EP 3
開拓女子と過保護な宰相のDIYステージ ~内務省の特別視察(差し入れ)と、最前列の特等席~
ポポロ村の広場に、早朝から快音と爆音が響き渡っていた。
『ギュイィィィィン! チュドォォン!』
「よし! この巨大ヒノキの丸太、土台の柱として完璧な角度でカットできましたわ!」
「お姉様ー! 丸太持ってきたよー! どこに置けばいいですかー!?」
タローマン製の作業着に身を包んだスアイが、魔導チェーンソーを軽々と振り回して丸太を加工し、その後ろからキャルルが直系一メートル、長さ五メートルはある巨大な丸太を二本同時に肩に担いで「ほいっ!」と運んんでくる。通常時でも二十馬力、ちょっと気合を入れると五十馬力を叩き出す月兎族のパワーは、重機の代わりとして無敵だった。
「キャルルさん、ありがとうございます! 土台の補強はこちらに並べてください!」
広場の中央で、織姫は指示棒と図面を手にテキパキと指示を出していた。
今日から始まった、極貧人魚姫アイドル・リーザのポポロ村初ライブに向けた『魔導特設ステージ』の建設作業である。
『ピコンッ!』
【「不遇な地下アイドルに夢の舞台を提供する」という崇高な善行が評価されました。天界アカウント『コタツの女神』様より40,000pt、『規律の天使長』様より20,000ptの特別投げ銭が振り込まれました!】
(神々の皆様、いつも迅速かつ太っ腹なご支援ありがとうございます!)
織姫は即座に『善行通販』を開き、地球のプロ用イベント機材を惜しげもなく注文していった。
軽量で頑丈なアルミニウム製の『プロ用トラス架台』、野外フェス用の『三方向ハイパワー・スピーカーシステム』、さらにはフルカラーで輝く『LEDムービングライト』と『スモークマシン』。
それらが空中の光の裂け目から次々と現れるたび、見学していたリーザは目を極限まで丸くしていた。
「はわわわわっ! な、なんですのこのピカピカ光る鉄の枠組みは!? 帝都の超一流大劇場でも、こんな凄い照明やスピーカー見たことありませんの!」
「ふふっ、地球のイベント技術の結晶ですからね。これでリーザちゃんの歌声を、村じゅう……いえ、隣の森まで届かせますよ!」
「お姉様……っ! 私、嬉しすぎて鼻から五円玉が出そうですのぉぉ!」
「汚いから出さないでくださいね!?」
大はしゃぎするリーザをなだめつつ、織姫がトラスの組み立て手順を確認していると、村の入り口の方から高級な馬革の香りと、規則正しい蹄の音が近づいてきた。
「あら。あちらの黒塗り豪華馬車……どこかで見覚えがありますわね」
スアイがチェーンソーのスイッチを切り、汗を拭いながら視線を向ける。
馬車の扉が開き、そこから姿を現したのは――洗練された漆黒の仕立て服に身を包み、サファイアの如き冷徹な瞳を光らせる男。
ルナミス帝国宰相、ユリウス・フォン・グランツ公爵であった。
「……何をしているのだ、君たちは」
車開から降り立ったユリウスは、広場に突如として出現しつつある「巨大な謎の野外劇場」と、そこに集まる女子グループを交互に見比べ、わずかに眉をひそめた。
「ユリウス様! お疲れ様です、どうしてこちらに?」
「……週末の『特別視察』だ。ポポロ村の治安と、出張所職員の勤務状況を確認しに来た」
厳格な口調で宣するユリウスだが、その背後に控える御者が馬車から運び出している荷物を見れば、彼の本当の目的など一目瞭然だった。
帝都最高級洋菓子店の『季節の果実タルト』、最上級ロックバイソンの『極厚ヒレ肉』、そして織姫が好むポポロ・コーヒーの特選ドリップキット。視察という名の、相変わらずの過保護すぎる『大量差し入れ』である。
「相変わらず公私混同がお上手ですわね、宰相殿」
「私事ではない。これは過酷な環境で働く地方職員への『福利厚生の拡充』だ。……それよりスアイ、そのトラスの補強強度は大丈夫なのか? 構造計算は見直したのか?」
ユリウスは冷たい顔のままスッと歩み寄ると、即座に織姫の持つ図面を覗き込んだ。
『ファクトフルネス』とデータ主義を重んじる彼である。織姫が引いた設計図を見るなり、そのサファイアの瞳に感嘆の色が浮かんだ。
「ほう……重心の分散と、魔導スピーカーの振動伝達を考慮した完璧な設計だ。誰が引いた?」
「私です。限界社畜時代、帝都の大型イベントの会場設営資料を徹夜で三千枚ほど作らされましたから」
「……またあの元婚約者の奴か。やはりあいつは、地下牢で一生書類の誤字脱字チェックを命じるべきだったな」
元婚約者への殺意を静かに燃やしつつ、ユリウスは羽織っていた外套をサッと脱ぎ捨て、黒いシャツの袖を腕まくりした。
「ユ、ユリウス様? 何をなさるのですか?」
「手伝う。内務省トップとして、構造物の安全確認を兼ねてな」
「えっ、でも宰相様にお仕事させちゃうなんて――」
「構わん。君が汗を流している横で、私がただ座っているわけにいくだろう」
さらりと恐ろしい破壊力のセリフを吐き捨て、ユリウスはスアイの元へ歩み寄った。
「スアイ、そこの主柱の固定魔法陣、私に任せろ。高密度の闇重力魔法で圧着すれば、ワイバーンの急降下衝撃にも耐えられる」
「あら、助かりますわ宰相殿! さすがは帝国のトップ、手際がよろしくてよ!」
「君のチェーンソー捌きと丸太の加工精度こそ見事だ。元魔将軍の技術は伊達ではないな」
二人は互いの技術と手腕に一切の躊躇なく敬意を払い、まるで長年戦場を共にしてきた『戦友』のように、サクサクと作業を進めていく。
魔法と物理、そして地球の最新機材の融合。
半日も経たないうちに、ポポロ村の広場には、帝都の国立劇場すら凌駕するド派手な『魔導特設野外ステージ』が完成してしまった。
そして――。
「……ユリウス様。あの、ステージの最前列・中央にある、そのやたらと豪華な木製ベンチは……?」
織姫が引きつった笑顔で尋ねると、作業を終えて汗を拭っていたユリウスは、至極真面目な顔で頷いた。
「『内務省・特別観覧兼安全監視席』だ。ステージ全体と、何より君の安全を最前列で常時監視するための必要な措置だ」
「ただの特等席ですわね」
「特等席以外の何物でもありませんの!」
スアイとリーザの容赦ないツッコミに、ユリウスは一切顔色を変えず、「私は公務を果たしているだけだ」と言い張っている。その無駄に堂々とした態度に、織姫は思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、ありがとうございます、ユリウス様。特等席、用意してくださって嬉しいです」
「……っ。ん、んん。公務だからな」
織姫の素直な感謝の笑顔を正面から食らい、氷の宰相は一瞬だけ言葉を詰まらせ、そっぽを向いて耳の先端をわずかに赤く染めた。
設営が終わり、夕暮れの赤身がかった光がポポロ村を包み込む。
作業の汗を流すため、ユリウスとスアイはサウナへ向かい、キャルルとリーザは明日の衣装の最終調整のために出張所へ戻っていった。
広場の縁側に一人残り、片付けをしていた織姫の元へ、サウナ上がりの爽やかな熱気を纏ったユリウスが歩み寄ってきた。
手に持っているのは、織姫が手配しておいた冷たい陽薬草ドリンクだ。
「お疲れ様、織姫。これを飲むといい」
「あ、ありがとうございます、ユリウス様」
ドリンクを受け取ろうとした瞬間、ユリウスの大きな手がスッと伸びてきた。
ビクッと肩を跳ねさせる織姫の目の前で、ユリウスの指先が、彼女の柔らかい茶髪にそっと触れる。
「あ……」
「木くずがついていた」
指先で優しく髪を払い、ユリウスはそのまま織姫の顔を覗き込んだ。
サファイアの瞳が、夕闇の中で甘く、深く揺れている。
「君はいつもそうだな。誰かのために夢中になって、誰かを笑顔にする場所を作り上げてしまう」
「そんな……私はただ、自分にできる事務や手配をしただけで……」
「それが君の特別な力だ。不当に貶められていた帝都での日々が嘘のように、君はここで眩しく輝いている。……誇りに思うよ、織姫」
まっすぐな称賛と、隠しきれない愛おしさに満ちた眼差し。
触れられた髪の毛の先から、熱が体中に伝播していく。
「……ユリウス様も、明日のライブ、楽しんでくれますか?」
「あぁ。君が作った舞台で、君が隣にいてくれるなら……どのような催しであろうと、私にとっては最高のひとときだ」
――トクンッ! ドクンッ!
織姫の胸の奥で、激しい早鐘が鳴り響く。
(だ、ダメです……! こんなの、明日リーザちゃんに心音を聞かれたら、一発でバレちゃいます……!)
真っ赤になった顔を隠すように、織姫は慌てて陽薬草ドリンクを一口煽った。
そんな彼女の可愛らしい反応を見て、ユリウスは満足そうに、氷が溶けるような甘い微笑みを浮かべたのだった。
その夜、完成したステージのLED照明がテスト点灯された。
七色に輝く美しい光がポポロ村の夜空を照らし出し、村人たちからは「うわあぁっ!」という歓声が上がった。
明日、この場所で、前代未聞のライブが始まる。
ヤラセ勇者の陰謀が忍び寄っていることなど露知らず、最強の仲間たちと、過保護な宰相、そして熱い絆で結ばれたポポロ村の夜は、期待と熱気と共に静かに更けていくのだった。




