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侮れない国王

「戻ってくるのが遅かったねえ」


「ちょっと色々ありまして」


俺は言いつつ、がさがさと冷却箱をあさってみた。

しかし、ツベ乳と掃除用の液体以外に物が見つからなかった。

やっぱりこれは、ドゥガル様の所で食事にありつくしかなさそうだ。

運ばれてくるんじゃないのかって? たぶん俺がこっちで食事している間に矢のように、催促が来ると俺は踏んでいる。

あの人せっかちなんだよな。

そんなに俺と遊びたいのか、と思ったり思わなかったりもする。


「陛下のお話を聞くのは、戻ってきてからになりそうですね」


「行っておいで。まったく、スズのどこにあの化け物が心惹かれたのか、良く分からないけれど。スズはいい子だからね」


「年齢忘れてませんか」


「忘れるしかないだろう? いったいどこをどう見たら、あんたが十九になるのかわかったもんじゃないよ」


笑いながら言い出した、親切なカルミナ・スペクルに手を振って、俺は空腹を抱えて廊下をまた、歩き出す。

目指すのはドゥガル様の部屋だ。

呼ばれた俺は、そこに行かないという選択肢がない。

国王に逆らってどうすんのよ。俺みたいなのがさ。

俺は短気で喧嘩っ早い山猿だけど、無駄な揉め事は起こさないのさ。

木靴をカタカタと鳴らしながら、俺はそこを目指してそして。


「お待ちなさい、そこの少年」


なんかものすごい厄介ごと、が匂ってきそうな相手の声に、立ち止まらざるをえなかった。

見た目はどこかの侍従という俺が、明らかに目上だと思い込んでいる相手を無視するのは、よくないのだ。

すごくよくないのだ。察してほしい。

うっかりあの迅雷のおバカちん以上に、厄介な奴を相手にするかもしれないのだから。


「何でしょうか……?」


俺は低姿勢で振り返り、先に頭を下げて一礼をした。

角度は五度。別に最低限の頭の下げ方でいい。

十五度なんて下げやしない。四十五度は最大級の礼だから、しなくっていい。

ここで大事なのは、頭を下げたという事実なのだから。

俺は礼儀守っているよ、あんたは? というわけだ。


「そちらがどこなのか、あなたお分かりになっていて?」


「……はい」


「お前のような少年がどうして、陛下の私室に向かっているのですか? 見れば荷物も何も持っていないようだけれど」


振り返った先の女性は、うん、あれだ。

美人だ。美人だがしかし、俺は鼻をつまみたくなった。

非常にきつい香水の香り、がするのだ。なんだこれ。

鼻が、鼻がっ……!

臭いがきつすぎてもはや暴力。俺はしかめ面にならないように、根性を発揮した。

歯を食いしばり、口元だけは吊り上げて見せる。

日本人のごまかし微笑みスキルを見せてやる……!


「呼ばれましたので……」


「呼ばれた? この時間帯に呼ばれた?」


女性は声を荒げた。荒げたってのが分かる声で荒げたから、よっぽど不愉快だったのだろう。

金髪に、紫の瞳。あれだあれ、ルナちゃんと同じ色だ。

って事はお母さまか、親族あたりだろうな。

目元はあの王子様に似ている。


「お前……かわいそうにね。見れば可愛らしい顔もしているわ」


「あの……陛下に叱られてしまいます……」


ドゥガル様短気なんだよ。そして俺はお腹空いているんだよ。

解放してくんねえかな……と真面目に考えていたら。


「あなた、わたくしの娘の侍従になった方が待遇はよろしくてよ? 無体な事もしませんし」


ん? なんか変な勘違いされてないか?

俺は彼女を見つめ返した。侍女たちがそんな彼女を見ているけれども、俺に対しては皆似たような色の目をしている。


「陛下のお好みは本当に分かりませんものね……あなたのような手を着けても面白みのなさそうな少年を、呼びたてるのですから……」


おーい、そんな色っぽい奴じゃないんだけど。

そんでもって、あんただってドゥガル様じゃない相手と、よろしくやったから子供ができたんだろうが。

なんかその、ドゥガル様の不貞に対する文句、みたいなのやめたらどうだ?


「……黒髪に黒い目。本当に真っ黒なこと。肌の色も黒くて……野性的と言ってもよさそうだわ。成長したら男ぶりが際立ちそうね。ますますよろしい」


性別をそんなに盛大に勘違い、しないでくれ。

俺は一体いつになったら、性別を間違われないようになるんだ……

もっとお胸様が大きくなったらいいのか……心の内側で嘆息してしまう。

にこりと微笑んだ彼女は、俺を連れて行くように侍女たちに促す。

侍女たちが俺ににじり寄った。

だから、慎重に後ずさりして、距離を測る。

体格の問題で、俺は抵抗しても連れて行かれてしまう、だろうと予想したのだ。


「わたくしの娘の、気晴らしの相手にはもってこいの見た目と姿勢ですわね。来なさい」


「……陛下に呼ばれていますので」


「あんな醜い男を優先するなんて。あの方はわたくしが言えば、あなたを叱ったりはしませんわよ」


そりゃ、あんたの事はあんまり興味がないから、放置してるだけだろ。

内心で色々言いつつも、俺はもう一回繰り返した。


「陛下に呼ばれておりますので、失礼いたします」


「懐かない獣の様だわ、面白くってよ」


俺はその言葉に、なんだか気持ちが悪くなったので素早く、踵を返した。

姿勢を気にして伸ばして、大股で歩き去る。

これもドゥガル様に報告せにゃならん。

あの方、知らない事でもめると機嫌悪く、なりそうだもんなー。

そんな風に思っておりました、俺は。

だというのに。


「ああ、迅雷のゼブンがお前を弟子として引き取りたいと、やたら騒いでいたぞ? 何をした?」


明らかに楽しそうな声で、面白がっている表情で、俺のための食事を用意しながら言うドゥガル様。

ああ、見ていた誰かが報告したんだな、とすぐさま分かった。

隠密家業の誰かかもしれない。

瘴気が濃すぎた夜の離宮には、いまだ近づけないで、びくびくしていて。

俺が通るたびに、怪物を見るような目をするやつらの誰かだろう。

地球の日本なんて言う、平和すぎる世界で生きてきた俺だし、武神としての勘だのなんだのは、大いに鈍っているだろう、肉体でも。

人間観察だけは神様時代よりも、ずっとやってきたから、隠密っぽい面々は分かるのだ。

視線とか、動きとか、そういうの。

ちょっとした不自然な感じ。

そう言うの、実際に会うと分かるのさ。

俺は何も言わないで、先に腹を膨らませる事に専念する。

食べてからじゃないとさ……俺攻撃力二倍半になるんだよ。

空腹だとすごい機嫌悪くなるんだ。野性的なのか何なのか知らないが。

そのため目の前の、固くて黒いパンとか、冷めきった煮込みらしき、おそらく俺のポトフもどきの再現のような物とか、肉の塊とかを食べ始める。

温度って偉大だわ。とつくづく思う物ばかりだ。

城の厨房では、親方が頑張ったりしてんだろう。

俺の調理方法を真似したり昇華したりして、もっとおいしい物を作ろうとしているんだろう。

そう言う努力がうかがえるものばかりだ。

見た目はとてもすごいのだ。でも味がぼろくそに言いたくなる。

まあ、一番初めに食べたこの世界の食事よりは、美味しいけどな。

やっぱり出汁だわ。あと調味料を改革してほしいわ。

マヨネーズくらいだったら作れんじゃねえの。

それから、胡麻ドレッシングとか。

食べるラー油。行けそうだ……!

俺は次々と調味料を頭の中で、考えつつ食べていく。

生野菜が恋しい。おばあさまが摘みたてで出してくれた、ベビーリーフのサラダとか。

シャキシャキのレタスとか。

食べられなくなって、恋しいとか大事だったとか思う物はとても多いのだ。

もちゃもちゃと平らげていく俺を、ドゥガル様は書類の決済とかして待ってくれている。

短気だと思って申し訳ない。

せっかちだと思ってすみません。

あなたは俺よりははるかに、気が長いですね……

俺だったら食事のさなかに色々、根掘り葉掘り聞いているから。

自分の素行を考えて反省していれば、お皿にかちんと食器がぶつかる。

あ、空になってた。

考え事をしながら食べていたせいか、気付いたら何にもなくなっていた。

腹も膨れている。

冷たくなっていて、脂なんて白く浮いているスープだったし、肉も冷めてやっぱり脂が口の中で固まっておいしくなかったけれども。

食べられるだけで十分だ、今は。

自分で作ったわけじゃないのだから、文句など言うまい。

食べ終わった俺は、書類も終わらせたのだろう国王様に、今日の事を話した。

オブラートになんかくるまないで、しっかり。

怒られても、俺のせいじゃないしな、迅雷のゼブン……あいつゼブンって言ったんだ……に責任を取ってもらおう。

と思っていたら。


「なるほど、スズはあの迅雷を退けるだけの、腕前を持っていたのか」


やたら感心されていた。


「身ごなしがやたら玄人の物に視えたのは……そう言う事か。お前は見た目に合わない武人だったのか。隠し里か何かで用心棒でも、していたのか?」


なんか想像の翼が広がっちゃってますね。俺は首をぶんぶん振って、否定しておいた。


「命がけでしたから、火事場の馬鹿力方式ですよ」


「それでも、あの男を打ち負かすだけの素質があったという事だろう? お前は色々な物を隠し持ちすぎているな」


神々の化身だと言われても、もう驚かないぞ、と笑われた。たるんだ顎でぐふぐふと笑うドゥガル様に、一瞬ぎくりとしたのは内緒だ。


「返事はどうする? お前の身分でもばらして退けておくか?」


「陛下は……」


「ん?」


ドゥガル様が聞き返したから、俺は慌てて言いなおす。

この前陛下呼びを連打してしまって、ほっぺたをぐにぐにぐに……といつまでもいじくられたのだ。

さらにこの人の昔の装身具とかを、やたらあてがわれて無駄に疲弊した。


「ドゥガル様は……もう返答を決めていらっしゃるでしょう?」


「察しがよくて結構だ。余はお前をゼブンに預けてみようと思っているぞ」


「なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか」


「何、お前を見ていると、少しばかり気になる事があってな。世間的に正体不明のちび助よりも、ゼブンの弟子という肩書の方が、この城で歩きやすかろうという配慮だ」


「今でも、側妃様の侍従という認識ですが」


「それがいつまで続くか見ものだと思ないか」


これは、側妃様の侍従っていうのはもう、肩書にできないって事だろう。


「側妃の侍従の募集をかけていないのも、側妃が単身ここに入れられてお付きの人間などと一緒でなかったのも、かなりの割合の人間に広まりだしているからな」


そして。


「スズは側妃、という事を明らかにしたくないだろう?」


分かってらっしゃる……俺の頭の中身が単純なのだろうか。

それとも身分を、煩わしいと思う気持ちに、同意してくださっているのだろうか。

不明だが。

俺は迷いもしないで、頷いた。


「側妃というのは……やはり、……居心地がいい肩書ではないので……」


だって側妃って事は、この人とくんずほぐれつあれやこれ、をしていると思われんだろ。

あー、やってないのにやったと思われんの、すげえ気持ち悪いわ。

下種の勘繰りとか、ありそうだし。


「手を出されていない分、居心地が悪かろう。第一お前に夜伽を求めて側妃にしたわけでもなし」


そして、俺を側妃として任じたあの時、あの場にいた人はあまりにも少ないのだ……

ん……? でも、俺を呼び戻しに来た面々は、俺の事側妃だって知ってるよな。

それに、ドゥガル様に剣を突きつけられたあの場にも、多少は人がいたけれど。

なんで俺、周知されていないんだ?

そして黒髪に黒い目はめずら……、って、親方も黒髪だったから、そんなに珍しくもないか。

兵士の中には、俺の見た目を知っている奴とそうじゃない奴がいる?

それはなんでだ?

ぐるぐる考えても、なんか答えが出てきそうになかった。


「……私はどうして、側妃だと認識されていないのでしょうか。見ている人間はそこそこいたと思いますが」


「……お前もしや、本当に気付いていないのか?」


「何をでしょうか?」


ドゥガル様の面白がっている声が、続けたのは爆弾のような物だった。


「余が目くらましをかけているからに決まっている、であろう?」


俺は数分ほどぽけん、と相手の顔を見つめ続けてしまった。

目くらましってなんでだよ。理由は? え、俺気付かないうちに見た目ねつ造、されてた?


「公的な場所でお前を出すとき、お前の髪や目の色を少しばかり、狂わせていたのだが。もしや気付いていなかったか? お前は勘がいいと思っていたが」


「なにゆえに……」


「冬を踊る切り札を、そう簡単に周知させてどうする。城の中は一枚岩ではないのだぞ? お前は体も小さいのだから、担がれてさらわれたら大いなる損失だ」


隠すのは当然。目くらましも当然。

と当たり前に言われてしまって俺は、納得してしまった。

デスヨネー。

まあ公的な場所、側妃として認識されている場所とか、側妃として扱っている人とかは、俺の見た目が誤魔化されてしまっているらしい。

まあ、まさか皆さま自分が目くらましをかけられているなんて、気付かないだろうから齟齬も発生せずに、今までやってこれたのだろう。

俺は真剣に……その目くらましを超大多数の人間相手に行使できてしまう、ドゥガル様の実力に惚れなおしそうになった。

普通できないからな? 条件をより分けて、さらに城の内外や外から来た人間全てに、気付かれない程度の目くらましをかけ続けるって。

よくて数時間で、普通魔力切らして死にかけるぞ、たぶん。

やっぱりドゥガル様、色々侮れないぜ。


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