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第二部第十三話:生贄の荒野、地王の宣戦

第二部第十三話:生贄の荒野、地王の宣戦


無限城が砂塵へと還った翌日、太陽は容赦なく赤土の荒野を焼きつけていた。

地王玉を携え、果てのない旅路を歩むレイとリーヴィスの前に、不気味にねじ曲がった一本の枯れた大木が現れた。

葉をすべて失い、まるで天を呪うように広げられた枝の根元――そこに、その少女はいた。

太い鉄鎖で幹に厳重に繋がれた少女。

その背中には、衣服を押し上げるようにして二つの歪な肉の隆起――「コブ」があった。

彼女の周囲には、干からびた果実や濁った酒、泥の塗られた獣肉が「供物」として並べられている。

「生贄だな」

レイは躊躇うことなく歩み寄り、腰の剣を抜いた。

かつての傭兵時代であれば、魔王族への供物など一瞥して通り過ぎるか、あるいは自らの戦果として差し出す側だったはずだ。

だが、レイは鈍い音を立てて鎖を断ち切った。

己の内側に宿る、世界の底から湧き上がるような「地王力」。

魔王族の庇護に頼る必要はもうない。

その手を切る覚悟の証明として、そして何より、隣で痛ましげに瞳を曇らせているリーヴィスの存在が、レイの刃を動かしていた。

「あ、ありがとう……ございます……」

解放された少女は、浅黒い肌にラクダ人特有の大きな、潤んだ瞳を揺らし、怯えながらも頭を垂れた。

彼女は砂漠に生きる亜人、フタコブラクダ族の娘だった。


レイたちは少女を連れ、風化しかかった泥煉瓦の家々が立ち並ぶ彼らの集落へと向かった。

娘の姿を見るや否や、粗末な布を纏った両親は涙を流して我が子を抱きしめた。

しかし、集落の広場に集まってきた他の住人たち、とりわけ一族を統べる老いた長老の顔に浮かんだのは、歓喜ではなく「とんでもない災厄を連れてこられた」という絶望と戦慄だった。

「何ということを……。約束の刻限に供物がなければ、我らは皆殺しにされてしまう……」

長老が杖を震わせ、レイたちを睨みつけたその時、集落の入り口から激しい地鳴りが響いた。

現れたのは、背中に一つしかコブを持たない、別部族のヒトコブラクダ人の戦士たちだった。

彼らは手にした粗末な槍を地面に叩きつけ、フタコブ族の長老に吠え立てた。

「おい! 今年はフタコブ族から生贄を出す約束のはずだ! なぜ娘が戻っている!」

「違う、旅の人間が勝手に鎖を……!」

「言い訳など通用するか! 魔王ガメル様への供物が足りねば、俺たちの集落まで焼き払われるんだぞ!」

醜い擦り付け合い、血を分けた同族でありながらコブの数一つでいがみ合う亜人たち。

凄まじい怒号が飛び交う中、彼らの視線が、フタコブ族の少女の影に隠れていたリーヴィスへと一斉に集中した。

夜の帳を映したような金の髪、透き通るような白い肌。砂漠の民にはおよそ存在し得ない、完成された美。

「……待て。そこにいる『コブナシ』の女を使えばいい」

ヒトコブ族の隊長が、下卑た笑みを浮かべてリーヴィスを指差した。

「これほどの極上品なら、ガメル様も大層お喜びになる。身代わりとしては十分すぎるお釣りが出るぞ」

「そうら来た……」

レイは内心で深く溜息をつき、いつでも剣を抜けるよう肩の力を抜いた。

人間の醜悪な本質は、天王界でも魔王界でも、この辺境の荒野でも何も変わらない。

しかし、レイの予想を裏切ったのは、背後にいるリーヴィスの反応だった。彼女の翠玉の瞳には、恐怖ではなく、かつて最前線に身を投じた時と同じ、強い「自己犠牲」の光が宿っていた。

「――分かりました。私がその生贄のフリをしましょう」

「おい、リーヴィス!?」

「レイ、聞いてください。彼ら自身も、魔王の恐怖に怯えているだけなのです。私が供物として魔王の元へ参ります。そこをあなたが討ち取る。……部族の皆さん、あなた方も私たちと共に立ち上がり、魔王の支配から自由になりませんか?」

真摯に、奇跡の共闘を呼びかけるリーヴィス。

だが、レイは呆れたように肩をすくめた。

「無駄だよ、リーヴィス。こいつらは魔王族と『契約の呪紋』を結んでしまっている。魂の根元を握られているんだ、逆らえるわけがない」


「ならば、この力で!」

リーヴィスは諦めなかった。

彼女はレイの制止を振り切り、レイの懐から、あの深緑に輝く「地王玉」を引っ張り出すと、天へと高く掲げた。

聖女の純粋すぎる祈りと、地王力が共鳴する。

グォォォォン!!

地王玉から放たれたのは、大地を揺るがす深緑の波動だった。

それは衝撃波ではなく、すべての不純な魔王力を分解する「大地の洗礼」。光の波がラクダ人たちの身体を突き抜けた瞬間、彼らの腕や胸に刻まれていた魔王族の呪紋が、ジジジと音を立てて完全に消滅し、ただの灰となって剥がれ落ちていった。

「……あ、ああ……契約が、消えた……?」

静まり返る広場。

リーヴィスは満足げに微笑み、「これで戦えますね」と言わんばかりに長老たちを見た。

しかし。

「――何ということを、何ということをしてくれたんだぁぁぁッ!!」

長老の口から飛び出したのは、血を吐くような絶叫だった。

「ガメル様との繋がりが消えた!? これでは、我らは加護を失い、この過酷な砂漠で飢え死にするしかない! 力も、水も、すべては魔王様から与えられていたのだぞ!」

「そうだ! 自由など求めていない! 私たちを勝手に救おうとするな!」

ラクダ人たちの瞳に宿ったのは、解放への感謝ではなく、拠り所を奪われた者たちの狂気的な「怒り」だった。

彼らは一斉に槍を構え、地王力の余波で一瞬身体が膠着していたレイとリーヴィスへ、数に任せて殴りかかった。

「ちっ……! 恩を仇で返されるとは、このことだな!」

レイはリーヴィスを抱きすくめ、応戦しようとしたが、完全に虚を突かれたリーヴィスは、自分がもたらした「救済」が引き起こした最悪の結末に、ただ愕然として身体を硬直させていた。

地王玉の光が収まり、数に勝るラクダ人たちの網と縄が、二人を無残に絡め取っていく。

「こいつらだ! この不届き者どもを、次の満月の夜、二人生け贄として魔王様に捧げるのだ! そうすれば、きっと契約をやり直してくださる!」

怒号と罵声が飛び交う中、皮肉にも、リーヴィスが提案した「生贄のフリ」は、本物の「処刑」へと形を変えて確定してしまった。

縛り上げられ、冷たい泥の床へと転がされるレイとリーヴィス。

レイは隣で涙を流し、絶望に震えるリーヴィスを見つめながら、不敵に奥歯を鳴らした。

「言ったろう、リーヴィス。一方的な正義は、時に人を狂わせる。……だが、まぁ、いいさ。これで『獲物(魔王)』の居場所がハッキリした」

囚われの身でありながら、レイの瞳には、新たなる王族「地王」としての昏い闘志が、静かに、しかし冷酷に燃え上がっていた。

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