第11話 夜会
エラはルイスに言われた通り、バートを避けつづけた。バートも警戒されていることに気づいているのか、不用意にエラたちに近づこうとしなかった。
「エラ、どこに行くの?」
「依頼内容をまとめに教室へ……」
「それは後でまとめてやった方が効率がいいよ。都度やってたらキリがないでしょ?」
「……そう、だね」
エラとルイスは一緒に実行委員の仕事をしていた。ルイスと距離を置くために実行委員を始めたエラとしては、彼とは別の仕事をしていたかった。だが、バートを警戒したルイスが別行動を許してくれない。
「一緒に行こう?」
にこやかなルイスからはなかなか逃れられない。エラは息を吐きながら、彼のあとをついていく。
夜会の準備はほとんど整った。なにせ、明日が当日だからだ。
ギリギリになって必要なものは想定していたよりも多く、エラたちは忙しなく動き回っていた。
「ルイスが予想してた通り、多めに物を買っておいてよかったね。最後まで乗り切れそうだよ」
「必要になる商品の傾向を見極めてたんだ。少し余りそうだけど、足らないよりはいいよね」
エラの褒められ、ルイスはご機嫌そうだ。作業している実行委員たちに声をかけ、足りてない物品を確認しては、すぐに差し出す方式を取っている。その手際よさは生徒たちを驚かせていた。そのためか、ルイスは実行委員たちの評価が高い。
「ルイスは来年も引っ張られそうだね」
「エラは?」
「ん?」
「エラは来年もやるの?」
「来年はいいかなぁ。結構大変なのがわかったし」
「なら、僕も来年はいいかな」
その言葉にエラは顔を下げる。エラがいるから、ルイスが動く。それが特別に扱われているようで、照れ臭い。
いつまでルイスとこうしていられるだろうか。お互いに想い合っていたとしても、ルイスは魔族だ。結婚できない。魔族だということを隠して結婚したとしても、子をなすこともできない。そして、魔族であることがバレたときどうなるか。二人ともが罰せられる。そう考えると、ルイスとの結婚は現実的ではないだろう。
愛想よく実行委員たちに話しかけるルイスを見る。どうして、ルイスは魔族なんだろうか。だが、彼が魔族であることを否定することは、ルイス自身を否定することになる。……ずっと一緒にいたのは魔族のルイスだ。一緒にいた思い出を否定したくない。
「エラ」
ルイスがこちらを振り向く。
「明日、最初に踊る相手、決めてる?」
エラはその言葉にきょとんとする。準備のことで頭がいっぱいになっていたが、明日は自分も夜会の参加者だ。そのことを忘れていて、じわじわと焦りを覚える。
「……明日の準備してる?」
「かろうじて?」
「ドレスは用意したんだよね?」
「それはさすがに……でも、それに合わせるアクセサリーとか考えてない」
ルイスがくすくすと笑う。
「エラらしいや。でも、いつも当日にはしっかり決めてくるから、心配してないよ」
信頼されているようでありがたいが、過度な期待をされているような気もして、プレッシャーがかかる。
ドレスに合うアクセサリーは何があったか考えていると、その手をルイスが取った。
「じゃあ、明日は誰と最初に踊るかは決まってないのかな?」
エラがうなずくと、ルイスはふわりと笑みを浮かべる。
「僕と一緒に踊ろうよ。僕にエラをエスコートさせてほしい」
熱い視線を向けられ、目を逸らしたくなる。けれど、その目に囚われたように目を離すことができない。
「……わかった。お願いしていい?」
ルイスはエラの手を両手で包み込む。
「ありがとう。嬉しい」
……私も嬉しい。そう言いたいのに、言ってはいけない気がした。
自分の気持ちはルイスに知られてはいけない。自分で決めたことだ。ルイスの手から自分の手をするりと抜く。
「明日、よろしくね」
エラの言葉にルイスは嬉しそうに微笑みながらうなずいた。
実行委員の仕事は時間ギリギリでなんとか片付いた。アクセサリーをゆっくり考える時間ができたので、ドレスに合わせてアクセサリーを眺める。
エラの持っているアクセサリーはアルフの瞳の色に合わせたものが多かった。婚約者だったため、エスコートするのも、最初に踊るのもアルフの役目だった。……だが、アルフはもうそばにいない。
「……ルイスと最初に踊る日が来るなんてね」
アルフと知り合ったのは学園に入る前だ。そのため、ルイスの方が先に知り合っていても、エラのエスコートをしたのは最初からアルフだった。
「ルイスと一緒に踊るなら……」
胸元に身に着けているネックレスを見る。緑色の石がついたネックレス。この石はルイスの瞳の色だ。
トルソーにかけられているドレスにネックレスを合わせる。
「……うん、これがいい」
ドレスは淡いピンク色のドレスだ。その胸元に飾られたネックレスは控えめであまり目立たない。けれど、これはルイスからもらった思い出のものだ。彼と踊るのなら、これがいい。
このネックレスを使うなら、ほかのアクセサリーはあまりいらないだろう。小さな目立たない髪飾りを合わせ、それで決めてしまう。
明日はルイスにエスコートしてもらう最初で最後の日になるだろう。
……なら、少しくらい楽しんでいいよね?
エラはベッドに倒れ込み、目を閉じる。明日のことを考えながら眠りに落ちた。
貴族の子ならば、侍女たちが朝から夜会の準備をしてくれるのだろう。だが、学園に通うのは平民の子ばかりだ。自分で準備するしかない。ほかの女生徒たちは互いに力を合わせて準備をしているのかもしれない。一緒に準備をする友人がいないエラは朝から風呂に入り、ゆっくりと準備をした。自分で化粧を施し、ドレスを身に着ける。化粧品もドレスもアクセサリーもちゃんとしたものを身に着けている。見劣りすることはないだろう。
夜会は夕方から始まる。女子寮の前では、女生徒たちをエスコートする男子生徒たちが集まっていた。エラも高いヒールの靴を履いて、寮を出る。
「エラ」
ルイスがいた。前髪を後ろに固めており、グレーのジャケットとズボンを身に着けている。胸元には青い石のついたブローチが着けられている。まるでエラの瞳の色のようだ。
ルイスはエラを見ると、蕩けるように目を細める。
「さすが、エラ。……綺麗だよ」
「あ、ありがとう」
ストレートな誉め言葉に、思わず視線を下げてしまう。その視界に入るように、ルイスが手を差し出した。
「行こう、エラ」
ルイスの手を取り、会場まで歩いていく。高いヒールの靴を履いているエラの足取りに合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
周りを見れば、エスコートに慣れていない生徒たちが照れ臭そうにしながら歩いていた。貴族はエスコートに慣れているが、平民はこういったイベントがない限り、エスコートをしたりしない。いつもエスコートをしてくれるアルフが特別だったのだ。
「エラは……さすがにエスコート慣れしてるね」
「え?」
「……いや、いいんだ。これからは僕がするから」
来年も、再来年もルイスがエスコートするつもりなのだろう。だが、その間にエラにまた新しい婚約者ができる可能性もある。ルイスもそのことを考えていないわけではないだろう。きっと、そうなってほしいと思っているだけだ。
「……そうだね」
エラはルイスの腕をぎゅっと握る。ルイスはその手をポンポンと撫でてくれた。
夜会の会場は綺麗に飾られていた。エラの実家の商店で用意した食料が料理されて、テーブルに並んでいる。食器やカトラリーもエラの実家の商品だ。
今回は多くのものがエラの実家やルイスの実家で買ったものだ。いい親孝行になった。
給仕をしてくれる人は外部から雇っているため、実行委員たちも夜会の参加者になっている。そのため、全生徒が綺麗に身支度をし、会場に入っている。
「エラ、料理が美味しそうだよ! 食材がいいから、料理もいいね」
ルイスが目を輝かせてテーブルを見ている。きっと、エラの持ち込んだ食材を褒めてくれているのだろう。
「いいね。食べてくれてる人も幸せそう。僕、エラのとこの商店で働きたいな」
「ルイスは跡取りでしょう?」
「そうだけどねぇ」
ルイスはエラの父親とも仲がいい。ルイスが婿養子に来ても、問題はないだろう。叶うことはない未来を想像して、エラはくすりと笑う。
音楽が流れはじめた。一曲目がはじまるのだ。
「エラ、行こ!」
ルイスはエラの手を取って、会場の真ん中へ歩んでいく。エラの背中に手を回し、腰を引き寄せて音楽に合わせて踊りはじめる。
ルイスの足取りはしっかりしていた。エラを上手にリードしながら踊っている。
周りの生徒たちはぎこちなく踊っていたり、ダンスの基本も関係なく楽しそうに踊っていたりと自由に踊っていた。だが、ルイスは踊りを習ったことがある人のように、音楽に合わせて踊っている。
「ルイスって、踊り習ったことあるの?」
「昔にね。厳しい家庭教師がいたんだ」
ルイスの父親は効率主義だ。踊りなど、学園での夜会で踊る以外に披露する場面などほとんどない。必要のないものはやる必要はないと考えている。踊りはその一つだと思っていた。
「エラも上手だよね」
「えっと……アルフの家は体面を気にするからね。子どものころからアルフと一緒に練習してたの」
アルフの話題を出して、ルイスは気分を害するかと思った。だが、彼は気にした様子もない。それどころか、少し嬉しそうだった。
「そっか」
彼の視線はエラの胸元に向いている。その胸元には緑色の石が着いたネックレス。ルイスからもらったものだ。
「そのネックレス、着けてくれたんだ」
「うん……ルイスと踊ると思ったら、これ以外に思いつかなくて」
「嬉しいよ、ありがとう」
ルイスの表情が蕩ける。言葉の通り嬉しそうな表情にエラは顔が赤くなる。ルイスは耳元でささやく。
「今度はドレスも贈ろうかな」
「え?」
「そうしたら、来年も一緒に踊ってくれる?」
音楽が終わった。ルイスの体が離れる。
「じゃあ、戻ろうか」
ルイスにエスコートされながら、テーブルのある場所へ戻っていく。エラはまだふわふわと夢心地だった。
「ルイスはこのあと、誰かと踊るの?」
「ううん。エラと踊った余韻を感じていたいから」
「なにそれ」
ルイスも同じのようだ。互いに顔を合わせてくすくすと笑う。
「僕は少しほかのところに行ってくるよ。エラ、一人になるけど大丈夫?」
「何かあったの?」
「ちょっと人に呼ばれてるんだ。すぐに戻ってくるから」
「わかった」
ルイスは手を振って、エラから離れていく。エラも手を振り返すと料理の方に目を向けた。
「せっかくなら、どんな風に料理されたか気になるよね」
エラも次の踊りに参加せず、食事を取る体勢に入る。何を食べようかとテーブルを眺めながら歩いていると、その肩を誰かに叩かれた。
「エラ」
目を向けると、そこにはバートが立っていた。
「バート先輩……」
慌てて距離を取ると、バートはくすりと笑う。
「一人? ルイスはどうしたの?」
「ルイスは用事があって……何か用ですか?」
警戒されているのは気づいているのだろう。だが、それを気にした素振りを見せず、バートはにこりと微笑む。
「エラに話があったんだ」
「何のですか」
「ルイスの秘密についてだよ」
……ルイスの秘密。それを聞いて思い浮かぶのは、彼が魔族であるということだ。バートはルイスと顔見知りだと言っていた。ルイスの正体に気づいてしまっているのかもしれない。
「エラ、踊ろう? そして秘密の話をしよう」
バートはこちらに手を差し出す。
彼は警戒対象だ。近づいてはいけない。そうわかっているが、エラが応じなければ、その秘密をばらされたりしたら敵わない。
「……わかりました」
エラはバートの手を取った。バートにエスコートされ、会場の真ん中に歩み出る。音楽がはじまる。バートは一歩踏み出した。
彼の踊りは想像していたよりも上手かった。いや、ルイスよりも上手いかもしれない。
「……踊り、上手ですね」
「上手じゃないといけなかったんだ。昔、ルイスに教える立場だったからね」
その言葉を聞いて、エラは顔を上げる。さっき、ルイスは厳しい家庭教師がいたと言っていた。それがバートだったとしたら……。
「ルイスとバート先輩は……」
「エラ」
バートが微笑みながら、エラの顔を見る。
「神の世界に繋がる扉を知っているかい?」
……神の世界に繋がる扉?
聞いたことがなかった。神の存在は知っている。この世界と生き物を創った創造主だ。だが、神の世界やそこに繋がる扉の話は聞いたことがない。
「神は、神の世界にいる。神に声をかけるには、その世界に繋がる扉を開かなければならない。……僕やルイスはその扉を開けるために、この国に来たんだよ」
「え……」
バートはにこりと微笑む。
「本当なら、ルイスはその任務に専念すべきだ。けれど、彼は任務に取り組もうとしない。どうしてかわかるかい?」
エラは首を横に振ることもできない。バートが何を話しているか理解できていないからだ。
「エラ。君がこの国にいるからだ。……君のせいで、ルイスは自分の使命を放棄している」
「何が……どういうことですか。この国って……バート先輩はもしかして……」
エラが問いかける前に、音楽が終わってしまう。バートはするりとエラから手を離した。
「ああ、終わってしまったね」
バートはエラをエスコートして元いた場所まで送ると、そのままその場を離れようとした。
「じゃあね、エラ」
「ちょっと待ってください。話がまだ終わっていません」
外に向かって歩いていくバートの背中をエラは追いかける。
扉を抜けて外に出ると、空気が冷たくなった。外は寒く、身が震える。
「バート先輩!」
人のいないところまで来ると、バートはこちらを振り返った。
「僕を追いかけて、こんなところまで来ていいの? ルイスが心配するよ?」
「大丈夫です」
そう答えたのはエラではなかった。
「ルイス……」
気づけば、隣にルイスが立っていた。来ていたジャケットを脱いで、エラの肩にかけてくれる。
「僕を呼び出しておいて、エラを連れ出すなんて……どういうつもりですか?」
「ああ、約束してたっけ。忘れてごめんね?」
バートは悪びれもせず、そう言う。きっと、忘れていたのは嘘だろう。
ルイスは舌打ちをすると、エラの方を見た。
「エラ、バート先輩に話があるんでしょう? 何の話をしていたの?」
エラはルイスとバートを交互に見る。話していた内容はルイスの秘密についてだ。彼がそばにいるのに、その話題を出していいものだろうか。
「ねえ、ルイス様。彼女はあなたが魔族だと知っているんですか?」
……魔族。バートはルイスが魔族だと知っている。思わずルイスの方を見上げると、彼は眉間に皺を寄せている。バートは楽しそうにくすくすと笑っていた。
「やっぱり、知っているんですね。あなたは人間として生きることを望んでいるんだと思ってました。やっと魔族として生きることを決めたんですか?」
「お前には関係ない」
バートの口調が丁寧になり、ルイスの口調がぞんざいになる。二人の本当の関係性はこちらなのだろうか。
「じゃあ、彼女は私たちが鍵を探していることも知っているんですか?」
「鍵? 鍵って何?」
エラはルイスに問いかける。けれど、ルイスは何も答えない。
「扉のことも鍵のことも話しておられないのですね。彼女のことを特別に扱っていると思っていましたが、そうでもないんですね」
「大切だから、話さないこともあるだろう」
ルイスの機嫌が悪い。だが、バートは気にせず微笑む。
「ルイス様がどのような選択をしていくのか、このバート、楽しみにしております。では、私はここで」
バートは腰を折ると、逃げるようにしてその場を去った。エラはルイスの裾を軽く引っ張る。
「ルイス、扉って何? 鍵はどうして探してるの?」
ルイスは口を閉じる。エラの手を掴むと、自分の方に引き寄せた。
「関係ないよ、エラには、関係ない」
ルイスに抱き寄せられる。彼の温かな体は震えていた。
「大丈夫だから。きっと、僕が何とかするから」
縋りつくように強く抱き締める。今は何も話せないのだろう。なら、話せるときにいつでも聞けるようにしておきたい。
「……わかった。その代わり覚えておいて」
エラはルイスの目をまっすぐ見る。
「話せるようになったら、すぐに教えて。私は守られているだけじゃ嫌だ。……私にもあなたを守らせてほしい」
ルイスはいつもエラのことを助けてくれた。守ってくれた。なのに、自分は何もできていない。
……私もルイスを守りたい。
ルイスは大きく目を開く。そして、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、エラ」
エラはルイスに応えるように抱きしめ返すと、ルイスの腕の力が少し緩んだ。




