第三章 貧乏人魚姫の絶対無敵ライブ ~ヤラセ勇者の装備とカツラを没収したら、ただのパンツ男になりました~
芋ジャージの人魚姫、ポポロ村に降臨 ~野良犬と死闘を繰り広げる地下アイドルを、ホカホカ特盛弁当で餌付けしました~
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の国境が交わる緩衝地帯、ポポロ村。
奇跡の大豊作をもたらした収穫祭と、特別査察官の襲撃(からの氷の宰相による完全論破・社会抹殺)という怒涛のイベントを乗り越え、村には再びのどかな日常が戻ってきていた。
「ふふふーん♪」
秋の涼やかな風が吹き抜ける中、天原織姫は出張所の前でご機嫌に箒を動かしていた。
限界社畜時代には考えられなかった、朝の澄んだ空気と、健康的な労働。さらに、週末の夜に星空の下でユリウスと交わした言葉と、彼の手の温もりが、思い出すだけで織姫の胸をポカポカと温めてくれる。
スアイとキャルルという最高の親友たちにも恵まれ、これ以上ないほど充実したスローライフ。
――そんな平和な朝の静寂を、突如として『野生の唸り声』が切り裂いた。
「ヴゥゥゥゥ……ッ! ワフッ!」
「シャアアアアッ! 渡しませんの! それは私が、隣町の『タローソン』の裏口で三時間出待ちして、店長さんから情けで譲ってもらった廃棄寸前の『からあげ弁当』ですのよ!」
織姫が驚いて声のする方へ振り向くと、出張所の前の土手で、一匹の凶暴そうな野良犬と、一人の『少女』が取っ組み合いの死闘を繰り広げていた。
少女の年齢は、十六歳くらいだろうか。
透き通るような青い髪に、海のように澄んだ美しい瞳。ルックスだけを見れば、深海から現れた可憐な人魚姫そのものである。
だが、その服装は絶望的に『終わって』いた。
ルナミスデパートの特売ワゴンで買ってきたであろう、膝の抜けた絶妙なダサさを誇るエンジ色の『芋ジャージ』。足元には、すり減ってイボイボが丸くなった『健康サンダル』。
少女は野良犬と一つの弁当箱を引っ張り合いながら、ギリィッと牙を剥いた。
「ええい、離しなさいこの駄犬! アイドルは体が資本なんですの! 昨日はパンの耳と雑草のサラダしか食べてないんですから、今日こそはお肉を食べますのよ!」
「グルルルルッ!」
「……っ! やむを得ませんわ。私のとっておきの必殺技、受けてみやがれですの!」
少女は弁当箱から片手を離すと、ジャージのポケットから一枚の『五円玉(同粒五枚分)』を取り出した。
そして、あろうことかその五円玉を、自身の可愛らしい『鼻の穴』にグッと押し込んだではないか。
「えっ……!?」
織姫がドン引きして見守る中、少女は野良犬に鼻の穴を向け、腹式呼吸で息を深く吸い込んだ。
「ふんッ!!」
『パァァンッ!』
鼻息という名の圧縮空気と共に、五円玉が弾丸のような速度で射出された。
見事なスナイプで野良犬の眉間にクリーンヒットした五円玉に、犬は「キャンッ!」と情けない悲鳴を上げて一目散に逃げ出していった。
「ふはははは! 勝ちましたわ! 勝者はこの、絶対無敵スパチャアイドル・リーザですの!」
鼻の穴をフガフガさせながら、土まみれの弁当箱を掲げて高笑いする芋ジャージの少女。
そのあまりにも逞しく、そしてシュールすぎるサバイバル光景に、織姫の思考回路は完全にフリーズしていた。
「な、何事ですの!?」
「お姉様! 今、犬の悲鳴と、誰かの変な笑い声が――って、ええっ!?」
騒ぎを聞きつけ、裏山でサウナの薪を割っていたスアイと、朝のパトロールから戻ってきたキャルルが出張所から飛び出してきた。
キャルルは、弁当箱を抱えてぜぇぜぇと息を切らしている少女を見るなり、ウサギ耳をピンと直立させた。
「り、リーザちゃん!? どうしてポポロ村に!?」
「ああっ! キャルルお姉様ぁぁぁ!」
リーザと呼ばれた少女は、キャルルの姿を認めるなり、弁当箱を放り出して猛ダッシュし、スライディング土下座の体勢でキャルルの足元にすがりついた。
「お久しぶりですの! 助けてくださいませ、キャルルお姉様がポポロ村に行ってしまってから、家賃が払えなくてシェアハウスを追い出されてしまったんですのぉぉ!」
「あわわわっ! リ、リーザちゃん、とりあえず立って! ほら、服が土だらけになっちゃうから!」
慌ててリーザを抱き起こすキャルル。
状況が全く呑み込めない織姫とスアイに、キャルルは冷や汗をかきながら説明を始めた。
「え、えっと……。彼女はリーザ・シーラン・リヴァイアサンちゃん。海中国家シーランの女王様の娘さんで、由緒正しき人魚姫……なんですけど」
「人魚姫? この、健康サンダルと芋ジャージを履いた、鼻から五円玉を飛ばす野生児がですの?」
「アイドルの武器はギャップ萌えですのよ! これが私の勝負服ですの!」
スアイの容赦ないツッコミに、リーザがドヤ顔で言い返す。
キャルルの説明によれば、リーザはルナミス帝国に『親善大使』としてやってきたはずが、人前で歌う快感に目覚め、地下アイドルとして活動を始めてしまったらしい。
母である女王には「大成功している」と手紙で嘘をつきつつ、実際はみかん箱の上で歌い、パンの耳と公園の鳩の餌を巡るバトルで命を繋ぐ、極限のタダ活サバイバーなのだという。
「……なるほど。キャルルさんが帝都のシェアハウスにいた頃の、ルームメイトだったんですね」
織姫が納得して頷くと、リーザはぐぅぅぅ~っと、悲しげな腹の虫の音を響かせた。
先ほど野良犬から死守した廃棄弁当は、スライディング土下座の勢いで地面にぶちまけられ、完全に土と一体化してしまっていた。
「ああっ……私のお肉が……。昨日は献血でもらったハンバーガー半分しか食べてないのに……。もうダメですの、お腹が空いて、アイドルオーラが消えちゃいますの……」
へなへなと座り込み、涙目になるリーザ。
それを見た瞬間、限界社畜として『食べる時間すらなく働かされていた過去』を持つ織姫の母性が、激しく反応した。
(こんな、まだ十六歳の可愛い女の子が、パンの耳と廃棄弁当で食いつないでいるなんて……! そんなこと、この天原織姫が絶対に許しません!!)
『ピコンッ!』
【対象への強い慈愛と保護欲を確認しました。天界アカウント『コタツの女神』様より、「腹いっぱい食わせてやれ!」と20,000ptの投げ銭が振り込まれました!】
脳内で鳴り響くゴッドチューブからの熱いスパチャ音。
織姫は即座に『善行通販』のウィンドウを開き、有り余るポイントを惜しげもなくつぎ込んだ。
「リーザちゃん。犬と争わなくても、お肉ならここにありますよ」
「えっ……?」
織姫が空間からポンッと取り出したのは、地球の技術と善行ポイントが結集した『超特盛・洋食デラックスホカホカ弁当』であった。
蓋を開ければ、肉汁溢れる分厚いハンバーグ、大ぶりの鶏の唐揚げ(からあげ)、プリプリのエビフライが所狭しと並び、その下には真っ白でツヤツヤの炊き立てご飯がぎっしりと詰まっている。
湯気と共に立ち上る、暴力的なまでの肉と油の香り。
「は、はわ、はわわわわわっ……!」
リーザの瞳孔が、限界まで見開かれた。
ぽろぽろと、大粒の涙が人魚姫の美しい瞳から溢れ落ちる。
「こ、こんな……ルナミスデパートの試食コーナーを百周しても食べられないような、ご馳走……! ほ、本当に、私が食べてもいいんですの!?」
「もちろんですよ。ほら、冷めないうちにどうぞ。お茶も淹れますね」
織姫が微笑みながらお箸を渡すと、リーザは「いただきますのぉぉぉ!」と叫び、ダイソンもかくやという吸引力でハンバーグに食らいついた。
ハフハフと熱がりながら、からあげをご飯と一緒に口の中へかき込み、幸せそうに咀嚼する。そのあまりにも見事な食べっぷりに、見ているこちらまでお腹が空いてきそうだった。
「んんっ、おいひぃ! おいひいですの! お肉が口の中で溶けますの!」
「ふふっ、慌てなくても誰も取りませんよ」
「ゆっくり食べなさいな。まったく、織姫はまた『拾い食い』の癖が出ましたわね」
呆れたように肩をすくめるスアイの横で、キャルルが「リーザちゃん、本当に良かったねぇ」とウサギ耳を垂らして貰い泣きしている。
五分後。
特大のデラックス弁当を米粒一つ残さず完食したリーザは、ふぅ、と満足げなため息をつき、お茶をゴクリと飲み干した。
そして、居住まいを正し、織姫の前に深々と正座をした。
「……あの。助けていただいたのに、お名前を伺っていませんでしたの」
「私は、天原織姫。ここの出張所で働いている、キャルルさんの同僚であり、友人です」
「織姫お姉様」
リーザは、真剣な、それこそ大海原のように深い瞳で織姫を見上げた。
「このご恩は、一生忘れません。私、今日から織姫お姉様の『専属アイドル』になりますの! 一生ついていきますの! だから、その……」
「だから?」
リーザはモジモジと芋ジャージの裾を弄りながら、上目遣いで告げた。
「月末の家賃と、三食のご飯とおやつを、どうか養ってくださいませ……っ!!」
「完全に寄生宣言ですわね、この人魚」
スアイの容赦ないツッコミに、織姫とキャルルは顔を見合わせて吹き出した。
かくして、ポポロ村の出張所に、新たな(そして最も図太い)居候が誕生した。
限界社畜、元魔将軍、暴走ヤンデレ兎に、芋ジャージのタダ活アイドル。
個性があまりにも強すぎる『ポポロ村・女子会チーム』の結成により、村の平穏(という名のドタバタな日常)は、さらに賑やかに、そしてカオスな方向へと加速していくのである。
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