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第二部第十八話:予言の六塔、逆流する血脈

第二部第十八話:予言の六塔、逆流する血脈


タルカ法国の東に位置するミレトー王国。

そこは十四年前、西から圧倒的な勢力で進撃してきた軍勢によって、それまでこの地を恐怖で支配していた魔王ジルブが討ち倒され、新たな統治が始まった国である。その伝説的な軍勢を率いていた指導者こそが、かつて「地獄王グランバード」と渾名され、奴隷の身分から覇王へと上り詰めた漢――アレクサンダーであった。

しかし現在のミレトーにおいて、アレクサンダーはすでに国政の第一線を退いていた。

その大権を引き継ぎ、若くして国政を完全に掌握していたのが、現宰相のガーヴィである。

ガーヴィは、天が二物も三物も与えたかのような男だった。

怜悧な頭脳で複雑な政務を難なく処理する「文」の才と、一線級の騎士すら圧倒する剣技を誇る「武」の才。

その双方に長けた稀代の名将でありながら、彼の最大の武器はその容姿にあった。絹のように滑らかな亜麻色の髪に、すべてを見透かすような切れ長の琥珀色の瞳。

まだ二十代半ばという若さでありながら、一国の全権を担うにふさわしい、洗練された容姿端麗な貴公子であった。

だが、その完璧な名将は、ある日を境に決定的な「狂気」を露わにする。

こともあろうかガーヴィは、アレクサンダーの愛娘であり、この国の王女であるミレースの、わずか十二歳の誕生日の席上で、公然と求婚を申し込んだのだ。

当然、愛娘を溺愛するアレクサンダーは激怒し、宮廷が震撼するほどの咆哮をあげた。

だが、肝心のミレース本人は、年の離れた美貌の宰相からの求婚に対し、頬を赤らめてまんざらでもない様子を見せたのである。

少女の恋心を利用したのか、あるいはそれ以上の闇が動いたのか。

ちょうどこの一件を境に、ガーヴィは宮廷における権勢を爆発的に奮うようになり、アレクサンダーの影響力を完全に排して、国政を己の色に染め上げていった。


すべては、十三歳になったばかりの王女ミレースの「おねだり」から始まった。

ミレースはガーヴィの寵愛を一身に受けると、彼に頼み込み、王都の周囲を取り囲むようにして「六つの巨大な塔」を建築させた。

完成していくその異様な光景は、かつて世界を震撼させた無王ネヴェラードの居城――あの忌まわしき「無限城」の構造に、背筋が凍るほど酷似していた。六つの塔はそれぞれ、世界の理を司る異なる種族や力を祀る結界の起点として、不気味に王都を見下ろした。

【北の宮殿】:かつて世界最強と謳われた、気高き竜王族を祀る白亜の宮殿。

【北東の寺院】:死と魂の循環を司る、静謐なる冥王族を祀る漆黒の寺院。

【南東の社殿】:深淵なる大洋の力を宿す、麗しき海王族を祀る碧水の社殿。

【北西の神殿】:神聖なるタルカ法国とも繋がる、清廉なる天王族を祀る白銀の神殿。

【南東の学院】:テルセイ魔導帝国の闇にも通じる、禁忌たる魔王族を祀る黒魔の学院。

【南の教会】:そして南には――後に地王族の拠点となる、重厚な石造りの教会が建てられた。

この時点で、世界には「地王族」などという存在は公には知られておらず、十三歳の少女であるミレースがその言葉を知る由もなかった。

にもかかわらず、彼女はまるで未来のすべてを見通している「予言者」のごとき冷徹さで、これらの配置を指定し、建立させたのである。

あるいは、すでに無王ネヴェラードの遺志、あるいはその精神の残滓が、若い彼女の魂に這い寄り、そう仕向けたのかもしれない。

ガーヴィはミレースに盲目なまでに甘かった。

彼女が歪な微笑を浮かべてねだるならば、それが国家を傾ける奇行であろうとも、望むがままに予算を投じ、すべてを叶えてやった。

思えば、ミレースの母である王女レイミアもまた、かつて若き日のアレクサンダーに対し、あれこれと無理難題をおねだりしては彼を困らせ、翻弄していた。

男を狂わせ、自らの望みを物質化させるその傲慢なまでの愛嬌――「血は争えない」とは、まさにこの母娘のためにある言葉だった。


「まさか、こんなことになるとは……」

ミレトー王宮の奥深く、かつての栄華を失った薄暗い私室で、アレクサンダーは、後悔のどん底に突き落とされていた。

かつて「地獄王」と恐れられ、大剣一本で戦場を支配したあの堂々たる巨躯は、今や見る影もなく打ちひしがれている。

野生の獅子のようだった瞳は濁り、絶望に曇っていた。

さらに恐るべきことに、彼が国政から目を背け、娘の変貌を止められなかった代償は、彼の肉体に直接現れていた。

アレクサンダーの逞しい褐色がかった肌の表面に、ドクドクと脈打つようにして、禍々しい漆黒の「邪悪な呪紋」が浮かび上がっていたのだ。

それは彼の戦士としての生命力を内側から侵食し、かつての最強の力を奪い去ろうとしていた。

その隣で、妻でありミレースの母であるレイミアが、アレクサンダーの震える大きな手を両手で固く握り締めていた。

「アレク……大丈夫よ、アレク……」

レイミアは夫の身体に這い寄る呪いを受け止めるように、優しく、痛切に彼を慰めていた。

年齢を重ねてもなお、他者を狂わせるほどの妖艶な美貌を保ち続けている彼女の声音は、どこまでも慈愛に満ちているように聞こえた。

しかし――アレクサンダーの視線が届かないその瞬間の、レイミアの表情は完全に凍りついていた。

彼女の、かつて魔王族をも魅了した美しい瞳の奥には、優しさなど微塵もない、すべてを焼き尽くさんばかりの「激しい怒りの炎」が猛烈に燃え上がっていた。

最愛の夫を呪い、我が娘ミレースを奪い国政を牛耳る若造が、自分たちの大切な家族を崩壊させようとしている。

夫の手を握るレイミアの指先に、ギリギリと骨が鳴るほどの力がこもる。

予言の六塔が完成し、世界の均衡が崩れ去ろうとするミレトーの地で、かつての覇王の家族は、逃れられぬ血の呪縛の渦へと巻き込まれていくのだった。

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