信じがたい事
彼女からすれば衝撃のカミングアウトの後、ディ・ケーニさんは俺に問いかけてきた。
「スズ、ちゃんとご飯食べていない生活だったのかい」
「というよりも、両親があまり大きい身長ではなかったという点の方が大きいでしょうね」
俺の身長は遺伝だ。たぶん。お母さんが割合小さかったと、思う。
中学あたりで交通事故で両方とも死んでしまったから、俺の記憶の中でお母さんの身長はあいまいなのだ。
そしてあまり凹凸のない体は、ホルモンバランスが乱れているからだ。
と俺は思うのだが。医者に相談しに行った事がないからわからない。
自分ではとても健康体だし、俺は医者に行くお金が惜しい身の上だった。
「ここに来てからはまっとうな食事に見えたしね……それに、量だってちゃんとしていたし……何なんだろうね。やっぱりその、親の血かね」
「そうだと思いますね」
俺はのんびりとそう言った。
そろそろ腫れてきたらしく、ふがふがと声がくぐもったんだがな。
それでもやる事がないから、俺は氷嚢を固定するようにしながら、寝台に転がった。
転がって天井を眺めていると、やっぱり天蓋の透けるような美しさに気を取られそうになる。
この天蓋はまるで本物の夜空を切り出したみたいなんだ。
うっかり星座を探したくなる。
「まあ、人間ってのは色々いるからね。おちびみたいに子供みたいな体の人間も、いるだろうよ」
自信を納得させるためだろう調子で、ディ・ケーニさんが呟いた。
どう頑張っても、俺の小ささや子供の様な顔立ちや体形を、普通には納得できないからだろう。
この世界の人間は一概に大きいから、仕方がない。
彼らからすれば俺は、どう見積もったって子供の身長と体形なのだから。
成人しているなんてなんの冗談なのだろうと、思われるに違いなかった。
そしてそれを俺は有効に利用したいのだが、この世界で子供っぽいから利益があるなんて事は、まずない。
子供に視られるという事は、舐めてかかられるという事なのだ。
地球の日本のように若い事を、全部肯定されるわけでもない。
子供は未熟な物なのだから。この世界ではなおさら俺は未熟者に見えるだろうな。
そんな事をつらつらと考えていたら、じわじわと頬が痛み始めて来ていた。
三度目の氷の取り換えを済ませたあたりで、不意にディ・ケーニさんが顔を上げた。
「スズ、来客だよ」
「来客ってどなたが」
「そんな物分かり切っているだろうに」
呆れた声のディ・ケーニさんに、俺は首を傾けてしまう。
だってさっきの今で、あの人が訪ねてくるわけがないように思われるからだ。
何で来るんだ、と思うわけである。
「見た目は」
「よく肥えた金色の贅肉。ありゃ魔素が体に多すぎるんだね」
俺はその言葉で相手を簡単に、特定できてしまった。
元々予想していた人物が、来ただけに過ぎないのだが。
「今出ます」
「追い返してもいいんだよ? あんたを叩いた男だろう?」
「まあ、私も私で非がありますからね」
俺はなんという調子でもない声で言って、扉を開けた。
「はい」
そして見上げた男は、どう頑張ってもでかかった。
首が痛くなりそうな背丈だぜ、縮めとどこかで思う俺がいる。
そんな風にまじまじと見上げていたのだが、彼は……国王は俺を見て目を細めた。
「入るぞ」
「どうぞ」
俺は拒否権なんてなさそうだな、なんて判断しつつ、国王を離宮の中に招いきれた。
招き入れてすぐに、国王が言う。
「ここは、香水の香りはしないのだが……」
「はい?」
「清々しい匂いがするな。何を使っている?」
「ああ……、ちょっと待ってください」
俺はそう言いつつ、冷却箱の中に入っている霧吹きを引っ張り出した。
そして、客間に入っていた国王に、それを見せた。
「これの香りだと思いますよ」
「なんだこれは?」
「度数の高いお酒と、乾燥した香草で作った物です」
言いつつ俺は、それを自分の手首に吹きかけた。
そして国王の前に差し出す。
「この匂いでしょう?」
「ああ」
国王は俺の手を掴み、鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「これは一体何なんだ?」
「ちょっと何かを掃除したりするときに使っているものですね」
作り方は簡単で、乾燥した香草を細かくして、度数の高いお酒……ウォッカみたいな奴がいい……にそれを漬け込んで匂いをしみこませて、編み目の細かい物で漉せばいい。
後は冷蔵保存でもしておけば、一週間くらいは日持ちするものだ。
「割となんにでも使いますね」
新調した台所のタイルとかには、すぐに使うんだったら問題ないと勝手に思っている。
アルコールだから、燃え移らないように気を遣う部分はあったりなかったりするもんだけどな。
俺的にはアルコール消毒みたいで、気分がいい。
お風呂にも結構いいものだ。後トイレ。
香りを一定の物にしておけば、匂いが混ざってすごい悪臭になるなんて事もない。
「聞いた事がないな。普通乾燥した香草など、料理に無駄にぶち込まれる物だろうに」
「それもったいないですよね、本当に」
言いつつ俺は、霧吹きを卓の上において国王の向かい側に行こうとした。
手を離してくれないだろうか。
痛くはない。騎士たちみたいに力いっぱい握りこまれているわけじゃないのに、国王の手は何となく引きはがしにくかった。
心理的な物か?
俺が国王をわりかし気に入っているから。
触れ合うと警戒心が減るんだってなんかの統計で、やってたよな。
国王がそれを無意識に行っているんだったら、侮れないって奴だろうか。
「……腫れたな」
ちょっと色々思っていれば、国王が不意にそんな事を言いだし始めた。
俺は霧吹きを使ったから、顔から離した氷嚢をちらっと見て答える。
「腫れますよ。あなたのように大きな人に叩かれたら腫れますからね」
「……」
国王は腕から手を離し、俺の頬に指先を伸ばした。
「少しやりすぎたか?」
ひやりとした指先が、腫れて熱を持つ頬に触れてちょっとばかり気持ちがいい。
「そのうちに治りますよ、歯が折れなかっただけ儲けものだと思っていますからね」
俺は思っているままに事実を答えた。
歯なんて生えないからな。
この世界の入れ歯事情を知らないから、入れ歯になる事にならなくてよかったと思うわけだ。
例えば、木製の入れ歯とか本当に嫌だ。
「悪い事をしたとは思っていないのか」
「それはまあ、勝手に姿をくらましたあたりは問題だろうな、とは思いますけれど、やっぱりちゃんとお店とかの事を教えてくれなかった事も、問題だと思いますよ」
「知る必要はあるまい?」
「ありますよ。身内の近況が心配にならないわけが、ないじゃないですか」
「……?」
国王はこの言葉を聞いて、本当に分からない、理解できないという顔をした。
そこで俺は、国王は息子たちの近況を聞く事もないのだ、と察した。
興味がないのだろうか?
「陛下は、王子様たちの近況を気になりませんか」
「気にする理由がないからな」
「なんで?」
「あれは……余の血を引いているわけではないからな」
……とんだ発言を聞いてしまった、というのが正しかった。
ええ?
ええええええ!!!!!!?




