EP 6
パジャマパーティーと芋焼酎 ~夜更かしする限界社畜に、氷の宰相から過保護すぎる小言が届きました~
ポポロ村の出張所、その奥にある織姫の私室。
普段は質素なその部屋が、今夜ばかりは華やかな香りと熱気に包まれていた。
「それでは、キャルルさんの『初めての平和な満月』克服と、ポポロ村のさらなる発展を祝して――乾杯!」
「「乾杯ですわ!(乾杯です!)」」
カチンッ、と三つのグラスが小気味よい音を立てて合わさる。
グラスの中身は、ポポロ村特産の『太陽芋』から作られた庶民の酒『イモッカ(度数40度の芋焼酎ウォッカ)』を、織姫が善行通販で取り寄せた地球の強炭酸水で割った、特製イモッカ・ハイボールだ。
「ぷはぁーっ! 効きますわね! 喉の奥で弾ける炭酸と、イモッカのガツンとくるアルコール……五臓六腑に染み渡りますわ!」
スアイが、風呂上がりの一杯を呷るおっさんのような、いや、開拓を終えたガチキャンパーのようないい笑顔を浮かべる。
現在の彼女は、いつものタローマン製作業着ではなく、織姫が善行通販でプレゼントした『地球のモコモコなルームウェア(ジェラートな質感の高級品)』を身にまとっている。元魔将軍の絶世の美貌と、ふわもこな部屋着のギャップが凄まじい。
そしてキャルルは、お揃いのルームウェア(もちろん人参柄)に身を包み、オレンジ色の100%人参ジュースを両手で持ってちびちびと飲んでいた。
「ふふっ。スアイさん、おつまみも最高ですよ。この『肉椎茸の燻製』、本当に美味しいです」
「当然ですわ。サウナ作りで余ったヒノキの端材をチップにして、絶妙な温度管理で燻し上げましたのよ。お肉のような弾力と、キノコの旨味が凝縮されていますわ」
織姫は、スアイお手製の燻製を口に運び、目を細めた。
噛むほどに溢れ出す肉汁(キノコ汁)と、スモーキーな香りがイモッカ・ハイボールと異常なまでに合う。
「織姫が出してくれた、この『ぽてとちっぷす・こんそめ味』という薄焼き芋も、とんでもない魔性の食べ物ですわね。塩気と旨味の暴力……無限に食べられてしまいますわ」
「お姉様、この『ちょこれーと』っていう黒いお菓子、甘くてほっぺたが落ちそうですぅ……! 私、昨日のニンジンさんの抱き枕といい、お姉様に出会えて本当に幸せです!」
スアイはポテトチップスをサクサクと貪り、キャルルはチョコレートをかじりながらウサギ耳をパタパタと揺らしている。
女子三人による、気兼ねのないパジャマパーティー。
帝都の市役所で、日付が変わるまで一人で書類の山と格闘し、冷えたコンビニ弁当を胃に流し込んでいたあの頃には、想像もできなかった温かい時間だ。
「……本当に、良かったです。私、ポポロ村に左遷されて、大正解でした」
織姫がしみじみと呟くと、スアイがグラスを傾けながらニヤリと笑った。
「あの無能な元婚約者には、ある意味で感謝しないといけませんわね。こんな優秀な織姫を手放してくれたのですから。……で、実際のところはどうなんですの?」
「へっ? 何がですか?」
「恋愛事情ですわよ。元婚約者のゴミは私の中では完全に存在を消去しましたけれど……今は、気になっている殿方はおりませんの?」
スアイの直球すぎる質問に、織姫は「げほっ!」とむせた。
すかさず、キャルルのウサギ耳がピーン!と直立し、レーダーのように織姫の胸の音に照準を合わせる。
「あっ! お姉様、いま心臓の音が『トクンッ!』って大きく跳ねましたよ! 嘘はつけません、誰か思い浮かべた人がいるんですね!?」
「ち、違います! ちょっとハイボールの炭酸が喉に引っかかっただけで……っ!」
「あらあら、顔が真っ赤ですわよ。……もしかして、あの氷のように冷たい顔をした、帝都の偉いお方ですの?」
スアイが意地悪く目を細める。
織姫が両手でパタパタと顔を仰ぎ、弁解しようと口を開きかけた、まさにその時だった。
『ルルルル……』
部屋の隅のデスクに置かれた『魔導通信石』が、静かな電子音のような着信音を鳴らし、淡い青色の光を放ち始めた。
「ほら、噂をすればですわ」
「お姉様、心音が『ドッドッドッ』って、早鐘みたいになってますぅ!」
「だ、だから違いますってば! もう、静かにしていてくださいね!」
織姫は二人に人差し指を立てて「しーっ」と念を押し、咳払いを一つしてから、通信石に魔力を通した。
「……はい、天原です」
『夜分にすまない。ユリウスだ』
通信石から響いてきたのは、相変わらずの低く、冷涼で、けれど酷く心地の良い美声だった。
「お疲れ様です、ユリウス様。どうかされましたか? 緊急の書類の修正なら――」
『いや、仕事の話ではない。……その、昨夜贈った茶葉の礼状が、魔導便で届いてな。無事に君の役に立ったようで安心した』
なんと、ただそれだけを確認するための電話だった。
普段、秒単位で帝国全土の政務を捌いている「氷の宰相」が、わざわざ私的な手紙の到着確認のためだけに、深夜に通信を繋いできたのだ。
「はい。本当に素晴らしい香りで、キャルル村長と一緒に美味しくいただきました。おかげで昨夜は、村も平穏無事に朝を迎えられましたよ」
『そうか。それは重畳だ』
ユリウスの声に、わずかに安堵の響きが混じる。
だが、通信石の向こう側で少しの沈黙があった後、彼はふっと声のトーンを落として言った。
『……君の声の背後で、妙に楽しげな気配がするな。それに、君の声もいつもより少し……熱を帯びているように聞こえるが』
「あ、えっと……その、実は今、キャルルさんとスアイさんと一緒に、お祝いのちょっとした女子会をしておりまして。少しだけ、イモッカを飲んでいます」
素直に白状すると、ユリウスは短く『なるほど』と呟いた。
怒られるだろうか、と織姫が身構えていると。
『……君がポポロ村の仲間と良好な関係を築いているのは、内務大臣としても喜ばしいことだ。大いに羽を伸ばすといい』
「あ、ありがとうございます……」
『だが』
ユリウスの声が、一瞬だけ厳格な『保護者』のものに変わった。
『ポポロ村の夜の冷え込みは厳しい。あまり遅くまで起きていて、体を冷やさないように。イモッカは度数が高い酒だ、水もしっかり飲むんだぞ。……君が体調を崩したら、私が、その……困る』
「…………っ」
後半の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるような、不器用すぎるごまかし方だった。
織姫の顔が、アルコールとは全く別の理由でカァッと熱くなる。
「は、はいっ。ご心配をおかけしてすみません。ちゃんとお水も飲んで、暖かくして寝ます」
『あぁ。そうしてくれ。……では、週末に。サウナと、君のコーヒーを楽しみにしている』
「はい。おやすみなさいませ、ユリウス様」
プツン、と通信石の光が消える。
静かになった部屋の中で、織姫は胸元を押さえ、ほうっと熱い息を吐き出した。
――しかし、ここは一人きりの部屋ではない。
「……ねえ、スアイさん」
「ええ、聞きましたわキャルル」
背後から、ニヤニヤと笑いを噛み殺す二人の声が聞こえた。
振り返ると、スアイとキャルルが、肩を組んで悪代官のような顔をしている。
「『体を冷やさないように』『私が困る』……ですって。まあまあ、帝国の宰相殿ともあろうお方が、すっかり過保護な旦那様かお父様ですわね」
「お姉様! 今のお姉様の心臓の音、マッハ1で走る私の足音くらい、ドコドコ激しく鳴ってましたよ! やっぱり、あのお方がお姉様の『番』なんですね!?」
「っ~~~~! だ、だから違いますってば! あれは単に、優秀な末端の部下に対する上司としての労いで――」
「「はいはい、ごちそうさまですわ(ごちそうさまですぅ)」」
完全にからかわれている。
織姫は真っ赤になった顔を両手で覆い、クッションに顔をダイブさせた。
(ああもうっ、ユリウス様のせいで、完全にいじられキャラになっちゃいましたよ……!)
だが、そのいじりの中に悪意は微塵もない。
親友たちとの温かい冗談に包まれながら、織姫の心の中は、週末に訪れる『過保護な上司』への期待で、甘く、幸せな熱を帯びていたのだった。
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