発覚したもの
まさに間抜け面でドゥガル様を見ていれば、彼はぐふぐふとひとしきり笑った後、こう言った。
「そう言えば……お前、ルナと何を話していた?」
「何ってなんです。普通のお話ですよ」
「よく言う。離宮の中に招きながら、普通の話とはな」
「あー……そう言われましても、なにか不純な事は発生しておりませんし、ルナ姫の名誉をけがすような真似は誓って、一切しておりませんし」
「では何ゆえに、ルナは泣いていた跡があった?」
観察眼がすごすぎるぜ、俺だってルナちゃんが泣いていたかどうか、怪しいくらいまで冷やしてあげたのに。腫れも引いていたのに。
なんでわかるの。
俺は答えを返すまでに戸惑い、そのせいで、ルナちゃんが泣いていた事を肯定してしまっていた。
なぜ俺よ、すぐさま否定しなかったのだ。
と思ってももう遅いのだ。
「ほれみろ、泣いていたのであろう。さっさと吐け。場合によってはルナに直接聞くぞ」
そして俺の内心を読んだかのように、ドゥガル様が言ってくる。
脅しだ畜生。
俺はぎくりと肩を震わせた。
ルナちゃんはこの親父に、話すのは出来ないけれど言えないけれど、とためらいそうだったからだ。
そうなれば、ますます怪しいみたいな空気に、なりそうだ。
俺は見た目が少年だから……レンアイ的なあれこれで邪推されたら、あの子が被害者になってしまう。
ええ、言ってしまえ、その代わり他言無用を誓ってもらおう。
そっちの方が、ルナちゃんの名誉は守られる!
でも、言わないって約束した!
俺はふっと天秤にかけてみた。友達の秘密と自分の保身を。
そして天秤は言うまでもなく、友達の秘密に傾いた。
俺は言った事を違えない女だ。だから。
息を吸い込む。真正面から国王陛下を見やり、最初にこの人にぶちかました時のように、言う。
「言って何になるのでしょうか?」
あなたは答えが決まっているのに。俺が事実をどう話したところで、信じないかもしれないのに。
言ってどうすんの。
という匂いを含ませて言ってみた。また剣でも突き付けられるかなとは、思ったが。
目くらましみたいな手間暇かけて、隠している相手をここで怒りに任せて切り捨てる、なんて無駄な事をこの人は、しない。
そんな信用はあったので、俺は彼を見て言う。
「ドゥガル様の中で、お答えは決まっているのに」
俺の言い方はあの時とほぼ同じ。
違うのは俺が、この人の心のありようを、ちょっとばかり知っているくらいだ。
傲慢で、頭がよくて、ちょっとひねくれていて、俺に興味がある。
そう言う人。
しばし俺たちは見つめあい、やがてドゥガル様が息を吐きだした。
「お前ならそう言うだろうと思っていたな」
「誓って疚しい事はありませんが、言わないと約束をしたのです。私は友達との約束を違えません」
違える時は、友達を守る時だ。友達のための時だ。
俺はそう言う生き方をしてきた。俺の目の中に何を見たのか、ドゥガル様が俺に顔を近寄せてまじまじと、覗いてくる。
顔が近い! と俺は心底焦りそうになった。俺は恋愛だのなんだのとはかなり無縁の生活だったし、武神時代は恋愛なんて欠片もなく行動、していたし、俺は来るもの拒まず去るもの追わずを徹底した関係、を常にしていた。
そのせいなのか、こういう接触みたいな真似が、苦手だ。
触れるか触れないか、よりも、キスした方がまだ心が平穏だ。
耳のあたりが熱くなるのが、自分でもわかってしまって切ない。
「言えないのは、ルナのためか」
「……はい」
俺がルナちゃんのためだと思うから、言わない。そう言う姿勢を崩さないでいると、ドゥガル様は更に顔を寄せてくる。
汗の匂いがするな、と思考を飛ばさないと、この乱反射する青い目から逃げられない気がした。
「仕方ない。とりあえず、置いておこう。お前のような単純な脳みその生き物が言うのだから」
引いてくれた彼に、ほっとした俺はへたへたと、座り込んでしまった。
自分で自分が信じられない。まだ胸のあたりがどくどくしている。
そして。運は俺に味方をしなかったらしく。
ちゃらり。
「ん? 何だこれは」
何かが俺の腰の道具袋から、零れ落ちた。
きらきら光る、金色の……あっ!
ドゥガル様が俺の足元に転がった、きらきら光るそれをつまみ上げて、その両目を見開いた。
「金……だと?」
俺はなんとも言えない顔で黙るしかない。
俺の足元に転がっていたのは、そう、あのアレイスターのごみ箱から手に入れた金の粒だったのだから。
「どう言う事だ? スズ?」
へたり込んだ俺であるが、がむしゃらに立ち上がった。やべえ、なんか空気がやばい。
えらいやばい。いけない空気だ。逃げ出さないと危ない、という気がしてしょうがなかったのだ。
だってこの世界で金は、もう採取されない鉱物なのだ。
それをなんで俺が持っているのって話になったら、俺が武神として召喚されたという、隠しておきたい事実がばれてしまう。
がむしゃらに立ち上がり、逃げ出すべく……でもどこに逃げだすんだ、顔まで割れていて国を超えられるのか。バルザックを離れればもう、顔なんて誰も知らないから逃げ出せるのか。
でも逃げ出したから、どこに行くというんだ。
俺は世界の常識の半分も知らない、見た目で言えばお子様なんだぞ。
そんな一瞬の迷いが、俺の行動を止めてしまったのだ。
その止まった足や思考回路を、俺は数秒後にとても後悔してしまう。
「お前には、自分に関する疚しい事がありそうだな、スズ?」
腕を、取られていた。普段だったら回避できそうな速度だっただろうに俺は、その腕に掴まれていた。
締め上げられないから、腕は痛くない。
太っているからなのか、何処か汗ばんだ手のひらの、そのひんやりとした感じが、いたたまれない。
「ルナの事以上の疚しい事の様だな? ……そういえば、この城に報告があったな。金を錬成する何者かがいると」
じたばたともがいても、関節の縛りがある人間の体では、この腕から逃れられない。
「話せないのか、スズ」
俺は口をつぐんだ。言えねえって! ゴミ箱から金を錬成したなんてとても言えやしねえって!
原理は俺も知らないんだからな! あれいすたあああああ!!
「……ほう、面白い」
ドゥガル様が何やらとても、物騒な声で言う。
「この余に秘密を持とうというのか?」
ちびの俺を覗き込む、鮮やかな青が、ネオンカラーに煌いた。
あ、くそ、純粋に目がきれいだと真剣に思っちまった。何のんきな事考えてんだ!
「口がきけないならば……」
にいやりと、笑うあくどい笑顔。
「体に聞いてみるのも、面白いな?」
「……こんな体に、聞いてみるのが楽しいのでしょうかね」
「何、体が育つまでやめておこうと思った事を、実行するまでだろう」
「子供の体だというのに」
「スズ、お前が言えないと思っているようだから、黙っていたがな」
ドゥガル様がおっかない事を言いだす調子で、告げた。
「その骨格、すでに十六は超えているだろう。そして……」
俺を摘み上げて俵の様に担ぎ、ドゥガル様が続ける。
「お前は、女だろう?」
どうしてわかった!? フォーマルハウトさんだって、歳しかわからなかったし、あなただって男だと思っていただろうこの前、まで!
ひくりと喉が引きつった俺は彼の、豪華な寝台に放り投げられ、逃げ出そうともがく間に、のしかかられた。
「服一枚にして、躍らせれば性別などわかるものだ。お前……分からないと思っていたのか?」
この世界の人間の目ん玉って、優秀なのか不良品なのかどっちか、なのな?!
ぎしりと寝台がきしむ音がする。体がすごく密着していて、わたふたする。
浮いた話は一個もない俺は、耐性がなさすぎる。
元武神として、攻撃位できるはずなのに、面白がるドゥガル様の目玉を見ていると、あまりにもその爛々とした色と輝きだしたネオンカラーがきれいで。
戦う事に関しての、神経がマヒしていく。
この人の目、なんなんだ。
「安心しろ、他所に言うつもりはない。言えば嫁いでもらいたい馬鹿が続出する」
笑い声と波長とそれから、香る人間の体臭。
近付く顔にそれ以上の事をする意思が、明白で。
その目の中で、絶句する俺がよく見えた。
俺は。
俺は
嫌だとも。
抵抗するとも。
思えないで、その近付いた両眼から逃げ出すように、目を閉じた。
「……ふむ」
俺にあるまじきびくびくとした、心でこれから起きるだろう事を予想していた俺は、不意にのしかかっていた重さが消えたので、驚いた。
「嫌悪はないようだな。嫌われているわけでもないらしい。驚いた。……しかし、お前はなぜ言えない? そこまで恐ろしい理由があるのか?」
ドゥガル様は俺から体を退かし、俺の隣に腰かけて、問いかけた。
俺の方は息も絶え絶えだ。服はぐしゃぐしゃで、長かった接吻のせいで唇は腫れぼったいし、さらに肩だの首だのには噛みつかれたから、歯形が絶対についている。
しかしそう言う勝手な事をされたのは、胸より上までで。
そこに、ドゥガル様の優しいのが、現れている気がした。
それか俺相手には、欲情しないっていうのが。
「……言ったら、どうなりますか。ものすごい話でも。荒唐無稽でも。ドゥガル様は私を、変わらないで扱いますか」
息を吐きだし、俺は体の中でチリチリと燃え続ける埋め火のような、訳の分からない感覚をなだめた。
鎮火しないあたりに、因果な物を感じる部分がある。
「それほどの事情か? ますます面白そうだな」
ドゥガル様の傲慢で傲岸な双眼が、肥っていても吊り上がる竜の唇が、楽しそうだ。
「……あなたが誰にも話さないと誓って下さるなら、全部話します」
俺の事。
「……難しいな。中身によっては国を左右するからな」
ドゥガル様は、俺の道具袋をいつの間にか外していたらしく、中のじゃらじゃらと音を立てて掬えそうな砂金に言う。
「……じゃあ、言えないです」
言おうと思った心は、彼の真実正直な答えに、言う事を止めた。
「……事情がよほどの物の様だな」
俺の首に、ドゥガル様が顔を近づけた。喉を、気管をかみ砕こうというように、歯がたてられる。
血がにじんだだろう。そんな事をうっすら感じて、俺は唇が引きつった。
何で抵抗できねえんだろ。目か。目のせいなのか。
それとも俺が、そこまでドゥガル様を許しているのか……
恋愛上手のキャシーじゃねえから、俺は自分の理由が分からない。
すげえ難しい。数学の公式以上の厄介さだ。
「今ここで、気管をかみ砕くと言っても話さなそうだな」
血のにじんだ首をなぞり上げて、ドゥガル様が言う。
「意思が強靭なのは結構だ。ますます気にいる」
楽しそうな調子の声の癖に、その声の響きのどこかがあまりにも寂しそうで、俺は起き上がった。
男の趣味は最悪の俺だ。外見がどうでもいい俺だ。
駄目な男が好きなのかもしれないけど。
俺はこの人が気に入っている。嫌いじゃない。
ここまでされたら普通、嫌悪していたら死ぬほど嫌いになりそうだし、軽蔑しそうだけれどそうじゃないのだから。
結局そう言う事なのだ。
「……時が来たら、お話します」
「時、か」
「言わなかったらにっちもさっちもいかなくなったら、話しますよ、さすがに私も」
伸ばした腕が、ドゥガル様の背中に抱きついて、首に絡まる。
そして俺たちは、ちゃらちゃらと光る無機質な、金色の粒たちを黙って見つめていた。




