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EP 15

私の選んだ居場所と、過保護な宰相様からの甘すぎる告白

 騒動が去り、カーライルと私兵たちが憲兵の馬車で連行されていった後のポポロ村には、どこまでも穏やかな夕暮れが訪れていた。

 村人たちは口々に「今日は宴だ!」と笑い合い、それぞれの家へ準備に戻っていった。

「――さぁ、私たちも祝杯をあげますわよ!」

 出張所の庭では、スアイが【善行通販】で取り寄せた地球のバーベキューコンロと、タローマン製の強力バーナーを使って、豪快に火を起こしていた。

 網の上では、ポポロ村の新鮮な野菜と、私がポイントで奮発した『地球の最高級・特選黒毛和牛』が、ジュージューと暴力的なまでに食欲をそそる音と香りを立てている。

「お肉が焼けるまで、少し時間がかかりますわ。お二人は、あちらで少し涼んできたらどうです?」

 スアイはトングをカチカチと鳴らしながら、私とユリウス様に向かってウインクを飛ばした。完全に気を利かせてくれている。

「あ、ありがとう、スアイ。お言葉に甘えよう」

 ユリウス様は苦笑しつつ頷き、私を振り返った。

「織姫。少し、川沿いを歩かないか?」

「はい」

 私たちは出張所の庭を抜け、夕日に照らされて黄金色に輝くポポロ川のほとりへと歩き出した。

 先日の夜に、私とスアイ、そしてユリウス様とで見守りながら架けた頑丈な新しい橋が、夕焼けの中に真っ直ぐなシルエットを描いている。

 川のせせらぎと、秋の虫の鳴き声だけが聞こえる静かな空間。

 横を歩くユリウス様は、先ほどの『氷の宰相』としての威圧感をすっかり解き、元の限界過労男子……いや、穏やかで優しい、私の大好きな人の顔に戻っていた。

「……今日は、本当にありがとうございました。ユリウス様が来てくださらなかったら、あのまま力ずくで特産品のレシピを奪われていたかもしれません」

 私が改めて頭を下げると、ユリウス様は立ち止まり、首を横に振った。

「いや。私が到着した時には、すでにスアイ殿が物理的に制圧を完了していたからね。私が出しゃばる幕などなかったかもしれない」

「ふふっ、確かに。スアイの丸太スイング、すごかったですよね」

 二人でくすくすと笑い合う。

 だが、ユリウス様はすぐに真剣な眼差しになり、私を真っ直ぐに見つめた。

「織姫。私は今日、あの広場で君の凛とした姿を見て、確信したよ」

「え……?」

「君のあの、客観的なデータと事実だけで相手の不正を暴き、完璧に論破する聡明さ。そして、何より村の人々を思いやるその温かい心。……やはり、君は帝国の宝だ」

 ユリウス様は一歩、私に近づいた。

 夕風に揺れる彼の銀糸のような髪が、夕日を受けてキラキラと光っている。

「織姫。私の直属の側近として……いや、公私にわたる私のパートナーとして、共に帝都へ来てはくれないだろうか」

 それは、帝国トップの宰相からの、これ以上ないほど破格のスカウトだった。

 そして、『公私にわたるパートナー』という言葉の意味に、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。

 帝都に戻れば、もう誰も私を不当に扱うことはない。ユリウス様が全てから守り、正当に評価してくれるだろう。華やかな暮らしも、約束された未来も手に入る。

 ――だけど。

 私は、目の前で流れるポポロ川と、向こうに見える村の景色を見つめた。

 泥だらけになって架けた橋。スアイと一緒に笑い合いながら建てたテントサウナ。村のおばちゃんたちが「美味しい」と笑ってくれたティラミス。

 私が自分の足で立ち、自分の力で誰かを笑顔にできる場所は、息の詰まるような帝都の執務室ではなく、土の匂いがするこの場所なのだ。

「……ユリウス様。私をそこまで評価してくださって、本当に嬉しいです。胸がいっぱいです」

 私は、彼の真っ直ぐな瞳から逃げずに、しっかりと見つめ返した。

「でも、ごめんなさい。私は帝都には戻りません。私の居場所は……スアイや皆がいる、このポポロ村なんです。私はここで、自分の手で作ったご飯を食べて、困っている人のために汗を流す、この『スローライフ』が大好きになってしまったんです」

 その答えを聞いて、ユリウス様が怒ることはないだろうとわかっていた。

 それでも、彼のスカウトを、そして彼の想いごと拒絶してしまったのではないかと、少しだけ不安で胸が締め付けられた。

 だが、ユリウス様は。

 少しだけ目を丸くした後――ふっと、春の雪解けのように優しく、甘い笑みをこぼしたのだ。

「……そうか。君なら、そう言うと思っていたよ」

「ユリウス様……?」

「あの傲慢な男に利用され尽くしても、君は決して自分を見失わず、己の力でこの村に楽園を築き上げた。そんな君が、帝都の堅苦しい城に戻るわけがないと、心のどこかでわかっていたんだ」

 ユリウス様は、大きな手でそっと私の頬を包み込んだ。

 彼の指先から、ひどく温かい熱が伝わってくる。

「ならば仕方ない。君が帝都に来ないというのなら、私がこの村へ通い続けよう」

「えっ……ま、毎週末、ですか? でも、それじゃあ閣下のお体が……」

「何を言う。君の作る美味しいご飯と、あの魔導サウナ、そして何より……君の笑顔がなければ、私は遠からず激務で過労死してしまう。君が私の『胃袋』を完全に掴んで離さないから、こうなってしまったんだ。責任は取ってもらうぞ?」

「そ、そんな、責任だなんて……っ!」

 意地悪に微笑むユリウス様に、私は顔を真っ赤にしてパニックになる。

 すると、彼は私の頬を包んでいた手をスッと滑らせ、私の後頭部に回し、ゆっくりと、けれど逃げられない強さで、私を自分の胸元へと引き寄せた。

「っ……!」

 ふわりと、白樺のアロマと、彼特有の清潔な香りが鼻腔をくすぐる。

 耳元で、彼の低く甘い声が鼓膜を震わせた。

「織姫。私は、君を愛している」

 時が、止まったかと思った。

 ドッドッドッ、と、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。

「……っ」

「初めて君の手料理を食べた時から。いや……君が残した、あの几帳面で温かい付箋を見た時から、ずっと君に惹かれていたのかもしれない。君の全てが、私にとっての救いだ」

 ユリウス様は私を抱きしめたまま、そっと私の額に、温かい唇を落とした。

 ちゅっ、という小さな音が響き、私の全身の血液が沸騰したように一気に顔へと集まっていく。

「ゆ、ユリウス様っ……私、あの、そのっ……!」

「返事は今すぐでなくてもいい。だが、覚悟しておいてくれ。帝国宰相の交渉術と忍耐力は、並大抵のものではないからね。君が首を縦に振るまで、一生かけて口説き落とすつもりだ」

「い、一生って……!」

 限界過労男子の氷の宰相様が、ついにその過保護と溺愛のストッパーを完全に外してしまった。

 腕の中にすっぽりと収められたまま、私はもう、恥ずかしさで彼の胸元に顔を埋めることしかできなかった。

『ピコン! ピコン! ピピピピピピピピポーン!!!』

『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:

「ギャァァァァァァァァ!! やったぁぁぁ! 告白キタァァァ!! おめでとう織姫! スパチャ限界突破!!」』

『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:

「尊い……美しき愛の成就に、涙が止まりません。お二人の結婚資金として、私の給料ポイントを全額投げ銭します……!!」』

『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:

「チッ、甘ったるすぎて虫歯になりそうだぜ。だが……まぁ、悪くねぇエンドだ。PVも歴代最高だしな」』

 脳内のゴッドチューブでは、神様たちが祝砲のようにお祭り騒ぎを繰り広げている。

 そして、遠くの庭からは。

「――おーい! 宰相閣下! 織姫ー! お肉が極上のミディアムレアに焼けましたわよー! 世俗のイチャイチャは後にして、冷めないうちに戻ってきなさーい!」

 スアイの、底抜けに明るい声がポポロ川に響き渡った。

「……フッ。お邪魔虫の登場だな。行こうか、私の愛しい人」

「は、はいっ!」

 ユリウス様は私の手をしっかりと握り、私たちは肉の焼ける美味しそうな匂いが待つ出張所の庭へと歩き出した。

 手柄を奪われ、地味で華がないと蔑まれていた私。

 限界社畜として、誰かのためにすり減るだけだった私の人生は、もう完全に終わったのだ。

 これからは、このポポロ村の大自然の中で。大好きな親友と、私を心から愛してくれる最強の宰相様と共に。

 最高に美味しいご飯を食べて、私だけの幸せなスローライフを生きていく!

読んでいただきありがとうございます。

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