勘違いと認識
「何やってんだい、スズ。あんな風に暴れまわったら、あんたの目指す目立たない人生はないも同然だよ」
「途中から諦めましたよ。あそこでぼこぼこにされていたら、そっちで私は死んでいます」
「だろうねえ、防具ももらえなかったんだから。普通防具もなしに、刃がつぶれたとはいえ刃物で打ちあい稽古なんてしないさ」
鏡の中で、ディ・ケーニさんが呆れたような溜息を吐いていた。
俺だってなあ、目立ちたいとは来れっぽっちも思ってないんだよ、でもあのままだったら死んでたから、やるしかなかったんだよ。それに下げられない頭は下げたくない。
それは謝ってばっかりの日本人らしく、ないけれどやっぱり下げられない。
だからあの選択肢は、俺にとっては取るべき選択肢、だったわけだ。
そんな事が分かる人間ばっかりじゃないけれどな。
それに普通だったら貴族相手に、謝っておしまいなんだろう。
でも俺は出来なかったから、ああなったわけだ。
こんな事を報告したら、ドゥガル様怒らないかな。そこが非常に気になるぜ。
溜息を一つ大きく吐きだして、俺はご意見聞きの人がいるであろう部屋にようやくたどり着いた。
いやもう、城内の広い事広い事。小さい国なんじゃなかろうか、と怪しんだ俺はおかしくない。と思うくらい広かったのだ。
まずは部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
物柔らかな声が続いたので、俺は扉を開けて失礼します、と発言をした。
「おや、おちびさん、どうしたんだい。こんな所に迷子なのかい」
声をかけてきたのは年配の男性で、帳面をつけていたようだった。その帳面をちらっと見てから俺は、丁寧にお願いをした。
「いいえ、迷子ではありません。お願いがあってきました」
「お願いというと、厨房辺りからのお使いなのかい」
年配の男性は、メガネをかけていて、割と頭が寂しい感じだった。でも物腰の穏やかさや、なんとなく人好きする感じが好感度の高い人だ。
話が分かりそうな男の人だな、と俺は何となく思ってこう言った。
「夜の離宮に、側妃が入った事はご存知でしょうか」
「そりゃあ、このバルザック中の噂だろうよ。あの、来るもの拒まず去るもの追わず、の陛下がご自分で入れたというあたりでね」
「私はそこから来たのです。……食材や調味料や香辛料を、手配していただきたくて」
「やっぱり側妃様は、王宮の食事がなれなかったか。いや、悪い意味じゃないんんだ。市井から選ばれた彼女はきっと、王宮の豪華な料理が口に合わなくて、辛い思いをするだろうともっぱらの噂だったからね」
噂だったんかい……と思わずにはいられない。そしてここでも、俺はその問題の側妃だとは思われないらしい。そりゃそうだ、こんなちびでガリが、国王が招き入れた側妃だなんて誰も思わないに違いない。
もっと美少女とかだったら、ありえるだろうって思われただろうな。
しかし俺は割合中性的な顔立ちに、出るとこが全く出ていないような体形。
おまけに背丈もここら辺の子供と似たような物と来れば、側妃候補としては外れるだろう。
俺のせいではない。断じて俺のせいではない。
俺の遺伝子のせいだ。父さんも母さんも恨んだ事はないけれどもな。
「どんなものがいいんだい、君は側妃様の伝言をしにきたんだろう? きっと詳しい事も聞いてきたに違いない」
話が早そうで助かった。
俺はさっそく、欲しい物を並べていく。その中身を聞いていたご意見聞きが、へえ、と言った。
「贅沢とはいいがたいものばかりだね。肉も野菜も、そこまで魔素の高い高級食材ではない。ちょっと気になるのは香辛料の種類だけれども、側妃様が欲しがるんだから手配は楽だろう。……待ってくれないかい、きちんと書き残しておくから」
ご意見聞きが、紙に俺の言った食材を書き連ねていく。そしてそれらをきちんと読み直して、俺にも確認してくれた。
こういうの良いよな、ちゃんと確認してもらえて。
そこで意外な事を聞かれた。
「ところで、この食材とかだと、甘い物やお菓子の種類は入っていないようなんだが……側妃様はそういう物がお嫌いなのかい」
「嫌いというよりも、材料があれば自分で作る方面ですね」
俺は勘違いを利用しながら、しかし嘘は言わないようにした。
俺が好きな物。
あんこ。餅。それから寒天。抹茶。季節の果物。……しょうがないんだよ、豆は保存がきくし、餅は米からいじればよかったし、寒天だって棒寒天とか保存の世界だし、季節の果物は山とかで生えていたらそれをかじればよかった。
でも生クリームとかも大好きだ。むろんそっちも手配してある。生クリームがあれば自力でバターが作れるんだ。チーズとかもフレッシュな奴はできる。
料理に傾倒した馬鹿を舐めるな。ふふふ……
ああ。団子が食べたい。できれば草餅の方がもっと食べたい。クリームぜんざい、最高。
近所の和菓子屋で、季節にヨモギをたくさん摘んで持って行けば、草餅の一つや二つは都合してもらえたんだ……お駄賃付きでさ。内職の一つだった。
「側妃様は、やっぱり普通の女性なんだろうねえ」
俺は何も言わなかった。言っても変に思われそうだったから。
そして俺は彼が、きちんと明日用意してくれると確認して、また夜の離宮に戻るために、元来た道を引き返し始めた。
引き返し始めて少しして、俺はどうせだ、今更だと思ってディ・ケーニさんに聞いてみた。
「あの、ディ・ケーニさん。私は聖女というお方を見てみたいのですが、そっちに行ける抜け道とかは」
「聖女? ああ、なんだか男を侍らせている訳の分からない女の事かい? それならいい抜け道があるよ」
「男侍らせてる……?」
「そんな感じさ。いったい何が楽しいのかね。自分に夢中な男を周りに寄せているだけで、気分がいいのか何なのか。まあ見た目だけは結構いい男ばかりだけれど、あんな寿命の短そうな連中ばっかり」
「寿命が短そう?」
「そうだよ。揃いも揃って魔素中毒に近い状態だしね。あれ、スズは魔素中毒知らないかい」
「魔素とりすぎて中毒症状おこしているって感じですか」
俺はあえて、知らないふりをした。なんで知ってんだと言われたら、言い返せないからだ。この優しいカルミナ・スペクル第八位にごまかしをするのは、なんだか心苦しいが、俺も正体を知られるわけにはいかない。
「そうさ。どれくらいの量の魔素を体にため込んでおけるかは、個人差が大きいけれどね。あいつらは割合小さめさ。家柄だけで許容量が大きいとは限らないのさ。そして許容量を超えて食べてりゃあ、駄目だわ」
「……じゃああの、ディ・ケーニさんから見て陛下は……」
「あれは怪物みたいに見えるよ」
「……」
いきなり言われた事が容赦なさ過ぎて、俺は沈黙した。沈黙した俺に、彼女はいった。
「離宮で私が見た所の陛下を話してあげるよ。さあ、聖女という女を見に行くならこっちだね」
人通りのある場所では言えない事、だったんだろう。ディ・ケーニさんが言うから俺は、気を取り直して聖女を見に行く事にした。
渡り廊下を歩き、階段を上り、それから空中回廊を歩き、階段を下りてからさらにいくつか細かい抜け道を通って、俺はそこに到着した。
「なんです、こののぞき見の部屋みたいなところ」
「昔はよく使われていた、文字通り覗き部屋さ。誰が作ったんだか知らないけれど、覗けるのさ」
きっと部屋の住人を守るためだろう。のぞき穴の近くに、武器を置くような場所があったからそう思った。ここは隠し部屋の一つで、部屋の住人に危害を加える相手を倒す、伏兵がいたんだろう。
そんな場所は今は使われておらず、俺は埃まみれで覗いている。ちょっと背丈が足りないから、その辺にあった壊れていない椅子を使って。
部屋の中を見渡してみれば、かわいらしい調度品がひしめいていた。
女の人が好きそうな淡いパステルカラーだ。夜の離宮とは大違いな感じがしている。あそこは本当に夜を切り取ったようだったけれども、ここはお姫様の空間っていう匂いがする。
長い事は使用できない趣味だ。いや、何年たっても可愛らしい物が似合う女性は、いるんだけれどな。おばあさまも可愛らしい色が好きだったっけな……母さんもピンクとか、似合ってた。俺に似合わなさ過ぎて、母さんは残念がってたよな。でも色の黒い俺はピンクは似合わないんだ。
ちょっと思い出して泣きそうになりながら、俺はじっと中を観察する。
可愛らしい調度品の中で、やっぱり可愛らしいドレスを着た女の子がいる。黒髪っぽいけれど若干茶色い。あれは地毛が茶みがかっているんだろう。日本人の頭髪は高確率で輪切りにすると芯が赤っぽいらしいから。
つまり彼女は色素系が薄い。そのため肌は色白だ。そして手入れもしているんだろう。つるぴか。唇もぷりぷりしている。それにしっかりと化粧……なんという残念な化粧だ。
品という物はない。あれだな、ギャル系の化粧に近い物を感じる。
さすがにこの世界につけまつげはないから、マスカラがこってりだが。
肌の白さを無駄にしていないだろうか、彼女は。
と思う程度にはしっかりとした化粧である。察してほしい。
そして問題の顔は……うん、美少女だ。見覚えはあるぞ、雪が降った日に視た聖女と一致する顔だ。たぶん。
やっぱり本物の聖女だったんだな。
しかし聖女ってこんな平凡な空気なのか。
てっきりゲームとかみたいに、聖なるオーラとか漂ってるんじゃないかなと思った俺は偏見があるのだろうか。まあいい。
そんな聖女はニコニコしながら、イケメンと呼ばれそうな青年たちとお茶をしている。
……残念なお菓子だ。
俺は内心で思ってしまった。残念なお菓子だ……砂糖がこれでもかと使われていそうなお菓子。
中世という感じのお菓子である。スポンジケーキとかそんなじゃない。ホイップクリームなんて乗ってない。生クリームある国でも、ホイップする概念がないから仕方がない。
でも、中世と同じでカスタードクリームはあるようだ。それが添えられていた。
俺の知っている文献だと、ホイップクリームはカスタードクリームのための卵がないからできた、急場しのぎのクリームだったもんな。
それが添えられている、フィンガービスケットっぽい物。
色が焦げすぎていておいしそうだとは言えない。
そんなお菓子は手を付けられる事もないらしく、聖女と青年たちはもっぱら紅茶を飲んで談笑していた。
なに喋ってんのかは聞こえないけどな。
ドゥガル様と違った色味の金髪……遺伝子的にあの金色は違う遺伝子臭いぞ……に紫の瞳の王子様キャラっぽいやつ。なんだか意地わるそうな顔つきだ。その隣には赤毛に緑の目の青年。たしか侯爵の息子だったっけな。そして一段と顔色が悪い銀髪。あれははた目から見ても魔素中毒の極みだ。
確かに全員、魔素中毒の気配がしていた。うっかりすると倒れるぞこいつら。
でも、俺はどうでもいい事にした。助けられるけど、俺の言う事なんてあいつらは聞いちゃくれないだろう。
聞いてくれない人に忠告するのは、正しいというかもしれないが、自分に不信感を抱かせる場合も多いのだ。そして場合によっては逆上する。
切り殺される事も、この国というか大陸じゃ有得そうだから、俺は言わない。
俺は自分の命が惜しいんだ。
……ドゥガル様にだって、魔素中毒の話はしてないんだもんな。あいつらに言う義理はない。
ドゥガル様の方が俺の言葉を信じてくれそうな、そんな気がする。
そう言う風に見ていたら、扉が開いて、金髪王子様と似たような顔をしたお姫様が現れた。
うわ、俺常に銀のティアラを被っているお姫さまなんて、初めて見た。絶対にお姫様だあれは。
そんな彼女は何かを聖女にわめき始め、そして王子様たちに一斉に色々言われ始める。
……男三人で、寄ってたかって女の子一人をぼろくそに言うのか。騎士道精神どこ行った。
そして見苦しい。
俺はその女の子が涙目になって、走り去っていくのを見て、覗き部屋を後にした。
胸糞わるい物を見たな、なんてちょっと思った。
でも女の子を追いかけて、助ける方法なんてない。側妃という事を知られるわけにもいかないからな。
後後面倒くさいし。
それでも、俺の記憶の中にあの女の子の顔は、離宮に戻る間中ちらついていた。




