頼もしい味方
「さて、あなたはこれからどうするんですか?」
俺はもっともな疑問を問いかけた。
テンカという姫君の無念が消えたここに、ディ・ケーニさんが長居する理由がない。
きっと瘴気王の所に帰るだろう。
それ自体は構わないが、いちおうさようならのあいさつ位はしておきたい。
関わっちまったからな。
そんな俺の言葉に、彼女は目を瞬かせてからこう言った。
「わたしゃ、おちびを見ていたいね」
「私を?」
なぜそうなる。
怪訝な表情をとった俺に、ディ・ケーニさんが言う。
「そりゃあ、おちびはここに、敵しかいないんじゃないのかい?」
「?」
なぜそうなる、敵がここに? なんで? 敵って、ここに魔物もいないしあいつらの眷属だっていないだろうに。
訳が分かっていない俺の顔を見やりながら、ディ・ケーニさんが言う。
「ここがどこか分かっているかい?」
「夜の離宮ですよね?」
「そうさ、離宮ってのは妃たちが暮らす場所だよ、それ位は世間知らずっぽいおちびでもわかるだろう?」
なんかえらい馬鹿にされている、そんな気分になったが、事実なので頷いた。
頷けば彼女は説明を加えてくれる。
「その離宮に、ただおちびみたいな子が好奇心だけで入り込めるわけがないってのもわかるだろう? それにさっき外で衛兵たちと話しているのが聞こえてきたよ、おちびはここで暮らす事になっているらしいね」
「まあそうですね、そう言う事になってしまいました」
「となれば、おちびは、ここの王様か王子様の、妾か愛人か、それとも妃の一人になってしまっているんだろう? なら、おちびが一番警戒しなくちゃいけないのは、魔物でもわたしたちカルミナ・スペクルでもない。同じ人間たちだよ、まったく、人間同士の足の引っ張り合いや殺し合い、ねたみ合はわたしらの上を行くからね」
「……どこの源氏物語」
俺はぼやいた。なんだそれは。俺は桐壺扱いか?
でも桐壷ってすげえ嫌がらせ受けてたんだよな、あれは地味に精神的に来るものだったっけ……古典の授業で俺はあまりの物に、しばらく紫式部の脳みそを疑ったっけな。
光源氏を悲劇の貴公子にするために、端役をそんな扱いにするとは……とな。
「ゲンジモノガタリってのが何か知らないけれどね、おちびは女としての魅力は皆無に見えるよ、事実だから怒るんじゃないよ? そういう、女の魅力すらない子供が、それも夜の離宮なんてところに入れられるなんて言うのは、ちょっと普通じゃない」
ディ・ケーニさんが溜息を吐いて言う。
「夜の離宮は、元は正妃の別宮だったんだからね、そこに入れられるっていうのは、テンカ様の時代までは正妃かそれと同格の側妃だけだった」
つまり何が言いたいのか。
話の結論が見えてこないと思っていると、ディ・ケーニさんが言った。
「おちび、そうとう王族に寵愛されているんだね?」
俺はこの時ばかりは、何も口にしていなくてよかった、と痛切に思った。
口にしていたら吹き出したに違いない。
寵愛って、寵愛ってっ?! 俺だぞ?!
俺は何とか国王とのやり取りを思い出した。
そこに、寵愛が差しはさまれる物はなかった、うん。
でも……ほかの何も知らない人たちからしてみたら、そう言う視点になるのか。
俺という女の魅力のない子供のような奴が側妃になる、それはつまり、国王とかの愛が重いという事実に他ならない……?
俺としてみれば、利用したいから、手元に置いておかなくちゃいけない脅威だから、引き込まれたっていうのが事実に見えるけれども。
何も知らない奴らは、そうはとらえないだろう。
俺だって他人が、まさか冬乞いを行使できるとは、考え難いからな……
黙った俺を見て、ディ・ケーニさんが言う。
「わたしゃ、恩を返したいだけさ。なに、人間の寿命なんてカルミナ・スペクルからすればほんの一瞬さ、その一瞬のあいだだけ、もうちょっとおちびのためにここに、居座ったってヨーゼン公は何も言いやしないさ」
俺は彼女を見た。
多分、宮廷の色々な物を聞き知っているだろう、とこしえの命を持つ存在を。
「じゃあ、あの、お世話になってもいいんですか?」
「どんと来い、だよ、おちび。テンカ様の無念を昇華してくれた優しすぎるおちびを、今度こそは守って見せるよ」
断言したディ・ケーニさんはきっと、後悔にまみれていたんだろう。
それ位テンカ様という娘を、守り抜きたかったに違いないんだから。
この言葉はディ・ケーニさんの罪滅ぼしの一環なんだ。
そして俺は、それを否定したりはしない。
長生きをすればするだけ、後悔は降り積もるものだから。
神々はそんな事を、簡単に捨て去ってしまえる非情さを持っているけれども、あいつらは情の深い奴ら過ぎた。
敵討ちが、あれだけ壮絶な物を極めたのは、前世の記憶にこびりついている。
俺はかすかに、目の奥によみがえった物に、今は痛みのようなものを感じた。
俺が打ち滅ぼしたとある、あいつらの一人。
その兄を殺された弟の激情が、瘴気となって冬の大陸までやってきた。
血の涙を流し、あいつらからすれば毒よりも痛い、強酸よりも焼かれる冬の絶対浄化の、その最も強い場所に、単身乗り込んできたあいつ。
冬の力で、半死半生になりながらも、兄の仇である俺に一矢報いようとして、崩れていく両手で俺の首を絞めようとした、あいつ。
俺はその時、あまりの弱さに興ざめになって、されるがままになったけれども、あいつは冬の大陸の絶対浄化の力の前に、消滅してしまった。
……その時、あいつが持っていた、兄とおそろいの首飾りを、俺はなんとなく捨てられないし、壊せなくて、天空の居住の箱の中に、兄のそれと並べておいたっけ。
あいつらは、そう言う一族だった。
そして瘴気王に仕えていただろうディ・ケーニさんも同じくらい、情が深いんだろうな。
それはかなしいものがある。
「じゃあ、私にこれから、色々教えてくださいね」
よろしく、と言った俺に、ディ・ケーニさんが言った。
「ああ、よろしく、おちび。そういえば名前を聞いていなかったね」
「リンと言います」
「リン? ああ、柔らかい音の名前だね。おちびの持っている冬の力とは、ずいぶんそぐわない音の名前だね」
言った後に、ディ・ケーニさんが提案してきた。
「それじゃあわたしは、おちびをスズと呼ぶよ。涼に由縁する名前さ、冬に抱きかかえられているおちびに、これほどふさわしい名前はないからね」
俺は別段、どう呼ばれようとも俺の本質は変わらないから、気にしない。
だから。
「ええ、お好きなように呼んでください」
言って、笑った。
その後は、長い事他人が入らなかった離宮を、掃除した。
しかし、ここでディ・ケーニさんのすごい能力が分かった。
彼女はこの空間を長年支配していたから、ここを完全な状態で維持する事なんて容易かったのだ。
つまり。
「掃除しようにも、掃除する場所がないなんて……」
という事になったわけだ。
「何から何まで、テンカ様のいた時代のままにしたかったからね、離宮全域に、わたしの力を満たしておいたのさ。スズ一人が暮らし続けていたって、埃一つ残さないよ」
何処か自慢げな彼女は、確かに異属の存在だった。
「さて。スズはご飯を食べたいんじゃないのかい?」
俺はちょっと笑って、さっきからずっとぐうぐう鳴っているお腹を見下ろした。
「そうですね、昼から何も食べていませんから」
「欲しい材料とかはあるかい? なんならちょっと、食糧庫から転送してあげるよ」
「そんな事までできるんですか」
「鏡がある場所は全て、わたしらカルミナ・スペクルの領域になるのさ。そしてこのバルザックの王宮は、どこにでも鏡に属する物が、無数にあるからね」
「……じゃあ、今日だけ送ってもらいます。そうですね、肝臓と野菜と塩コショウと……」
「スズは料理ができるのかい」
「料理位しか褒められたものがありませんね」
「そう」
良く分からない子供だねと言ったディ・ケーニさんだったが、本当に鏡の中から、頼んだ食料を出してくれた。
俺はそれを使って、レバニラもどきを作った。
なんとなくぱさっとした、しかしねっとりともしたなんとも言えない、それでいて歯切れのいい肝臓は、俺の食べた事のあるどの肝臓よりも、ずっと素材としてはおいしかった。
これで醤油とニンニクがあれば最高だったのに。
置きっぱなしになっていた食器とかを使わせてもらって俺は、一人料理を平らげた。
その間、ディ・ケーニさんの思い出話を聞いていた。
テンカ様との、懐かしく温かい思い出を。




