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第二部第二十五話:有限城の謀計、六つの王力の結界

第二部第二十五話:有限城の謀計、六つの王力の結界


重厚な石造りの教会の扉が開かれたとき、そこは神聖な祈りの場というよりも、世界の命運を切り分ける冷徹な円卓のようであった。

祭壇の前にただ一人、背筋を美しく伸ばして待ち受けていたのは、王女ミレースであった。

わずか十四歳。

しかし、その身体から放たれる圧倒的な威厳と、見る者を平伏させるような神秘的な美貌は、およそ人間の子供のそれではない。

レイミアから受け継いだ男を狂わせる極上の美しさと、アレクサンダーから受け継いだ覇王の傲慢な血。

それらが完璧な調和を保ち、彼女の絹のような金髪と、すべてを見透かすような深い緑の瞳を彩っていた。

「ようこそ、ミレトーへ。――お兄様。いえ、今は『地王様』とお呼びいたしましょうか」

ミレースは鈴の鳴るような声で微笑み、レイを見据えた。

「……あんたが、俺の妹だってのかい?」

レイは狐に包まれたような、奇妙な感覚に陥っていた。

アンクール王国の血脈、アレクサンダーとの因縁。

目の前の少女が放つ言葉の重みに、漆黒の剣を握る掌が微かに汗ばむ。

「そのお話は、後にいたしましょう。今、予定通りの客人が到着いたします」

ミレースが白く細い指先を優しく翻した、その瞬間だった。

教会の神聖な空気が不気味に歪み、空間そのものが悲鳴を上げるように引き裂かれた。

まばゆい光の奔流と共に姿を現したのは、半竜王族のアストレイアと、氷の如き美貌を湛えた天王族の聖女リディア。そして、その対極に位置する漆黒の闇の亀裂から、海王玉の保持者ハミッシュと、異形の魔王力を全身から立ち昇らせるネヴェルが、それぞれの空間を越えて同時に入廷したのだ。

各界の頂点に立つ者たちが一堂に会したその光景は、息を呑むほどの重圧を室内に充満させた。

「ようこそミレトーへ。私はミレース。かつて現世の理を裏から操り、いまは亡き『無王ネヴェラード』の意志を継ぐ者です」

「ネヴェラードだと……!?」

レイの脳裏に、かつて無限城の深淵で耳にした不気味な名が蘇り、驚愕が走った。

実在したのか、あるいはただの概念に過ぎないのかさえ定かではない、世界から消去されたはずの王の名。

それをこの十四歳の少女が平然と口にしたのだ。


ミレースは居並ぶ王たちを見渡し、瞳を怪しく光らせながら語り出した。

「皆様には、それぞれが持つ『六王玉』の力をこの地の六つの塔へと注ぎ込み、世界を分断する大結界を生成していただきます。その結界の成立により、このミレトーを中心に安定した『地王界』が形成され、各王界の曖昧だった境界も明確に区切られることになるでしょう」

すでにその計画を事前に知らされていたのか、半竜王アストレイアと、影に潜むハミッシュは静かに頷き、ミレースの言葉に賛同の意を示している。冥王玉を弄ぶブルドも、そしてレイ自身も、この不毛な混沌の世界を終結させるための提案であるならば、特に反対する理由はなかった。

「私としても、異存はありません。もとより、現在のタルカの地は天王族のより見捨てられた土地。結界によって境界が定まるならば、我らの守護も容易くなる」

リディアは冷徹な氷の視線を、宿敵であるネヴェルへと向けながら言い放った。

「よかろう。だが、現時点で我が領域に棲みついている魔王族を、追い出すことなどできぬぞ」

ネヴェルは、地王界の成立とその境界線については承諾しつつも、自らが手中に収めた魔王族の支配権と領土の優位性は、結界ごときで揺るぎはしないと尊大に言い放つ。

「留まるもよし、立ち去るもよし。地王界は永劫の『中立』を掲げ、このミレトーは各界の紛争や、今後の話し合いの場として永久に提供いたします」

ミレースの淀みない裁定に、レイは眉をひそめ、ふと疑問を口にした。

「おいおい。そんな大層なこと、俺たちだけの独断で勝手に決めていいもんなのかよ?」

「――王玉が皆様の手中にある、今この瞬間だからこそ成し得るのです」

ミレースは切なげに、しかし極めて冷徹にレイを見つめ返した。

「私は、あなた方の内に流れる『人間の血』に、その理性にお願いしているのです。この機会を逃せば、神々の気まぐれに踊らされ、永遠に争いは絶えないでしょう。……かつて無王ネヴェラードが築いた城が、無限の時を彷徨う『無限城』であるならば、私が築いたこの城塞都市は、限界ある人の世のための『有限城』です。永遠の安息にはなり得ませんが、仮初めの平和を維持するためには、今どうしてもこの守りの楔を打たねばならないのです」

ミレースの瞳の奥に、一瞬だけ未来の崩壊を幻視したかのような絶望の色が過る。

「百年の後、この世界は真の崩壊の危機を迎えるでしょう。……その破滅の時を回避するためにも、今、この現世に強固な境界線を引く必要があるのです」

十四歳の少女が騙るその予言が、真実であるかどうかは誰にも証明できない。

しかし、彼女の放つ異様な説得力と、背後に感じるネヴェラードの絶対的な計算の前に、集まった王たちは「信じる価値はある」と、その魂で理解していた。


その後、教会の奥の円卓において、夜を徹した具体的な話し合いが行われた。

レイは時折、別室に残してきた身重のリーヴィスの様子を気にかけつつも、王たちの議論を静かに見守っていた。

特に異様だったのは、魔王力を帯びたネヴェルと、聖なる天王力を宿すリディアの二人であった。本来ならば出会った瞬間に殺し合うはずの光と闇の権化が、隅の席で驚くほど熱心に、声を潜めて話し込んでいたのだ。

レイにはその詳細な内容までは聞き取れなかったが、酷く饒舌に語りかけるネヴェルの邪悪な笑みと、それを受け止めながらも微かに瞳を揺らすリディアの表情から、ネヴェルが何らかの理屈を以て、リディアを「説き伏せている」かのように見えた。

光と闇の裏取引が、この有限城の裏で静かに結ばれようとしていた。

そして――数日後。

世界から光が完全に消え去る、深い新月の夜が訪れた。

ミレトーの王都を囲むようにそそり立つ「予言の六つの塔」。

ミレースの合図と共に、レイの地王玉、ブルドの冥王玉、リディアの天王玉、ネヴェルの魔王玉、アストレイアの竜王玉、ハミッシュの海王玉――六つの絶対的な王力が、それぞれの塔の頂点へと一斉に解き放たれた。

ゴォォォォン……と、大地の底から響くような重低音が世界を震わせる。

新月の闇を切り裂くようにして、六つの塔から極彩色の光の柱が天を突いて立ち昇った。

光は天頂で複雑に交差し、幾何学的な巨大な魔法陣を描きながら、大陸全体を包み込む目に見えない「大結界」へと変貌していく。

それは、混沌とした世界を六つに引き裂き、同時に、このミレトーを絶対的な中立地帯として固定する、歴史上最大の「楔」の顕現であった。

光り輝く塔の陰で、ミレースは満足そうに歪な微笑を浮かべ、レイはその圧倒的な光の結界を見上げながら、これから始まる「仮初めの平和」と、百年の後に訪れるという「世界の崩壊」の足音を、その胸の中で確かに聞き届けていた。

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