EP 11
因縁の再会と、見当違いの傲慢な生配信
ギィィ……と、古びた出張所の木扉を開ける。
秋の冷たい風が吹き込む中、私は静かに、けれど迷いのない足取りで外へと踏み出した。
「おやおや。逃げ出さずに姿を現したか、天原織姫」
広場の中央に陣取っていたカーライルが、私を見るなりニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
彼の背後には、重武装をした数十人の私兵がズラリと並んでいる。のどかなポポロ村には似つかわしくない、暴力と威圧の象徴だ。村人たちが不安そうに私の背後に集まってくる。
「……久しぶりですね、カーライル様」
「ああ、全くだ。だが……」
カーライルは私の姿を上から下まで値踏みするように舐め回し、一瞬だけ驚いたように目を丸くした。
無理もないだろう。彼が知っている私は、連日の徹夜で目の下にクマを作り、髪もボサボサで、安物のシワだらけのスーツを着た『地味で華のない女』だったはずだからだ。
だが今の私は、毎日の美味しいご飯とふかふかのベッドのおかげで肌はツヤツヤになり、ユリウス様から贈られた美しい純白の高級魔導コートを身に纏っている。自分でも、あの頃とは別人のように健康的になっている自覚があった。
「ふん。辺境に左遷されたというのに、随分と良い身分じゃないか。その高級そうなコート……村の助成金でも横領して買ったのか? 相変わらず浅ましい女だ」
カーライルは鼻で笑い、勝手な見当違いの難癖をつけてきた。
(……この人、本当に何も変わっていない)
彼と対峙して、私の心は驚くほど冷静だった。
かつては、彼の怒った声を聞くだけで胃が痛くなり、顔色を窺ってばかりいたのに。今の私の目に映るカーライルは、他人の努力を搾取しなければ自分の足で立つことすらできない、ひどく哀れで滑稽な男にしか見えなかった。
「今日ここへ来た目的は、既に命令書でお伝えした通りですね。ですが、私の答えは――」
「おいおい、待て待て。主役の登場はこれからだ」
私が拒絶の言葉を口にする前に、カーライルは私の言葉を遮り、傍に置かせていた巨大な『魔導通信石』を起動した。
ブォンッ! という音と共に、空中に巨大な半透明のスクリーンが投影される。
そこに映し出されたのは、帝都・中央市役所の大会議室だった。リリアーナの父親である市長や、市の重役たちが、怪訝な顔でこちらの映像を見つめている。
「皆様、映像は繋がっておりますでしょうか?」
カーライルは通信石に向かって、これ見よがしに恭しい態度をとった。
『ああ、カーライル君。見えているよ。……して、一体何事かね? 君が直々に地方へ赴き、我々に通信を繋ぐなど』
「はい、市長。お恥ずかしながら、私がかつて見限り、左遷した無能な元部下……天原織姫が、ポポロ村で不当に利権を独占しているという情報を得まして。私が直々に糾弾し、市の財産を取り戻す『指導』の様子を、皆様にもご覧いただこうと思った次第です」
『ほう……』
カーライルは芝居がかった手振りで、私を指差した。
「見なさい、あの女を! あいつは俺の指導の下で学んだノウハウを盗み、あろうことか『ハニーかぼちゃとポポロ・コーヒーのティラミス』などという特産品を勝手に開発し、個人の利益にしようと企んでいるのです! これは明確な反逆であり、横領だ!」
広場がざわついた。
私兵たちは冷ややかな目で私を見下ろし、通信石の向こう側の役人たちも「なんという卑劣な女だ」と顔を顰めている。
全てはカーライルの描いたシナリオ通り。私を悪者に仕立て上げ、公開処刑にすることで、自分の実務能力と管理能力を帝都にアピールするつもりなのだ。
だが、私にはもう、逃げる理由も怯える理由もなかった。
「……横領、ですか」
私は静かに一歩前に出た。
「そのティラミスは、ポポロ村の皆さんが丹精込めて育てた素材を使い、私たちが一から試行錯誤して作り上げたものです。カーライル様、あなたの指導など一切受けていませんし、そもそもあなたは『ポポロ・コーヒー』の味すら知らないはずです」
「黙れ! お前のような無能な女に、そんな画期的な商品が作れるわけがないだろう! 全ては俺が過去に教えたマーケティング理論の賜物だ!」
カーライルは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「いいか、織姫。これが最後の温情だ」
カーライルは顎をしゃくり、傲慢に言い放つ。
「今すぐその特産品の全権利と、製造のレシピを俺に渡せ。そして、帝都に戻って俺の執務室で書類仕事を再開しろ。そうすれば、今回の横領は不問に付してやる。……リリアーナが最近うるさくてな。お前が大人しく俺に従うというのなら、特別に『愛人』として囲ってやってもいいぞ?」
――最低だ。
怒りを通り越して、私は呆れ果ててしまった。
この男は、私の尊厳も、村の人たちの思いも、全て自分の承認欲求と出世のための道具としか思っていないのだ。
「お断りします」
私の短く、はっきりとした声が広場に響いた。
通信石の向こうの市長たちが目を見開く。
「な、なんだと……?」
「もう一度言います。お断りします。私はあなたの所有物ではありませんし、この村の特産品を泥棒に渡すつもりは一切ありません。帝都にも戻りません」
「き、貴様ぁ……ッ!」
思い通りに私が怯え、跪くと思っていたカーライルは、予想外の抵抗に完全に激昂した。
『ピコン!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「クズすぎるだろこの男!! 公開生配信で愛人要求とか、自ら社会的な死を早めてることに気づいてないのかww」』
『神界リスナー【炎上神W】からのメッセージ:
「いいねぇ、ヘイトが最高潮に達してる。ここからのざまぁは最高にPVが稼げるぜ」』
脳内で神々が熱狂する中、カーライルはギラギラと血走った目で私を睨みつけた。
「ふざけるな……! 俺がどれだけお前を育ててやったと思っている! 俺がいなければ、お前はただのゴミ同然の女だというのに!」
「ゴミだったのは、あなたの方です」
「あ……?」
「他人の手柄を横取りし、自分で書類一枚まとめることもできない。……あなたは、私という便利な道具がいなければ、自分の足で立つことすらできないだけの、哀れな人です」
「――ッ!! 殺せ!! いや、生け捕りにしろ!!」
図星を突かれたカーライルは、狂ったように私兵たちに向かって叫んだ。
「あの女を捕らえろ! 出張所を徹底的に探し回り、ティラミスのレシピと製造データ、そして金目のものを全て奪い尽くせ! 逆らう村人は容赦するな!!」
おおぉぉぉっ!!
私兵たちが一斉に武器を構え、凶悪な笑みを浮かべて私と村人たちに向かって踏み出そうとした。
――その、瞬間だった。
「あら。ゴミが随分とキャンキャン吠えていますわね」
出張所の屋根の上から、美しくも冷酷な声が降り注いだ。
ドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音と共に、広場の中央、カーライルと私兵たちの目の前の地面が爆発したように砕け散った。
「な、なんだぁッ!?」
土煙が晴れた後。そこに立っていたのは、身の丈ほどの巨大な片手斧を肩に担ぎ、タローマン製の太い鎖をジャラジャラと鳴らす、元氷魔将軍スアイだった。
彼女の周囲の地面は、一瞬にして『絶対零度』で凍りつき、私兵たちの足を床に縫い付けている。
「私のマブダチの庭を荒らす輩は、この私が完璧に『解体』して差し上げると言ったはずですのよ?」
スアイが好戦的な笑みを浮かべた直後。
村の入り口の方から、一台の漆黒の魔導車が猛スピードで滑り込んできた。
キキィィィッ! と鋭いブレーキ音を立てて停まった車から、ゆっくりと降りてきた人影。
その男が放つ、空間そのものを押し潰すような圧倒的な威圧感と『氷の闘気』に、カーライルはもちろん、通信石の向こう側にいる市長たちまでもが、息を呑んで硬直した。
「……私の大切な婚約者(仮)に、気安く触れるな」
冷酷無比な氷の宰相、ユリウス・フォン・グランツ。
彼の手には、カーライルを完全に社会から抹殺するための『決定的証拠』が握られていた。




