EP 10
嵐の前の静けさと、迎撃準備。そして愚か者の来訪
「――というわけで、数日中に私の元婚約者であるカーライル子爵が、この村の特産品の権利を奪いに来ると思います」
週が明け、快晴の青空が広がるポポロ村の広場。
私は集まった村人たちと村長さんを前に、事の顛末を正直に打ち明けた。
せっかく皆で作り上げた『ハニーかぼちゃとポポロ・コーヒーのティラミス』の権利。そして、私自身に突きつけられた帝都への帰還命令。
村に波風を立ててしまうことへの申し訳なさで、私は深く頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい。私があの人に目をつけられたせいで、村への助成金まで打ち切られるかもしれない。……でも、私は絶対に権利を渡したくありません。皆さんの努力の結晶を、あんな泥棒に奪わせるわけにはいかないんです」
沈黙が落ちる。
村人たちが怒るのも無理はない。よそから来た元公務員のせいで、村が中央市役所から目をつけられたのだ。最悪の場合、私を村から追い出すという判断を下されても文句は言えなかった。
しかし――。
「顔を上げてくだせぇ、織姫先生」
村長さんが、力強い声で言った。
「先生は、わしらの命綱だった橋を一晩で直してくれた大恩人だ。それに、あの甘くてほろ苦いティラミスは、先生が『村の皆が豊かになるように』って、一生懸命考えてくれたもんじゃねぇですか」
「村長さん……」
「帝都の役人がなんだってんだ! わしらは、あんな上から目線のふんぞり返った貴族より、一緒に土にまみれて汗を流してくれる織姫先生を信じますだ!」
「そうだそうだ! 先生を連れて行くなんて、絶対に許さねぇぞ!」
「特産品はわしらと先生の宝だ! 泥棒貴族なんかにくれてやるもんか!」
広場に集まった村人たちが、次々と拳を振り上げ、力強い言葉をかけてくれる。
彼らの温かい絆と揺るぎない信頼に、私は胸がいっぱいになり、視界がじんわりと滲んだ。
「皆さん……っ、ありがとうございます。絶対に、私たちの手でポポロ村を守り抜きましょう!」
私が涙を拭いながら宣言すると、広場は大きな歓声に包まれた。
『ピコン!』
『神界リスナー【永遠の17歳女神L】からのメッセージ:
「うおおおおおっ! 村人たちとの絆、最高じゃん! これぞ王道展開! 泣けるぜぇぇぇ!」』
『神界リスナー【規律の天使V】からのメッセージ:
「善き行いは、必ず善き報いとなって返ってくるのです……。村人たちの真っ直ぐな心に、スパチャ(100,000 Pt)を捧げます!」』
『神界リスナー【見習い女神R】からのメッセージ:
「ポップコーンとコーラ準備しました! 迎撃戦、楽しみです!」』
脳内のゴッドチューブでも、神様たちが大盛り上がりで私を応援してくれている。
私は【善行通販】のポイントを確認し、迎撃のための準備を始めた。武力で対抗するわけではない。カーライルがどれほど無能で、私たちがどれほど価値あるものを生み出しているのかを、客観的な「事実」として突きつけるための準備だ。
最新の保存用魔導冷蔵庫や、プレゼン用のホワイトボード、そしてこれまでのデータをまとめた完璧な資料を召喚していく。
一方、広場の隅では、元氷魔将軍のスアイが、タローマン製のインパクトドライバーを片手に、恐ろしい速度で「何か」を造り上げていた。
「スアイ、それは……?」
「あら織姫。見ての通り、花壇の柵ですわ」
「どう見ても、表面に高圧電流の魔法陣が刻まれた対戦車用の鋼鉄バリケードにしか見えないんですけど!?」
「気のせいですわ。ポポロ村の美しい景観を守るためには、世俗の害虫を物理的に弾き返すガーデニングが必要不可欠ですのよ。フフッ、もし武力で来るようなら、この私が直接『解体』してさしあげますから、安心してくださいな」
美しい顔で物騒極まりないことを言うスアイに、私は苦笑いしながらも頼もしさを感じていた。
その頃。
帝都・内務省の宰相執務室では、極寒の吹雪が吹き荒れていた。
「……見つけたぞ」
執務机に座るユリウス・フォン・グランツは、手元にある数枚の書類を冷たい瞳で見下ろしていた。
ポポロ村での穏やかな表情は完全に消え失せ、そこにあるのは帝国トップの『氷の宰相』としての冷酷な顔だけだ。
「宰相閣下。ご指示通り、中央市役所の過去三年間分の予算消化記録と、カーライル子爵の個人口座の魔導照会記録を押収いたしました」
直属の隠密部隊の部下が、緊張した面持ちで報告する。
「ご苦労。……やはりな。この男、天原織姫の超過勤務手当(サービス残業代)を意図的に申請から外し、浮いた予算を『視察費』名目で着服している。さらには市長の娘への高価な贈答品、自身の高級スーツ代に至るまで、全て市の公金から横領していたか」
ユリウスの指先が、怒りで僅かに白く震えていた。
彼が怒っているのは、単なる横領という犯罪事実に対してだけではない。
自分が愛し、心から敬意を払っている『天原織姫』という女性の血の滲むような努力が、こんなちっぽけで醜悪な男の私欲のために搾取され、踏みにじられていたという事実が、彼の逆鱗に激しく触れていたのだ。
「……私の大切な人を『地味で無能』と貶めておきながら、自分はその彼女の血肉を啜って生きていた寄生虫。……万死に値するな」
ユリウスの声は静かだったが、執務室内の温度が急激に下がり、窓ガラスにピキピキと霜が張るほどのすさまじい魔力が漏れ出していた。
部下はガタガタと震えながら、深く頭を下げる。
「閣下、いかがなさいますか? 直ちに憲兵を動かし、カーライル子爵を拘束いたしますか?」
「いや。ここで静かに処理しては、奴に反省の機会を与えるだけだ。あの男は、己の無能さを世界の中心で思い知る必要がある」
ユリウスは書類をまとめ、漆黒の軍服風コートを羽織った。
「奴は今朝、市長の私兵を借り受けてポポロ村へ向かった。自身の傲慢な要求を、力ずくで通す気だろう。……この決定的証拠を持って、私もポポロ村へ向かう」
ユリウスは冷酷な笑みを浮かべた。
「愛する者を守り、愚か者を絶望の底へ叩き落とす。……宰相としてではなく、一人の男として、完璧な『狩り』の仕上げを見届けるとしよう」
そして、運命の日。
ポポロ村の入り口に、土埃を巻き上げて一台の派手な魔導車が到着した。
車の周囲には、重武装をした数十人の私兵たちがズラリと並び、のどかな村には全くそぐわない威圧的な空気を放っている。
バンッ! と乱暴に車のドアが開き、革靴の音を響かせて降りてきたのは、カーライルだった。
彼は新品の高級スーツ(横領した金で買ったものだ)を身に纏い、村の貧相な景色を鼻で笑うように見渡した。
「ふん。相変わらず泥臭くて貧乏くさい村だ。あんな地味な女にはお似合いの掃き溜めだな」
カーライルは懐から、一抱えもある大きな『魔導通信石』を取り出した。それは、映像と音声を遠く離れた帝都の会議室へリアルタイムで中継するための、超高価な機材だった。
「ご機嫌いかがかな、帝都の重鎮の皆様方。これより、私カーライルが、村の利権を不当に独占している無能な元婚約者を告発し、特産品の権利を中央市役所へ正当に回収する様子をご覧にいれます。……これで、私の実務能力と管理能力を証明してみせましょう」
通信石の向こう側で、市長や議員たちが見ていることを想定し、カーライルは芝居がかった声で大見得を切った。
彼は本気で信じていた。自分にはそれだけの権利があり、織姫は自分にひれ伏す存在なのだと。
「おい、天原織姫! いるのはわかっている! さっさと出てきて、俺の前に跪け!」
広場に響き渡る、傲慢で底の浅い声。
私は、出張所の扉を静かに開けた。
後ろにはスアイと村人たち。そして、私の手には、彼を論破するための完璧なデータ資料が握られている。
嵐の前の静けさは終わりを告げた。
身の程知らずの手柄泥棒に対する、全世界(と神界)を巻き込んだ『公開処刑』の幕が、今、切って落とされようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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