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EP 2

元魔将軍と限界社畜のDIYサウナ ~理不尽な過去は、薪と一緒にチェーンソーで両断してさしあげますわ~

 新村長キャルル・ムーンハートの赴任から数日。

 ポポロ村の広場に開いたクレーターと、吹き飛ばされた駐留兵たちの兵舎の修繕作業は、思いのほか迅速に進んでいた。

 理由は単純である。原因を作ったキャルル本人が「全治三ヶ月の怪我を、月兎族の治癒力で一瞬で完治させた」上、「お詫びです!」と持ち前の馬力(通常時20馬力)で、壊れた木材の撤去を半日で終わらせてしまったからだ。

「よし、これで修繕費の稟議書は完成、と。あとは木材の調達ですが……」

 出張所のデスクで事務処理を終えた織姫は、脳内に浮かぶ『善行通販』のウィンドウを開いた。

 キャルルの暴走の後始末や、村人たちのフォローに駆け回った結果、神界からの「投げボーナスポイント」が大量に貯まっている。画面の向こうで、天界の女神様たちが「織姫ちゃん偉い! 健気!」と課金ボタンを連打してくれている姿が目に浮かぶようだ。

「せっかくですし、兵舎の修繕用だけでなく、私たちの『アレ』の資材も買っちゃいましょう」

 織姫はポイントを消費し、地球の高品質な「北欧産ヒノキ材」と、タローマン製の最新魔導工具セット、そして断熱材をポチッと購入した。

     * * *

「素晴らしいですわ、織姫! この『いんぱくとどらいばー』という工具、魔法陣を刻むより早く、しかも正確にネジを打ち込めますのね!」

 ポポロ村の裏山。

 タローマンで揃えたカーキ色のオーバーオールに身を包んだスアイが、地球製の電動インパクトドライバーを片手に歓喜の声を上げていた。

 彼女の背後には、氷の魔法で作られた『絶対に切れない鎖』が何本も宙を舞い、重いヒノキの丸太をクレーンのように軽々と持ち上げている。

「スアイさん、すっかり大工仕事が板についてきましたね。前職が魔皇国の『氷魔将軍』だなんて、誰も信じないですよ」

「ええ、あんなセクハラまがいのビキニアーマーを着て、氷の玉座でふんぞり返るだけの窮屈な日々には、もう二度と戻りたくありませんわ。土の匂い、木の温もり、そして自分の手でものを作る喜び……これこそが、私の求めていた『森の生活』ですの」

 スアイは心底楽しそうに微笑むと、ウィィィン! と小気味よい音を立てて、柱に太いネジを打ち込んでいく。

 現在、二人が裏山で作っているのは、ポポロ村特製の『魔導ログハウスサウナ』である。

 限界社畜時代、唯一の癒やしが休日のスーパー銭湯だった織姫と、ポポロ山での開拓DIYに目覚めたスアイ。二人の利害(と趣味)が完全に一致した結果の、一大プロジェクトだった。

「ふぅ……そろそろ休憩にしましょうか。お茶を淹れましたよ」

 織姫が声をかけると、スアイは作業を止め、切り株のテーブルへとやってきた。

 テーブルの上には、淹れたての芳醇なポポロ・コーヒーと、たき火の灰の中でじっくりと焼き上げた『太陽芋』の焼き芋が並んでいる。ホクホクに割れた黄金色の芋から、甘い湯気が立ち上っていた。

「いただきますわ。……ああ、この太陽芋の自然な甘み、そしてコーヒーの苦味。アバロンの宮廷料理よりずっと贅沢ですわね」

「本当ですね。帝都の市役所にいた頃は、こんなふうにゆっくりお茶を飲む時間なんてありませんでしたから」

 織姫はコーヒーカップを両手で包み込みながら、しみじみと呟いた。

 その言葉に、スアイがふと作業用の手袋を外し、真剣なエメラルドグリーンの瞳で織姫を見つめた。

「織姫。前から思っていましたけれど……貴女、時々とても遠い目をしますわね。まるで、光の届かない暗黒の淵を覗き込んでいるような」

「あはは……。元婚約者の上司に、毎晩のように仕事を押し付けられていた頃のトラウマが、少しだけ顔を出すんですよ。深夜のファミレスで、一人で明日の会議資料を作りながら『私、何のために生きてるんだろう』って」

 織姫は自嘲気味に笑った。

 他人に認めてもらいたくて、役に立ちたくて、必死に自分をすり減らしていた日々。

 『夜と霧』の一節にある、「生きる意味」を見失いかけていた、あの薄暗い時間。

「……そいつ、どこのどいつですの?」

 急に周囲の気温が、氷点下まで下がった。

 見れば、スアイの背後に鋭い氷の槍が数本、無意識のうちに顕現しているではないか。

「帝都に行きましょう、織姫。その無能な元婚約者とやらを、私の氷結魔法で『現代アートの氷彫刻』にして、帝都広場に飾ってさしあげますわ。安心なさい、溶けるまでに三年はかかる特製です」

「スアイさん、スアイさん! ストップです! 気持ちは嬉しいですけど、国際問題になりますから!」

 慌てて止める織姫に、スアイは不満げに唇を尖らせたが、やがてふっと表情を和らげた。

「……貴女がそれでいいなら、手出しはしませんわ。でも、これだけは覚えておいてくださいな」

 スアイは立ち上がると、足元にあった太い薪を手に取り、タローマン製の斧を軽く構えた。

「理不尽な過去や、腹の立つ思い出。もし心の中にどうしようもない鬱憤が溜まった時は、いつでも私に言いなさい。私がこの斧で、貴女の悩みごと綺麗に両断してさしあげますわ」

 スパーンッ!!

 心地よい破砕音と共に、分厚い薪が寸分の狂いもなく真っ二つに割れ、左右に飛んでいった。

 そのあまりにも鮮やかで、そして優しさに満ちた物理的な励ましに、織姫は目を丸くし……やがて、お腹を抱えて吹き出した。

「ふふっ、あはははっ! さすがは元魔将軍、頼もしすぎます!」

「当然ですわ。私たちは、このポポロ村を共に開拓する『マブダチ』なのですから」

 笑い合う二人の声が、静かな裏山の森に響き渡る。

 織姫の胸の中にあった、かすかな過去の澱みは、スアイのその一言で完全に浄化されていた。

 自分には今、こうして理不尽を笑い飛ばし、一緒に汗を流してくれる親友がいる。それがどれほど尊く、ありがたいことか。

「さあ、休憩はおしまいですわ! 今日中にサウナの屋根まで組み上げてしまいますわよ!」

「はいっ! 私もインパクトドライバー、使わせてください!」

 再びチェーンソーと電動工具の音が、村の裏山に高らかに響き始めた。

(……このサウナが完成したら、一番風呂……じゃなくて一番サウナは、週末に来るあの人に譲ってあげようかな)

 帝都で今頃、冷たい顔をして書類の山と格闘しているであろう「氷の宰相」の姿を思い浮かべながら。

 織姫は、木材の香りが漂うサウナの骨組みの中で、満面の笑みでネジを打ち込み続けたのだった。

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