EP 3
第3話:氷の宰相様は限界過労男子? 私の手料理で胃袋を掴んでしまったようです
ポポロ村の出張所に赴任して、数日が過ぎた。
私は今、窓辺に座ってのんびりとお茶を飲んでいる。目の前では、先日スアイが豪快にぶち破った窓枠の修復作業が行われていた。
驚くべきことに、スアイは私の【善行通販】で取り寄せたタローマン製の最新電動工具と建築資材を使いこなし、プロの職人顔負けの手つきでDIYを楽しんでいるのだ。
「世俗の喧騒から離れて、労働の後に飲む陽薬草茶は最高ですわね」
「本当だね。空気が美味しいからかな。それにしてもスアイ、すっかり大工さんみたい」
「フフッ、魔王軍で氷の魔法を撃ち放つより、木材の寸法を測る方が性に合っていますのよ」
そんな平和な会話を交わしていると、出張所の前に一台の黒塗りの魔導車が静かに停まった。
装甲が分厚く、魔法のコーティングが幾重にも施された、見るからに特注の高級車だ。田舎のポポロ村にはどう考えても不釣り合いである。
ガチャリ、と重厚なドアが開き、一人の男性が降りてきた。
銀糸のような美しい髪に、冷たくも整った彫刻のような美貌。仕立ての良い漆黒の軍服風スーツを身に纏い、圧倒的な存在感を放っている。
だが、その超絶イケメンは、出張所の入り口まで数歩歩いたところでピタリと立ち止まり――。
「天原……織姫、か……?」
バタリ、と。
美しい顔面から、床に向かって豪快に倒れ伏した。
「ええええええええっ!?」
「おや、世俗の者が行き倒れていますわ。庭の肥料として土に還しますか?」
「還しちゃダメ! 生きてるから! スアイ、運ぶの手伝って!」
慌てて彼を仰向けにすると、目の下には酷いクマができ、顔色は紙のように真っ白だった。呼吸は浅く、冷や汗をかいている。
これは見覚えがある。ルナキンで三日連続徹夜をした時の私と同じ、完全に過労死寸前の限界社畜の顔だ。
「とりあえずベッドへ!」
私は善行通販で取り寄せたばかりの「最高級ふかふかベッド」に彼を運び、上着を脱がせて寝かせた。
小一時間後。
「……ここは」
「あ、気がつきましたか?」
男は跳ね起きようとして、呻き声を上げてお腹をきつく押さえた。
「ぐっ……胃が……」
「急に起き上がっちゃダメですよ。ひどい過労と胃痛みたいですね。今、消化にいいものを作りますから」
私は厨房スペースへ向かい、脳内のウィンドウを展開した。
『ピコン!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「うわ、あの氷の宰相じゃん! 働きすぎでHPバーがミリになってるウケるww 織姫、何か美味いもん食わせてやって!」』
神様たちも心配(?)しているようだ。私は貯まったポイントを使い、『地球の極上出汁パック』と『冷凍うどん』、そして『無添加の梅干し』を取り寄せた。
アナステシア世界の固いパンや、香辛料の強い肉料理では、この弱り切った胃腸には毒だ。お湯を沸かし、黄金色の出汁をとる。ふんわりとカツオと昆布の優しい香りが漂う。
そこにうどんを入れ、梅干しと、庭で採れたばかりの刻みネギを添えた『特製・梅わかめうどん』を完成させた。
「どうぞ。ゆっくり食べてください」
お盆に乗せて差し出すと、男は目を見張った。
「これは……? 見たことのない料理だが、信じられないほど良い香りがする」
「私の故郷の料理です。胃に優しいですから、騙されたと思って一口どうぞ」
男は震える手でフォークを手に取り、澄んだ黄金色のスープを一口飲んだ。
その瞬間、彼の冷たい瞳がカッと見開かれた。
「――っ!」
「あ、熱かったですか?」
「……いや。違う」
男は無言でうどんをすすり、スープを飲み、梅干しの酸っぱさに一瞬顔をしかめつつも、あっという間にどんぶりを空にしてしまった。
そして、深い、深いため息を吐き出す。
「……五臓六腑に、染み渡る……。まるで、冷え切った内臓を温かい手で直接包み込まれているようだ。死にかけていた胃腸が、歓喜の声を上げているのがわかる……っ!」
大袈裟な食レポである。しかし、彼の顔色は劇的に良くなり、目元にあった死相すら消え去っていた。
「お口に合ったなら良かったです。それで、あなたは一体?」
「すまない、名乗るのが遅れた。私はルナミス帝国宰相、ユリウス・フォン・グランツだ」
「さ、宰相閣下!?」
帝国の中枢、トップ・オブ・エリートの『氷の宰相』様ではないか!
なぜそんなどエライ人が、こんな辺境の村で倒れているのか。私がパニックになっていると、ユリウスは真剣な眼差しで私を見据えた。
「君を迎えに来たのだ、天原織姫。いや……君の功績に報いるために来た、と言うべきか」
「私の功績、ですか?」
「ああ。先日、カーライル子爵が提出した第三区画の魔導下水道敷設案。あれは完璧だった。だが、彼が御前会議で説明した際、少しでも専門的な質問をすると彼は何も答えられなかったのだ。挙句の果てには、君がいないからデータが取り出せないと喚き散らしていたよ」
ユリウスはふっ、と冷たい笑みをこぼす。
「私は調べた。彼が過去に提出した完璧な報告書や企画書。その全てに添えられていた、彼のものではない几帳面な筆跡の付箋をね。そして、君が不当な理由で左遷されたこともだ」
ドクン、と心臓が跳ねた。
誰も見ていないと思っていた。誰も評価してくれないと諦めていた。
でも、この人は。帝国で一番偉くて忙しいこの人は、私の深夜の努力を、私自身の成果だと見抜いてくれていたのだ。
「君のような優秀な人材を、あの男の身勝手で失うわけにはいかない。私の直属の補佐官として、帝都へ戻ってきてはくれないか」
真っ直ぐな言葉。それは、これまでの私の苦労がようやく報われた瞬間だった。
しかし――。
「……もったいないお言葉ですが、お断りします」
私は静かに、けれどはっきりと首を横に振った。
「私は、もう他人の手柄のために身を粉にするのはやめました。このポポロ村で、スアイと一緒に、自分と目の前の困っている人たちのために生きていきたいんです」
私がそう答えると、ユリウスは怒るどころか、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「……そうか。君ならそう言うと思っていた。あんな目に遭えば、帝都の役人に愛想を尽かすのも当然だ。無理を言ってすまなかった。君の意思を尊重しよう」
ユリウスは立ち上がろうとして、再び「うっ」とお腹を押さえた。
「閣下! まだ休んでいないとダメですよ。あなた、胃薬の飲み過ぎで胃壁がボロボロじゃないですか。そんな状態で帝都に帰ったら、今度こそ過労死しますよ!」
「しかし、私には山のような決裁書類が……。それに、君の作ったこの『うどん』という魔法のような食事を食べたら、帝都の味気ない軍用食など、もう喉を通る気がしない……」
ユリウスは、先ほどの冷徹な宰相の顔から一転、親とはぐれた迷子のような目で私を見た。そして、私の手を両手でそっと握りしめる。
「……織姫」
「は、はい」
「帝都に戻れとは言わない。だが、せめて……私の命を繋ぐために、毎週末ここへ通わせてもらえないだろうか?」
「えっ?」
「君の料理は、私の命を繋ぐ魔法だ。君の淹れるコーヒーと手料理がなければ、私は遠からず激務で死ぬだろう。頼む、私を救ってくれ……!」
氷の宰相と呼ばれる男が、捨て犬のような目で私に懇願している。
いや、過労死寸前の限界社畜の気持ちは、私にも痛いほどよくわかる。わかるけども!
「しゅ、週末だけなら……私のご飯でよければ、作りますけど」
「本当か! ありがとう……っ! これで私は、月曜から金曜の激務を生き抜くことができる。代わりに、帝都の腐敗した連中からは、私が責任を持って君を守ろう」
ユリウスは私の手を包み込んだまま、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、帝国の誰も見たことがないような、無防備で甘いものだった。
こうして。
手柄泥棒の元婚約者が帝都で自滅へのカウントダウンを始めている頃。
私は辺境の村で、なぜか帝国最高権力者である氷の宰相様の「胃袋」をガッチリと掴み、毎週末の過保護な通い婚(?)生活をスタートさせることになったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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