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EP 6

仕込まれた魔物と最強の裏方 ~放たれた凶悪な死蟲機は、三分でサクサクの海老天丼になりました~

 ポポロ村の特設ステージ裏、楽屋テント。

 開演まで、あとわずか十分。

「すぅ……はぁ……。すぅ……はぁ……」

 姿見の鏡の前で、リーザは大きく深呼吸を繰り返していた。

 いつもの芋ジャージではなく、織姫が『善行通販』で手配した、青と白のグラデーションが美しいフリフリの『極上アイドルドレス』に身を包んでいる。

 ルナミスデパートの特売服しか着たことがなかった彼女にとって、自分のためだけに用意された本物のステージ衣装は、夢のように眩しかった。

「緊張していますの、リーザちゃん?」

 背後から、織姫が優しく声をかけながら、ドレスの背中のリボンを綺麗に結び直してくれた。

「……ちょっとだけ、ですの。みかん箱の上で歌っていた時は、立ち止まってくれる人なんて数人でしたから。あんなにたくさんの人が私を待ってくれているなんて、初めてですの」

「大丈夫ですよ。あなたには、誰もが惹きつけられる本物の『輝き』があります。……私たちが、最後まであなたの背中を支えますから」

 織姫が微笑むと、隣からキャルルとスアイも顔を出した。

「そうですとも! 警備は私にお任せください! 観客席で暴れる不届き者がいたら、マッハ1の回し蹴りで静かにさせますから!」

「音響と照明の魔導回路も、私が完璧に固定しておきましたわ。安心して、思い切り歌いなさいな」

 頼もしすぎる親友たちの言葉に、リーザの瞳に溢れんばかりの感謝と情熱の炎が灯った。

「はいっ! 私、ポポロ村の皆さんに『宇宙一の幸せな時間』を届けてみせますの!」

 熱気に包まれる楽屋裏。

 だが、その温かい空気とは対照的に――広場の外外郭に広がる暗い森の中では、凶悪な悪意が静かに牙を研いでいた。

     * * *

「ヒヒッ……! 準備完了だぜ……!」

 森の茂みに隠れた勇者ゼロスは、ニタニタと下品な笑みを浮かべながら、黒い魔導具のスイッチを固く押し込んだ。

 瞬間、魔導具から不快な超音波が放たれ、地面と空間が歪む。

『ブワササササササッ! ガサガサガサッ!』

 闇の中から現れたのは、死蟲王サルバロスの遺産——凶悪な人工魔獣『死蟲機(ネクロバグ)』の大群であった。

 鎌のような腕を持つ死蟷螂機(ネクロマンティス)、酸を吐く巨大な死蟻機(ネクロアント)、空を覆う死蜂機(ネクロワスプ)。無数の羽音と甲殻の擦れ合う不気味な音が、森全体に響き渡る。

「行けぇっ! ポポロ村の広場に雪崩れ込み、あのヘラヘラした村人どもを血の海に変えてやるんだ!」

ゼロスは浮遊型の魔導録画機(カメラ)を自分の顔に向け、キリッとした決死の表情を作った。

「よし、録画スタート……! 『大変だ、ポポロ村に死蟲機の大群が! みんな待ってろ、僕が今すぐ助けに行くぞ!』……よし、演技も完璧だ!」

ゼロスは金ピカのオリハルコンソードを抜き放ち、物陰から飛び出すタイミングを計った。

彼のシナリオでは、こうだ。

死蟲機の大群が広場に乱入する。

↓

悲鳴を上げて逃げ惑う村人たちと、腰を抜かす元社畜の女職員&元魔将軍。

↓

「キャーッ! 助けてーっ!」という絶望の悲鳴が最高潮に達した瞬間、勇者ゼロスが颯爽と降臨!

↓

「みんな、諦めないで! 僕が君たちを守る!」と叫んで死蟲機を撃滅。

↓

全世界(神界)でPV爆発、大バズり!

「ヒヒッ! 泣き叫べ村人ども! 俺のPV稼ぎの犠牲になれることを光栄に思いな……」

ゼロスがニタ付きながら、広場の様子を伺った——その、まさに直後のことだった。

     * * *

『ブシューッ! ガサガサッ!』

広場の裏手から、死蟲機の大群が突如として姿を現した。

鋭い鎌を振り上げ、酸を撒き散らしながら広場へとなだれ込もうとする悪夢の軍勢。

普通であれば、ここで観客から阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、大パニックが起きるはずであった。

しかし、ポポロ村の住民および、この村に集まる者たちの『危機管理感覚』は、ゼロスの想定を遥かに超越していた。

「ん? なんだあの羽音は……」

広場の最前列、内務省特別観覧席に座っていた宰相ユリウスが、冷たいサファイアの瞳をわずかに細めた。

「死蟲機(ネクロバグ)か。……無許可での会場への乱入、および興行妨害に該当するな」

「あらあら。せっかくの綺麗なステージに、無礼な羽虫が迷い込んできましたわね」

スアイが呆れたように肩をすくめ、腰の片手斧に手をかける。

そして、ステージ脇で警備についていたキャルルが、ピーンとウサギ耳を直立させた。

「大変ですお姉様! ライブの邪魔をしようとする害虫がやってきました!」

「怪我人が出たら大変です! キャルルさん、スアイさん、サクッと処理(掃除)をお願いします!」

「「了解ですわ!(了解です!)」」

次の瞬間、広場の観客たちが息を飲むほどの『神速の連撃』が炸裂した。

「月影流――【乱れ鐘打ち】ッ!!」

『ゴォォォン! ガキィィィン! ズドババババババッ!!』

タローマン製の特注安全靴を履いたキャルルの足が、残像すら残さぬ速度で空中を舞った。

空気の壁を蹴り、三角飛びの要領で広場上空を縦横無尽に駆け抜けるキャルル。

そのつま先に仕込まれたスチールトゥが、襲い来る死蜂機や死蟷螂機の頭部を、一撃のもとに正確無比に『ノックアウト』していく。

絶妙な力加減。粉砕はしない。なぜなら、中身の肉(エビ味)がつぶれてしまうからだ!

「逃がしませんわ! 【氷獄の鎖】!」

落とされた死蟲機たちに対し、スアイが放った無数の絶対結界の鎖が絡みつく。

氷の鎖が死蟲機の動きを完全に封じ込め、スアイは片手斧を流れるような手つきで振るった。

シャッ! シャッ! シャシャシャッ!

まるで超一流の板前のような、見事な包丁捌き(斧捌き)。

わずか数秒のうちに、死蟲機の硬い外殻が綺麗に剥がされ、中からプリプリとした真っ白な『海老によく似た極上の肉』だけがくり抜かれていく。

「下処理、完了いたしましたわ!」

「キャルル、全頭回収完了しました!」

――その間、わずか【3秒】。

襲いかかってきたはずの凶悪な死蟲機の大群は、誰一人として悲鳴を上げる隙すら与えられず、ただの『完璧に下処理された巨大な海老の身(山盛り)』へと姿を変えていた。

「え……?」

物陰でカメラを構え、決めポーズのまま固まっていたゼロスの思考が、完全に停止した。

(な……なんだいまの……!? 俺がワイズ神からもらったSSS級の危険度の魔物が……たった三秒で全滅……!? てか、なんで殻が剥かれて綺麗に並べられてるんだ……!?)

混乱に陥るゼロスの目の前で、さらに信じられない光景が繰り広げられた。

「はーい! 織姫ちゃん、油の温度バッチリ上がったドスよー!」

声を上げたのは、ルナミス帝国でちゃんこ屋『土雷亭』を営む元魔将軍、巨漢のダストンであった。

彼の前には、織姫が『善行通販』で手配した、地球の『業務用・超大型自動フライヤー』と、最高級の『純正ごま油』がセットされている。

「ありがとうございますダストンさん! 皆さん、死蟲機は見た目こそアレですが、実はエビ以上に旨味が強くて美味しい食材なんです! 揚げる準備はできていますよ!」

織姫は手際よく、地球の特製『サクサク天ぷら粉』を水で溶き、スアイたちが下処理した死蟲機の肉にたっぷりと絡めた。

「そ~れ、投入です!」

『ジュワァァァァァァァァッ……!!』

ごま油の香ばしい匂いと共に、黄金色の油の中で死蟲機の肉がカラリと揚がっていく。

花が咲いたようにサクサクの衣が付き、狐色に染まっていく巨大な海老天(ネクロバグ天)。

「仕上げに、地球の特製・甘辛醤油タレをたっぷりかけて……『名物・死蟲機の超特大サクサク海老天丼』の完成です!」

炊き立ての米麦草のご飯の上に、ドカンと乗せられた巨大な海老天。

ジュワッとタレが染み込む香ばしい匂いが広場全体に広がり、観客たちの胃袋を直撃した。

「う、うわああああっ! なんていい匂いだ!」

「美味そう! 織姫ちゃん、それ一丼いくらだ!?」

「今ならライブ開催記念で、一丼・銅貨三枚ですよー!」

「買ったぁぁぁ! 俺にもくれ!」「私にも!」

大パニックどころか、広場は突如として出現した『限定・超高級海老天丼屋台』に群がる客たちで、大盛況の渦に包まれた。

「モグモグ……ッ! んんーっ! 衣がサクサクで、中はプリップリ! 本物のエビより甘みが強くて最高ドス!」

「本当ですわね、イモッカのハイボールに最高に合いますわ!」

「美味しいですぅ! お姉様、おかわりありますか!?」

観客も、スアイも、キャルルも、さらには内務省特別観覧席のユリウスまでもが、渡された海老天丼を満足そうに頬張っている。

その光景を、物陰からカメラを構えたまま見ていたゼロスは——。

「あ……あ……あ…………」

あまりの衝撃と理不尽さに、膝から崩れ落ちた。

惨劇の血の海になるはずだったポポロ村。

自分がヒーローとして降臨し、大バズりするはずだった完璧なシナリオ。

その全てが、たった三分で『激ウマ海老天丼』へと変換され、村人たちの胃袋に消えていく。

(俺の……俺の仕込んだ魔物が……天丼になってる……! 旨そうに食われてる……ッ!?)

カメラの赤いランプが、虚しく点滅を続けていた。

浮遊カメラの画面には、涙目になりながら物陰でハンカチをギリギリと噛み締め、失意のどん底に沈む金ピカ勇者の情けない姿が、バッチリと超高画質で記録されていた。

【天界アカウント『コタツの女神』様より、100,000ptの特別ボーナスが振り込まれました!】

【メッセージ:「ギャハハハハ! 最高! 害虫を三秒で天丼にして商売にする元社畜ちゃん凄すぎるwww 投げ銭奢っちゃう!」】

脳内に響く高額スパチャのファンファーレ。

こうして、ヤラセ勇者の第一の陰謀は、誰一人傷つくことなく、むしろ村の売上を大幅に伸ばす形で、爆笑のうちに撃砕されたのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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