悪趣味と事実
突きつけられたのは刀剣の類で、俺はよほどいたく、この男の機嫌を損ねてしまったらしいと気付いた。
気付いてから笑い出したくなる。
可愛らしい所もある物だ、なんて思ったんだ。
だって、俺が出て行ったから機嫌なんて損ねているんだろう?
機嫌を損ねる程度には、俺の事を気にいっていたんだろう?
まあ、新しく手に入った玩具程度には。
俺の利用価値は、冬を呼ぶ踊りくらいなのだ。
それをしない俺はこの男にとっては、価値なんてあんまりないはずだから。
……あれ、って事は、冬を呼べる重要人物が、勝手に出て行ったから怒っている?
でもこの顔、そんな政治的な目的で怒っている顔っぽくないんだよな……
俺は喉元にあてがわれている刃物の、冷たい切っ先を感じつつ、そんな事を思っていた。
男の顔は不機嫌そう、不機嫌丸出しって感じだ。
それはまさに、お気に入りの何かが勝手にどこかに行ってしまった、そんな機嫌の悪さなのだ。
そんな子供じみた感情が、俺には可愛らしいという感覚になってしまう。
大概俺もあれらしいが。
あれっていうのは、馬鹿だとか変わっているとか変人だとか趣味が悪いとか……まあそこら辺の言葉の類なのだ。
普通だったら、切り殺されそうな現状で、相手を可愛らしいなんて思わないんだろうが俺は思う。
俺よりはるかに年上の男の、そんな幼い感情が、ギャップみたいでなんだか愛くるしい。
だから俺は、くすりと笑ってしまった。
笑ってしまった俺とは対照的に、事の成り行きを見ている方々は引きつっている。
この状況下で笑える俺の神経の方が、彼らからすれば普通じゃないのだろう。
「何がおかしい?」
とても機嫌の悪い声で、国王陛下が言う。俺に剣を突きつけて、今にも刺し殺せそうな力の込め具合で。
「……」
俺はその声の怒った感じにもまた、なんだか好意的な物を感じてしまう。
怒られて気持ちがいい趣味はしていないんだが。
そんなに怖いなんて思わない。というか怖いとまったく思わない。
「陛下がまるで、子供みたいだから」
俺の言葉に、周囲の空気は凍り付いたようだ。すぐさま誰かが、医者を呼べみたいな声を言って走っていく。
騎士だの兵士だの役人だのが、青ざめていく。
それはたぶん、俺がこれから流す血液が起こすであろう、高級絨毯への惨劇のためだ。
人間の体の結構な割合が水分だから、首なんて切られたら絨毯は広範囲で駄目になる。
そしてこの部屋の絨毯が、日本のタイルカーペットみたいに細かく分けられていないのは明白だから、血で汚したら総取り換え間違いなしなのだ。
うん。
そこまでを意識の片隅で思いながら、俺は剣を避けて。笑ったまま陛下に近付いた。
「可愛らしい所もあるんですね」
にやにやしながら、俺は陛下を見上げる。
陛下は目を見張っている。散らばる蒼の瞳が、俺を確かめるように見つめている。
「別段、二度とこちらにこないつもりじゃなかったんですよ。保護者の皆様の安否確認がしたかっただけなので」
首を傾けて、俺は陛下をまじまじと見つめて見せる。
そこに偽りも疚しさも何もない。だからできる芸当だ。
「陛下がきちんと教えて下さらないので、確かめに行かざるを得なかったのです。きちんと教えてくださっていれば、抜け出したりしませんでしたよ。それにほら」
俺はまた一段とにやっと笑った。
「こちらに私がいるのが答えでしょう? 本当に逃げ出したかったのならば私は、誰に迷惑をかけても、この街からすら逃げ出しましたよ。国だって大陸だって越えますよ、気持ち的には。本当にできるかはわかりませんけれど」
ちゃんと戻ってくる意思はあったのだ、と俺は言いたい。
戻らなかったら大変だ、くらいの認識はちゃんとあったんだからな。
それに本当に逃げるつもりだったら、キャシーに無茶を言ってバルザックを出たし、やるとしたら冬の大陸にだって逃げ込んだだろう。
それ位の根性がない俺ではない。
つまり、俺が自分の行動を分析してみた結果、俺はこの城に戻らないという意思はなかったという事になるのだ。
戻ってくる予定で、ちょっと皆の顔を見に行った、というのが俺の認識である。
「お前は……」
「まあ、保護者の酒場に乱暴狼藉をしようとしたので、耐えきれなかったというのもありますがね」
俺の最後の言葉に、どこか緊張が少し緩んだ物が、なんだかがっくりと……した空気になる。
陛下は不機嫌そうになる。
正直に色々言っているだけなのになんでだ。
何が機嫌を悪くさせる事なのか……あ。
「陛下もしかして、陛下の所に戻ってくる意思の前に、お店の事を心配したから機嫌を損ねましたか?」
俺は思わず言ってから、周囲がもはや真っ白な紙のような顔色なので、言っていい事と悪い事があったな、と思った。
今のは言わない方がよかった事だ。たぶん。
何かを勘違いさせておいた方が、幸せだったかもしれない事っぽい。
中身は知らないが。
しかし……
「本当に陛下、かわいらしい所がおありですね」
うん。なんか、ほのぼのする。
自分を一番に考えてほしい、子供みたいなほのぼのだ。
一番近いのは、お母さんに、仕事よりも自分を優先してほしい幼児を相手にしている時のほのぼのだ。
遥か年上の子持ちの、ぽっちゃり男に思う事でもなさげだが。
思ってしまったのだからしょうがない。
命の危機? ってものは不思議と感じない俺がいる。
だって、俺を殺したらこの後、余計に不機嫌になるだろう。
この国王はその場限りの感情で、俺を殺す事はしない気がした。
「希代の阿呆だったか」
国王は剣を下し、そう呟いた。ただし。
俺は思い切りよく殴られてしまった。
避けるっていう選択肢はない。
何故ならば俺は直感的に、これで手打ちになると察したからだ。
事実。
「これで今回ばかりは許してやろう。次はない」
陛下はもうどうでもよさそうに、俺を見やりもしないで言い放ったのだから。
「何よもう! ちょっと出かけると思ったらまるっと帰ってこないと思ったら、今度は顔をそんなに腫らして! 何があったんだい、それじゃあ明日はさぞかし腫れてしまうだろうよ!」
お小言を聞きつつ、俺は冷却箱の中に入っていた氷を使って、氷嚢を作って顔を冷やしていた。
「ちなみに、ディ・ケーニさんは治癒系の術は」
「わたしゃそう言うのは範囲外なのさ。仲間内だったら瘴気を流して治療するんだけれどね、スズは違うだろう? 人間に瘴気なんて流したら最後、おかしくなっちまうよ」
「ですよねー」
瘴気は人にとって害悪だからな。俺がいくら瘴気に耐性があるようでも、さすがに流し込まれたらただでは済まないだろう。
苦笑いしながら、俺は左の頬を冷やす。
歯が折れなかったのが幸いだ、大の男に殴られて歯の一本二本持ってかれた奴は、知り合いに数人いたからな。
やくざな商売の知り合いは、恐ろしいと真剣に思ったぜあの時。
「まったくもう。そんなに心配だったんなら、私がちょいとばかりそこの光景を見せてやったってのに」
「できるんですか」
「カルミナ・スペクル第八位を舐めるんじゃないよ。鏡の魔妖は鏡のある所のすべてを見る事も出来るのさ。上位存在であればあるほどね。そして私は第八位。このバルザック内の光景くらいだったら軽い物さ」
「最初から相談していればよかったですね」
殴られ損かもしれない。
鏡の魔妖って本当に鏡に対しては無敵なのな。
すげえわ。
俺は真剣に感心しつつ、こちらの顔を見ている彼女に問いかける。
「さっきからどうしました。なんだか難しい顔で」
「痣になったらかわいそうだと思ってね。全くこんな子供にそんな乱暴をして……呆れたものだよ」
「これで手打ちって事ですから」
「やる事に対して限度があるだろう!」
「……あとですね、ディ・ケーニさん。非常に残念なお知らせです」
「何だい藪から棒に」
「私……十八なんです。今年で十九」
俺の大真面目なカミングアウトに、鏡の魔妖は固まった。
固まるもんなんだなってくらい固まった。
ちょっと秒数を数え始めている俺に、彼女は言う。
「その顔と体つきで……成人しているのかい」
「えーと、そうなりますね」
「なんてこったい……」




