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第二部第十一話:聖女の決断、反逆の残光

第二部第十一話:聖女の決断、反逆の残光


最愛の妹、リーヴィスを砂嵐と未知の勢力に連れ去られたその時から、神聖タルカ法国の聖女リディアは狂気的な苛立ちに囚われていた。

本陣の天幕の中、彼女が放つ濃密な天王力は周囲の空気をチリチリと焼き、護衛の騎士たちすら怯えて近づけないほどだった。

「どこへ行った……私のリーヴィス。私を置いて、どこへ……」

その時、リディアの背後の空間が、ガラスが割れるような不吉な音を立てて歪んだ。

漆黒の亀裂から音もなく姿を現したのは、銀色の髪を夜風に揺らす少年――半魔王族リリムのネヴェルである。

その冷徹な紫の瞳が、怒りに燃える聖女を真っ向から見据えた。

「――不浄の魔王族が、よくも私の前に!」

リディアは問答無用で右手を突き出し、渾身の天王力を解き放った。

白銀の雷霆が天幕を消し飛ばさんばかりの勢いでネヴェルへと殺到する。

しかし、ネヴェルは眉一つ動かさず、自身の掌から禍々しい紫黒の魔王力を噴出させた。

ドォォォン!!

天と魔、相反する二つの王気が出突頭で激突し、凄まじい衝撃波が周囲の物品を粉砕する。

完全に相殺。

ネヴェルの実力は、リディアの猛攻を正面から受け止めるに足りるものだった。

「無駄な戦いは好まない、聖女リディア」

ネヴェルは煤煙の向こうから、静静とした、しかし残酷なほど響く声で告げた。

「お前の最愛の妹、リーヴィスは我が父ネヴェラードの元……五界の狭間にある『無限城』にいる。彼女の身の安全と、世界の調和のため、我が父がお前との協力を求めている」

「人質を取って『協力』だと? 舐めるな、魔の眷属が!」

「応じるか否かは、お前次第だ。だが、拒めば妹の魂がどうなるか……想像に難くないはずだ」

リーヴィスという名を突きつけられ、リディアの美貌が苦渋に歪んだ。

溺愛する妹の命が、敵の掌中にある。

彼女は奥歯を噛み締め、怒りで震える拳を収めた。

「……いいでしょう。案内しなさい、そのコソ泥の巣窟へ」

リディアは渋々交渉に応じた。

ネヴェルが再び空間に鋭い爪を立てて亀裂を生み出すと、二人は吸い込まれるようにしてタルカ軍の野営地から姿を消した。


同じ頃、無限城の巨大な大理石の玉座の前。

レイは、顔の見えない魔導士ネヴェラードと対峙していた。

「レイ。そなたには、『不純物』を集める仕事をしていただきたい」

フードの奥の闇から、ネヴェラードの擦れた声が響く。

「不純物だと?」

「そうだ。至高の王玉を精錬する過程で生じる、魔力の淀み、世界の歪み……それらを削ぎ落とし、回収する役目だ。これは、五王の純血に染まっておらぬ、清濁を併せ呑む『人間』にしかできぬ大任なのだ」

レイはフッと不敵な笑みを漏らし、腰の剣に手を置いたまま言い返した。

「不純物集めの雑用か。……おい、あんたのその身体だって人間だろう。なら、あんた自身がやればいいじゃないか?」

「……私には、この世界の天秤を支えるという、他にやるべきことがある」

ネヴェラードがそれ以上を語ろうとした瞬間、謁見の間の空間が大きく裂けた。

現れたのは、ネヴェル。

そして、その後ろから圧倒的な聖性を纏って足を踏み入れた聖女、リディアであった。


ネヴェラードは、これから始まる「王の交渉」にレイを介在させる気はないようだった。

彼が指先を微かに動かすと、部屋の隅に控えていた岩石のゴーレム兵が重々しい音を立てて動き出し、レイを下がらせるように部屋の奥へと案内し始めた。

レイはリディアの横を通り過ぎる際、彼女の瞳の奥にある「尋常ならざる光」を認め、微かに眉をひそめた。


「よく来られました、タルカの聖女よ」

ネヴェラードはリディアを迎え、物静かに語りかけた。

「用件を聞こう、無王ネヴェラード。妹はどこだ」

「リーヴィス様は無事です。我らの目的は、五王玉の同時生成。天上の法を宿すあなたの協力があれば、それは完成する。……協力の対価として、妹君は無傷で返そう。さらに、真に完璧な『天王玉』を報酬として与えることを約束する」

破格の条件。

完全な天王玉が手に入れば、タルカの繁栄は永遠のものとなる。

しかし――リディアはその言葉を、微塵も信じなかった。

(甘い言葉で私を騙し、儀式に利用した挙句……最後にはリーヴィスごと私を消すつもりだ。魔王族め)

リディアの思考は、狂信と猜疑心によって急速に黒く染まっていく。

もし、この儀式によって「魔王玉」と「天王玉」の二つが魔王族、あるいはこの得体の知れないネヴェラードの手に渡ってしまえばどうなるか。

均衡などという欺瞞は崩れ去り、天王族は、タルカは、なす術もなく地上から根絶やしにされるだろう。

それだけは、絶対に阻止しなければならない。

国を護るため、天上の法を至高たらしめるため、この城ごとすべてを破壊しなければならない。

たとえ、その結果として――愛する妹、リーヴィスの命が犠牲になるとしても。

「魔の眷属ども……。その不浄な口で、二度と天上の法を、私の妹を騙るな」

リディアの超然とした美貌から、一切の感情が消え失せた。

次の瞬間、彼女の肉体から、無限城の黒亜の尖塔さえも激しく揺るがすほどの、とてつもなく強烈で冷酷な白銀の天王力が、奔流となって噴出し始めた。愛を、妹さえも切り捨てた聖女の決意は、世界の天秤をひっくり返すほどの、破滅の光を纏っていた。

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