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鏡の魔妖と残されていたもの

鏡の魔妖。それは遠い昔に、俺たち神族と対立していた、あいつらの仲間だ。

あいつらと同じで、瘴気王を頂点にしていた。

まあ、瘴気ってものがどういう風に発生しているか、と言われたら答えは微妙だ。

オーラのように、いるだけで瘴気を発生させるあいつらもいたけれど、あいつらがいなくても瘴気がよどむ場所もあるからな。

まあ、俺は前世時代に興味がなさ過ぎた。

だから知らない。

たぶん俺以外の神の中には、知っている英知の塊だっていただろうが。

俺が知っているのは、あいつらのいない瘴気には核がある、そしてその核をどうにかしなかったら瘴気は消えないという事くらいだ。

それとあいつらがいた場所には、残り香のように瘴気が残るという事か。

たしか、鏡の魔妖一族は、瘴気を生み出す側だったような気がする。

俺はこの夜の離宮の中の、ものすごい密度の瘴気の理由に納得してしまう。

鏡の魔妖一族がいたら、そりゃあ瘴気はたまるわな。

それもこの調子だと長年いるんだろう。

長年の間に蓄積された、瘴気は外に漏れ出さなかった結果、離宮の中で濃く重くなっていったんだろう。


「なんだいおちび。ずいぶん失礼な物言いだね! わたしゃカルミナ=スペクルの第八位、ディ・ケーニだよ! そんなそこら辺の低能な奴らの呼び方をしないでおくれ!」


俺がそこまで思い出したあたりで、鏡の中の老婆が叫んだ。

しらねえ。

俺初めて知ったぞ、あいつらの正式名称。そうか、カルミナ=スペクルっていうのか。

第八位って、階級的に高いのか低いのかわからないな。

俺はあいつらの階級も何も知らないんだ。あいにく。


「じゃあ、ディ・ケーニさん。あなたどうして人間のいる場所にいるんですか。それもここ、大昔の聖女が結界を張った都の、その中じゃないですか」


「そりゃあ大昔に、わたしの仕えていたあのお方、ヨーゼン公の人間との間に生まれた娘であらせられる、テンカ様がこの都にお輿入れしたからだよ。わたしゃテンカ様の侍女としてここにきたんだ。ヨーゼン公様に、テンカ様がいつでも会えるようにね」


「はあ……」


なんで瘴気王ヨーゼンと人間のハーフの娘が、バルザックに輿入れしたんだよ。

おかしいだろ。

あー。でも。

ヨーゼンはたしか、身分の低い娘には手を出さなかったから……もしかして父親が誰なのかを隠したどこぞの姫君の娘が、ここに嫁いできたのか?

頭痛くなってきた。

俺は痛くなりかけた頭を脇に置いて、問いかける。


「その、テンカ様は人間と同じ寿命だったんでしょう? きっと。それなら彼女が死んだあと、あなたは帰ればよかったじゃないですか」


そうすりゃあ、ここまで密度の濃い瘴気は残されなかっただろうから。

俺の言葉に、ディ・ケーニが言う。


「……帰れるわけがないだろう?」


「なんで?」


鏡の魔妖が、動けないわけがないだろうに。遠くを映すその力は、自分にも有効で、行きたいところに自由に行けるはずだろう。

こんな所からさっさと、主君のもとにだって帰れただろうに。

何でそうしないんだ。


「テンカ様が恨みを呑んで死んでいったからだよ」


「恨むって。国王によその女ができたから?」


「そうだよ。そしてテンカ様の子供をいわれのない罪で殺させて、よその女の子供を跡継ぎにした。我らのヨーゼン公の娘が、そんな待遇を受けるいわれがないだろう? テンカ様は正妃の座から偽りの罪で引きずり降ろされて、正妃になったあの女から毒を盛られて死んでいったのさ。テンカ様はお優しかったから、最期まで自分の恨みに気付かなかった」


何か思うところでもあるんだろう。

俺はこの話を聞いて、そのテンカという姫君の不運に同情したくなった。

深層心理の中で、恨んでしまったんだろう。


「魂の中に積もりに積もった恨みが、テンカ様の残滓が、ここには残っているからね。テンカ様は腐ってもヨーゼン公の娘君さ。テンカ様という清らかな魂が消えて残された恨みっていう、瘴気が制御できる誰かもいなくなれば、たちまちバルザックは瘴気に包まれちまうよ」


「あなたはもしかして、その瘴気をこの夜の離宮の中に閉じ込めておくために、ここにずっと?」


「ああそうさ。バルザックを瘴気に包むのなんて、あの優しかったテンカ様が望むわけがないんだからね。でもまあ、わたしがいるって事もあって、瘴気が消えやしないんだがね」


今は亡き姫君の事を思って、ここに残っているディ・ケーニ。いいや、ディ・ケーニさんと心の中でも呼ばせてもらおう。

忠臣は自分の利益が中心の心だが、忠誠心は違う。

忠誠心は、真心という意味合いがあるんだ。

その点で言うとディ・ケーニさんは忠誠心がある、それもかなり。

どれだけの時間、これだけの強さの瘴気を制御し続けてきたのか。

……テンカという混血の姫君の気持ちを思って。

俺が思っていると、ディ・ケーニさんが言う。


「まあ、おちびみたいな、ちょっとわたしたちに対する知識があるだけの子供に言う事でも、ないんだがね、おちびは驚いた事に、こんな瘴気の中でも平気な顔をしているから、昔話でもしてみようと思ったのさ。おちびはどこにでもいそうな「子供」だから、冬の浄化なんて腐ってもできないだろうけれどね」


言われて驚いちまったけれど、よく考えればおちびみたいな人間が、出来っこないからね、というディ・ケーニさん。

おいおい。なんかむかっと来たぞ。

俺の言葉に驚いて出てきたってのに、俺にはそれができないと決めつけているな。

まあ普通そうだろう。

神の力を降ろす巫女がいない現状で、それができると思う方が変だ。

という事は、俺は俺を見た事のないあいつらたちから見れば、ただの子供に見えるという事か。

こうやって看破されていないんだから。

俺は数秒黙って、そしてすこーし距離を置いた。

たぶん。

ディ・ケーニさんはテンカ姫の残してしまった、恨みという増幅作用のある瘴気を、どうにかしたいと思っている。

ここの中にだけ抑え込んでいるのが証拠だ。

だったら、それを、目に物を見せる感じで浄化しても。

いいんじゃね。

俺は木靴のつま先で立って、目を閉じる。

ここは狭い。踊るのは手加減が必要だ。

まったく、俺は冬乞いができるけれど、もともとは踊りの神じゃないんだぜ。

何で踊ってばっかりなのか。

今戦えと言われたら、あの当時と同じだけは戦えないってわかってるが。

そんな雑念を遠ざけて、俺は冬と、俺の根源である冬の大陸を思う。

思って、くるりと回り、踊り始めた。



思うのはあの荒涼とした空気。


思うのは、あの厳しい世界。


思うのは、どこまでも色彩の欠如した、いつまでたっても止まない雪の中。


なあ、俺に気付いて。

俺はここにいるんだ。

だから。

俺を導に、ここにきて。



冬乞いは、心のままに踊るものだ。心が冬のあの世界を映せば映すだけ、冬の浄化の力を呼び出せる。

俺の心臓のあたりに、そしてあの世界は刻まれている。

踊ると俺の中に、あの世界があふれ出す。

閉じた瞼の裏側一面に広がる、白と黒と灰色があまりにも冷たい。




なあ、俺はまだ俺でいられている?





「やめておくれ、やめておくれ!! わたしまで消し飛ばされちまうよ!!!」


鏡の魔妖が吹っ飛ぶ力ってどんだけだ。あいつらしぶとかったんじゃなかったっけ。

ちらりと思った事で、俺は踊りの構成を変えて、強制的に終幕に持って行った。

心臓のあたりまで、俺の冬が手を伸ばしてきたのに、あと一歩で俺はあの世界に口づけする事もかなわなかった。

それを心底俺は、残念だと思った。

たぶんそこまで冬と一体化したら、どうなるかわかったもんじゃあないけれどもな。

足を止めれば、あたりはすっきりと冷たい、季節外れの空気で包まれていた。

それと同時に、なんとなく重苦しく感じる、瘴気はなくなっていた。


「なんていうおちびだい。まさかこの世界で、もう一度冬乞いを感じるなんてね。太古にヨーゼン公の前で、戦舞を見せつけたギギウス・ブロッケン以来だよ。あの時はギギウス・ブロッケンも冬の力よりも自分の武で迫ってきていたから、まだましだったけれども」


ディ・ケーニさんが安堵の息を吐きだす。


「今回は跡形もなく、消し飛ばされちまうかと思ったよ。おちび、常識外れているとしかいいようがない」


でも、とディ・ケーニさんが言った。


「テンカ様が残してしまった物が皆、消えちまったよ」


ありがとう、と小さく呟かれた。なんだか泣き出しそうな気がして、俺は礼儀として彼女の顔を見ないようにした。

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