脱出、出来た。

ほんとあの時は、泣くかと思った。引き上げてもらった時に、まじめにべそをかきそうになって、鼻をすすった。

そんな俺を、そいつはお前もまだまだちびなんだなと笑い飛ばした。

俺だってもうちょっと関節動かせたら抜けられたわ、とは言えなかった。

その日頬に擦過傷の出来た俺に、そいつは手持ちの軟膏を塗ってくれた。

……そう、今からそいつの所に行くのだ。

誰かって?

答えはとても簡単だ。

そう、あいつである。





「遅いぞ、ちび助!」


俺が訓練場に走っていくと、ちょうどほかの人たちの訓練に付き合っていた男が、大声で怒鳴ってきた。


「すみませんね、身分の高い方に捕まってしまいまして」


「道でも聞かれたのか? おそらく最近王宮に戻ってきた旅団があったはずだからなあ」


「よくわかりませんでした!」


俺はステファンに足止めを食らった、などとはとても言えやしないので、そう誤魔化した。

大声を返す、明らかな誤魔化しに男はつっこんだりしない。


「とりあえず、今日も走り込みからだ、俺に付き合え、ちび!」


「待ってください、柔軟体操から!」


言いながら俺は、日本のラジオ体操第一を一通りやる。


「ちびは変な体操をしてから動くな」


「一回体をしっかり伸ばしてから、動き始めると痛めにくくなるんですよ」


「お前の故郷の事はわからんが、変な事に詳しい国だな」


「でもゼブン、実際ちびの奴真似した後に、動いた方が新兵は筋を痛めにくい」


ゼブン……そう、俺にいちゃもんつけて酒浴びせて、やり返したら根にもって、決闘騒ぎに持ち込んで見事に、俺に敗北したあの男だ。

俺はドゥガル様の意思と気遣いにより、この男の弟子という肩書を持つ事になった。

しかし俺は弟子だが、四六時中一緒にいるわけじゃない。

訓練の時間という物を、しっかりと決めてそこで、この世界流のいろはを教えてもらっているのだ。

俺は対魔法使いの戦い方なんて知らないからな。

ギギウス時代は、そんな物無効にして、血まみれどろどろ、腕を吹っ飛ばしても肩がえぐれても、死なないから痛みを一時的にシャットアウトして、魔法使いを叩き潰したからな。

でも、そんなのはすぐに終わったな。

実力差ってやつだった。俺の速度に、魔法使いみたいな詠唱のタイムラグがあるやつらが、敵うわけがなかったのだ。

でも俺はいま人間で、動きに制限はあるし痛かったら動けないだろうし、制約多すぎんだよ。

失血死だのショック死だのは、ありうるしな。

それに加えて、俺の地球産の戦い方は、こちらの本物の殺し合いをしていたやつらとは、ある意味大きく違う。

試合として覚えた俺と、生きるために覚えた相手と。

殺すつもりでかかったら、たぶん軍配は相手に上がるだろう。

それに俺は、何度か暴れて実感したのだが、スタミナがあまりないのだ。

まあ同じ年齢や体重の女の子と比べたら、相当あるだろう。

でも俺が求めている体力や持久力、スタミナじゃないのだ。

ゆえにこの、ゼブンの弟子として付き合うのは、俺にもメリットがあるのである。

側妃は戦ったりしないんじゃないかって、言うかもしれん。

だがしかしの世界だ。

俺は魔物を浄化する、冬乞いのために側妃になった。

魔物や瘴気が手を付けられなくなったら、俺はきっとこの国のどこにだって投入される切り札扱いなのだ。

さらに。

冬乞いのあいだは、俺は踊っているからとても無防備。

もしかしたら、踊る隙を見出せない現場ってのも、あるかもしれないのだ。

そういう時に生き延びなきゃならんから、俺は戦い方も生き延び方も、自分に叩き込まにゃならんのだ。

神様としての俺の知識や技量は、大概“不老不死の神様”としてのブツだ。

それは“人間で制約の多い俺”とは相いれられない物が多い。

役立つ戦闘術は多いが、無駄な戦闘方法も極めて多いのだ……これが。

そのため俺は最近ずっと。


「ちび、お前ほど俺の走り込みについていける弟子は今までいなかった!」


訓練場の外側を、えんえんとランニングしているのだ。

倒れるまでランニングし、水を被せられて水を飲まされて、塩を入れろと文句を言う。

脱水症状危険なんだよ。塩入れろ。電解質なくなると人間水受け付けなくなるんだよ。

体の中の塩分濃度、下がりまくったらそれだけで致命的なんだぞ。

そんな俺のぎゃあぎゃあとした騒ぐ声で、取りあえず訓練場の給水場の水は体液と同じパーセンテージの水になった。俺が水の分量に対しての塩の割合計算したんだ。

そのおかげか、脱水系で死にかける奴はずいぶん、減ったらしい。

お前の出身地なんなんだ、と言われれば、過酷な環境の時があったんですよね、と誤魔化した。

それだけで、俺の黒い肌色などから過酷な環境を想像するらしい。

やっぱり地球と同じなのか、過酷な日差しの地域の人間は、肌色が濃い認識らしいので。


「そりゃあ毎日毎日走らされれば、多少は慣れますよ」


最近の俺は、走りながらしゃべる余裕もできるようになった。


「いいや、大概逃げられた」


「逃げられる物なんですか」


「どっか別の騎士の弟子になったとか言って逃げるんだ」


「へえ……そんな手段が」


「お前やるなよ? やるなよ!」


「師匠が言うとなんか前振りみたいです」


「マエフリってなんだ」


「こっちの言葉です、お気になさらず」


今日のランニングは八十周で終わった。

その後は少し息を整えてから、打ちあい稽古。

といっても打ちあい稽古の方では、俺がゼブンをぼこぼこにするスタイルになってしまっている。

俺は動体視力が人より高めで、おまけに前世の経験値で目を閉じても距離やその他もろもろが測れる。

そこから何が言えるのか。

ゼブンの木剣が一回も当たらないという事になるのだ。

打ちあえと言われても、無理だと言い返すのが日常だ。


「ちび、打ちあい稽古で何打ちあわないんだ!」


「あなたみたいな筋肉の人と打ちあったら、それだけで剣落としてどっかに直撃ですからね?! 避けますよ、命は惜しい!」


そんなやり取りが延々だ。

お聞きになる皆さまは、俺がこのゼブンを軽蔑していたと知っているかもしれないので、俺のまともな対応が疑問かもしれない。

そう、ゼブンは以前はめちゃくちゃ腹立たしい嫌な奴、だった。

だがしかし、いっぺんぼこぼこに打ち負かした決闘騒ぎの後、なんか憑き物が落ちたみたいに一変したのだ、性格が。

おそらく、プライドを更地にされて新しく作り上げたら、なんか改心したらしい。

今まで自分に勝てる奴がいないと天狗になっていた、その鼻っ柱を俺みたいなちびがへし折ったから、世界の見え方が変わったんだと。

本人が酔っぱらって暴露していたので、これは間違いない。

周囲もゼブンを、むやみにちやほやしなくなったというのも大きいだろう。

ゼブンはちやほやされる分、遠巻きにされたり、おべっかを使われたりで心が曇っていたのだ。

それらを全部吹っ飛ばした俺が言うのもあれだが、やりすぎたかなと思った事は数回あるんだが、腹立たしい性格のゼブンは、なんか親しみやすい兄ちゃんみたいな面倒見のいい、本質が周囲にもばれたそうだ。

俺相手に、師匠というよりも兄貴分みたいな付き合い方をしているからだろう。

なんかそっちの方が、皆声もかけやすいし交流もちやすかったようだ。

おかげでゼブンは、ちょっと浮いていた存在を地面に着地させる事に成功した。


「ついでにちび助! 構えが本当に悪いぞ! なんで教えた通りに持てないんだ!」


「重心が相性悪いって何べん言ったら理解してくれるんですか、鳥頭!」


「自覚はあるがお前、長柄斧は使うだろう!」


「こういう剣と斧の重心、違いますからね? 重さ同じでも、決定的ですからね?」


「これだから努力の足りない奴は」


呆れた調子の師匠に言い返す。俺は言い返したい事があるのだ!


「努力の問題じゃないですからね!? 私の背丈でこの長々とした剣持ったら、それだけで振り回されますからね!?」


「おー、毎度毎度よく騒ぐ」


「あれで体力がないとかゼブン言うけどさ、俺たちよりもたぶんちびのやつ、体力あるぞ」


「「「「「言えてるー」」」」」


俺らの周囲でそんな声がちらっと聞こえたが、たぶんあんたらの肉のつきかたを見るに、俺よりゃスタミナは絶対あるぞ。

これだから持つ物は持たざる者の苦労を知らないんだ……!

それがざっと一時間近く続いて、さらに筋トレらしき運動が追加されて……

俺、何やってんだろうとかちょっと思う時あるんだが、まあ弟子になっちまった以上腹くくってやるしかないんだわ。

そして更なる問題が。


「稽古終わり、食事だ、後頼んだ!」


「せめて……あと十分ほどの休憩を……」


何故かこの訓練場を使用している野郎どもの、メリエダという物の用意をする羽目になっているという問題である。

メリエダ。それはスペインの食事の名前なんだが、意味は昼食と夕食のあいだの食事というニュアンスである。

異世界なのに名前一緒なのかよ、というツッコミがあるだろう。

だが、牛は牛だし、鳥は鳥だし、俺の耳にはいる名前は共通点が多い。

おそらく異世界から飛ばされた時のなんらかの力が、俺の脳内で言葉を変換しているのだろう。

だから耳慣れない言葉が、俺の理解できる単語になっていると、思われるのだ。

よっぽど翻訳できない単語とかが、こちらの名称として俺の耳に入るのだろう。固有名詞とかさ。

そして俺はおばあ様が、ヨーロッパ各国の料理とかの造形にとても深いお人だったから、メリエダという単語を知っていた。

だからこの風習を、メリエダだと認識している、というわけだ。

まあそれはさておき、下町じゃメリエダなんてなかったのになぜだと思うが。

理由が単純すぎた。

この国の兵士の労働時間、ブラック一歩手前のグレーゾーンなんだわ。

そして激務なんだわ。

三食じゃ燃料足りないんだ。ゼブン……これから師匠でいいよな? 名前で呼ぶのなんかしっくりこない。……から仕事の内容とか時間とか聞かされて、戦慄したの割と前だ。

中身は割愛なんだが、睡眠時間が三時間くらいとか、一般的な兵士は普通なんだと。

それもこれも、瘴気が春の大陸を侵しているせいで、魔物が激増した結果なのだとか。

瘴気で強化された魔物だから、標準的な物よりは強い。

どこにだって出没する。強いから数の力でどうにかしにゃならん場合も多い。

下手に新兵をこき使おうとすると、魔物に嬲りごろされるから、多少実力のあるやつらが動き回り、新兵は鍛え上げなきゃならない。

……エトセトラエトセトラで、新兵は訓練時間が異常に長いし、過酷だし、いっぱしの兵士は見回りとか警備とかすごいスケジュールだったりするんだとか。

当然のように食事は、三食ではおいつかないのである。

兵士とかだけが、一日五食も六食も食べるんだと。

それでメタボにならないのだから、どれほどカロリー消費が激しいのかは、推して知るべしという奴だった。

そしていっぺんだけ、腹減ったとぼやいた師匠相手に、訓練場の簡易厨房で、その場にあった物ありあわせサンドイッチを作ったのが始まりである。

俺も俺もで、いつの間にやら訓練場……名前たしか、第三訓練場……のメリエダを作るのを断れなくなり、なんか定着してしまったわけだ。

まあ……いい事もある。

実験みたいな味付けも、試せるからな。ドゥガル様にはおいそれと試せない。

しかしここの皆様は、うまければ実験の結果でも気にしないから、試して問題ないのだ。


「十分な。厨房の前にたむろしてっから、すぐできる物考えろよ、凝ったのじゃなくていいからな」


「せめて皮むきとか切るのとか煮込むのとか、手伝いが欲しいです……」


ぜえぜえ息を切らした俺がぼやくと、師匠が言う。


「始めてしまったのが運の尽きだ。お前断らない性格してるからなー」


一瞬俺は師匠の足を思いっきり踏んづけたくなったが、こらえた。



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