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EP 5

タダ活アイドルと勘違い勇者 ~金ピカの札束攻撃は、極貧人魚姫のパンの耳算で無力化されました~

 ついにやってきた、ポポロ村『魔導特設ライブ』の当日。

 秋の高く澄み切った青空の下、村の広場はこれまでにない熱気と歓声に包まれていた。

 村人たちだけでなく、噂を聞きつけた近隣の開拓民や、アバロン魔皇国の魔族、さらにはルナミス軍の非番の兵士たちまで集まり、広場にズラリと並んだ屋台街は大繁盛を極めている。

「いらっしゃい、いらっしゃい! 太陽芋のホクホクじゃがバターだよ!」

「焼きたての肉椎茸串、秘伝の醤油草ダレ仕立てだ! 美味いぞ!」

 香ばしい醤油と油の匂いが立ち込める中、その屋台街を『プロの動き』で旋風のように駆け抜ける一つの影があった。

「すいません、これ試食ですのね? いただきますの! んんーっ、味が染みてて美味いですの! こっちのコロッケの端っこもいただきますの!」

「こら、リーザちゃん! 試食はお一人様一つまでだって言ったでしょ!」

 タローマン製の芋ジャージに健康サンダルという、お馴染みの『勝負服(ステージいしょう)』に身を包んだリーザが、爪楊枝を片手に屋台の試食コーナーを荒らしまわっていた。

 本番直前のエネルギー補給と称して、片っ端から試食を平らげていくその素早さは、まるで飢えたハイエナである。

「お姉様! 試食というシステムは、人類が生み出した最高にして至高の『タダ活』ですの! 試食だけでお腹をいっぱいにすることこそ、アイドルの嗜みですのよ!」

「絶対に違いますから、ちゃんとお金(あるいは善行ポイント)を払って食べてください!」

 織姫は額を押さえながら、試食を食い荒らされた屋台のおじさんたちに「すみません、後で出張所から代金を払いますから!」と頭を下げて回っていた。

 そんな織姫の横で、サウナ上がりのスアイがポテトチップスをサクサクと噲みながら、呆れたように笑う。

「ふふっ、相変わらず逞しい胃袋ですわね。まあ、本番前に脱水症状を起こされるよりはマシですわ」

「うんうん! リーザちゃん、いっぱい食べて本番で素敵な歌声を聞かせてね!」

 キャルルもウサギ耳をパタパタと揺らし、両手に持った『手作り人参サイリウム』を振って応援している。

 まさに和気藹々とした、平和で温かいポポロ村の日常景観であった。

 ――その平和な空気をぶち壊すように、不快なファンファーレの音が広場に鳴り響いた。

『パーッパラー! パッパパー!』

「何事ですの……!?」

 広場の入り口に、金ピカに塗装された豪奢な馬車が横付けされた。

 扉が豪快に開くと、そこから一体の『金ピカの物体』が降り立つ。

 太陽の光を跳ね返す眩しすぎるオリハルコンの鎧。背中に翻るミスリルのマント。

整髪料で完璧にセットされた黄金色の特注カツラに、十五センチ底上げされたタローマン製シークレットブーツ。

そして、カメラ(魔導録画機)に向かって、セラミックの差し歯をキラーンと光らせるキザな男――勇者ゼロス・ディバインであった。

「やあ、ポポロ村の諸君! 君たちの愛と平和のヒーロー、勇者ゼロスがやってきたよ!」

ゼロスはカメラに向かってバシッとポーズを決め、完璧な『爽やかイケメンスマイル』を振り撒いた。

当然、村人たちから大歓声が巻き起こる――はずだった。

「……ん? なんだあの金ピカ?」

「さあな。村長(キャルル)の知り合いの新しいコスプレイヤーじゃねえか?」

「それより兄ちゃん、肉椎茸串食っていくか? 一本銅貨五枚だぞ」

「……っ!?」

期待していた絶叫や黄色い声援は皆無。村人たちは一瞬チラ見しただけで、すぐに屋台の食べ歩きへと意識を戻してしまった。

ゼロスのこめかみに、ギリッと青筋が浮かぶ。

(チッ……! なんだこの無知な田舎者どもは! 勇者ゼロス様だぞ!? 金貨数万枚を【マネー】で課金した、SSランクの超絶ヒーローだぞ!?)

イライラを必死で隠し、カメラの前で爽やかな笑顔を保ちながら、ゼロスは広場を見回した。

そして、彼の視線が、屋台の影で口の周りを油だらけにしてコロッケを丸呑みしているリーザの姿に止まった。

(……なんだあの一番貧相な女は。芋ジャージに健康サンダル……ハッ、ちょうどいい。あの雑魚を俺の圧倒的な金と格の違いで見下して、好感度(PV)稼ぎの引き立て役に利用してやる!)

ゼロスはシークレットブーツの重い足音を『カツ、カツ』と響かせ、颯爽とリーザの前へと歩み寄った。

「やあ、貧しい少女よ。そんなゴミのような食べ物を必死で貪るなんて、可哀想に……」

ゼロスは芝居がかった手つきでミスリルのマントを翻し、胸ポケットからズシリと重い革袋を取り出した。

中から覗くのは、眩い光を放つ金貨の山と、ルナミス商業ギルドが発行した『高額手形(金貨百枚分)』である。

「見るがいい! これが僕のユニークスキル【マネー】が生み出す、圧倒的な富の力だ! 君のような貧しい者が一生かかっても拝めない金貨百枚の手形だよ!」

ゼロスは金貨手形をリーザの目の前でチラつかせ、ドヤ顔で言い放った。

「どうだい? 驚いたかい? この金を半分あげてもいいんだよ? ただし……僕の足元にひざまずき、『ゼロス様、抱いて!』と涙を流して乞い願うならね!」

浮遊するカメラ(魔導録画機)が、ゼロスのドヤ顔と、哀れな貧乏少女の姿をドアップで捉える。

ゼロスの頭の中では、すでに勝利の方程式が完成していた。

『圧倒的な富に屈し、涙を流して勇者にすがる貧困少女』という画が撮れれば、ゴッドチューブで大バズり間違いなしだ。

だが――。

目の前の芋ジャージの人魚姫、リーザの反応は、ゼロスの想像を遥か斜め上へと突き抜けるものだった。

「……き、きんか……ひゃくまい……?」

リーザの瞳が、一瞬にして「¥」の形へと変貌した。

ゴクリ、と唾を飲み込む音が、静かな広場に響く。

「す、すごいですの……! 金貨百枚といえば、銅貨なら一万枚、同粒なら一〇〇万粒……!」

リーザの頭の中で、超高速の『タダ活&サバイバル電卓』が爆速で回転し始めた。

「これだけの金額があれば……『タローソン』のパンの耳が約百トン! 試食コーナーを荒らさなくたって、向こう三千年は三食パンの耳と雑草のフルコースを食べ続けられますのぉぉぉ!!」

「は……? パ、パンの耳……百トン……!?」

ゼロスは絶句した。

『愛と富』『イケメン勇者への服従』というロマンチック(?)なマウントを取ったはずなのに、返ってきたのは、あまりにも切実で生々しい『パンの耳換算』だったのだ。

「あなた、神様ですの!? どこに行けばその紙切れをパンの耳百トンと交換できますの!?」

リーザは両目をキラキラと輝かせ、ゼロスの手から金貨手形を引ったくろうと、ガバッと飛びついた。

「わわっ!? な、何するんだ不潔な女! 離れろ!」

「離しませんの! パンの耳百トンのためなら、私、あなたのシークレットブーツの底をピカピカに磨いて差し上げますわ!」

「なっ、シ、シークレットブーツ……ッ!? 貴様、なぜそれを……ッ!」

ゼロスが一番触れられたくない禁断の秘密(十五センチ底上げ)を大声で暴露され、顔を真っ赤にして狼狽する。

「ちょっと、抱くって何のことですの!? その手形を抱きしめて添い寝すればいいんですのね!? 抱きます! 今すぐその紙切れを抱きしめて一緒に寝ますのぉぉ!!」

「ち、違う! そういう意味じゃない! 俺を見ろ、俺のイケメンな顔を見ろぉ!」

「顔なんてどうでもいいですの! 手形! 手形を渡すのですのぉぉ!!」

「ぶはっ……! くっ、あははははっ!」

一部始終を見ていたスアイが、ついに耐えきれず、お腹を抱えて大爆笑し始めた。

「お見事ですわリーザ! 金満勇者の薄っぺらいプライドを、パンの耳算で完全に粉砕しましたわね!」

「り、リーザちゃん、凄いですぅ! 相手の心音が『どうしてこうなった!?』ってパニックを起こしてますよ!」

キャルルも手を叩いて大喜びしている。

カメラの前で格好つけるどころか、ただの『パンの耳百トン引換券』扱いされ、挙句の果てにシークレットブーツまで暴露されたゼロスは、羞恥と怒りで全身をプルプルと震わせた。

「き、貴様ら……! 勇者であるこの私を愚弄する気か……ッ!」

怒り狂ったゼロスが、腰のオリハルコンソードの柄に手をかけた、まさにその時。

「――お客様」

静かな、けれど底知れぬ冷たさを孕んだ声が、ゼロスの頭上から降り注いだ。

振り返ると、そこには完璧なフォーマットの書類ファイルを抱えた天原織姫が、アイスピックのように鋭い瞳で立っていた。

「当村の特設ステージに出演するアーティストに対し、威圧的な言動および不適切な営業妨害を行うことは、帝国法規・興行取締法第18条に抵触いたします。……これ以上騒がれるようでしたら、警備員(スアイ様およびキャルル村長)により強制退場処分とさせていただきますが?」

織姫の背後で、スアイが魔導チェーンソーを『ギュイィィン!』と威嚇点火し、キャルルが特注安全靴のつま先で地面を『ドシッ!』と踏み鳴らす。

さらに、広場の最前列に設けられた豪華なベンチ(内務省特別観覧席)から、内務大臣ユリウスが、まるでゴミを見るような絶対零度のサファイアの瞳でゼロスを射抜いていた。

(な……なんだあの連中は……!? 圧が……圧が凄すぎる……ッ!)

膨れ上がった【マネー】のステータスすら吹き飛ばすような、本物の『強者たち』の圧迫感。

ゼロスはヒッと短い悲鳴を上げ、思わず半歩後ずさった。

だが、カメラの赤いランプが点滅しているのを見て、彼は必死に引きつった笑顔を作った。

「ハ、ハハハ! 冗談だよ、ちょっとした挨拶さ! 素晴らしい村じゃないか!」

ゼロスはカメラに向かって爽やかに手を振りながら、後ずさりし、物陰へと隠れた。

そして、カメラの範囲外に出た瞬間――その顔から爽やかさが完全に消え失せ、ゲスな殺気が溢れ出した。

(クソが……っ! あの元社畜の女も、落ちこぼれの元魔将軍も、貧乏人魚も……全員まとめて地獄を見せてやる!)

ゼロスは胸ポケットから、ワイズから渡された黒い魔導具——死蟲機の発生装置を握り潰さんばかりに強く握りしめた。

(見てろよ……! ライブが始まって一番盛り上がった瞬間に、この村を死蟲機の大群で血の海にしてやる! 悲鳴を上げて俺に助けを乞うがいいさ! ヒヒヒッ……!)

邪悪な計画の実行を決意し、物陰でニタついている勘違い勇者。

しかし彼はまだ知らなかった。

ポポロ村の警備チームが、彼の想像を絶する『狂気の処理能力』を持っていることを。

そして、自分が馬鹿にした貧乏人魚姫のユニークスキル【貧乏神】が、どれほど理不尽で恐ろしい力であるかということを。

ライブ開演のベルが、ポポロ村の広場に高らかに鳴り響こうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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