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第10話 「君たちの関係が知りたいんだ」

 朝、早い時間に寮を出ると、バートが待っていた。わざわざ女子寮の前で待っているとは思わなくて驚く。


「エラ、おはよう。昨日の話、聞かせてくれる?」


 バートと横で並びながら歩く。彼は眠そうにふわりと欠伸をした。


「遅くまで学園に残ってたんですか?」

「まあね。イベントごとがあると、いつもこんな感じだよ」


 そう言いながら、両手を上に挙げて、伸びをする。相当疲れているようだ。


「無理しないのは難しいかもしれないですけど、ちゃんと休んでくださいね」


 その言葉に、バートは目を瞬かせた。そして、頬を緩める。


「そうだね、ありがと」

「生徒会長が倒れると、ほかの人が大変だと思うので……」

「それはたしかにそうだ。気を付けないと」


 バートはそう言いながらも、嬉しそうに笑みを浮かべて、エラをじっと見ている。


「何ですか?」

「いや、エラは優しいんだなと思って」


 彼は目を細めながらエラを見る。


「実は、エラに興味があったんだ。どんな子なのかなって」


 その言葉を聞いて、ルイスの言っていたことを思い出す。ルイスはバートのことを警戒するように言っていた。エラは少しだけバートから距離を取る。


「どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。僕はエラを助ける前から君のことを知っていた。だから、こうやってエラと話せるようになってよかったなって」


 助ける前から知っていた。ということは、助けたのはエラと接点を持つためだったということだろうか。


「どうして知ってたんですか?」

「噂で有名人だったじゃないか」

「う……っ」


 思わず胸を抑える。

 確かに、アルフの一件で有名人になっていた。そのことでエラのことを知った人は多いだろう。バートもその一人だったということだ。

 バートはエラの様子を見て、にこりと笑う。


「犯罪者の婚約者をルイスが庇っていたって聞いて、興味を持った」

「へ、ルイス?」

「そう。ルイスが人を庇うんだって」


 エラは背の高いバートを見上げる。

 ルイスはバートのことを顔見知りだと言っていた。そして、バートもルイスのことを気にしている。


「ルイスはバート先輩のことを顔見知りだと言ってました。バート先輩にとって、ルイスは何ですか?」


 バートは目を細めて、意味ありげに笑う。


「重要な人だよ」

「……重要な人」


 それは前にも言っていた表現だった。懐中時計をくれた人。その人のことも重要な人と表現していた。つまり、ルイスがバートに懐中時計を贈った。二人は一体どんな関係なのか。


「具体的にどういう関係ですか?」

「内緒」


 バートは指先を口元に寄せて、にっこり笑う。バートはそれ以上教えてくれなかった。




 放課後、エラは会場に向かおうとした。同じクラスの人の中にも実行委員になっている人がいるのだろう。バタバタと教室を出ていく人が多かった。エラも荷物を持って教室を出る。


「エラ」


 そこで待っていたのはルイスだった。彼が教室まで迎えに来るなんて久しぶりだ。


「ルイス。どうしたの?」

「実は僕も実行委員になったんだ」

「へ?」

「エラとおそろいだね」


 ルイスはにこりと笑う。エラは苦笑いしかできなかった。彼を避けるために実行委員をはじめたのに、これでいいのだろうか。


「これで一緒にいられるね」

「……うん」


 けれど、少し嬉しいという気持ちに嘘は吐けない。エラはルイスと一緒に生徒会室に向かった。


「やあ、ルイス。来てくれて嬉しいよ」


 生徒会室に入ると、バートが両手を広げてルイスを歓迎する。ルイスはにこやかな笑みを顔に貼り付けていた。いかにも作った笑顔だ。バートのことを良く思っていないことがよくわかる。


「ルイスの家も商家だったよね。今回は君がエラの代わりに足りない備品の調査をしてきてくれるかい?」

「お断りします。僕はエラと一緒に行動します」


 バートの言葉をルイスは笑顔のまま断る。バートの目が細められ、鋭くなる。


「ここを取り仕切っているのは誰かい?」

「バート生徒会長です」

「そうだよ。僕は生徒会長だ。君はただの実行委員。誰のいうことを聞くべきかわかるね?」

「実行委員の意見も聞けない生徒会長なんですね。いかにも無能そうです」


 二人は笑顔のまま言い合いを始める。二人の関係が良くないことはよくわかった。

 エラは慌てて二人の間に入る。


「ルイス、ここを取り仕切っているのは生徒会長なんだから、今回は言うこと聞こう?」

「でも……」


 文句を言おうとするルイスの背中を押して、部屋の外に出す。


「実行委員になるって決めたのはルイスでしょう? ほら!」


 ルイスは不満そうな顔をしながらも、エラの言う通りに動く。


「エラ。帰りは一緒だからね」

「わかったから!」


 その返事を聞いて、ルイスは会場の方へ歩き出した。


「すごいね。君の言うことなら聞くんだ」


 バートは面白いものを見たように、顔を緩ませている。エラは仕方なさそうに息を吐いた。


「ルイスを追い出して、何がしたいんです?」

「疑われてるね。僕は仕事がしたいだけだよ。君は計算が得意かい? 帳簿の計算をしてほしいんだ」


 どうにもバートが怪しい。先ほどのルイスとのやり取りを見ても、ただの顔見知りには見えない。

 エラはバートをじっと見ながら、帳簿を受け取る。その様子を見て、バートは楽しそうに笑う。


「君たちは本当に仲がいいんだね。大丈夫。ルイスには何かしたりしないから」


 あの仲の悪さを見ては、その言葉はどうにも信用できなかった。

 だが、仕事を振られた以上、仕事はしようと思った。エラは椅子を引き、部屋の真ん中にあるテーブルに帳簿を広げる。


「君とルイスはどんな関係なの?」


 バートが口を開く。エラは顔を上げ、バートを見る。


「……幼なじみですよ。その言葉、そのままお返しします。あなたとルイスはどんな関係なのですか?」

「そうだな……。主人と従者?」

「はい?」


 眉を寄せると、バートはくすくすと笑う。


「君とルイスは本当にただの幼なじみなの? ただの幼なじみのためにあのルイスが動くのかな?」

「どういうことですか」

「君たちの関係が知りたいんだ」


 バートが立ち上がり、エラに近づく。警戒しろというルイスの言葉を思い出した。エラはペンを置き、バートと向き合う。


「ルイスは優しい人ですよ。あなたはルイスのことを詳しくないのですね」

「君よりは詳しいはずだよ。……ルイスは優しいと思わないね」


 バートは腰をかがめ、エラと目線を合わせる。


「例えば、さ」


 にこりと笑うと、バートはエラの腕を掴んだ。


「僕が君に手を出したとき、彼は許してくれると思う?」


 腕を引かれ、バートの顔が近づいてきた。彼の唇がエラの唇に触れそうになる。エラは思わず、彼の胸を押した。唇は触れることなく離れていく。


「……残念」


 彼はエラから離れると扉の方に目を向ける。そこにはルイスが立っていた。


「……何してんの」


 ルイスは目を大きく開いていた。大股でこちらに近づき、バートの胸ぐらをつかみ上げた。


「エラに何をした」

「何をしたって、未遂だよ。見てたでしょう?」

「何をしようとした」


 ルイスは拳を握り、振り上げようとした。エラは立ち上がって、ルイスの腰にしがみつく。


「殴っちゃだめ! 殴っちゃだめだよ、ルイス!」


 その言葉にルイスは拳を下ろす。息が荒れており、ルイスは怒りを抑えるのに必死のようだ。


「ルイス、バート先輩から離れて!」


 エラがルイスの手に触れると、彼はバートを睨みながらも、手を離す。ルイスから逃れ、バートは二、三歩後ろに下がった。愉快そうな笑みを浮かべながら、肩をすくめる。


「怖いな、まったく。ね、エラ。ルイスは優しくないだろう?」


 エラはキッとバートを睨む。


「ルイスは私のために怒ってくれた。十分優しいですよ。それに、あなたがそんなことをしなければ、ルイスだって怒らなかった」


 二人から睨まれて、バートは肩をすくめる。


「二人して睨まないでよ。ごめんって」


 悪びれもせず、一番奥の席に座る。面白そうに頬を緩めてこちらを見た。


「お詫びに二人で仕事していいよ。ほら、行って行って」


 出ていくように言われ、ルイスはエラの手を掴んだ。


「ルイス……」

「行こう、エラ」


 ルイスはバートの方を振り返らず、生徒会室を出た。

 会場の方へ歩く。ルイスはエラの方を見ようとしない。怒っているんだろう。警戒するように言われていたはずなのに、バートに近づきすぎた。


「エラ」


 ルイスの口を開く。


「ごめんね」

「え?」

「あんな目に合わせて、ごめん」


 どうしてルイスが謝るのだろう。謝るのはこっちの方なのに。


「ルイスは悪くないよ。私が……警戒しろって言われてたのに」

「ううん。バートは僕を怒らせようとわざとああいうことをしたんだ。エラは巻き込まれたんだ。……ごめん」


 ルイスがこちらを振り向く。眉を下げた顔は子犬のようにしょぼんとしていた。


「大丈夫だよ。ルイスだって……心配して見に来てくれたんでしょ? 来てくれてありがとう」


 エラの言葉にルイスはうなずく。彼はキリッと顔をすると、エラの手をぎゅっと握った。


「僕が守るから……絶対に守るから」


 彼の決意がエラの胸を温かくする。


「……うん、ありがと」


 エラがそう言うと、ルイスはふにゃりと笑った。


「エラ、一緒に仕事しよう。昨日は忙しかったでしょ? 僕がサポートするから」


 ルイスと手を繋ぎながら歩く。その時間はとても嬉しく感じた。


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