EP 14
泥棒の末路。私から全てを奪おうとした男への最後の言葉
魔導通信石のスクリーンがプツリと途切れ、広場には秋の風が吹き抜ける音だけが残された。
先ほどまでカーライルが誇示していた『帝都の重鎮たちとの繋がり』は、見事なまでに彼自身の手で断ち切られた。出世の道も、名誉も、市長の娘という強力な後ろ盾も、全てが水泡に帰したのだ。
「あ……あぁ……う、嘘だ……こんなこと……」
地面に這いつくばったカーライルは、泥にまみれた高級スーツの膝を震わせ、うわ言のように呟き続けていた。
彼の背後では、スアイによって簀巻きにされた私兵たちが「俺たちは命令されただけだ!」「助けてくれ!」と情けない声を上げている。圧倒的な武力を笠に着てポポロ村を蹂躙しようとした彼らの末路としては、あまりにも無様だった。
「……終わりましたね、カーライル様」
私が静かに見下ろしてそう告げると、カーライルはビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
涙と鼻水、そして恐怖の冷や汗でぐちゃぐちゃになった顔。かつて私に『君は地味で華がない』と冷酷に言い放ったエリートの面影は、もう微塵も残っていない。
彼は私の顔を見上げると、突然、すがるような――ひどく歪んだ、気味の悪い笑顔を浮かべた。
「お、織姫……! そうだ、織姫……っ!」
カーライルは這うようにして私に近づこうと手を伸ばした。
「悪かった! 俺が間違っていた! 先ほどの通信石での発言は、ほんの冗談だ! お前の実力を試すためのテストだったんだよ!」
「……テスト、ですか」
「そうだ! お前は素晴らしい才能を持っている! 俺の指導などなくても、お前は完璧な女性だ! なぁ、頼む……市長たちに言ってくれ! 『あれは全て嘘でした、やっぱりティラミスはカーライルの指導のおかげです』って! お前ならそれくらい簡単にできるだろう!?」
あまりの身勝手さに、私は眩暈すら覚えた。
自分が破滅の淵に立たされてなお、彼は私を利用して保身を図ろうとしているのだ。私がこれまでどれだけ彼のために身をすり減らしてきたかなど、一ミリも理解していない。
「嫌です。なぜ私が、あなたのために嘘をつかなければならないんですか」
「お、俺たち、婚約者だったじゃないか! お前はずっと俺を愛してくれていただろう!? 毎日ファミレスで徹夜して、俺のために尽くしてくれたじゃないか! そうだ、もう一度婚約しよう! 正妻にしてやるから! だから、俺を見捨てないでくれ!」
正妻にしてやる。
その上から目線の言葉を聞いた瞬間、私の中で、かつて彼に向けていた僅かながらの情すらも完全に凍りつき、粉々に砕け散った。
「……私の『善行』は、もう二度とあなたには向けられません」
私は、足元にすがりつこうとする彼から一歩だけ距離を取り、絶対零度の視線で見下ろした。
「私はあなたを愛していたのではありません。婚約者であるあなたを支えることが、自分の存在意義だと『思い込まされて』いただけです。……でも、ポポロ村に来て、自分のため、目の前で本当に困っている人のために汗を流す喜びを知りました」
背後を振り返れば、村長さんや村の人たちが、力強く頷いてくれている。
そして、私の隣には、どんな時でも私を信じ、守り抜いてくれる最強の味方たちがいる。
「自分で努力もせず、他人のものを奪うことしかできないあなたに、私が差し伸べる救いの手はありません。……さようなら、カーライル様」
それが、私からの完全な決別宣言だった。
冷たく言い放たれた私の言葉に、カーライルは絶望に目を見開き、「あ、あぁ……ッ」と喉の奥からヒューヒューと情けない音を漏らした。
「そこまでだ、泥棒」
私の言葉が終わるのを待っていたかのように、ユリウス様が冷徹な声で宣告を下した。
「貴様の懲戒免職は先ほど市長の口から決定した。さらには公金横領の罪。貴様の全財産は没収され、国庫および被害者への返済に充てられる」
「ぜ、全財産没収……!?」
「ああ。だが、貴様が着服し、見栄を張るために浪費した額は、貴様のちっぽけな資産を全て売り払っても到底足りない」
ユリウス様が指を鳴らすと、村の入り口から、屈強な体格をした帝国憲兵たちと、全身黒ずくめの怪しげな男たちが数人、足早に歩み寄ってきた。
「彼らはシーラン国の借金取りだ」
「シ、シーラン国……!?」
「貴様の莫大な借金は、国が彼らに債権を譲渡する形で処理された。……安心しろ、働き口は用意されているぞ。マグローザ漁船だ」
マグローザ漁船。
その言葉を聞いた瞬間、カーライルのみならず、縛り上げられていた私兵たちまでもが「ヒッ」と短い悲鳴を上げた。
それは、海中国家シーラン国が運営する、巨大な魚型魔獣『マグローザ』を狩るための過酷な遠洋漁船だ。一度乗れば借金を完済するまで数年は陸に戻れず、船内では独自の通貨しか使えないという、まさに生きた地獄のような労働環境である。
「や、やめろ……ッ! 俺はエリートだぞ! あんな野蛮な船で、魚の解体なんてできるわけがない! 俺の手は、ペンを握るための高貴な手なんだ!!」
「ならば、その高貴な手で必死に網を引くことだな。他人の手柄を盗むことしかしてこなかった貴様には、命がけの肉体労働で己の無力さを骨の髄まで思い知るのがお似合いだ」
ユリウス様が氷のような宣告を下すと、黒ずくめの男たちがカーライルの両腕を乱暴に掴み、拘束具をはめた。
「離せッ! 俺に触るな! 織姫! 織姫ぇぇぇッ!! お前がいなきゃダメなんだ! 助けてくれぇぇぇぇッ!!」
髪を振り乱し、鼻水を垂らして絶叫しながら、カーライルは無様に地面を引きずられていく。
かつて私を『地味で無能』と切り捨てた男は、今や誰からも見向きもされず、絶望の淵へとドナドナされていった。
私はその背中を、何の感情も湧かない静かな目で見送った。
『ピコン! ピコン! ピピピピピピピピポーン!!!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「っしゃああああああ!! 完全決着!! マグローザ漁船行きとか最高の末路じゃんwww」』
『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:
「クソ上司の断末魔、最高のBGMだったぜ。これで少しは胸のすく思いがしたか?」』
『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:
「これにて、不正は完全に浄化されました! 織姫さん、これからはあなた自身の幸せのために生きてくださいね!(スパチャ:2,000,000 Pt)」』
脳内で神々が惜しみない拍手と莫大な投げ銭を送り、ゴッドチューブの配信枠はお祭り騒ぎのピークに達していた。
「……終わったな」
ユリウス様が、張り詰めていた威圧感をふっと解き、静かに私の隣に立った。
「ふぅ、全く。世俗のゴミ掃除は骨が折れますわね。あの私兵どもも、憲兵に引き渡してよろしいのかしら?」
スアイが斧を肩に担ぎ直し、ケロッとした顔で尋ねてくる。
「ああ。市長の私兵とはいえ、許可なく地方に侵攻した罪は重い。まとめて憲兵の馬車に放り込んでおいてくれ」
「承知しましたわ! さぁ、芋虫ども。タローマンの結束バンドの強度は堪能できましたか?」
スアイの容赦ない物理的対応に、広場に集まっていた村人たちから「おおぉ……」と安堵と感嘆のどよめきが漏れた。
「織姫先生! やりましたな!」
「あんな泥棒、最初から先生の足元にも及ばねぇヤツだったんだ!」
村長さんたちが、満面の笑みで私に駆け寄ってくる。
その真っ直ぐな笑顔を見て、私の肩からスッと力が抜けた。
「……はい。これで、ポポロ村のティラミスも、皆さんの暮らしも、誰にも奪われることはありません」
長かった。
他人の顔色を窺い、自分の価値を信じられなかった限界社畜の私が、ようやく、本当の意味で自由になれた瞬間だった。
秋の高く澄んだ青空を見上げながら、私は胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
「織姫」
ユリウス様が、ふわりと温かい声で私の名前を呼んだ。
振り返ると、そこには帝国の宰相としてではなく、ただの一人の男性としての、不器用で、けれど信じられないほど甘い眼差しがあった。
全ての障害は排除された。
あとは、私と彼の間にある、この温かくも不器用な関係の答えを出すだけだ。
読んでいただきありがとうございます。
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