第三話 昼野夢
――次の日。午前七時。
小さなステージ付きのロックバー『デビルプレイス』から三キロ程離れた所に、この春から通信制高校へ編入した高校二年生の昼野夢の住む家はあった。ユメは朝ごはんを食べるため二階の自分の部屋から母親のいるキッチンに降りてくる。
小柄で大人しそうな暗いオーラを纏っているその十七歳の少女は、黒い前髪が長く顔がよく見えなかったが、パッと見はどこにでもいる素朴な普通の少女だった。
ユメは朝ごはんを食べるためにイスに座ろうとしていたが何気なく流れていたテレビのニュースを見ると急にその場で頭を抱え、うずくまってしまった。
それを見た母親が急いでユメに駆け寄る。
「ユメ!!」
ユメは思い出していた――。
あの日⋯⋯あの夏の暑い日。通っていた高校の校舎の屋上のフェンスの外でクラスの女子達に浴びせられた言葉を。
「早く飛べよユメ!」「うちら暇じゃねーんだ!」「さっさと飛ばないと昼休み終わっちまうだろ!」「手伝ってやろうか?⋯⋯きゃはは⋯⋯」
いつの間にかユメの背後に立っていたスクールカースト最上位の女子がユメの心を鋭利な言葉で突き刺す。
「――死ねよ」
突然ユメは自分の苦しい呼吸の音を鼓膜に感じ吐き気を覚えた。身体が震える。涙が溢れる。寂しい孤独が心を覆う。
「⋯⋯ユメ⋯⋯ユメ!! 大丈夫? ユメ!!!!」
母親の必死な声にハッとするユメ。
恐怖の顔を母親に向けたあとユメは二階の自分の部屋に向け階段を駆け上がる。
カーテンを閉め切った暗い部屋に駆け込んだユメは、急いで推しの女性アイドルグループの曲を大音量で聞いた。
歌が大好きで⋯⋯大好きで大好きで大好きな歌⋯⋯歌だけが心の拠り所のユメは、そのまま部屋に閉じこもった⋯⋯。
◇
――午後五時。
完全に落ち着きを取り戻したユメはいつものように自転車で、並木通りからほど近いゲームセンター『リップオフ』にやって来た。
店内に入り軽く見回したあとクレーンゲーム『ぬいぐるみさんキャッチ』の前に歩いていくユメ。
――それから一時間、ユメはお目当てのアニメキャラクターのぬいぐるみを一つも取れないでいた。
(もう四千円も使っちゃった⋯⋯)
泣きそうなユメのそばに店員が近寄ってきた。店員を見るユメ。名札には悪野森瑠鬼と書いてある。
(悪野森瑠鬼⋯⋯怖そうな名前⋯⋯)
ユメに話しかけるルキ。
「あの、それ絶対取れませんよ、アームの掴む力を最弱に調節してあるんで」
「えっ⋯⋯?」
「ちょっと待っててください」
ルキはしゃがみ、下の方に付いている小さなパネルを開けアーム強度調節ツマミを右に回して最強にすると、そのそばにあるボタンを二十回押し小さなパネルを閉めた。
「さぁ、やってみてください」
ユメが操作ボタンの横を見ると20と表示されていた。
「あの、いいんですか?」
「いいんです。さぁどうぞ」
ユメは横と奥を合わせボタンを押した。
アームが下がりアニメキャラクターのぬいぐるみの頭の上で三本のツメが閉じる。
ガチャンッ!!!!!!!!
ものすごい音と共に三本のツメがアニメキャラクターのぬいぐるみの頭をガッチリと掴んだ。そのままアームは上がり取り出し口の方へ向かったあと、ぬいぐるみは取り出し口の中へ落ちた。
「良かったですね。じゃんじゃん取っちゃってください。終わったら声掛けてくださいね」
「ありがとうございます。でも、あのぬいぐるみの頭が潰れて⋯⋯」
「あはは、ほんとだ。じゃあ、もう少しアームの掴む力を弱めときますね⋯⋯」
◇
――午後八時五十分。
並木通りにある音楽スタジオ34の前にベースを背負ったルキの姿があった。
少ししてギターケースを抱えたリノがルキの前に現れる。
「あっ、ルキくん、待ちました?」
「いや、俺も今来たとこ。じゃあ入ろうか」
「はい」
受付でマイクとケーブル入りのカゴを受け取りリノと一緒に部屋に入ったルキは早速背負っていたベースを下ろしケースからベースを取り出した。
リノがルキに近寄る。
「あっ、ルキくん愛用の赤いフェンダーのプレベだね、やっぱりかっこいい!」
「ありがと。鳴りが最高だから手放せなくて⋯⋯リノのギターは?」
「私のギターは、ルキくんと同じ赤い⋯⋯」
リノはしゃがみ床に置いたギターケースを開いた。その瞬間ルキがリノの背後から覆い被さるようにギターを覗き込む。ルキの顔がすぐそばに近づき途端に体を強ばらせながらルキの顔をチラチラ見るリノ。ルキはそんなリノの視線に気づかず目を輝かせながらリノの左横に出てしゃがむとリノの顔を見た。
「セミアコのギブソンES-335じゃん! リノ! 俺このギター大好きなんだ!」
「⋯⋯リノ⋯⋯大好き⋯⋯」
「ちょっとリノ、聞いてる?」
「⋯⋯は、はい! 聞いてます」
そのあまりの顔の近さとルキのキラキラとした視線を一心に受け、たじろいだリノは慌ててギターを取り出し立ち上がった。
リノがギターのストラップを肩にかけギターを構えると艶のあるセミ・アコースティックギターに照明があたり赤いボディが光り輝いた。
「おお! リノ、めっちゃいいじゃん!」
照れたように俯いたリノは、バッグからエフェクターを取り出しギターに繋いでから備え付けのアンプにシールドを挿した。
リノのピックを持った右手がセミアコの弦を弾き音をかき鳴らす。
その甘い音に思わずルキの顔がほころんだ。
「やっぱ音いいな」
「ですよね!」
ルキに笑顔を向け歌い出すリノ。
マイクを通しリノのキレのある声が部屋の隅々に走っていく。
しばらくして突然、ルキがリノの肩を叩いた。
体をビクンとさせたリノは歌うのをやめルキの顔を見る。
「どうしたんですか?」
「いや、やっぱリノは歌上手いなって思ってさ。じゃあ、リノがギターボーカルだな」
「いえ、私はロックの曲は作れてもポップスシンガーなのでロックはまだ上手く歌えなくて⋯⋯あの、ルキくんはやっぱりロックバンドがしたいんでしょ?」
「ああ、そうだな。やっぱロックだな⋯⋯俺も逆にポップスは苦手だし。じゃあボーカルは探すのか?」
「はい、そうしたいと思ってます。あとはドラムなんですけど⋯⋯」
「ドラマーなら心当たりがある。今度の日曜日、そのドラマーのバンドのライブあるから一緒に見に行くか?⋯⋯あっ、二人だとデートみたいで嫌か?」
「⋯⋯二人でデート⋯⋯」
「ちょっとリノ、聞いてる?」
「は、はい聞いてます! 行きます! よろしくお願いします!」
「あ、ああ、分かった。じゃあリノ、今からちょっとセッションしちゃう?」
「はい、いいですよ」
ルキはその言葉にシールドを備え付けのアンプに挿しベースを繋ぐと、すぐに左手でコードを押えながら右手親指で弦を叩きその反動で手首を回転させながら人差し指で弦を引っ張るスラップ奏法を始め飛び跳ねるような力強く太い音を出すと、リノにアイコンタクトした。
リノは、はにかみながらルキの太く支えられた力強い低音の上をまるで音符を一つ一つ部屋に飾るように置いていきながらも細長い音符を流しそうめんのように流しながら流れるようなフレーズを縦横無尽に空間に解き放っていったのであった⋯⋯。




