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EP 8

究極の魔導サウナで『整う』氷の宰相様。そして、至福の膝枕と不穏な手紙

 ポポロ村の秋は深まり、朝晩の風はすっかり冷たくなってきた。

 そんなある日のこと。出張所の庭先で、スアイがタローマン製のメジャーを片手に何やら真剣な顔で測量を行っていた。

「……よし。このスペースがあれば、完璧な導線が確保できますわね」

「スアイ、何測ってるの?」

「織姫。実は私、このポポロ村の豊かな大自然と冷たい川の水を活かして、究極のリラクゼーション施設を作りたいと思っておりましたの。ズバリ、『魔導テントサウナ』ですわ!」

 サウナ!

 社畜時代、疲労の限界を迎えた休日に何度か行ったことがある。あの熱気と水風呂、そして外気浴のコンボは、まさに合法的な疲労回復魔法だった。

「それは名案! すぐに【善行通販】で取り寄せるね!」

 私は脳内のウィンドウを開き、検索窓に『テントサウナ フルセット』と打ち込んだ。

 先日の橋の修復で神々からのスーパーチャットが大量に入っているため、ポイントは潤沢だ。私は地球の最新アウトドア用「三層構造・超断熱テントサウナ」と、「大容量薪ストーブ」、「香花石サウナストーン」、さらにアロマ水を作るための「白樺のヴィヒタ」まで、完璧なセットをポチッと購入した。

「素晴らしいですわ、織姫! さあ、設営は私にお任せを!」

 スアイはワクワクとした顔で、手際よくテントを組み上げ、ストーブを設置していく。あっという間に、出張所の庭に立派なサウナ空間が完成した。

 そして迎えた週末。

 いつものように、黒塗りの魔導車がポポロ村にやってきた。

 降りてきたユリウスは、またしても限界過労男子の顔をしていた。目の下にはクマがあり、足取りも少し重い。今週も帝都で相当な激務をこなしてきたのだろう。

「……織姫、すまない。少しソファで休ませて……ん? 庭にあるあの黒いテントはなんだ?」

「ユリウス様、お疲れ様です! 実は今日、閣下のために最高の疲労回復メニューをご用意したんです。さあ、このポンチョに着替えてください!」

「ぽ、ポンチョ?」

 訳もわからずサウナ用ポンチョに着替えさせられたユリウスを、私とスアイはテントの中へと案内した。

 テントの中は薪ストーブによってガンガンに熱せられ、室温はすでに九十度を超えている。

「な、なんだこの異常な熱気は……! 息をするだけで喉が焼けるようだが!?」

「フフッ、ここからが本番ですわ。宰相閣下、アバロン魔皇国に伝わる伝統の技『ロウリュ』をお見せしますのよ」

 スアイがサウナストーンに、白樺のアロマ水をジュワァァァッ! と勢いよくかけた。

 瞬間、強烈な蒸気がテント内に充満し、体感温度が一気に跳ね上がる。白樺の爽やかな香りと共に、熱波が全身を包み込んだ。

「ぐっ……! あ、熱い……が、不思議と嫌な熱ではないな。むしろ、全身の毛穴という毛穴から、一週間のストレスと疲労が汗と共に噴き出していくようだ……っ!」

「無理しないでくださいね、閣下。限界が来たらすぐに出ますから」

「いや……もう少し、この熱を味わわせてくれ。悪くない……」

 十分後。

 限界まで温まった私たちはテントから飛び出し、スアイが氷魔法で程よく温度調整をした『ポポロ川の天然水風呂(魔導樽入り)』へとザブンと浸かった。

「……ひゃあっ! 冷たい……けど、気持ちいい!」

「ほほぉお……っ!」

 ユリウスは声にならない声を上げながら、水風呂に肩まで浸かっている。熱された体が急速に冷やされ、血管が引き締まる感覚。

 そして一分後、水風呂から上がり、庭に用意したリクライニングチェアに深く腰を下ろした。

 秋の冷たい風が、火照った肌を優しく撫でていく。

「……っ」

 ユリウスは目を閉じ、大きく深呼吸をした。

 彼の全身から、うっすらと白い湯気が立ち上っている。そして、いつもの鋭い眼光や、氷のような威圧感は完全に消え去り、ただの無防備な青年のような、極上に緩んだ表情になっていた。

「閣下、どうですか?」

「…………織姫。ここは、天国か?」

「ふふっ、『整った』みたいですね」

 サウナの恍惚感に包まれ、ユリウスは完全にリラックスしきっていた。

 スアイは「私はもう三セットほど行ってきますわ」と再びテントへ消えていき、庭には私とユリウスの二人だけが残された。

「……体が、羽のように軽い。頭の中に渦巻いていた複雑な魔導理論も、政敵の顔も、すべてがどうでもよく思えてくる。……君はいつも、私に未知の救いを与えてくれるな」

 ユリウスはチェアに深く沈み込みながら、とろんとした目で私を見つめた。

「よかったです。今週もすごくお疲れみたいでしたから」

「ああ……。だが、少し体が冷えてきたかもしれない。せっかく温まったのに、眠気が……」

 カクン、とユリウスの頭が揺れ、チェアから滑り落ちそうになる。

 私は慌てて彼の隣に行き、その体を支えた。

「閣下、ここで寝たら風邪を引きますよ! ベッドに……って、うわっ!?」

 支えようとした私の腕を、ユリウスが不意に引き寄せた。

 バランスを崩した私は、庭に敷かれたラグの上にぺたんと座り込んでしまう。すると、ユリウスはそのまま私の太ももの上に、ごろんと頭を乗せてきたのだ。

「えっ……ゆ、ユリウス様!?」

「……すまない。あと五分だけ、このままで……。君の体温が、一番心地いいんだ……」

 ひ、膝枕!?

 帝国最高の権力者にして、氷の宰相と呼ばれる男が、今、私の膝の上でスヤスヤと寝息を立て始めている。

 ポンチョから覗く彼の横顔は、彫刻のように美しく、まつ毛は驚くほど長い。普段は絶対に人に見せないであろう、無防備で穏やかな寝顔だった。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 私の心臓が、サウナに入っていた時よりも激しく鳴り始める。

(ど、どうしよう。顔が近すぎる……っ)

 彼から漂う白樺のアロマの香りと、微かな男性の体臭。太ももに伝わる彼の確かな重みと温もりが、私の思考をぐちゃぐちゃにしていく。

 私はそっと手を伸ばし、彼の銀色の髪を撫でた。

 サラサラとした髪の間を指が滑る。ユリウスは気持ちよさそうにすり寄ってきて、私の膝に顔を埋めた。

「……かわいい」

 思わず、そんな言葉が口からこぼれた。

 社畜として消費されるだけだった私を、見つけ出して、認めて、大切にしてくれた人。

 彼が背負っている重い責任を、少しでも軽くしてあげたい。この寝顔を、ずっと守りたい。

 私の中で芽生えていた小さな感情が、確かな『恋』へと変わった瞬間だった。

『ピコン! ピコン! ピコン!』

『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:

「キタァァァァァ! 膝枕!! 最強のギャップ萌え!!! 織姫、そのまま頭撫で続けろ!!」』

『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:

「ああっ……宰相閣下の防壁がゼロに……。愛ですね。これは愛です……!(スパチャ:500,000 Pt)」』

『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:

「チッ、甘ったるい展開しやがって。だがPVは爆伸びしてるから許す」』

 脳内で神々が阿鼻叫喚の騒ぎを起こしているが、今はそれすらも遠く感じた。

 私はただ、優しい秋の風に吹かれながら、愛おしい人の髪を撫で続けていた。

     * * *

 ――しかし。

 そんな至福の時間は、一羽の鳥の羽ばたきによって唐突に破られた。

「……ん?」

 空からバサバサと舞い降りてきたのは、ルナミス帝国の中央郵便局が使っている『魔導伝書鳩』だった。

 鳩は私の足元に降り立つと、足に括り付けられていた赤い封筒をぽとリと落とした。

「郵便……? 私宛て?」

 ユリウスを起こさないようにそっと身を乗り出し、封筒を拾い上げる。

 そこには、『中央市役所・カーライル子爵』という送り主の名前が、嫌というほど見慣れた文字で書かれていた。

「カーライル……?」

 嫌な予感がして、封を切る。

 中に入っていたのは、市役所の正式な公印が押された『命令書』だった。

『元・市民生活相談課 天原織姫へ。

 貴殿がポポロ村で開発した新特産品は、我が管轄の指導による成果である。直ちにその全権利を中央市役所に譲渡し、帝都へ帰還して俺の補佐業務を再開せよ。

 これは正式な業務命令である。背いた場合、村への助成金を打ち切るものとする』

 血の気が引いた。

 あの男は。私を不用品だと切り捨てたあの泥棒は、どこまでも私のものを――私と村の人たちが作り上げた大切なものを、奪い尽くそうというのか。

「……織姫? どうした、顔色が悪いぞ」

 私の震えが伝わったのか、ユリウスが目を覚まし、体を起こした。

 そして、私が手に握りしめている赤い封筒と、そこにある公印を見て、スッと目を細めた。

 甘く穏やかだったサウナ終わりの空気は一変し、秋の冷たい風が、不穏な嵐の予感を運んできていた。

読んでいただきありがとうございます。

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