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EP 4

不器用な兎への処方箋 ~神々からの投げ銭と、氷の宰相からの優しすぎる贈り物~

 そして、運命の『満月』の夜がやってきた。

 ポポロ村の夜空に、狂おしいほどに美しく、暴力的なまでに白い満月が昇る。

 出張所の奥の部屋では、キャルルがベッドの上でガタガタと震えていた。

「くっ……あぁぁ……っ、血が、沸騰しそう……! 外に出て、みんなの痛みを、怪我を治さなきゃ……っ! 建物をぶっ壊してでも、私が、私がぁ……!」

 月兎族の呪いとも言える、強制的な闘気とアドレナリンの飽和。

 キャルルの瞳孔が開きかけ、安全靴を履いた足が床を蹴り砕こうとした、まさにその時。

『ピコンッ!』

『ピコンッ! ピコピコピコピコピコンッ!!』

 織姫の脳内に、突如として怒涛のシステム音が鳴り響いた。

【天界アカウント『コタツの女神』様より、50,000ptの特別ボーナス(投げ銭)が振り込まれました!】

【メッセージ:「織姫ちゃあああん! あんたって子はどんだけ聖女なの! 不器用なウサギちゃんを助けてあげてえええ!(号泣)」】

【天界アカウント『規律の天使長』様より、30,000ptの特別ボーナスが振り込まれました!】

【メッセージ:「ルチアナ様、国費を投げ銭にするのは……と言いたいところですが、今回ばかりは私も涙を禁じ得ません。織姫、見事な傾聴スキルです。さあ、そのポイントで彼女を救いなさい」】

(……女神ルチアナ様、ヴァルキュリア様。いつもご視聴と高額スパチャ、ありがとうございます)

 神界の『ゴッドチューブ』で自分の行動が配信されていることは薄々察していた織姫だが、これほど大量のポイントが一気に入ったのは初めてだった。

 心の中で神々に深く一礼し、織姫は『善行通販』のウィンドウを開く。

 有り余るポイントを使って取り寄せたのは、地球の現代科学と癒やしの叡智が詰まった、二つの究極アイテムである。

「キャルルさん、少し息を吸ってみてください」

 織姫は部屋の隅に、地球の『超音波式・高級アロマディフューザー』をセットした。

 シュゥゥゥ……という静かな音と共に、部屋中に白いミストが広がる。使用した精油は、最高級のラベンダー、カモミール、そしてイランイランをブレンドした「究極の深睡眠ブレンド」だ。

「すぅ……っ。は、はわぁ……? な、なんですかこれ、すごく、いい匂い……。頭の奥のジンジンする感じが、スーッと引いて……」

 キャルルの耳が、ピクッと反応した。

 満月の光による『戦闘と治癒の強制アドレナリン』に対して、地球の現代人がストレス社会を生き抜くために生み出した『極限のリラックス成分』が、真っ向からぶつかり合い、中和していく。

「そして、仕上げはこちらです」

 織姫がドサリとベッドの上に置いたのは、長さ1.5メートルにも及ぶ『超極小ビーズ内蔵・人間(兎)工学特大抱き枕(人参デザイン)』であった。

 いわゆる、地球で「人をダメにするソファ」と呼ばれる素材で作られた、究極の抱き枕である。

「これを、力いっぱい抱きしめてみてください」

「こ、こんなフニャフニャしたニンジン……私がいま力一杯抱きしめたら、破裂しちゃい――むぎゅっ」

 キャルルが両腕で人参抱き枕に飛びついた瞬間。

 特大ビーズクッションは、彼女の凄まじい月兎族の筋力(満月仕様)を、ふんわりと、かつ完璧に受け止めて、体圧を極限まで分散させた。

「あ……あぁぁ……っ♡」

 キャルルの口から、だらしない声が漏れた。

「やわらかい……。どんなに力を入れても、優しく包み込んでくれる……。ニンジンさん……好き……むにゃ……」

 アロマの香りと、地球の最新リラックス寝具のコンボ。

 それは、野生の闘争本能を根こそぎ奪い去る、恐るべき平和の兵器だった。

 ものの数分で、キャルルは「むにゃむにゃ……織姫お姉様……だぁいすき……」と寝言をこぼしながら、深い深い眠りへと落ちていった。

 満月による暴走の気配は、もはや微塵もない。

「……ふぅ。ミッション・コンプリートですね」

 織姫は安堵の息を吐き、キャルルに毛布を掛けてから、そっと部屋を退出した。

     * * *

 ポポロ村の平和が守られたことに胸を撫で下ろし、織姫が出張所の執務室に戻った時のことだ。

「ん? なんでしょう、これ」

 デスクの上に、見慣れない小さな桐箱が置かれていた。

 先ほど、魔導郵便の配達用ワイバーンが窓辺に置いていったものらしい。

 宛名は天原織姫。そして差出人の欄には、流麗で力強い筆跡で『ユリウス・フォン・グランツ』と記されていた。

「ユリウス様から……?」

 織姫は小首を傾げながら、慎重に桐箱を開けた。

 中に入っていたのは、透き通るような黄金色をした最高級の『陽薬草ようやくそう』の茶葉。それも、帝都の限られた大貴族しか口にできない、精神の疲労回復に特化した特産品だった。

 そして、一枚の短い手紙が添えられている。

『――月兎族の満月は、周囲の者にも多大な心労をかけると聞く。

君のことだ、きっと彼女のために今夜も奔走しているのだろう。

村長を救うのも立派な公務だが、君自身が倒れては元も子もない。

この茶葉は高いリラックス効果がある。今夜はこれを飲み、ゆっくり休むように。

週末、サウナと君のコーヒーを楽しみにしている。

追伸:これは内務省の経費ではなく、私の私費だ。気兼ねなく受け取ってほしい』

「…………っ」

 織姫は、手紙の文字を指先でそっとなぞった。

 帝都の内務大臣という、国で最も忙しい立場にいる「氷の宰相」。

 分刻みのスケジュールで動いているはずの彼が、わざわざ月齢(満月の日)を調べ、ポポロ村で奮闘する織姫の苦労を察して、個人的な贈り物をしてくれたのだ。

 有能な部下への労い、という建前かもしれない。

 しかし、手紙の端々から滲み出る、隠しきれない不器用な優しさと気遣いが、織姫の胸の奥をじんわりと温かくしていった。

(……ああ。ユリウス様には、敵わないな)

 静寂に包まれた執務室。

 織姫は、最高級の陽薬草の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、自分の胸にそっと手を当てた。

 ――トクン。

 昨夜、キャルルに聞かせた穏やかで規則的な心音とは違う。

 少しだけ早鐘を打つ自分の心臓の音を聞きながら、織姫は週末の彼の訪問が、待ち遠しくてたまらなくなっている自分に気がついていた。

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