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第二章 ポポロ村の暴走兎と氷の宰相の甘い休日

新村長は回し蹴りと共にやってくる ~物理で語り合う元魔将軍と暴走兎を、絶品人参クッキーで餌付けしました~

 ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国。

 三つの大国の国境が交わる緩衝地帯に位置するこの『ポポロ村』は、良く言えばのどか、悪く言えば世界の吹き溜まりである。

 前村長(72歳)が、ゲートボール大会で知り合ったアバロン魔皇国の未亡人と駆け落ちラビリンス(夜逃げ)をキメてから数週間。

 帝都から左遷されてきた元・限界社畜の地方公務員、天原織姫あまはらおりひめは、出張所の窓辺で優雅にポポロ・コーヒーを啜っていた。

「……空気が美味しい。満員列車のスメルハザードもない。最高ですね」

 手元の魔導公文書には、たった今、最後の決裁印を押し終えたところだ。

 帝都の中央市役所では、無能な元婚約者(上司)の尻拭いのために深夜のファミレスでサービス残業をするのが日常だった。それに比べれば、ポポロ村での事務仕事など、ピクニック前の準備運動にも等しい。

 平和だ。実にスローライフである。

 そんなふうに織姫が目を細めた、まさにその時だった。

『ゴォォォンッ!!』

 突如、出張所の外から寺院の鐘を力いっぱい打ち鳴らしたような、凄まじい破砕音が響き渡った。

 窓の外を見ると、ルナミス軍の重武装した駐留兵が、まるで風に舞う木の葉のように宙を飛び、ポポロ村の広場を転がっていくではないか。

「な、なんだぁ!?」

「敵襲か!?」

 騒然とする広場の中央に、土煙を払って着地した一つの影があった。

 頭にはピンと立ったウサギの耳。動きやすい現代風のオーバーオールに身を包み、足元には鈍い光を放つタローマン製の特注安全靴スチールトゥを履いた、小柄だが引き締まった体つきの美少女である。

「たるんでいます!!」

 少女は、気絶した兵士を指差して凛とした声を張り上げた。

「昼間から酒盛りなどと言語道断! このポポロ村の規律と平和は、第4代村長であるこのキャルル・ムーンハートが、身を挺して守り抜きます! 不届き者には、私の『月影流・鐘打ち』で文字通り性根を叩き直して差し上げますわ!!」

 ビシィッ! とポーズを決める新村長、キャルル。

 その可愛らしい容姿とは裏腹に、放たれる闘気は尋常ではない。周囲の空気がビリビリと震えている。

(なるほど。冒険者ギルドから派遣されてきた新しい村長さんですね。それにしても……)

 織姫は小さくため息をついた。

 私が今朝、箒で綺麗に掃き清めたばかりの広場が、彼女の着地の衝撃でクレーターのように凹んでいる。

 さらに言えば、酒盛りをしていた兵士たちが悪いとはいえ、いきなり回し蹴りで顎を砕くのはやりすぎである。

『ピコンッ』

【村の広場を清掃した善行が評価されました。神界からのボーナスポイント+5,000pt】

 脳内に響くシステム音。私のユニークスキル『善行通販型ネット通販』に、天界のゴッドチューブ視聴者(おそらく女神ルチアナ様あたり)から投げ銭が入ったようだ。

「……さて。ポイントも入ったことですし、サクッと解決しましょうか」

 織姫が出張所のドアを開けようとした瞬間、広場に鼓膜を震わせる爆音が響いた。

『ギュイィィィィンッ!!』

「あらあら。随分と威勢のいいウサギさんが迷い込んだものですわね」

 現れたのは、ポポロ村にすっかり定着した元・アバロン魔皇国の氷魔将軍、スアイだった。

 永遠の17歳を自称する絶世の美女は、タローマンで買ったガテン系の作業着をオシャレに着こなし、両手には凶悪な『魔導チェーンソー(木材カット用)』を構えている。

「ちょうど今、サウナ用の丸太を切り出そうと思っていたところですの。あなたのお耳、少し長すぎるようですし……綺麗にトリミングして差し上げましょうか?」

「なっ……! 魔族!? なぜ魔皇国の将軍クラスがこんな辺境に!」

 キャルルが両手にミスリル製のダブルトンファーを構え、迎撃態勢に入る。

 安全靴の奥で、内蔵された雷竜石がバチバチと紫電を放ち始めた。

「上等です! まずは貴女から、私が治療(物理)して差し上げます!」

「ふふっ、やってみなさいな。このチェーンソーの刃の錆にしてさしあげますわ!」

 暴走兎と元魔将軍が、今まさに衝突しようとした――その刹那。

「お二人とも、ストップです」

 スッと二人の間に割り込んだ織姫は、凄まじい殺気の交差を全く意に介さず、キャルルの口元に「あるモノ」を素早く押し込んだ。

「むぐっ!?」

 それは、織姫がたった今『善行通販』のポイントで取り寄せた、地球の高級洋菓子店特製・『ハニーキャロット・バタークッキー』であった。

 無農薬の甘い人参をたっぷりと練り込み、最高級のバターでサクッと焼き上げた、至高の逸品。

 キャルルの口の中で、ホロリとクッキーが崩れる。

 瞬間、彼女の脳内に雷竜石以上の衝撃が走った。

「…………ぁ、あ、あまぁぁぁぁい……っ♡」

 カラン、と手からダブルトンファーが滑り落ちる。

 キャルルのピンと立っていたウサギ耳が、まるでヘリコプターのプロペラのようにパタパタと高速回転を始めた。闘気は完全に霧散し、その顔は蕩けるような笑顔に変わっている。

「な、なんですかこれぇ……っ! 噛むほどに広がる人参の優しい甘みと、濃厚なバターの香り……! 私の、私の心臓が幸せでトクンって鳴りましたぁ……っ!」

「長旅、お疲れ様ですキャルル村長。まだたくさんありますから、出張所でお茶にしましょうか」

「はいぃっ! 織姫お姉様ぁ!」

 クッキー一枚で完全に懐柔され、織姫の背中にくっついていくキャルル。

 その様子を見て、スアイはチェーンソーのスイッチを切りながら、呆れたように肩をすくめた。

「相変わらず、織姫の『餌付け』は最強の魔法ですわね。……せっかくの運動の機会でしたのに。まあいいですわ、私もそのクッキー、一枚いただきに上がります」

 こうして、ポポロ村の新たな嵐は、一杯のコーヒーと甘いクッキーによって、ひとまずの平穏へと軟着陸したのだった。

     * * *

 その日の深夜。

 出張所の自室で、織姫が今日一日の報告書(という名の日記)を整理していると、机の上に置かれた『魔導通信石』が淡い光を放ち始めた。

『……夜分にすまない。起きているか、織姫』

 石から響いてきたのは、酷く低く、どこか疲労の滲む冷徹な美声。

 ルナミス帝国の内務大臣にして「氷の宰相」の異名を持つ、ユリウス・フォン・グランツ公爵その人である。

「はい、ユリウス様。お疲れ様です。こんな時間までお仕事ですか?」

『あぁ。貴族院の老害どもが提出した、矛盾だらけの予算案をすべて差し戻していたところだ。……君が帝都にいた頃なら、こんな書類、君が徹夜で完璧に修正してくれていたのだろうな』

 自嘲気味に笑うユリウスに、織姫は苦笑する。

 彼が織姫の「元婚約者の手柄」とされていた完璧な書類仕事の真の作成者を見抜き、無能な元婚約者を即座に左遷したのは記憶に新しい。

『それより、君の村に冒険者ギルドから厄介な者が派遣されたと聞いた。レオンハートの元近衛騎士……かなりの武闘派らしいが、君に危害は加えられていないか?』

「ふふっ、ご心配なく。とても可愛らしいウサギさんでしたよ。スアイさんと少しぶつかりそうになりましたけど、人参クッキーで仲良くなれました」

 織姫が今日のドタバタ劇を淡々と、しかし楽しげに報告する。

 通信石の向こう側で、ユリウスが小さく息を吐く音が聞こえた。

(……ああ。整った)

 帝都の冷たい執務室。山積みの書類に囲まれたユリウスは、額に手を当てながら、氷の仮面の下で深く、深く安堵の息を漏らしていた。

(彼女の淀みない状況報告。事実だけを的確に伝える論理的な言葉選び。そして何より、あの温かく柔らかい声……。すり減った私の精神が、まるで極上のサウナ上がりのように浄化されていくのがわかる。ポポロ村の空気が、彼女の心を癒やしているのだな。素晴らしいことだ)

 心の中では限界を超えた熱烈な食レポならぬ「癒やしレポ」を展開しているユリウスだったが、声に出す時はあくまで冷静な宰相のトーンを崩さない。

『そうか。君が上手くやっているのなら、私が口を挟むことではないな。……だが、何かあればすぐに言え。帝国の宰相権限で、いつでも君を守る手はずは整えてある』

「ありがとうございます、ユリウス様。でも、今は村の皆さんが助けてくれますから」

 織姫が素直に感謝を伝えると、ユリウスは少しだけ沈黙し、やがて普段よりも一段低い、甘さを帯びた声で囁いた。

『……今週末、視察という名目でポポロ村へ行く。君が淹れてくれるポポロ・コーヒーが恋しくてね。帝都の最高級の茶菓子を持参しよう』

「本当ですか? ふふっ、お待ちしていますね。スアイさんも、サウナの準備をして待っていると思いますよ」

『……あぁ。楽しみにしている』

 通信石の光が静かに消える。

 週末の楽しみが一つ増えたことに、織姫は自然と口角が上がるのを感じた。

 限界社畜としてすり減っていた帝都での日々は、もう遠い過去だ。

 暴走するヤンデレ兎の村長、DIYに精を出す元魔将軍、そして週末だけ冷徹な仮面を脱ぎ捨てて会いに来てくれる、不器用で優しい宰相様。

「さて、明日もポポロ村の平穏のために、お仕事頑張りますか」

 織姫は小さく伸びをして、星空の見える窓辺で穏やかに微笑んだのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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