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EP 2

お風呂の出汁とLove & Money ~タダ活アイドルの強欲で崇高な哲学に、私たちは心を奪われました~

 ポポロ村の裏山に、芳醇なヒノキの香りが漂っていた。

 スアイがタローマン製のチェーンソーと工具を駆使して自作し、織姫が『善行通販』で取り寄せた最新の魔導ヒーターを組み込んだ、特製・魔導ログハウスサウナ。

 本日は、その完成記念も兼ねた『ポポロ村・女子会チーム』の貸し切りスパリゾートの日である。

「はぁぁ……整いますねぇ……」

 サウナ室の最上段で、織姫は地球製のサウナハットを深く被り、じわじわと吹き出す汗に身を委ねていた。

 帝都で限界社畜をしていた頃の、骨の髄まで染み込んだ疲労とストレスが、毛穴という毛穴からデトックスされていくような感覚。これぞ至福である。

「熱い……でも、なんか気持ちいいですぅ……」

「キャルル、耳がうなだれていますわよ。ほら、水分を取りなさいな」

 下段では、キャルルが茹でダコのように真っ赤になりながら耐えており、その横でスアイが涼しい顔で『陽薬草ウォーター』を差し出している。元氷魔将軍であるスアイにとって、サウナの熱気など心地よい暖炉程度のものらしい。バスタオルを巻いただけの姿だが、その圧倒的な美貌とプロポーションは、同じ女の織姫から見ても惚れ惚れするほどだ。

「さあ、十分に温まりましたわね。メインディッシュの水風呂に参りますわよ!」

 スアイの号令で、四人はサウナ室を飛び出し、裏山の清流を引き込んだ露天の水風呂へとダイブした。

 キンッ、と冷たい水が、火照った肌を急速に引き締める。

 この水風呂は、スアイが氷魔法で常に水温を一五度に保つよう調整してくれている、いわば『絶対水風呂』だ。

「ぷはぁーっ! 最高の水質ですの! さすがは元魔将軍様、完璧な温度管理ですわ!」

 水風呂の中で誰よりも生き生きと泳ぎ回っているのは、芋ジャージを脱ぎ捨てたリーザだった。

 腐っても(?)海中国家シーランの人魚姫である。水中での身のこなしは美しく、ルナミスデパートの試供品で念入りにケアされた肌は、真珠のようにツルツルと輝いていた。

「ああっ、生きてて良かったって思いますぅ……」

「ええ、本当に……。日々の労働のご褒美ですね」

 水風呂の縁に頭を乗せ、だらしなく蕩けた顔で天を仰ぐ織姫とキャルル。

 極上の『整い』タイム。このまま星空の下で永遠に微睡んでいたい――そう思った時だった。

「お姉様方、私、すごいビジネスを閃きましたの!」

 水風呂からザバァッと顔を出したリーザが、目を「¥」の形にして叫んだ。

「この水風呂のお湯、私やキャルルお姉様、スアイ様に織姫お姉様の『良い出汁』がたっぷり溶け込んでますの! これを空き瓶に詰めて、『美少女たちの極上出汁入り聖水』として、帝都のファンたちに一本・銀貨二枚で売りさばきましょう!」

「「「…………は?」」」

 あまりにも強欲すぎる『タダ活ビジネス』の提案に、三人の思考が一瞬停止した。

「キャルルお姉様の『月兎族の汗』入りなら、ポーション代わりにもなるって宣伝できますの! もちろん、源泉掛け流しならぬ『アイドル掛け流し』ですから、原価はゼロ! 売上は私の懐に……じゃなくて、みんなで山分けですの!」

「い、いいの!? 私のお風呂のお湯が、銀貨になるの!?」

 なぜか目を輝かせて乗っかろうとするキャルル。

「いいわけありませんわ!!」

 スアイがバシャァン!と水面を叩き、リーザの脳天に手刀を振り下ろした。

「痛っ! なにするんですの!」

「衛生概念というものを学びなさいな、この強欲人魚! アバロン魔皇国でも、そんな下品な商売をする悪徳商人は即刻、地下牢行きですわよ!」

「そうですリーザちゃん! いくらなんでも、それはアイドルとして……いえ、人として超えちゃいけないラインです!」

 織姫も慌てて説教に加わる。

 しかしリーザは、頭を抱えながらも「ちぇっ、いいアイデアだと思ったのに……」と全く反省した様子がない。

 パンの耳と廃棄弁当で生き抜いてきた彼女にとって、『タダのものを金に換える』という思考は、すでに生存本能レベルで組み込まれているようだった。

     * * *

 サウナと水風呂でさっぱりした後。

 四人は出張所のリビングに集まり、パジャマパーティーを開いていた。

 織姫が『善行通販』で取り寄せた地球のフルーツジュースと、タローソンの高級スイーツ(もちろん正規に購入したもの)がテーブルに並んでいる。

「むぐむぐ……っ! 甘い! クリームが口の中で溶けますの! 天国ですの!」

 ショートケーキを頬張りながら、感動で打ち震えるリーザ。

 そんな彼女の頭を、キャルルが優しく撫でる。

「リーザちゃん。ルナミスでアイドル活動をしているって聞いてたけど、そんなに苦労してたの? 女王様からの仕送りとかは……」

「もらってませんの。お母様には『大成功して毎日ステーキを食べてる』って手紙を書いてますから」

 リーザは、ケーキの苺を大事そうにフォークで刺しながら、少しだけ真面目な顔になった。

「私、シーランでの窮屈なお姫様生活が嫌で、親善大使の任務を抜け出してルナミスに来ましたの。最初は、ただ目立ちたくて、チヤホヤされたくて歌い始めたんですけれど……」

 リーザの海のように青い瞳に、強い光が宿る。

「私がみかん箱の上でステージに立って歌うと、立ち止まってくれた人たちの『時間』を奪うことができるんですの」

「……時間を奪う?」

「そうです。みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」

 リーザの言葉に、織姫はハッとした。

 限界社畜だった頃の自分が、深夜の帰路で、ただ一つの温かい光や音楽に救いを求めていた時のことを思い出したのだ。

「だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいんです。彼らの視線も、お金(スパチャ)も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです」

 リーザは胸を張り、芋ジャージの襟を正して堂々と宣言した。

「私は運命、私は物語! だから、あなた達の全てをちょうだい! これが、私、絶対無敵スパチャアイドル・リーザの『Love & Money』の精神ですの!」

 強欲。あまりにも強欲だ。

 しかし、その強欲さは、ファンに最高の時間を提供するための一本筋の通った、本物の『アイドルとしての矜持(プライド)』だった。

 見返りもなく自己犠牲を強いられるのが当たり前だった織姫にとって、リーザの「全てを奪う代わりに、最高の幸せを還元する」というギブ・アンド・テイクの哲学は、ひどく眩しく、そして潔く映った。

「……素晴らしいですわ」

 静寂を破ったのは、スアイだった。

 元魔将軍は、感心したように深く頷き、グラスのジュースを掲げた。

「等価交換。自らの歌と存在を代償に、民から心と富を徴収し、熱狂を返す。それはもはや、一つの国を統べる女王の覇道と同じですのよ。……芋ジャージの野生児だと思って舐めていましたけれど、貴女、間違いなく『王の器』ですわ」

「えっへん! 当然ですの!」

 ふんす、と鼻息を荒くするリーザ。

 キャルルも「リーザちゃん、かっこいい!」とパチパチと拍手をしている。

 織姫は、胸の奥から湧き上がるワクワクとした高揚感を抑えきれず、テーブルに身を乗り出した。

「ねえ、リーザちゃん」

「はい、お姉様?」

「あなた、本当はみかん箱の上じゃなくて、ちゃんとしたステージで、もっとたくさんの人に歌を届けたいんじゃないですか?」

「そ、それは……そうですの。でも、私はお金もないし、事務所にも入ってないし……」

 しょんぼりとうつむくリーザに、織姫は満面の笑みで告げた。

「なら、このポポロ村で、リーザちゃんのライブを開催しましょう!」

「えっ!?」

「ポポロ村は今、収穫祭の熱気で活気に満ちています。村の皆さんも、新しい娯楽を求めているはずです。それに――」

 織姫は脳内の『善行通販』のウィンドウを思い浮かべた。

「音響機材や照明、ステージの資材なら、私にツテがあります。警備はキャルル村長にお願いして、ステージの設営はスアイさんのDIY技術があれば完璧です。……どうですか、お二人とも?」

 織姫の提案に、スアイとキャルルが顔を見合わせ――同時に、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「最高ですわ。タローマンの資材で、帝都の劇場にも負けない『魔導特設ステージ』を組み上げてさしあげますわ!」

「ライブの警備なら私にお任せください! 暴れるお客さんがいたら、即座に月影流で黙らせて、月光薬で回復させてから席に戻しますから!」

「キャルルさん、それは物理的な出禁より怖いですからほどほどにしてくださいね」

 とんとん拍子に進む話に、リーザは目を白黒させていた。

「お、お姉様方……ほ、本当に、私のためにステージを作ってくれるんですの?」

「あなたのためじゃありませんよ」

 織姫は、優しく、けれど力強い声で言った。

「あなたが、私たちに『宇宙一の幸せな時間』をくれるんでしょう? だからこれは、ポポロ村への先行投資です。さあ、最高のステージにするために、明日から忙しくなりますよ!」

「…………っ!」

 リーザの大きな青い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。

 それは、パンの耳を奪い合っていた時の悔し涙でも、お弁当をもらった時のひもじい涙でもない。

 自分の『夢』を、真っ向から肯定し、背中を押してくれた仲間への、純粋な歓喜の涙だった。

「はいっ! はいっ!! 私、絶対に最高のステージにしますの! ポポロ村の皆さんの視線も、ハートも、お財布の中身も、ぜーんぶ私が奪い尽くしてあげますのぉぉ!!」

 強欲なアイドル宣言が、夜のポポロ村に出張所に響き渡る。

 かくして、元限界社畜、元魔将軍、暴走ヤンデレ兎、そして極貧人魚姫の四人による、前代未聞の『村おこしライブ大作戦』の幕が切って落とされたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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