EP 4
週末限定の甘い時間。氷の宰相様と囲むお鍋と、村の困りごと
ポポロ村に赴任して初めての週末がやってきた。
のどかな日差しが降り注ぐ中、出張所の庭先には美味しそうな出汁の香りが漂っている。
「おお……なんと美しい肉の霜降り。それにこの『カセットコンロ』なる魔導具、火の魔法石も使わずに安定した火力を生み出すとは。地球のDIY技術も侮れませんわね」
スアイが目を輝かせながら覗き込んでいるのは、私が【善行通販】で取り寄せた地球の『土鍋』と『卓上カセットコンロ』だ。
今日は週末。あの「氷の宰相」様が、本当に私の手料理を食べにやってくる日である。弱っていた彼の胃腸も数日でいくらか回復しただろうと考え、今日は精がついて、かつ消化にも優しい『極上鶏の水炊き鍋』を用意した。
白濁したコラーゲンたっぷりの鶏ガラスープの中で、地球産のブランド鶏のぶつ切りと、ポポロ村で採れた新鮮な長ネギや白菜(に似た野菜)がくつぐつと煮えている。
「スアイ、あんまり顔を近づけると危ないよ」
「問題ありませんわ。私、元・氷魔将軍ですから熱さには耐性が――あっ、お肉つまみ食いしようとしたのがバレましたの?」
「バレバレです。お客さんが来るまで『待て』だよ」
そんな軽口を叩き合っていると、村の入り口へと続く一本道に、見覚えのある黒塗りの魔導車が姿を現した。
車が停まり、降りてきた人物を見て、私は思わず目を丸くした。
「……遅くなってすまない、織姫」
「閣下……その格好、どうされたんですか?」
現れたユリウスは、いつもの威圧感のある軍服風スーツではなく、上質なカシミヤのハイネックセーターに、ゆったりとしたスラックスという出立ちだった。前髪もかっちりと撫で付けられておらず、自然に下ろされている。
普段の「氷の宰相」という冷徹な仮面を外し、完全なオフモードの彼からは、大人の男の無防備な色気が漂っていた。
「あ、ああ。公務ではないからな。少しラフすぎただろうか……。いや、正直に言おう。君の料理を心ゆくまで食べるために、一番お腹周りが苦しくない服を選んできたのだ」
「ふふっ、大正解だと思います」
真面目な顔でそんなことを言う彼に、私は思わず吹き出してしまった。
ユリウスは少し照れくさそうに目を伏せた後、庭にいるスアイの姿に気づいてピタリと動きを止めた。
「……君は、アバロン魔皇国の『氷魔将軍』スアイ殿では?」
「あら。今はただのしがないDIYキャンパーですわ、宰相閣下。世俗の肩書きは置いて、今日はお鍋を囲むただの食客として接していただけます?」
「……なるほど。織姫の周りは退屈しないな」
帝国トップの宰相と、敵国である魔皇国の元幹部。帝都の議会が見たら卒倒しそうな顔合わせだが、鍋の前ではそんな国家間の緊張など関係ない。
「さぁ、煮えましたよ! ぽん酢につけて、熱いうちにどうぞ!」
私は二人の取り鉢に、鶏肉と野菜を取り分けた。
ユリウスはフォーク(箸は使えないようだった)で鶏肉を刺し、琥珀色のぽん酢に軽く浸して、口へと運んだ。
――次の瞬間。
「…………っ!!」
ユリウスの動きが止まった。
そして、目を閉じ、天を仰ぐように深く息を吐き出す。
「……素晴らしい。鶏肉は噛む必要がないほどホロホロに崩れ、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。それなのに、この『ぽん酢』という調味料の爽やかな酸味が、油っこさを完全に打ち消している。……先日の『うどん』も奇跡の味だったが、これは……まるで魂が浄化されるようだ」
「大袈裟ですよ、閣下」
「いや、本当だ」
目を開けたユリウスは、私を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、帝都で見せる氷のような冷たさは微塵もない。春の陽だまりのように温かく、そして、見つめられると心臓が跳ねてしまいそうなほど、深く甘い熱がこもっていた。
「……私は、この一週間の激務を、ただ今日君に会って、君の料理を食べるためだけに生き抜いてきた。織姫、君の存在そのものが、私の救いだ」
「っ……! も、もう、大袈裟なんだから……っ。野菜もたくさん食べてくださいね!」
私は真っ赤になった顔を誤魔化すように、彼の鉢に白菜を放り込んだ。
ユリウスが私に向ける、私だけの特別扱い。
限界社畜として消費されるだけだった私を、こんなにも大切に、愛おしそうに見つめてくれる人がいる。胸の奥がくすぐったくて、でも決して嫌じゃなかった。
『ピコン!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「ヒューヒュー! 氷の宰相様がデレデレじゃん! 胃袋掴む作戦、大成功だね!」』
『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:
「ルチアナ様、品がありませんよ。しかし……尊いですね。限界過労男子が手料理で癒される姿……浄化されます。投げ銭(10,000 Pt)しておきますね」』
脳内で神様たちも大盛り上がりしている。どうやら私のスローライフは、神界でも優良な恋愛リアリティショーとして消費されているらしい。
和やかな時間が流れていた、その時だった。
「お、織姫先生ーーーっ!! 大変だぁーーっ!!」
血相を変えたポポロ村の村長が、息を切らして庭に駆け込んできた。
「村長さん? どうしたんですか、そんなに慌てて」
「む、村と街道を繋ぐ『ポポロ川』の木橋が、昨晩の嵐のせいで崩落しちまったんだ! これじゃあ、明日から収穫を迎える『太陽芋』や『特産品』が帝都に出荷できねぇ! 腐っちまう!」
「えっ!?」
それは村にとって死活問題だった。
ポポロ村の主な収入源は、帝都への農作物の出荷だ。橋がなければ馬車も通れず、一年間の村人たちの努力が全て水の泡になってしまう。
さっきまで穏やかな顔をしていたユリウスの表情が、一瞬で「宰相」のそれへと切り替わった。
「……それは由々しき事態だな。村長、帝都の中央土木局には連絡したか?」
「さ、宰相閣下!? なぜこんな辺境に!? い、いえ、通信石で連絡は入れましたが、『カーライル子爵の決裁待ちだから、視察部隊が行くのは来週になる』と冷たくあしらわれてしまい……」
「あの無能め……! 自分が処理できない仕事を放置しているのか!」
ユリウスがギリッと奥歯を噛み締める。
「村長、安心しろ。私が特権で至急、工兵部隊を手配しよう。だが、手配から到着、修復までに最低でも一週間はかかってしまう。……すまない、作物の出荷には間に合わないかもしれない」
ユリウスの言葉に、村長は絶望したようにその場にへたり込んだ。
「そ、そんな……。今年の冬は、どうやって越せば……」
沈痛な空気が流れる。
しかし、私はギュッと両手を握りしめた。
一週間も待てない。村の人たちが丹精込めて育てた野菜が、理不尽なお役所仕事のせいで腐っていくのを見過ごすなんて、絶対に嫌だ。
何のために、私は【善行通販】というチートスキルを持っているのか。
誰かの手柄のためじゃない。目の前で困っている、この人たちを助けるために使うんだ!
「村長さん、諦めないでください!」
「お、織姫先生……?」
「一週間も待つ必要はありません。私たちが、明日までに橋を直します!」
私の宣言に、ユリウスも村長も目を丸くした。
「織姫、無茶だ! 橋の再建には大量の資材と、専門の職人が必要なんだぞ!」
「資材なら……私にアテがあります! それに、ウチには最強の『職人』がいますから!」
私はビシッと、横で優雅に鶏肉を齧っていたスアイを指差した。
スアイは口元をナプキンで拭い、ふっと好戦的で美しい笑みを浮かべる。
「あら。DIYキャンパーとしての私の腕前、お見せする時が来たようですわね。丸太の切り出しから組み上げまで、氷魔法と私のパワーがあれば一日で余裕ですのよ」
私は迷わず、脳内の【善行通販】ウィンドウを開いた。
「お願いします、神様たち! 橋を直すための建築資材と、最高性能の工具を買わせてください!」
その瞬間、ゴッドチューブのチャット欄が、凄まじい勢いで滝のように流れ始めた。
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「キタキタキタァァァ! 待ってましたの領地開拓&無双展開!!」』
『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:
「クソ上司の怠慢で村がピンチ!? からの、主人公によるチート解決!? 最高のざまぁへの伏線じゃねーか! 予算全ツッパだ!!」』
『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:
「民を救う善行、素晴らしいです! スパチャ、限度額までいきます!!」』
『ピコン! ピコン! ピピピピピピピピピピピポーン!!!』
『――神界からの特別支援が殺到しています!』
『保有ポイントが 50,000,000 Pt を突破しました。特別建築カテゴリが解放されます』
桁外れのポイント表記に、私は思わずニヤリと笑った。
「よーし。それじゃあ村長さん、ユリウス様。今から地球の力と、最強DIY女子の底力……お見せしますね!」
読んでいただきありがとうございます。
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