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第二部第十二話:無王の遺産、新世界の夜明け

第二部第十二話:無王の遺産、新世界の夜明け


「――天上の法よ、滅びの裁きを!」

リディアが解き放った純白の天王力は、無限城の堅牢な大理石を破砕し、空間そのものを白銀に焼き尽くすかのような爆発的増大を見せた。

溺愛する妹さえも切り捨て、ただ天王族の絶対的勝利を求めた聖女の暴挙。

しかし、無王ネヴェラードは微動だにしなかった。

「……させんよ」

刹那、玉座の左右から四つの異なる王気が立ち昇り、リディアの光を包み込んだ。

ネヴェルの紫黒の魔王力、ブルドのすべてを無に還す灰色の冥王力、ハミッシュの深海を思わせる重厚な海王力、そしてアストレイアが放つ烈火のごとき紅蓮の竜王力。

四つの若き王血がリディアの聖性を網の目のように絡め取り、完璧な調和をもってその暴威を「中和」していく。

「これこそが、我が求めた調和の証。五王玉を得てこそ、世界は永劫の安息を手に入れることができるのだ」

フードの奥から響くネヴェラードの感情のない、しかし絶対的な重みを持つ声が反響する。

圧倒的な力の均衡を前に、リディアは自身の天王力が完全に封じられたことを悟った。

超然とした美貌に悔恨の影を走らせながらも、彼女は冷徹に息を吐き、首を縦に振った。

「……いいでしょう。その王玉、私が鋳造してあげます」

それは、隙を見て天王玉を奪うという、聖女の昏い執念の妥協であった。

深夜。

六角形の無限城にそびえ立つ六つの尖塔へ、それぞれの人間が配置された。

ネヴェル、ブルド、ハミッシュ、アストレイア、そしてリディア。

五人はそれぞれの属性の王力に満ちた一室に閉じ込められ、静かに瞑想に入った。

彼らが己の限界を超えて王力を高めると、城の全神経を伝い、中央の巨大な王力石へとそのエネルギーが吸い込まれていく。

だが、この大儀式には「裏」があった。

六番目の塔――そこには、レイとリーヴィスが共に閉じ込められていた。


六番目の塔を満たしていたのは、五王のどれにも属さない、どろりとした、世界の底に沈む「不純な力」であった。

「……くっ、頭が、割れそうだ……」

レイは壁に背を預け、乱れる呼吸を必死に整えようとした。

呪紋を失った肉体に、城全体を駆け巡る莫大な王力の波動が泥のように流れ込んでくる。

その隣では、リーヴィスが熱を帯びた吐息を漏らし、自らの豊かな金髪を掻きむしるようにして身悶えていた。

「レイ……私は、どうして、しまったの……」

五人の王族たちが王力を極限まで高めるにつれ、その余剰エネルギーとして削ぎ落とされた「淀み」が、この六番目の塔へ一斉に収束していく。

次々に流れ込む異質な力に、レイもリーヴィスも、次第に理性の境界線が溶けていくようなトランス状態へと陥っていった。

視界が歪み、世界が反転するような感覚の中で、二人はどちらからともなく、互いの温もりを求めて手を伸ばした。

レイの逞しい腕が、リーヴィスの華奢な身体を強く引き寄せる。

リーヴィスもまた、拒絶することなく彼の首に白い腕を絡ませた。

それは、純粋なる聖と、混沌たる邪の交わり。

だが不思議と、嫌悪感はなかった。

むしろ、すべての属性が未分化であった「宇宙の始まり」の混沌に身を投じるかのような、圧倒的な全能感と快楽が二人を支配していく。

濁流のようなエネルギーの渦の中で、二人の肉体と魂は激しく溶け合い、夜の帳の向こうへと沈んでいった。


翌朝、微かな光がスリット状の窓から差し込み、レイは意識を取り戻した。

頭痛は消えていた。

代わりに、彼の眼前にふわりと宙に浮かんでいたのは、深い森の深淵を思わせる、神秘的な緑色の王玉であった。

「……ん?」

まだ夢見心地のまま、レイがうつらうつらとその緑の石へ手を伸ばし、指先が触れたその瞬間――。

背筋に電流が走ったような衝撃と共に、レイは完全に我に返った。

「――っ! 俺としたことが、何て真似を!」

己の衣服の乱れ、そして自らの胸に吸い付くようにして、心地よさそうに深い眠りについているリーヴィスの滑らかな素肌を見て、レイは慌てて彼女の肩を揺り動かした。

「おい、起きろリーヴィス! 儀式をぶち壊しちまったかもしれない!」

「んっ!? れ、レイ……? あ、あああっ!」

昨夜の記憶が奔流のように押し寄せ、リーヴィスは顔を真っ赤に染めながら、大急ぎで聖衣の乱れを直した。

取り乱す二人が気付いた時には、頑丈だったはずの部屋の扉の鍵が、静かに解錠されている音が響いた。

ネヴェラードの拘束はすでに解けていたのだ。

レイはリーヴィスの手を取り、混沌とする城内からの脱出を試みた。

その頃、中央の謁見の間。

ネヴェル、ブルド、ハミッシュ、アストレイアの四人が、それぞれの塔からネヴェラードの元へと集結していた。

彼らの若き掌には、それぞれ紫黒、灰色、深青、紅蓮に輝く、完璧なる「王玉」が握られている。

「見事であった。その王玉を、これからの時代に相応しい者たちへ受け継がせよ」

フードの奥のネヴェラードが満足げに告げる。

だが、そこには聖女リディアの姿はなかった。

リディアは自らの掌に「天王玉」が生成された瞬間に、結界すら張られていない無限城から、光の速さで姿を消したのだ。

妹の安否など最初から一顧だにせず、目的の物だけを強奪しての逃走だった。


レイとリーヴィスが入り組んだ回廊を駆け抜けるが、行く手を遮るように、城の防衛システムである巨大な岩石のゴーレム兵たちが、地響きを立てて迫り来る。完全に包囲され、退路は断たれた。

「レイ、私の術で――」

リーヴィスが呪文を唱えようとしたその時、レイの懐にあった、あの「緑色の石」が凄まじい輝きを放った。

大気が爆発的に歪み、二人の視界が緑の光に染まる。

ドォン! と足の裏に確かな大地の感触が戻ってきた時、二人は城内ではなく、無限城から遥か遠く離れた、荒涼とした荒野の丘の上に立っていた。

彼方の地平線に、薄らと六角形の無限城のシルエットが見える。

完全な瞬間移動テレポートだった。

「……存外、落ち着きがないのう、若き戦士よ」

「――っ!」

突如、背後から響いた掠れた声に、レイは弾かれたように振り返り、剣を抜いた。

そこには、いつの間にか佇んでいる漆黒のフードの男――ネヴェラードの姿があった。しかし、その身体は昨夜よりもさらに希薄で、まるで陽炎のように揺らめいている。

「あんた……ネヴェラード! これは一体どういうことだ。この緑の石は何なんだ!?」

レイの問いに、ネヴェラードは静かに首を振った。

「お主が持っておるのは、不純物の結晶などではない。……それは五王玉の淀みを精錬し、地獄の底なる力を具現化させた『地王玉ちおうぎょく』。……人間が、第五の勢力を超え、第六の王族になった証だ」

「地王族だと……? 俺たちがか?」

レイが目を見張る。

隣に立つリーヴィスも、自らの内側に宿る、天王力でも魔王力でもない、瑞々しくも力強い「地王力」の胎動を感じ取っていた。

聖邪の交わりによって、二人は人間でありながら、新たなる王の器へと新生していたのだ。

「いかにも。その地王玉の力をもって、傲慢なる五王の鼻をへし折り、世界に真の均衡をもたらすのだ。レイ、リーヴィスよ。この世界の中央に、新たなる『地王界』を築くが良い!」

ネヴェラードの声に、初めて、命の灯火を燃やすような熱い感情がこもった。

彼はやり遂げたのだ。

五王の時代を終わらせ、人間に神をも超える可能性を与えるという、狂気にして偉大なる大魔術を。

「これで……私の役目はすべて終わった。あとはただ、無に還るのみ……」

寂寥たる言葉と共に、ネヴェラードの肉体が、足元からパラパラと灰のような塵となって崩れ始めた。

風に吹かれ、彼の漆黒のフードが虚空へと消えていく。

それと完全に同期するように、遥か彼方にそびえ立っていた不落の無限城が、音を立てて砂の城のように崩壊し、荒野の塵へと還っていった。

世界の中心に残されたのは、吹き抜ける乾いた風と、新時代の鍵を握る二人。

レイは手の中の緑の輝きを強く握り締め、リーヴィスと視線を交わした。世界の天秤は今、名もなき二人の人間の掌の上で、静かに、しかし決定的に回り始めていた。

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