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第12話 鍵

 夜会が終わってから、ルイスはエラの前に顔を出さなくなった。

 夜会の準備が始まるまでは、エラもルイスを避けていた。だから、自然とルイスと会うことはなかった。だが、夜会のあとはルイスを避けていない。けれど、ルイスの顔を見ることはなくなっていた。

 エラは思い出す。ルイスは何かを抱えているとき、エラと距離を置く。今回も何か一人で抱えていないだろうか。


「ルイス、いる?」


 放課後、エラはルイスの教室まで行って、彼に会いに来た。廊下の近くにいた生徒はエラの顔を見た瞬間、嫌な顔をする。


 ……あ。


 この人はアルフの噂を聞いて、エラに嫌悪感を抱いている生徒の一人なのだろう。エラは一歩下がった。このまま自分の教室に戻ろうかと考えていると、教室の中から声をかけられた。


「あれ、エラ」


 声をかけてくれたのは、一緒に実行委員をやった生徒だ。夜会の準備のときに関わることが多かったからか、気安く接してくれる。実行委員をやっていたときにバートが声をかけてくれたおかげだと考えると少し複雑だが、偏見の目なく接してくれるのはありがたい。


「ルイスに会いに来たの?」

「そうなの」


 返事をすると、その子は教室を見渡してくれる。


「ルイス、いないみたい」

「そう……」

「最近、休憩になると、教室出ていくのをよく見るよ。どこか行ってるんじゃないかな」


 それはエラを避けての行動だろうか。そう考えると、やはり何かを抱えてるのかもしれない。


「わかった。ありがとう」


 手を振って、ルイスの教室から離れる。

 夜会の日、バートはルイスの秘密を教えてくれた。神の世界に繋がる扉、そして鍵。それが何を意味するのかわからない。ルイスが抱えているのはそれじゃないだろうか。


「まずは知る必要があるのかも」


 エラは自分の教室に戻らず、図書館へと足を進める。知らないことは調べるしかない。学園の図書館にどれほど情報があるかわからないが、何かしらのヒントを得られるかもしれない。

 放課後の図書館はわずかに人がいた。静かに本を読んだり、勉強したりしている生徒たちを横目に、エラは司書の先生に声をかける。


「神について記された本はありますか?」


 エラの問いかけに、司書の先生は理由を聞かずにこりと微笑む。


「こちらです」


 ゆっくりとした歩みで分厚い本が並ぶ本棚の前に来る。


「簡易的に知りたいなら、この本。ある程度知りたいならこの本。しっかり知りたいならこの本かしら」


 そう言いながら、一冊ずつ本を抜き出してくれた。一冊目から分厚いのに、どんどん分厚くなっていく。


「どれを読む?」

「……全部、触れてみます」


 司書の先生はくすくすと笑う。


「頑張って」


 笑顔で渡された本はずっしりとした重みがあった。エラは渡された本を両手で抱えて、席へと運ぶ。


「さて」


 まずは簡易的なものを読んでみることにする。前書きを開くと、こう書かれていた。


 ――神話の時代、神は人間と魔族を創りだした。両種族は同じ国で共生していた。

 だが、次第に人間と魔族は仲が悪くなっていき、両種族は国を分けて欲しいと神に願った。神は悲しみながらも、二種を分かつように二つの国を創った。


 それが本の始まりだった。

 目次を見れば、本の内容がわかる。


「神の世界に繋がる扉は……」


 目次には神の世界に繋がる扉があった。エラはそのページを開く。


 ――神は神の世界に住んでいる。この世界と神の世界の境界には神の世界に繋がる扉がある。

 神は人間と魔族を二つの国に分けたあと、両種が仲良くなれなかったことに対して悲しんだ。そして、神の世界に引きこもった。神に何かを語りかけるには、扉を開ける必要がある。


 その本には鍵に関する記載はなかった。

 エラは次の本を開く。その本にも似たような記載があったが、鍵に関する記載はなかった。

 もしかしたら、本には詳しく書かれていないのではないかと不安になる。エラは気持ちを落ち付かせるために、ゆっくりと深呼吸をしながら、一番分厚い本を開いた。


 ――人間と魔族が共生していたとき、両種族は結婚することも可能だった。


「えっ」


 エラは口を手で押さえる。

 人間と魔族は結婚することも、子をなすこともできないはずだ。それなのに、昔はできていた。どういうことだろうか。エラは本を読み進める。


 ――人間と魔族との間に一組の夫婦が生まれた。その夫婦は子をなした。だが、二種族が結婚したのはその一組だけだった。

 次第に、人間と魔族の仲は悪くなっていく。そして、神によって、国を分かたれた。神は神の世界に引きこもり、その扉に鍵をかけた。その鍵は人間と魔族の唯一の絆である夫婦の子に託された。その血を受け継ぐ者が鍵の役割を果たすことができる。その鍵は人間の国のどこかにいると言われている。鍵は人間と魔族の血が混ざっているため、魔術を無効化することが可能だ。二つの種族が分かたれたときのように、神に何か願う場合には鍵を使って神の世界に繋がる扉を開かなければならない。


「鍵は……人間の中にいる」


 そう呟いた瞬間、頭の中に映像が流れる。


『――鍵を見つけたぞ!』


 それはエラが幼少期、誘拐されそうになったときの記憶だ。魔族は言っていた。エラのことを鍵だと。それに、先日魔族に襲われたとき、彼らはエラに魔術をかけようとした。けれど、何も発動しなかった。


 ……それはエラが鍵だからじゃないか。


「じゃあ、ルイスはずっと……」


 エラが鍵だということを知っていたのかもしれない。ルイスはもともと鍵を探すために人間の国に来た。ならば、身近な人間から魔術が無効化されるのか確かめるだろう。エラはルイスとずっと一緒にいた。彼がエラに対して魔術を使うのは必然だ。

 魔族の集会に遭遇したときのことを思い出す。あのときルイスは「この子は違うよ」と言っていた。あれは鍵じゃないということを伝えたのではないか。


 ……ルイスはずっと守ってくれていた。


 胸が熱くなる。彼はずっとエラが鍵であることをバレないようにしてくれていた。自身の任務が鍵を探すことであるはずなのに。

 エラは顔を上げる。


「魔族は神の世界に繋がる扉を開こうとしている」


 そのために、鍵を欲している。何か願いを叶えてもらうために。そのためにルイスやバートを含む何人もの魔族が人間の振りをして人間の世界に入り込んでいる。


「その願いって何?」


 おそらく、任務と言っている以上、個人の願いではないのだろう。任務ということは、誰かの指示。組織として叶えたい願いがある。それはいったい何だろうか。


「それにしても、この国にどれだけ魔族が入り込んでいるの……?」


 いつから、どれだけの人数の魔族が人間の国にいるのだろうか。先日、地元でエラが魔族に襲われたときも、幼いころ、魔族に襲われたときも……魔族は人間の国に入り込んでいた。それが個人で行われたことではなく、組織で行われていた。そうなると、人間の中にも協力者がいる可能性がある。


 ……これは、見逃していいこと?


 一人では抱えきれない問題だ。誰かに相談した方がいいのだろう。だが、もし人間に国に入り込んだ魔族を排除するような動きになったら……ルイスを排除することになる。そうなると、ルイスと会うことは叶わなくなるだろう。


 ――どうしたらいいの。


 判断がつかなかった。本当ならば、すぐにでも相談すべきことだ。だが、ルイスと会えなくなる未来を想定したくない。

 エラは本を持って立ち上がる。元あった場所に本を戻すと、司書の先生に頭を下げる。


「ありがとうございました」


 司書の先生はエラを見ると眉を下げた。


「大丈夫? 顔が真っ青よ」


 大丈夫ではなかった。けれど、何とかして笑う。


「大丈夫です」


 エラは図書館を出ると、寮へ向かう。男子寮にルイスはいるだろうか。任務とやらを遂行しているのであれば、いない可能性もある。


「でも。ルイスと話したい」


 話して解決することではないのだろう。だが、ルイスに確認がしたかった。


 ……あなたが叶えようとしている願いとは何なのかと。


 男子寮に着くころには、辺りは少し薄暗くなっていた。空気が冷たい。寮母さんに声をかければ、ルイスの部屋まで呼びに行ってくれる。


「エラ」


 ルイスは男子寮にいた。避けていたとは思えない笑顔でエラを迎えてくれる。


「ルイス。話があるの」


 エラが真剣な表情をしていても、彼は穏やかに微笑んでいる。


「わかった。じゃあ、庭の方に行こうか」


 ルイスと一緒に寮の近くにある庭へ行く。花壇を背にするようにベンチに座ると、ルイスはエラの顔を覗き込んだ。


「話って何かな」

「神の世界に繋がる扉」


 その言葉を出しても、ルイスは動揺を見せない。きっとこの話をすることをわかっていたのだろう。


「うん、それで?」

「この扉を開くためには人間の世界にいる鍵の資格を持った人を探す必要がある。だから、あなたたち魔族は人間の世界に入り込んだ。そうでしょう?」

「そうだよ」


 嘘を吐くことも、ごまかすこともせず、ルイスはすんなりと答えてくれる。


「僕たちは神の世界に繋がる扉を開けるために、人間の国に来た」

「願いを叶えるために?」

「そうだ」

「その願いって何なの?」


 ルイスは何も答えない。微笑んだまま、エラを見ている。


「叶えたいのは、ルイスの願いじゃないのよね。誰の願いなの?」

「父様だよ」

「父様……?」


 ルイスは立ち上がると、エラの前に立った。


「僕はその願いを叶えるために、この国に来た。けれど、僕はその願いを叶えたいと思っていない」


 彼はエラの前に膝を付く。そして、エラの手を取った。


「エラ。デートしよう」

「へ?」

「デート。楽しい思い出を作ろうよ」


 ルイスの考えていることはわからない。けれど、触れている手は震えていた。エラはもう片方の手でルイスの手を包み込む。


「デート、しようか」


 ルイスの手をぎゅっと握り締めて、エラは微笑む。


「デートしよう、ルイス」


 ルイスは蕩けるような笑みを浮かべる。

 ……もし、ルイスたちがしていることが表に出てしまったとき、自分はルイスのことを切り捨てられるだろうか。

 その答えを出せないまま、エラはルイスの手を握り締めていた。

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