EP 12
最強の味方たち。元魔将軍のDIY無双と、氷の宰相の宣戦布告
「……私の大切な婚約者(仮)に、気安く触れるな」
広場に響き渡ったその低く冷酷な声に、その場にいた全員の動きがピタリと止まった。
漆黒の魔導車から降り立ったのは、ルナミス帝国トップの権力者、宰相ユリウス・フォン・グランツ。
普段の週末に見せるようなラフな私服ではない。仕立ての良い漆黒の軍服風スーツを身に纏い、肩には豪奢なマントを羽織っている。その全身から放たれる『氷の宰相』としての威圧感と絶対的な魔力は、空気を物理的に重く錯覚させるほどだった。
「さ、宰相……閣下……!?」
カーライルが、信じられないものを見るように目を剥いた。
「な、なぜ……なぜ、帝国最高の権力者であるあなたが、このような辺境の掃き溜めに……ッ!?」
「掃き溜めだと?」
ユリウスは極寒の吹雪のような眼光でカーライルを射抜いた。
「ここは私の命を救い、心身を癒やしてくれるこの世で最も尊い場所だ。……そして何より、私の愛する女性の居場所だ。貴様のような底意地の悪い泥棒が、土足で踏み入っていい場所ではない」
ユリウスはカーライルを一瞥しただけで興味を失ったように視線を外し、一直線に私のもとへと歩み寄ってきた。
「ユ、ユリウス様……どうして。お仕事は」
「君がピンチの時に駆けつけない男が、どこにいる。怪我はないか、織姫。怖かっただろう」
ユリウスは私の頬をそっと両手で包み込み、まるで壊れ物を扱うかのように優しく見つめてきた。先ほどまでの氷のような冷酷さが嘘のように、その瞳には甘く過保護な熱がこもっている。
広場のど真ん中、しかも私兵たちに取り囲まれているというのに、彼だけは全く別の世界にいるようだった。
「だ、大丈夫です。スアイが守ってくれましたから」
「そうか。……本当に、無事でよかった」
『ピコン! ピコン! ピピピピピピピピ!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「ギャァァァァ! 登場からの溺愛ムーブ最高かよ!! 婚約者(仮)宣言キタコレ!!」』
『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:
「職権乱用? いいえ、これは愛のための正当なる武力介入です!(スパチャ:500,000 Pt)」』
『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:
「クソ上司の顔面蒼白っぷりが笑えるぜ。もっとやれ」』
ゴッドチューブのコメント欄が光の速さで流れていく中、完全に状況を理解できずパニックに陥ったカーライルが、ヒステリックな声を上げた。
「ば、馬鹿な! 宰相閣下が、なぜそんな地味で無能な女を庇うのです! そいつは、俺の指導を盗んで市の利権を横領した罪人ですよ!? おい、お前たち! 何をしている、さっさとその女を捕らえろ!!」
カーライルが私兵たちに怒鳴りつける。
ユリウスの威圧感に気圧されていた私兵たちだったが、雇い主の命令に逆らうわけにもいかず、一斉に武器を構えて飛びかかってこようとした。
「……させませんわよ」
だが、彼らの前に立ち塞がったのは、タローマン製の巨大な鎖と片手斧を構えた元氷魔将軍、スアイだった。
「世俗の権力に群がる羽虫ども。私のマブダチの庭を荒らすというのなら、ポポロ村の景観保護のため、徹底的に剪定して差し上げますわ!」
スアイは片手斧を地面に突き立てると、足元に転がっていた『防護バリケード用の巨大な丸太』を、片手で軽々と持ち上げた。
「なっ……!?」
「丸太ァ!?」
私兵たちの悲鳴が上がる。大の大人三人がかりでようやく持ち上がるサイズの丸太を、スアイはまるで野球のバットのようにブンッと軽快に振り回した。
「まずは、整地ですわ!」
ズドォォォォンッ!!
スアイが丸太を横薙ぎに一閃すると、凄まじい風圧と物理的な破壊力が私兵たちを襲った。重武装の鎧ごと、数十人の男たちがボウリングのピンのように宙を舞い、広場の端へと吹き飛ばされていく。
「ひぃぃっ!?」
「う、撃て! 魔法を放て!!」
体勢を立て直した数人の私兵が、クロスボウや魔導銃を構えようとする。
しかし、スアイの行動はそれよりも遥かに早かった。彼女はタローマン製の太い鎖を鞭のように振るい、私兵たちの足首や手首に次々と巻きつけていく。
「寸法が狂っておりますわよ。……『結束』!」
ギリリリッ! と鎖が締め上げられ、私兵たちは次々と地面に縛り付けられていく。仕上げとばかりに、スアイはタローマンで買ってきた『工事用の極太結束バンド』を取り出し、私兵たちを簀巻き(すまき)にして無力化してしまった。
時間にして、わずか数分。
数十人の重武装の私兵部隊が、たった一人のDIYキャンパー女子の手によって、一人残らず床に転がる芋虫へと変えられてしまったのだ。
「ふぅ。少々乱暴な『解体』になってしまいましたが、ゴミの分別は完了しましたわ」
スアイは前髪をかき上げながら、優雅に微笑んだ。
「ば、化け物……」
カーライルは腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。
彼が頼みの綱としていた武力は、文字通り一瞬にして粉砕された。残されたのは、圧倒的な力を持つ宰相と元魔将軍、そして、かつて彼が「無能」と見下していた私だけだ。
「さ、宰相閣下……! これは誤解です! 私はただ、市の財産を守ろうと……っ!」
カーライルは這いつくばるようにしてユリウスにすがりつこうとした。
だが、ユリウスはその汚らわしいものを見るような氷の視線で、彼を一蹴した。
「言い訳は不要だ、カーライル。……貴様が個人的な怨恨と承認欲求のために、市長の私兵を無断で動かし、一介の村を襲撃しようとした事実は、すでに全て記録されている」
ユリウスは、カーライルが持参した巨大な『魔導通信石』を顎で指した。
「貴様は自分で、この蛮行を帝都の重鎮たちに生中継していたんだったな。……素晴らしい。わざわざ証拠を隠滅できない状況を作ってくれるとは。無能の極みだな」
「あ……」
カーライルはハッとして通信石のスクリーンを見上げた。
そこには、帝都の大会議室にいる市長や大臣たちの姿が映っている。彼らの顔は一様に蒼白になり、中には頭を抱えたり、カーライルに対して激しい怒りの表情を浮かべている者もいた。
『カーライル君! 君は市の私兵を無断で持ち出し、あまつさえ宰相閣下にまで刃を向けるつもりだったのかね!?』
通信石の向こうから、市長の怒鳴り声が響いた。
『私の娘の婚約者だということで目をかけていたが……これほどの愚か者だとは! 市は一切関与していない! 全ては彼個人の暴走だ!』
見事なトカゲの尻尾切りだった。
カーライルは絶望に顔を歪め、「ち、違います、お義父様! これは……っ!」と叫ぶが、スクリーンは無情にも冷たい沈黙を返すだけだった。
「さて、カーライル」
ユリウスが、静かに一歩を踏み出した。
「貴様は先ほど、天原織姫の功績を『自分の指導の賜物』であり、彼女が市の利権を横領していると公言したな」
「は、はい! その通りです! その女は私がいなければ何もできない、ただの――」
「ならば、証明してみせろ」
ユリウスの鋭い声が、広場の空気を切り裂いた。
「今ここには、帝都の重鎮たちが全て揃っている。貴様が本当に彼女を『指導』し、あの完璧な企画書や特産品を生み出したというのなら、今この場で、その実務能力と知識を披露してもらおうではないか」
ユリウスは振り返り、私に向かって頷いた。
それは、「君の力で、この男を終わらせてやれ」という絶対的な信頼の合図だった。
「……はい」
私は、出張所の中から持ち出してきた分厚い資料のファイル――カーライルが過去に提出した企画書の原本と、今回私が作成したティラミスの製造データ――を両手に抱え、彼のもとへと歩み寄った。
もう、怯えることはない。
私には、私を守ってくれる最強の味方がいる。私自身の努力を、正当に評価してくれる人たちがいる。
泥棒に奪われ続けた過去を清算し、私の本当の人生を取り戻すための、最後の戦いが始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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