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第二部第二十四話:城塞の迎え、深まる胡乱

第二部第二十四話:城塞の迎え、深まる胡乱


果てしない荒野の向こうに、ミレトー王国の誇る堅牢な城塞都市の輪郭が薄露わに見え始めた頃。

その行く手を完全に阻むようにして、大地を揺らす蹄の音が響き渡った。

現れたのは、整然たる隊列を組んだミレトー軍の大部隊であった。

陽光を浴びて鈍く光る鉄の重装甲冑、風にたなびく王国の軍旗。

その数は、ただの街道の警備兵の域を遥かに超えており、明らかに最初からレイたちを「標的」として待ち構えていた布陣であった。

その大群の先頭から、一頭の堂々たる軍馬がゆっくりと進み出てくる。

「――地王玉の保持者にして、魔王狩りの『黒い死神』とお見受けいたす!」

馬上から張りのある声を響かせたのは、前線を統べる指揮官――ロシェであった。

かつて若き日のアレクサンダーと共に魔王ガルブを討ち倒した伝説の戦士のひとりであり、今や一軍を率いる宿将。

年齢を重ねてなお、その肉体は鍛え上げられた鋼のように強靭であり、甲冑の上からでも分かる分厚い胸板がその武勲を物語っている。

その精悍な顔立ちには戦いの中で刻まれた深い皺と、幾多の死線をくぐり抜けてきた男だけが持つ、独特の重厚な覇気が宿っていた。

「自分でそう名乗った覚えはないが……世間じゃそう呼ばれているらしいな」

レイは漆黒の瞳を細め、剣の柄にそっと手をかけながら低く答えた。

「我が名はロシェ! 王女ミレース様の使いとして、貴殿らをお迎えに参上つかまつった!」

「お迎え、ねえ。そいつはありがてぇ話だ」

レイの口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

これまでの経験上、向こうから都合よくやってくる「迎え」に碌なことがないのは百も承知だった。

本来の彼ならば、この程度の大軍を前にしても不敵に笑い、力ずくで道を切り開くことを選んだだろう。

しかし、今のレイにはそれができなかった。

彼は腕の中にいる、激しい目まいと吐き気に耐えながらお腹を庇うようにしているリーヴィスの、その細い肩をそっと抱き寄せた。

新しく宿った命を抱える彼女の身に、これ以上の無理な戦闘の負荷をかけるわけにはいかない。

ロシェは馬上で小さく頷くと、今度はレイの隣に佇む青白い肌の少年に視線を向けた。

「……半冥王族のブルド様もご一緒とは、嬉しい限りですな」

「おや、僕の名前までご存じとは。ミレトーの密偵網は冥王界の底まで届いているのですか?」

ブルドは余裕の笑みを崩さず、その理知的な瞳でロシェを観察するように見つめた。ロシェの態度には、どこまでも騎士としての礼節があり、裏があるようには見えない。

むしろ、その爽やかなまでの実直さが、逆に不気味さを際立たせていた。

「なぜ、俺たちの居場所や素性まで、それほど正確に知っているんだ」

レイが重ねて鋭く問う。すると、ロシェは一切の淀みなく、誇らしげに胸を張って答えた。

「――我が王女ミレース様は、世界のすべてを、これから起こる理のすべてをお見通しなのです。貴殿らがこの地へ来られることも、すべては予言の通り」


レイの鼻腔に、酷く胡散臭い闇の匂いが漂う。

闇の向こうのネヴェルが放つ魔王力の悪臭とはまた違う、世界の裏側で何かが巧妙に仕組まれているような、底知れぬ気味の悪さだった。


その緊迫した対峙を破るように、軍勢の背後から激しい馬蹄の音と、一人の老人の狂わんばかりの絶叫が響き渡った。

「――殿下ぁぁーーっ! 殿下ぁぁーーっ! お父上がみつかりましたぞーーっ!」

「……っ!? ハボンか!」

馬を狂ったように走らせ、包囲網を突き破ろうと突っ込んできたのはハボンだった。目を血走らせ、涙と汗で顔を濡らしながら、主であるレイの姿を求めて必死に手を伸ばしている。

しかし、ミレトーの統制された重装歩兵たちは一瞬の隙も与えなかった。

三人がかりでハボンの馬のたなづなを取り上げ、老兵の身体を無慈悲に地面へと引きずり下ろし、十数本の長槍を突きつけて完璧に取り押さえてしまった。

「ハボン! 何だって――!? おい貴様ら、手荒な真似は止めろ!」

レイの顔から余裕が消え、凄まじい殺気が爆発した。

自分のために命を懸けて駆けてきた老兵を目の前で傷つけられることは、彼の誇りが許さなかった。

漆黒の剣が、鞘から数寸ほど跳ね上がる。

だが、その瞬間、ロシェが電光石火の速さでレイとハボンの間に割って入り、レイの耳元で信じられないほど冷徹な声を潜めて耳打ちした。

「時間がありません。……彼は我が方で、怪我一つさせずに丁重にお預かりします。どうか、ここはご自重くだされ、『レイス殿下』」

「……お前……っ」

ロシェの口から放たれたその名――ハボンしか知り得ないはずの、自らの隠された本名を聞かされた瞬間、レイの動きが完全に凍りついた。


レイは深く息を吐き、これ以上の暴発はハボンの命を危険に晒すだけだと判断した。今はまだ、敵の懐に飛び込んで様子を見るべきだ。

何より――いま最優先すべきは、この荒野の砂塵からリーヴィスを早く解放し、休ませることだった。

「……わかった。大人しく従ってやる。その代わり、あの親父の髪の毛一本でも傷つけてみろ、この軍勢ごと全員の首を撥ね飛ばすぞ」

レイの脅しを、ロシェはただ静かに、一礼を以て受け止めた。


すぐさま、身重のリーヴィスを気遣うようにして、天幕の張られた立派な高級馬車が用意された。

レイはリーヴィスの華奢な身体をそっと抱きかかえ、クッションの敷き詰められた馬車の奥へと座らせた。

彼女はレイの胸に顔を埋め、お腹に手を当てながら、微かに荒い呼吸を繰り返している。

その痛々しい姿を、レイはどこまでも愛おしげに、そして心配そうに見つめながら、その手を握りしめた。

ゴトゴトと静かに揺れ始めた馬車の窓から、ブルドは相変わらず余裕の笑みを浮かべ、ミレトー王都の周囲にそそり立つ「予言の六塔」の景色を、まるで観光でもしているかのように楽しそうに眺めていた。

「不思議な国ですね、ミレトーは。光と闇が、奇妙な形で調和させられている。まるで誰かが作った精巧な箱庭のようだ」

ブルドの呟きを聞きながら、レイは背もたれに深く身体を預け、物思に耽った。

(ふん……まあ、どんな罠が待ち受けていようが、関係ねえ)

レイは自らの胸元に触れた。そこには、大地のすべてを支配する絶対の至宝「地王玉」が、ドクドクと静かな脈動を刻んでいる。

どんな謀略を巡らせようとも、魔王だろうが聖女だろうが、いざとなればこの地王玉の絶対的な破壊力で、すべてを容易く力ずくで叩き潰し、退けることができる。

その確固たる自信だけが、彼の戦士としての揺るぎない芯だった。

「リーヴィス、少し眠れ。俺がついてる」

「ええ……ありがとう、レイ……」

愛する女の穏やかな寝息を聞きながら、レイもまた、次なる決戦に向けて少しの休息を取るべく、静かに目を閉じた。

馬車は不穏なる予言の六塔の影をくぐり抜け、王女ミレースの待つ、教会と呼ばれる塔へと向かった。

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