成功しつつある事柄
「お前は、魔法使いか何かなのか?」
問いかけられて俺はしばし、相手を見て目を瞬かせた。
場所は、夜の離宮の門の前である。
何ゆえに、俺が魔法使いなんだ。
俺よりもあんたの方が魔法使い、だろう?
なんて思っていた俺である。だって目の前にいらっしゃるのは、金髪に紫の瞳の、意地悪ような顔立ちの……うん、嫌な奴みたいな表情をした青年なのだから。
こいつ誰だよ。
俺は数分黙ってから、首を傾けて問いかけてみた。
「すみません、何分このあたりには慣れておりませんので、あなた様のお名前も知らないのです」
知らないんじゃない、思い出せないんだ。
しかしそんな事を言った暁には、たぶんさらに機嫌を急降下させそうだから、あえて知らない事にした。
「知らない? お前はどこの出身なんだ? このあたりの貧民街の人間だったとしても、僕の名前は知っているぞ」
「辺境も辺境から来ましたので」
俺はしゃあしゃあと嘘を述べていく。地球はもはや異世界だが、通りが悪いしキャシー位しかその事実知らないし、言わなくても問題はない。
「僕はステファンだ」
「すみません、姓はなんというのでしょうか」
「お前は一体どこから来たんだ……」
心底軽蔑したように言われた後。いわれる。
「ステファン・ディ・セレウコニィだ」
本物の王子様だった。そう言えばルナちゃんとそっくりな色彩だ。
って事はルナちゃんのお兄ちゃんだろう。
王子様が一体何の用事だ。俺なんぞに。
「話がそれた。僕が話したいのはそういう事じゃない。……お前は魔法使いなのか」
彼がもう一回繰り返す。
一体なんだというのだろう、思ったのはまずそれだ。
目の前の王子様は、俺を見て敵意が丸出しだ。
なってない。だいたいなんだ。敵意丸出しって何だ。
俺が一体何をした、とどこかで思っていれば、そいつは言い出した。
「父上の男ぶりが増したともっぱらの評判だ。ここに通うようになってからだ。一体父上に何をした」
そんな評判あったっけ。俺は記憶を探ってみた。
なんかあったなあ、とそこで思いだした。
ルナちゃんがここに来る時も、お父様がちょっと締まったとかいってたっけなあ。
つまりダイエットの効果が徐々に現れ、始めた……と言っていいんだろう。
長かった。すげえ長かった。
まず俺の料理を、毎日食べさせるところから始まった。
国王陛下だから、警戒心もありあの人は、毒味のされていない料理を食べる、習慣がない。
俺が一緒に席に座って、先にいろんなものを一口ずつ食べてから、ようやく食べ始めるのだ。
「スズは食事の支度がずいぶんと、うまいようだな」
言われた時には、心の中で拳を握ってしまった。
つかみはばっちりだと思ったわけだ。
そこからドゥガル様は、時間があれば毎食のように、俺のいる夜の離宮にやってきて、俺と食卓を囲む。
俺はといえば、常に自分の食べたい物を作っていた。
ドゥガル様の好み、なんてわからないんだ、しょうがない。
そこから少しずつ、顔を見て観察して、ドゥガル様の好みの味付けに、料理を調整していった。
「お前のところの食事を食べると、ほかのところで何かを食べる、という気にならんな」
すごい苦笑いで、言われてしまった。
たぶん、王宮の厨房の存在の意味が、とか思われたんだろう。
俺もちょびっとは思った。
厨房の存在軽くなっちゃあかんだろ……ってさ。
だって王様のためにある、腕のいいはずのシェフたちが仕事ないんだぞ、俺が毎食食べさせていたら。
それでもドゥガル様は、俺を厨房にやって、何かさせたりはしない。
おそらく俺を表に出したくないのだろう。
そんなこんなで、しょっちゅう俺の、過剰に魔素の含まれていない材料に、インドのアールヴェーダをちょっとだけ意識した、そんなスパイス使いの料理を食べているドゥガル様だ。
当然、魔素の摂取量は大きく変わった。
脂肪と一緒だ。取りすぎが減ったという考え方だ。
そして明け方に俺が起き出して、朝の運動もさせているから、運動不足もちょっとは減ったわけだ。
俺としては、色々心配だった。
いきなり魔素が激減した料理を食べさせ始めたから、体が文句いうんじゃないかって。
でもそういう事はなく、量だけはたっぷりと食事をするドゥガル様である。
しかし、俺が早朝に起きだして、ドゥガル様をお部屋まで迎えに行っているかと言えば、そうではない。
ドゥガル様はいまだ、夜の離宮にお泊まりをしているのだ。
……あのさ。
俺が本気で冬乞いを踊ってしまったせいで、ドゥガル様の私室が修復不可能になってしまったのだ。
極寒にしすぎたせいなのか、なんなのか。
いろんな物が芯から凍ってしまって、触ったらぽっきりとか、カーテンがばりばりとか言って壊れて、片づけのへったくれもなくなった。
そして新しい私室が用意されるまで、結構なお時間がかかるようで。
そりゃあ国王の部屋を、突貫工事で雑に作っちゃいけないもんなと思うが。
俺は責任をとらされて、夜の離宮にドゥガル様を泊めているのだ。
どこか別の部屋は? と思ったのは事実だ。
しかし、なんだか押し切られてなし崩しに泊めて、もうそれからはずっといる。
かいがいしいというわけじゃ、ないと自分では思いたいのだが、ディ・ケーニさんは半分笑いながら言う。
「尽くすねえ、スズは。まあ、あんたがいいならそれでいいけれど」
尽くしてはいない。
ドゥガル様が痩せないと、つぶされるかもしれないのは俺だ。
子供の体型だからありえない、と言えないって事もこの前証明されてしまった訳なのだし。
しかしあれから、ドゥガル様は俺に手なんて出さないから、あれはまじめに俺の秘密をしゃべらせるための手段、だったのだろう。
王様業はそういう、因果な物があるのだなと納得して終わっている。
寝室ももちろん別だし。ドゥガル様夜更かしが多すぎて、俺みたいな早寝早起きが基本の奴とは、生活の時間が違いすぎるのだ。
……色々話がそれたが、そういう生活のためにドゥガル様は痩せたのだろう。
適度な魔素の食事と、程良い運動。
なんか普通のダイエットの手段とそっくりだが、やっぱり魔素が栄養素みたいな扱いだからだと、思う。
俺としては、魔素中毒であの人が、具合を悪くしなくて、無駄なものが減っていくのはうれしいのだ。
大事な人には、長生きしてほしいだろ、誰だってさ。
そんな事を思う俺に、王子様が怒りを抑えるような調子で、言う。
「父上はどんなに母上が手を尽くしても、ちっともお痩せにならなかった。色々な魔法薬も試したというのに」
魔素肥りに、魔法薬ためしてどうすんのよ。逆効果だろ。
なんて内心で思っていた俺だが、王子様は俺を睨んでいらっしゃる。
「お前は一体何をした? 父上によからぬ黒魔法でも使ったんじゃないのか? 父上はお痩せになったのではなく、やつれさせられているのではないか?」
痩せんのと、やつれるのって、見た目全然違うからな、と俺は心の底からつっこみたくなった。
病人を見て、痩せたと感じる人よりも、やつれたと感じる人の方が多いように、見ただけでなんとなく、わかる物があるんじゃねえのそれ。
いいたい事は飲み込んだ。
言ってもどうしようもない。そしてたぶん王子様、俺より年下。
年下のボクちゃんが、お父さんの体調を心配して、お父さんが足繁く通う……言い方悪いがほかに思いつかねえ……謎の相手に警戒しているのは、理解できない物じゃない。
そこではっとする。
「すみません。殿下は私がなんなのか、わかっていらっしゃるのですか」
さっきから、この王子様は俺を、側妃だと決めてかかっている。
こんな事は今まで一度もなかった。
いつも、どこかのちび扱いだった俺を、側妃と認識して話す相手はいなかった。
ルナちゃんだってそうだったし、あの子には俺がカミングアウトした。
なんで王子様は俺がそうだと、わかったのか。
「わからないわけがないだろう。夜の離宮にいるのは。側妃一人だけだ。側妃は下々の生まれだから、召使いの一人も雇わないともっぱらの話だからな」
……俺は身分をごまかすために、誰か雇った方がいいのだろうか。
このまま行くと、ドゥガル様のかけた目くらましが効力を無くす。
夜の離宮にいる=側妃だけ! という公式ができるからで……あれ、でも、側妃として俺を見ている人にだけ、俺の見た目がごまかされるっていう目くらまし、だったっけ?
なら、目くらましは有効なままか?
さすがに俺も、どこかよその国にさらわれたりして、なんか無理強いとかさせられたりするのは面倒、だし。
召還されたしょっぱなに、帰れないと魔術師たちに断言されてしまったからこの世界で、暮らすしかないと腹をくくった以上、腰を落ち着けて生きたい。
俺に放浪は向いてないと思うのだ……ギギウス時代は冬の大陸そのものが俺の家という感覚で、あたりを歩き回ってたけど。
天上に連れて行かれてからは、そこでもらった屋敷にいたし、旅行みたいな事はする気にならなかった。
何してたっけ当時。ああ、拾ってきた動物をかわいがって、その辺で植物を片っ端から育ててたな。
ほかには武芸を磨いた。……毎日毎日、知恵の神の低級なのが、俺の教育のためにやってきて、お勉強をさせられたが。
神様のほとんどは万能じゃないから、知恵が不足している神も多かったのだ当時。
そういう神に、神様として知識を教える役目を、低級な知恵の神々は担っていた。
俺に教えていた奴……トートは辛抱強い奴だったっけな。
毎日毎日、勉強時間を無視して動物とたわむれ、畑仕事みたいな事をして、武芸を磨く奴相手に、あそこまで根気強く教えてくれたあいつは、ほんといい奴だった。
階級が昇格した時、うれしくてアレイスタに知恵を示す黄金の鳥……種類忘れた……のブローチを作ってもらった位だ。
贈ってやったら号泣された。その後もトートは俺の屋敷に通い、知識をくれたっけな。
それでも、知らない事ばっかりだけどさ。
おっと、思い出に思考がそれてしまったが、俺は王子様の反応を待った。
王子様は鼻を鳴らし、馬鹿にするように言い出した。
うっかり、自分の頭の中に入ってしまった俺を、馬鹿にしたんだろう。
間抜け面なのは自覚があるのだ。
「わからないと思ったのか、お前は」
「……どうでしょうか。わかりません」
俺は、目くらましによって、どういう風に見た目が歪められているのかわからない。
うかつな反応は、目くらましの効力を減少させそうだから、言えない。
「父上の趣味はわからない。お前のような、どこにでも射るような茶色の髪と同じ色の目をした、そばかすの浮いた女など。……まあ、肌の白さはなかなかかもしれないが、母上の方が明らかにお綺麗だ」
そうか、俺は本当の見た目とは大違いの姿を取っているのか。
ちょっとわかって安心した。
「陛下は、見た目ではない部分をお求めになりましたから」
俺は落ち着いた声で言ってから、なんか意味深な発言になったなと思ってしまった。
体の相性がいいみたいだ。そんな事はしていないから、違うんだが。
「なっ……!」
事実、殿下は思春期の青少年らしき想像をしてしまったらしい。
顔がたちまち、真っ赤になった。耳まで赤い。
どう収拾つけるかね、これ。
「後ですね……陛下がお痩せになったのは、たぶん食事の内容が違うのと、運動不足を少し解消したからですよ」
「運動不足?」
「はい。陛下はお仕事がお仕事ですから、座ってばかりですよね。たくさん食べて、あまり動かないでいると、太っていくのはご存じですか?」
カロリーだ肥満細胞だなんだ、と言う説明はできっこないので。、俺はわかりやすいように説明した。
「私はこのあたりの事をあまり存じておりませんが、どこかの方にいらっしゃいませんか? いつも食べてばかりで、外にでないで樽のようなお体の方」
「……ブラウン公爵令嬢がそうだな」
「その方は聞いた事がありませんが。その方と似たような事が、陛下にも言えましたので。……油っぽすぎる物を控えて、毎日朝に、庭園を一周するのに、おつき合いしてもらっているのです」
「それで父上が、あれほどお痩せに?」
「ですね」
魔素太りのあたりは割愛だ。そんな知識を持っている俺が、不審者になりかねないから。
難しい問題だ、全く。




