第9話 夜会の実行委員
エラはルイスへの気持ちに蓋をした。ルイスが言っていた通り、人間と魔族は結婚できない。なら、この気持ちを持ち続けていても仕方がない。
その日からルイスと距離を置こうとした。ルイスと遭遇するであろう時間を避ければ、彼と会うことはない。彼も前のように無理に時間を合わせようとしなかった。だから、自然とルイスと顔を合わせることはなくなった。
「ふーっ」
エラは朝の早い時間に寮を出た。この時間はまだ生徒たちも登校するには早い時間だった。この時間であれば、ルイスと顔を合わせることもない。誰もいない道を一人で歩いていく。
朝の空気は少し冷たかった。身を縮めながら、少し早足で歩いていく。
校舎に近づいたころ、誰かに声をかけられた。
「あれ、君って……」
そこにいたのは見覚えのある人だった。
「バート生徒会長」
以前、エラがクラスメイトの男子と対峙したときに手助けしてくれた生徒会長だった。
「堅苦しいな。バートと呼んでくれよ」
「じゃあ、バート先輩と」
「うん。それでいいよ」
バートはうんうんとうなずいてくれる。
「先日はありがとうございました。その、助けていただいて」
「ああ、気にしなくていいよ。あとこれ」
バートはポケットの中から記録の魔術具を取り出す。
「返すよ。ありがとう」
「いえ……その」
「男子生徒たちには厳しく言っておいたよ。もう何もしてない?」
言われてみれば、こちらを気にしている様子はあるが、男子生徒たちが絡んでくることはなくなった。
「はい、ありがとうございます。私もこれを」
お礼を言いながら、預かっていた懐中時計を返す。
「ん、ありがとう。これは大切なものだったから、返してもらえてよかったよ」
懐中時計は貴重なものだ。人間の科学の結晶でもある。とても高いものだから、早く返さなくちゃと思っていた。
「誰かからもらったんですか?」
「ああ。重要な人からもらったんだよ」
重要な人? 重要な人という表現は妙に引っ掛かった。大切な人とか、尊敬できる人ならわかる。まるで何かを成し遂げるのに必要な人みたいに聞こえる。
どんな人なのか聞いてもいいものだろうか。エラが悩んでいると、バートは口を開いた。
「それにしても、朝早いね。何かあるの?」
その問いかけに思わず口をつぐむ。バートはそれを気にした様子なく、話を続ける。
「僕はね、もうすぐ学園主催の夜会があるだろう? その準備で忙しいんだ」
それを聞いて、もうすぐ行われるイベントのことを思い出した。
エラの通っている学園は平民の子どもたちが通う場所だが、お金のある家の子が多い。近い将来、貴族にもお近づきになれる可能性のある子どもばかりだ。
学園自体、貴族の通う学園を真似して作られたものだ。そのため、貴族を真似て、夜会が行なわれる。将来、貴族の夜会の準備をすることになる商家の子たちが、実際に夜会の準備をする。そして、実際に夜会に参加する立場にもなって、どのように感じるのかを学ぶ場所であった。
「今回は、いつも手伝ってくれる子が卒業しちゃってて、人手が足らなくて……」
学園で行われる夜会は生徒会が主催で行われる。一般の生徒たちが実行委員として参加しているとはいえ、忙しいのだろう。
ふーんと思いながら聞いていたが、ふと気が付いた。
……私も忙しくなれば、ルイスと会わなくて済む?
忙しければ、朝早く出ることも、遅く帰ることもあるだろう。お昼の時間に出ることもあるかもしれない。そうすれば、物理的にルイスと会わずに済む。何より、忙しければ、ルイスのことを考えることも減るだろう。
「私、実行委員やってみたいです」
エラの言葉に、バートは顔を輝かせた。
「本当かいっ!?」
「はい。いい勉強になりそうなので」
「君のような勉強熱心な子は大歓迎だよ!」
バートは嬉しそうにエラの手を取ると、ブンブン振り回す。
エラとしては、本当にやりたいのではなく、ルイスを避けるのが目的だったため、少し心苦しくなった。それに気づかず、バートは嬉しそうにしている。
「じゃあ、今日の放課後、生徒会室においで。仕事を教えるよ」
バートは校舎に入ると、そのまま生徒会室の方へ歩いていく。朝から仕事だなんて大変そうだ。
……でも、放課後からは私も同じように忙しくなるんだ。
エラは両手をぎゅっと握り締めると、教室へと歩いていった。
放課後、エラは生徒会室へ向かった。生徒会室はそんなに広くなかった。何人も入れば、ぎゅうぎゅうになってしまうだろう。
「お一人ですか?」
一番奥の席にバートが座っていた。
「ほかのメンバーはすでに自分の仕事に取り掛かっているからね。こちらに座ってくれるかい?」
バートは空いている席に指でさし示す。そこにはいくつかの資料が置いてあった。
「君の家は食料に強いと聞いている。君には夜会で使う食材の手配をしてほしい。ほかにも手配してくれている生徒がいるけれど、一つの商店に偏ってはいけないからね。主に準備してもらうのは食材だけど、都度、ほかの商品も依頼する可能性がある。対応できるかい?」
「はい。食材以外も取り扱っているので、大丈夫です」
「よかった、安心したよ」
エラは置かれている資料に目を通す。食材だけでも結構な量がある。遠い地域の食材まで書かれていた。用意するのは大変だろう。
「それと、夜会の設営にも携わってほしい。設営に必要な備品を聞き取って、まとめてほしいんだ。それの手配も都度お願いしたい」
つまり、実行委員の中でも、調達係をしてほしいということだろう。商家の子らしい仕事だ。
「僕も、前はその係をしていたんだよ。意外と必要になるもの多いから、忙しいよ」
バードは懐かしそうに目を細める。
「前にやっていたということは、バート先輩も商家の人間なんですか?」
「ああ。うちの実家は商家だよ。魔族の国と主に交易をしているんだ」
魔族と交易しているというのは、婚約者だったアルフと同じだ。アルフのことを思い出し、寂しい気持ちになる。
「実行委員には、すでに君が参加することは話を通してある。話しかけたら、対応してもらえると思うよ」
エラは以前、悪い噂が流れていた。生徒会長が話を通してくれるということは、その噂を知っている生徒たちに邪険に扱われないようにしてくれたのだろう。
エラは立ち上がり、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、会場の方へ行っておいで」
「はい!」
渡された資料を手に持ち、生徒会室を出る。会場の方へ歩いていると、放課後なのに生徒がたくさん残っているように感じた。実行委員としてどれくらいが参加しているかわからない。だが、多くの生徒が関わっているのだとわかる。
活気のある空気を感じながら歩いていると、目の前からルイスが歩いてくるのが見えた。
「エラ? 何をしてるの?」
どう反応しようか考えていると、ルイスの方から話しかけてくる。ルイスはエラの手元にある資料に目を向けていた。
「何かあったの?」
「実は、夜会の実行委員になって……」
「実行委員? 生徒会主催の?」
「そう」
エラの返事にルイスは眉を寄せる。
「……どうして、いきなり?」
「生徒会長に誘われて。私も興味があったから、いい勉強にあるかなと」
「ふぅん」
ルイスは難しい顔をしている。何かを考えているようだった。
「そっか、頑張ってね」
そう言って、彼は手を振って離れていく。何か言われるかもしれないと、エラは少しヒヤヒヤしていた。だが、何も言われずに済んで、ホッとする。
エラは胸に手を当てる。久しぶりにルイスと話した。それだけで、少し気持ちが弾んでいる。
……だめだ。ルイスへの気持ちは封印するって決めたんだから。
エラは自分の頬を両手で叩くと、会場へと歩きはじめる。
会場に着けば、たくさんの生徒たちが活動していた。エラは両手をぎゅっと握り締めて、会場の中へ入っていく。
会場の中は大きな声があちらこちらから聞こえてきた。走っている生徒もいる。
「あの! 足りない備品はありますか!」
実行委員の生徒がエラに目を向ける。見定めるような目つきだった。瞬間、悪い噂について何か言われるんじゃないかと思った。だが、その人はエラを見ると、声を張り上げた。
「釘が足りない! あとは装飾に使う布! これね! 見てわかる?」
早口で言いながら、布を見せる。
「サ、サンプルをいただけたら……」
「じゃあ、箱に入ってる切れ端を持って行って。明日までにあると嬉しい!」
「はい!」
彼はすぐに仕事に戻っていく。悪いことを何も言われなくて拍子抜けだった。だが、仲間として認めてくれているとわかり、やる気がわく。
「よし……!」
色んな人に声をかけ、足らない備品を聞いて、まとめていく。それだけで時間が過ぎていく。
「い、忙しい……!」
気づけば、日が暮れており、解散の時間になった。生徒会室に向かうと、数人の生徒たちが集まっていた。みんな、バートに報告しに来たようだ。
順番を待とうとすると、バートがこちらに顔を出す。
「エラは明日も早い?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、君の話は明日聞くよ。気をつけて帰ってね」
そう言われ、エラは頭を下げて生徒会室を出る。帰ろうと校舎の出口に向かうと、そこにはルイスがいた。
「ルイス……? こんな遅くにどうしたの?」
ルイスは誰かを待っているように立っていた。こちらに気づくと、優しい笑みを浮かべる。
「エラ、お疲れ様。君を待ってたんだ」
「私を……?」
最近は、エラがルイスを避けても、彼は追ってこなかったはずだ。けれど、今日は顔を出した。何かあったんだろうか。
「一緒に帰ろう?」
ルイスに誘われ、エラはうなずく。
「……うん」
辺りはすっかり暗くなっていた。それでも帰る生徒は数人いた。
エラはルイスと隣り合って歩く。しばらく無言で歩いていたが、ルイスが口を開いた。
「バートには気を付けて」
「バート先輩?」
ルイスの口からバートの名前が出てくるとは思わなかった。
「知り合いなの?」
「……少しだけね」
「どういう知り合いなの?」
「昔からの顔見知りなんだ」
質問をすれば答えてくれるが、進んで話そうとしない。どんな関係なんだろうか。
「どうして、警戒する必要があるの?」
「……自分のしたいことに対して、手段を選ばないから」
どういうことなのかわからなかった。だが、ルイスは真剣な表情をしている。きっとエラを心配して言ってくれているのだろう。その気遣いが嬉しかった。
「うん、わかった」
エラが素直にうなずけば、ルイスは表情を緩める。
「何かあったら、僕に言って。きっと、君の助けになるよ」
エラが距離を取ろうとしても、気にしてくれる。心配してくれる。それだけで頬が緩んでしまう。
「帰りは危ないから、今日から寮まで僕が送っていくよ」
ルイスの申し出にエラは首を横に振る。
「それはいいよ。待たせることになるから」
「僕が待ちたいんだ。……だめ?」
「うん、だめ」
エラがそう言うと、ルイスはむぅと口を尖らせた。
「そっか、だめか……」
ルイスは眉を寄せながら、難しい顔をして歩いている。その顔を見て、エラはくすりと笑う。
ルイスと過ごす何気ない時間が好きだった。こうして、たわいもないお喋りをしながら歩く。こんな時間が続いたら嬉しいだろう。
……でも、ルイスに頼ってばかりじゃだめだ。
「ルイス。じゃあね」
寮の前に着き、ルイスと別れる。彼はエラが寮の中に入るまで見守っていてくれた。




