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第二部第三話:光濁の檻、沈黙の残火

第二部第三話:光濁の檻、沈黙の残火


薄暗い天幕の中、揺らめく蝋燭の火が、捕囚となったリーヴィスの姿を幽玄に照らし出していた。

彼女の手足は荒縄で幾重にも縛られ、その唇は猿ぐつわによって封じられている。

美術品を鑑賞するかのような、静謐でいてどこか熱を帯びた視線。

泥と返り血に塗れた戦場において、彼女の存在だけが異質だった。

夕陽を溶かしたような艶やかな金髪。

陶器のように滑らかな白い肌。

レイがこれまで見てきた、魔力に肉体を蝕まれたテルセイの女たちとは、根本から異なる「種」としての完成された美しさがそこにはあった。

「……手荒な真似をして申し訳ない。だが、君のような高位の神官に魔法を使われると、こちらとしては少しばかり面倒なことになるのでね」

レイは膝をつき、リーヴィスの上体を静かに起こした。

手足の拘束は解かぬまま、猿ぐつわの結び目だけを指先で器用に解く。

解放された彼女の唇は微かに震えていたが、その瞳に「怯え」の色はなかった。

むしろ、深い霧の奥から差し込む陽光のような、毅然とした輝きでレイを見つめ返した。

「俺はレイ。傭兵団の長だ。君の名前を教えてくれないか?」

捕虜に対する尋問ではなく、夜会の賓客を扱うかのようなレイの声音に、リーヴィスは一呼吸おいてから、鈴の音を思わせる透き通った声で答えた。

「……私はリーヴィス。大天使セレシオンに仕える神官です」


「……あの強烈な閃光は何だったんだ? 契約魔神バローダを含め、我らの側にいた魔王族たちが一瞬で消滅してしまった」

レイの問いに、リーヴィスは迷いなく、どこか誇らしげな熱を帯びた口調で応じた。

「あれは『天王玉てんおうぎょく』の導きです。無限の天王力を蓄えた聖遺物が、魔王族という不浄な闇を滅したのです。それこそが、あなたたち人間を魔の支配から解放するための光……」

「解放、だと? 余計なお世話だな」

レイは吐き捨てるように、鼻で笑った。

「こっちはこっちで、奴らと上手くやってるんだよ。生贄と引き換えに力を得て、望み通りに生きる。それを放っておけと言っている。タルカ人の正義というのは、いつもそうやって一方的に土足で踏み込んでくるものなのか?」

「……魔王族は、人間を奴隷のように扱い、虫けらのように殺していると聞いています。タルカでは天使に祈りを捧げれば、安らぎと幸福を得られる。私は……あなたたちテルセイの人々を救いたいのです」

「それは奇遇だな。俺もタルカでは、天使が『信仰』の名の下に人間を家畜のように管理し、祈らぬ者は虫けらのように処刑されると聞いてるぜ」

少し意地の悪い口調でレイが反論すると、リーヴィスの翠玉の瞳が揺れ、言葉を詰まらせた。

彼女が信じてきた「救済」の裏側。

あるいは、この男が見ている「自由」という名の地獄。

二人の間に、重苦しい沈黙が降りる。


「天王玉がある限り、魔王族に勝機はありません。……どうか、これ以上の無益な戦いはやめて、降伏なさってください」

捕虜の身でありながら、なおもレイの魂を救おうとするリーヴィスの真っ直ぐな瞳。

本来のレイであれば、戦場での高揚感に身を任せ、次なる策を練るはずだった。

天王玉を奪うか、壊すか。

しかし、不思議な虚無感が胸を去来する。戦いの連鎖はどこまで続くのか。

「……まあ、いいさ。俺たちは戦線離脱だ。雇い主のバローダが死んじまって、加護も消えたからな。新しい魔王族と契約して、腕の呪紋を書き換えるまでは身動きが取れん」

天王玉の所在や軍の動向など、尋問すべきことは山ほどあるはずなのに、そんな気分にはなれなかった。

レイは吸い寄せられるように右手を伸ばし、リーヴィスの白い頬に触れた。目にかかる金の髪を、愛おしむように指先で分ける。

「……それにしても。君は、驚くほど美しいな」

レイの低い声が天幕の空気を震わせる。

至近距離で重なる視線。リーヴィスの瞳が、レイの心の奥底を見透かすように、深く、鋭く射抜いた瞬間。

――ヒヤリとした硬質な感触が、レイの首筋を撫でた。

「そこまでにしときなよ、レイ。捕虜にうつつを抜かすなんて、あんたらしくもない」

背後の闇から響いたのは、鈴の音のように軽やかで、しかし刃物のように冷徹なミュロンの声だった。彼女はいつの間にか天幕に侵入し、レイの背後を取っていたのだ。その手には、月光を弾く鋭い短剣が握られ、レイの頸動脈を的確に捉えている。

「……ミュロンか。見張りはどうした」

レイは眉一つ動かさず、頬に触れていた手をゆっくりと下ろした。

首筋に伝わる剣気の鋭さから、彼女が本気であることを悟る。

「代わってもらったよ。あんたがこの『生贄』を一人でどうにかしちまうんじゃないかって、気が気じゃなくてね」

ミュロンはレイの肩越しに、縛られたリーヴィスを射殺さんばかりの険しい目で見据えた。

その瞳には、軍規を乱すことへの危惧以上に、形にできない鋭い嫉妬の焔がゆらめいている。

「この女は、死んだバローダの代わりの『鍵』なんだろ? だったらさっさと儀式の準備をしなよ。……あんたのそんな蕩けた目、反吐が出るね」

短剣の切っ先が、レイの皮膚を一分ほど押し込む。

レイは薄く笑い、首筋の刃を指先で軽く押しやった。

「わかっているさ。……興を削ぐなよ、ミュロン」

天幕の中に、張り詰めた沈黙と、三者三様の歪な感情が交錯する。

夜の帳はさらに深く降り、再契約の儀式という名の「残酷な生贄」の刻限が刻一刻と近づいていた。

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