EP 4
忍び寄る金ピカのヤラセ勇者 ~整形とシークレットブーツを身に纏い、カメラの前だけ聖人ぶる男~
神界の第3領域、個室オフィス。
専用のノートパソコンに向かい、マイタンブラーからカプチーノを一口啜った男神ワイズは、画面に表示された『ゴッドチューブ』のアナスタシア世界・週間ランキングを見て、苦々しく舌打ちを漏らした。
「チッ……なんだよこのランキングは。上位が『元魔将軍と元限界社畜のDASH村風スローライフ』に『ポポロ村の特設ライブ準備』だと? 暴力と炎上とざまぁが足りないんだよ、この世界は!」
新入りの第3種惑星創造神格公務員であるワイズは、人間の命などただの「PV稼ぎの駒」としか思っていない。
彼が得意とするのは、わざと平和な村に魔物を送り込んで惨撃を起こさせ、それを契約勇者に倒させて「ざまぁ&スカッと展開」を捏造するヤラセ炎上配信である。
しかし最近、ポポロ村の心温まる日常と絶品グルメ、そして元魔将軍スアイのサウナ配信が爆発的なPVを叩き出し、自分の手がける炎上動画が完全に食われてしまっていた。
「ルチアナのババアやカグヤの姉御にいい顔されるのも腹が立つ……。ガオガオンの奴が社内不倫問題で揉めて出社拒否してる今のうちに、俺の天下を固めなきゃならないのに!」
イライラとエンジェルスマートフォンを叩いていると、画面に【契約勇者ゼロス】からの通信が入った。
『よう、ワイズ神! 俺のチャンネルの再生数が最近落ちてんだけど、どうなってんの!? 課金の買い取りレートも下がってんじゃねえか!』
画面に映し出されたのは、金ピカの聖なる鎧に身を包んだイケメン勇者、ゼロス・ディバイン(二十五歳)であった。
ワイズはカプチーノを置き、薄笑いを浮かべた。
「やあゼロス。君も困っていたかい? 原因は分かっているよ。今、アナスタシア世界で一番注目を集めているのは、ポポロ村という緩衝地帯の小さな村さ」
『ポポロ村ぁ? あの田舎村がなんでバズってんだよ!』
「何でも、明日そこで極貧アイドルとやらがデかいライブをやるらしい。大勢の人間と魔族が集まる予定だ」
ワイズはノートパソコンのキーを叩き、ゼロスの画面に怪しげな黒い魔導具のデータを送信した。
「だからさ、提案があるんだ。君がそのポポロ村に『死蟲機』を大量に解き放つ。ライブで湧き立つ村が惨劇の地獄に変わり、人々が絶望したその瞬間——君が颯爽と現れて魔物を全滅させ、村を救うんだ。どうだい? 最高の炎上&大逆転ドラマだろう?」
『……ハッ! いいねぇ、最高じゃねえか! 大勢の観客の前で魔物をぶち殺せば、俺の好感度もPVも爆上がりだ!』
ゼロスはニヤリと下品な笑みを浮かべ、白い歯をキラーンと光らせた。
「君には死蟲機の制御用魔導具を送っておくよ。……くれぐれも、ガオガオンに見つからないように影でコソコソやってくれよ?」
『分かってるって! 俺とワイズ神のタッグなら、PVランキングなんて一発でぶち抜けるぜ!』
通信が切れると、ワイズはカプチーノを煽り、邪悪な笑みを深めた。
「せいぜい派手に死人を出して、俺のPVの肥やしになってくれよ、ゼロス……」
* * *
ポポロ村から数十キロ離れた、帝都の高級ホテルの最上階スイートルーム。
姿見の鏡の前で、勇者ゼロス・ディバインは念入りな身支度に追われていた。
「よし……整形した鼻のライン、異常なし。セラミックの差し歯もピカピカだな」
鏡に映る自分に向かって、バシッとキザなポーズを決める。
本来の彼は小柄で地味な顔立ちなのだが、多額の魔法整形によって現在の「爽やか金髪イケメン」の姿を手に入れていた。
「……っと、シークレットブーツの底、もう少し高くしとくか」
ゼロスは『タローマン』の特注品である、底が十五センチ底上げされた厚底シークレットブーツに足をねじ込んだ。これを履き、頭にふんわりとした黄金色の『特注カツラ』をセットして深々と被ることで、はじめて彼の「長身イケメン勇者」としてのシルエットが完成するのだ。
「ふぅ……っ」
身支度を終えたゼロスは、行儀悪くソファーに深々と腰掛け、高級な『ポポロシガー』に火をつけた。
紫煙を紫煙をくゆらせ、灰をペッと絨毯に吐き捨てる。
「カメラが回ってねぇ時は、タバコに限るぜ……」
そこへ、従者がビクビクと部屋に入ってきた。
「ぜ、ゼロス様……。街の路地裏で、お腹を空かせた孤児の子供たちが食べ物を求めております。勇者様から何かお恵みを……」
「あぁん? んなもん放っとけよ!」
ゼロスはポポロシガーを床にポイ捨てし、踏みつけて消した。
「カメラ(魔導録画機)が回ってねぇ所で善行やったって、1PVにもならねぇんだよ! 金にもならねぇ餓鬼に恵む食べ物なんてねぇ! 追い払っとけ!」
「ひっ……! は、はいっ!」
怯えて逃げていく従者を見送り、ゼロスは机の上の『陽薬草茶(エナジードリンク風高濃度精製液)』をガブガブと一気に飲み干した。
そして、胸元に手を当て、己のユニークスキルを発動させる。
「ユニークスキル【マネー】……! 5万金貨、チャージ!」
『ジャリーン!』という脳内効果音と共に、ゼロスの体に強烈な闘気と魔力が充填されていく。
【マネー】は、課金すればするほど一時的にステータスが跳ね上がるという、最強に見えて最悪のスキルだ。金さえ払えば腕力も素早さも一瞬でSSランク並みになる。
「ぐぅぅ……っ! う、重ぇ……っ!」
だが、このスキルには致命的なデメリットがあった。
【マネー】で跳ね上がるのは数値上のステータスだけであり、ゼロス自身の『素の肉体や筋肉、武道の経験』は一切追いついていないのだ。
急激に膨れ上がった筋肉と闘気に重圧を感じながら、ゼロスは荒い息を吐いた。
「はぁ、はぁ……っ! クソっ、相変わらず体が重くなりやがる……! だが、これで俺は無敵だ! ミスリルマントにオリハルコンソード、そして絶対防御のオリハルコンシールドがあれば、どんな魔物も一撃よ!」
ゼロスは胸ポケットから口臭スプレーを取り出し、口内にシュシュッと吹きかけた。
そして、パチッとスイッチを押し、浮遊型の『魔導録画機』を起動させる。
カメラの赤いランプが点灯した瞬間――ゼロスの顔からゲスなニタニタ笑いが消え去り、澄み渡るような爽やかな聖人君子の笑みが張り付いた。
「やあ、みんな! 今日も世界平和のために、僕と一緒に行こう! ……よし、録画バッチリだな」
カメラに向かって爽やかに手を振り、ゼロスは金ピカの鎧を響かせて部屋を後にした。
* * *
ポポロ村へと向かう、豪華な勇者専用馬車の中。
ゼロスは窓の外を流れる風景を眺めながら、ワイズから受け取った黒い魔導具——死蟲機の発生装置を転がしていた。
「ポポロ村、か……。なんでも、最近赴任してきた元限界社畜の女職員と、元魔将軍の女が村を仕切ってるらしいじゃねえか」
ゼロスは鼻で笑った。
「元社畜の地味女に、落魄れた元魔将軍だぁ? ハッ、おめでたい奴らだぜ。明日、お前たちが苦労して準備したライブ会場は、俺の華々しいPV稼ぎの『惨劇の踏み台』になるんだよ」
ゼロスの頭の中では、すでに完璧なシナリオが完成していた。
明日のライブ中、観客が最も盛り上がった絶妙なタイミングで、この発生装置から凶悪な死蟲機の大群を放出する。
パニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う村人たちと、無力に震える元社畜の女職員。
そこへ、カメラを引き連れた自分が舞い降りるのだ。
『みんな、諦めないで! 僕が君たちを守る!』
そう叫びながら、オリハルコンソードを一閃。死蟲機を一網打尽にして、村人たちから「勇者様ぁぁ!」「助けてくれてありがとう!」と涙ながらに感謝される。
その感動的な救出シーンをゴッドチューブで全世界(神界)に配信すれば、PVは億を超え、投げ銭が山のように雪崩れ込んでくるはずだ。
「完璧だ……完璧すぎるぜ! 多少、村人に死人が出たって構わねぇ。惨劇が凄惨であればあるほど、それを救った俺の評価は上がるんだからな! 死人が出ることも、世界平和に必要なコストなんだよ!」
自らの邪悪な論理に酔いしれ、ゼロスは馬車の中で「ヒヒヒッ」と下品な笑いを漏らした。
ポイ捨てされたタバコの吸殻。
カメラの前だけ見せる偽りの笑顔。
お金で買い叩いた見せかけの強さと、他人の命をなんとも思わない狂気。
自分を絶対のヒーローだと信疑わない金ピカのヤラセ勇者は、己の破滅へと続く道を、着々と突き進んでいた。
* * *
その頃、ポポロ村では。
七色に輝く特設ステージのライトの下で、前夜祭のような温かく賑やかな時間が流れていた。
「お姉様! 見てください、村のみんなが特製の『人参サイリウム』を作ってくれましたの!」
「わぁ、綺麗ですねリーザちゃん! これで明日のライブはバッチリですね」
手作りの光る人参を振って喜ぶリーザと、それに優しく微笑む織姫。
横では、スアイがタローマン製のバーベキューコンロで熟成肉椎茸を香ばしく焼き上げ、キャルルが「美味しいですぅ!」とほっぺたを膨らませている。
そして、特等席のベンチに腰掛けたユリウスが、織姫の淹れたポポロ・コーヒーを静かに啜りながら、過保護な眼差しで彼女を見守っていた。
「明日が楽しみですね、ユリウス様」
「あぁ。君たちが作り上げたこの平和な時間を、私も心から楽しみにしている」
温かい笑顔と、美味しい匂いと、確かな絆に満ちたポポロ村。
そのすぐ外の暗い森の中で、カメラを構えた金ピカの男が、ゲスな笑みを浮かべて忍び寄っていることなど、まだ誰も知る由もなかった。
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